映画『さがす』ネタバレ感想|背景に潜むあの事件とは…?

タイトル画像
実際に起こった事件についての叙述があります。刺激的な表現もありますので閲覧にはご注意ください。

 

こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

皆さんは指名手配犯の顔写真が貼り出された掲示を目にしたことはありますか?

悪質な犯罪を犯し、目撃情報をお寄せください!のフレーズとともに貼り出された顔写真。時には懸賞金がかけられたりもしますよね。

その指名手配犯の顔写真、覚えているでしょうか?もし電車で近くに乗っていたら、気づくでしょうか?

今回ご紹介する映画は2022年公開の『さがす』
「指名手配されている殺人犯の男を見た」と言って忽然と姿を消した父親を、その娘が捜す物語です。

監督は『岬の兄妹』で話題を呼んだ片山慎三監督。父役に佐藤二朗さん、娘役を伊東蒼さんが演じました。

実際に起こった事件をモチーフにしながら進んでいく、スリリングな物語でした。

本記事では
・テンポの良いスリラーとしての魅力
・映画と関連した事件

この二つに注目しながら、感想を書いていきたいと思います。

ネタバレを含みますので未鑑賞の方はご注意ください。



あらすじ紹介

原田智(佐藤二朗)は、中学生の娘・楓(伊東蒼)と大阪の下町で暮らしていた。ある日、彼は娘の楓に指名手配中の連続殺人犯を目撃したと告げ、その翌朝突然姿を消す。警察は本腰を入れて捜索してくれず、楓は自分の力で父を捜して歩く。ようやく日雇い現場に父親の名前を発見して訪ねて行くと、そこには全くの別人の若い男性がいた。

出典:シネマトゥデイ

スタッフ、キャスト

監督 片山慎三
脚本 片山慎三、小寺和久、高田亮
原田智 佐藤二朗
原田楓 伊東蒼
山内照巳 清水尋也
花山豊 石井正太朗
ムクドリ 森田望智
蔵島先生 松岡依都美
原田公子 成嶋瞳子
島の爺さん 品川徹

伊東蒼さん『空白』(2021)をはじめ、『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)、『島々清しゃ』(2017)などで好演した有望株です。

有名な上記2作品に加え、伊東さんが主演を務めた『島々清しゃ』も沖縄を舞台にした美しい作品です!

過去作でもそうでしたが、本作『さがす』でも、喜怒哀楽の「喜」「楽」を容易に見せることのないシリアスな演技が印象的です。どうか幸せになってほしいと思わせるキャラクターが多いですね…。

この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



映画のネタバレ感想

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

娘、疾走。父、失踪。

映画冒頭、舞台は大阪の西成。
原田楓(伊東蒼)は、中学校の制服姿で夕闇の街を走っています。

呼吸を弾ませながらたどり着いた先はスーパー。バックヤードに案内されると、そこには所持金が数十円足りずに食料を万引きした父・原田智(佐藤二朗)と、父を罵るスーパーの店長、駆け付けたであろう巡査がいました。

伊東蒼さんが出演していた『空白』(2021)と鏡写しのようなシーンですね。

なんとか示談にまとめて店を出ると、父は路傍でくちゃくちゃと音を立てながら食料を貪ります。娘に支払ってもらった戦利品を。
なんとも下卑た父親です。

原田家は父子家庭の二人家族でしたが、父は定職につかず万引きをしたことからも、決して豊かな暮らしをしているわけではないのがわかります。父は自室のリクライニングチェアで、娘は居間のコタツで就寝しています。

家に帰ると、お父ちゃんは「指名手配犯の連続殺人犯を見た。警察突き出したら(懸賞金)300万円やで」と娘に騙りました。

何をアホなことをと一蹴する娘。
しかし翌朝、父は忽然と姿を消しました。

娘・楓の父を「さがす」冒険が始まります。

捜す娘。山内の登場

楓(伊東蒼)は、自らに好意を持つ級友の花山(石井正太朗)、担任?の蔵島先生(松岡依都美)とともに捜索を開始します。先生に連れ添ってもらい、警察にもかけ合いました。

しかし「大人の失踪は相場が決まっている」という感じで、警察が本腰を入れて捜査することはなく、情報提供を呼びかけるビラ作成・配布に協力してくれた先生さえも、「父のいなくなった未来」を前提に、楓へ孤児院のシスターを紹介します。ここで楓は大人を頼ることを諦めたはずです。

