映画『まぼろしの邪馬台国』

昨日、映画『まぼろしの邪馬台国』を鑑賞しました。主演に吉永小百合、竹中直人。08年公開。



■盲目の鬼才の挑戦

タイトルだけ見てファンタジーかと思いきや、ノンフィクションをベースにした真面目な映画。
盲目の鬼才・宮崎康平が女房(後に再婚)の和子とともに邪馬台国研究に打ち込む後半生を描いたものである。

伝記としての側面を持つ映画であるため、大切なのは時間の流れ。細かく年次が変動するが、だんだんとセピアのフィルターを外すように色彩感覚で調整していた。

邪馬台国についての叙述も、これまでの定説通りでわかりやすい。明らかな古墳を丘と言ったりしているが、当時はまだ形だけで古墳と断定するだけの概念が世間に備わっていなかったのだろうと推測。
地図を追いながら、ひたすら自然の景色をしかも昭和風に映すことに腐心している。

■100%真面目な竹中直人

キャストに関して言えば、僕はもともと吉永小百合さんが得意でないので、和子役はノーコメント。話し方や物腰も、いかにも「古き時代の奥さん」という感じ。

竹中直人は、彼に必ずといっていいほど付き纏うお調子者のキャラクターが全くなかった。

原作が実際の出来事であるからだろうが、息をつかせない竹中直人を見るのは本当に久しぶり。
ときに狂気じみた行動、言動をとるが、天才とかパイオニアとか呼ばれる類の人間にはよくあることだし、だからこそたまに見せる本気の台詞が染みる。

窪塚洋介はそれほどの存在感でもなかったが、彼の彼女役を演じた柳原可奈子は言葉遣い以外は自然で素晴らしかった。

彼ら2人のストーリーが物語の中でやや宙ぶらりんに浮いていたのは事実だが、目に余るほどでもないのは、やはりその時代背景を反映しているからか。

■CGで興醒め

課題点を挙げると、一つ目に、やや宮崎康平氏の年表と物語の進め方に齟齬が見られること。事実が違うのではなく、順番の問題だけど。

次に竹中直人の身なりや苦しい生活ぶりとは対照的に吉永小百合があまりにも華やかであること。食べるものにも困っているのに自分は小綺麗なジャケットやコートを持っている。
キャスティングの問題で吉永さんをボロボロにすることはできないのかな?違和感を禁じ得ない。

最後に、弥生時代(?)の卑弥呼を回想したシーン。確かに教科書に載っている弥生時代のイメージはああいったものだけども、それまで作品独自の世界観から、また前述の映し方の工夫によって、上手に昭和の研究家を作り上げていたのに、急に鮮やかな色彩で弥生時代を描かれると、逆に玩具のように見える。

CGが悪いとは言わないけれど、それまでの流れにそぐわないものだった。

とはいえ、落ち着いた雰囲気で、かつ、文学や人類学、歴史学にも触れた良い作品だった。タイトルのフォントも80年代ぽくて良い。

■監督は……えっ?まじで?
そして、最後に監督を知ってびっくり。
前回の記事『SPEC~天~』で酷評した堤幸彦監督だった。
卑弥呼のCGのあたりはやっぱり堤監督らしいといえばそうだけど、作品全体から受けるイメージは全く違う。原作の雰囲気を崩さず、無駄な笑いに走ることもなく、地に足がついている映画だった。

同じ人間が撮ってこうも変わるのはなぜだろう。ますます堤監督がわからない。

作品の評価は★★★★☆。


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