こんにちは。織田です。
2008年公開の映画『赤い糸』を鑑賞しました。
村上正典監督、主演に南沢奈央と溝端淳平。原作はメイの携帯小説。
もう10年前の作品なんですね。時が経つのは早い……
フジテレビで同じキャスティングのドラマバージョンも放送していました。
以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。
『赤い糸』のスタッフ、キャスト
監督:村上正典
原作:メイ
脚本:渡辺千穂、半澤律子
竹宮芽衣:南沢奈央
西野敦史:溝端淳平
高橋陸:木村了
山岸美亜:岡本玲
田所麻美:石橋杏奈
中川沙良:桜庭ななみ
藤原夏樹:柳下大
あらすじ紹介
中高生を中心に人気の同名ケータイ小説を映画化。監督は「電車男」の村上正典。映画公開と同時期に連動したTVドラマも放送。主演に「象の背中」「シャカリキ!」の南沢奈央と「ダイブ!!」の溝端淳平。中学生の芽衣は、恋心を抱いていた幼なじみの悠哉が自分の姉に恋していること知り、失恋する。そんな時、クールな優しさを持つ敦史と知り合い、2人は惹かれあっていく。さらに芽衣と敦史は幼い時に一度出会っていたことがわかり、運命を感じる2人だったが……。
以下で映画におけるネタバレがあります。ご注意ください。また、原作小説、ドラマを未見の立場から書いた感想です。ご了承ください。
映画のネタバレ感想
以下、作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。
中学生として描くには無理が
開始間もなくして訪れる文化祭のシーン。出し物が凝っている上に、中庭でライブも行なっていました。
ああ、高校の懐かしい感じだな、と思っていたら彼らは中学生だと。どんだけ豪勢な文化祭。どんだけ老けた中学生。当時16歳から20歳くらいの役者が中心だったとはいえ、さすがに中学生は厳しいのでは…というのが正直な印象でした。
ただ『僕等がいた』とかでもそうだったように、学生生活の変遷を描いた作品では若年時代のキャスティングが難しいですね。
中3、高1のあたりって、背伸びして大人っぽくなる子と、まだ子どものままでいようとする子とハッキリ分かれる世代だと思います。そう考えると本作のキャストを中学生と言うのもあながち間違いではないのかもしれません。
原作の携帯小説とは映像化にあたりだいぶ世界観を変えており、同時期に放送されていたドラマと映画をワンセットにして楽しむ作品のようですね。僕は原作、ドラマを知らないので映画単体として鑑賞しましたが、ストーリーは理解できました。
最初からダメ出ししましたが、この映画の良かったところも。全体的に見れば良作だと思っています。
その理由を探っていきましょう。
揺れ、惑う10代を好演
中学生にしては老けていると書きましたが、役者陣の奮闘ぶりが目を引きました。
主人公の芽衣は2人の男をともにそれぞれ好きになったり、ショックに打ちひしがれてもすぐに前を向いたりと、メンタルや男関係でとても強い女の子。南沢奈央がうまく感情を殺しながら演じています。
芽衣は多分クラスの中でちょうど良い立ち位置にいる子で、男の子からの人気も高そうな感じでした。また自分から弱音を吐いたり相手に当たったりしません。傷ついた友達がいれば必死で寄り添ってあげようとしています。
その一方で修学旅行の自由行動をめぐって友達に嘘をつくことも厭いませんでした。良くも悪くも神経が図太いキャラクターでしたね。個人的にはああいう女の子は好きです。
「たかチャン」を演じたのは木村了。
実に人間味のある役で、「初めてのカノジョをゲットした俺、頑張るぜ!」的なオーラが全開でした。アツシ(=アッくん、役:溝端淳平)に対する芽衣の思いを知って優しく見守り、修学旅行で一世一代のお誘いをして芽衣とデートします。
その後、結果的にゴタゴタにつけ込んだ感じではありましたが芽衣と付き合うことになり、「俺でいいの?」と確認しながら喜びを隠せないたかチャン。
15歳の無邪気さと愛情表現。
その「好き」は束縛、暴力に形を変えていきましたが、彼の不安や芽衣へのアプローチを考えれば、気持ちはよくわかります。良い事か悪い事かは別としてわかります。
岡本玲が演じた美亜は一時的に主役級の存在になっています。スカートの短いギャル系でしたが、僕はかなりシンパシーを感じました。
彼氏との別れに端を発したドラッグ依存が短いながらも象徴的に描かれており、アツシがしつこく言い放った「信じるといってもダメなんだ」というセリフも薬物依存の怖さを示してくれました。
強気に見えるギャルの外見は弱さを隠したもの。作品内で描かれてこそいませんでしたが、単に頭の弱い女の子ではなく、純情で傷つきやすい女の子として美亜がフィーチャーされているところも気に入りました。芯の強い芽衣とも対照的です。
美亜だけでサイドストーリーが一本できてしまうのではないかと(原作やドラマではあるのかもしれません)思うほど、揺れ動く10代の象徴的なキャラクターでした。
浅薄。それはとても現実的
もう一つ、この映画の好きなところ。
それはベタベタな展開からぐちゃぐちゃなところに落としたところです。(こちらも僕が未見の原作、ドラマでは落とし所が付いているのでしょうが)
映画のキャッチフレーズでは
「赤い糸はきっとあるはず、
なのに、
どうして見えないんだろう」
と謳われていますが、まさにコンセプト通り。
芽衣とアツシの恋愛を楽しむシーンはほんの一瞬で、彼ら2人が再び近づくところすらも作り手側が放棄しています。
ハッピーエンドというか、ENDまで持っていくことをドラマ版がある以上しなかったんでしょうが、映画だけでも十分楽しめました。
展開としてはベタベタです。
芽衣とアツシと付き合うことになり、そこに邪魔が入り、亀裂が生じ、アツシが町から去り、芽衣はたかチャンとお付き合いを始めました。
束縛王子のたかチャンは手を上げるようにもなり、そんなたかチャンを愛そうと一生懸命に頑張る日々の中で、たかチャンはあっさりと交通事故で帰らぬ人に。
笑ってしまうくらいにありきたりなお涙頂戴映画。しかし、そんな敷かれたレールを楽にたどるのは意外と心地よく、だからこそ上述のぐちゃっとした終わらせ方に心を動かされました。
携帯小説の原作はおそらく芽衣の目を通した主観的な作品だと思うんですけど、映画は傍観なんですよね。
作り手側がいい意味で淡々としているからところどころに共感やあるあるを見つけられる。恋心、自殺未遂、いじめ、メール、暴力、ドラッグ、束縛、失恋、友達、家庭崩壊、血縁…色々なテーマが薄っぺらく散りばめられている中で自分にとっての共通点を見つけていく。
これは規則的に毎日を過ごす人たちにとって凄く実践的なことだと思います。
屋上から飛び降りた沙良(桜庭ななみ)が外傷もなくその後出てきたり、アツシの幼なじみとして思わせぶりに出てきた女(石橋杏奈)が全くストーリーに関与しなかったりと、突っ込みどころは多々。
でも、それも製作陣の淡々としたスタンスの一つとして好意的に捉えられるほどには気に入りました。
ドラマはもちろん、ストーリーも、シリアスの濃度も全く異なるという原作も読んでみたいなと思えた映画。繰り返しますが、ドラマや原作とは別物の単品として良かったです。
エンディングテーマとして用いられている「366日」の意味付けも最高でした。