自分たちの足で見つけた手がかりをもとに「原田智」の働く建設現場に行くと、そこには父の名前、父の作業着をまとった若い男(清水尋也)がいました。
彼女はのちに、その男が指名手配犯・山内照巳であることを知ります。

ここで真っ先に想像されるのは、お父ちゃんが凶悪犯の毒牙にかかり、その山内が原田智という人間を乗っ取って逃亡生活を送っているという可能性ですよね。
悪人が身分を隠すために他人になりすます行為はよくあるパターンです。

清水尋也が演じる男・山内については、実は凶悪犯なんかではなかった、なんて選択肢はなく、まごうことなき悪役として物語は進んでいきます。

だらしないけど善良な市民の父親と、彼を陥れた山内、そして父を捜す娘。

このシンプルな構造によって映画前半はスリリングに進行します。
『見えない目撃者』(2019)を観た時のハラハラ感とも近い感覚がありました。

悪い奴がきちんと悪いと、身の毛のよだち具合が半端じゃないです。これはもちろん清水尋也さんの冷たく、異常性が漂う雰囲気が大きく作用しています。

楓は山内との激闘の末に得た手がかりをもとに、とある島へ辿り着きます。そしてお父ちゃんの姿を目の当たりにしました。

「捜す」と「探す」

前半部分では、父(佐藤二朗)を捜す娘・楓(伊東蒼)、また父の失踪に関与していると思われる山内(清水尋也)という男に彼女が迫る部分が描かれていました。

「捜す」と書いたのは、「捜す」には「居なくなった人をさがす」意味があるからです。
「それまではあった」対象をさがす、ということですね。
だからいなくなった人を「さがす」のは捜索と言われるわけです。探索とは言いませんよね。

翻って「探す」は、何かを取り戻すためにさがす行為ではありません。
それまでなかったもの、持っていなかったものを新たにさがす時に使われます。だから「新発見」とかは「捜した」結果ではなくて「探した」末に手にするものです。

また、NHKも加盟している日本新聞協会の『新聞用語集』は、「捜す」と「探す」の表記の使い分けについて次のように記しています。

さがす
=捜 [主として見えなくなったものをさがす]家出人を捜す、家族を捜し求める、犯人を捜す、紛失物を捜す、家捜し=やさがし=、行方不明者を捜す
=探 [主として欲しいものをさがす]あら探し、獲物を探す、貸家を探す、探し物、職を探す、宝探し、父の面影を探す、(以下略)

出典:NHK放送文化研究所 「捜す」と「探す」

少し話題がそれましたが、父を「捜す」ことに重きが置かれていた物語の背景は急変します。

山内視点の「3ヶ月前」に戻ると、その後はお父ちゃん視点の「13ヶ月前」に時間を戻していきました。

山内がなぜ指名手配班となったのか、またお父ちゃんはなぜ失踪したのか。
その理由や行動原理、関係性などが明かされていきました。

言い換えると、彼らの背景を通して、観ている我々が真相を「探す」時間を与えてくれていました。

一方で、山内パート、お父ちゃんパートにおいて“主眼”ではなくなった楓ですが、彼女は二人や我々の預かり知らないところで「真相」に迫っていきます。

「捜していた」父が家に帰ってきた後も、お父ちゃんは何故いなくなったのか、何をしていたのか、を我々の見る画面の裏側で探していきます。

楓を紹介したこのツイートにキーワードは詰まってますね…

さがし求めた果てに楓が見つけた真実は、決して望んだものとか知りたかったものではなかったかもしれません。そして彼女は選択をします。真実をさらす選択を。

「お父ちゃんが何者か知ってる」
「何したんかも知ってる」
「やっと見つけた」

終盤で父と娘は別れを惜しむように卓球のラリーを続けるわけですが、ピンポン球が台に弾む音、ラケットが球を叩く音、規則正しいラリーのリズムは劇伴音として素晴らしい演出だったと思います。

友達に口を使って卓球のプレー音を高度に再現できる方がいるのですが、彼があのシーンを見たらきっと真似するでしょうね。

 

ここまでは映画の展開をなぞりながら感想を書いてきました。

正直片山監督の『岬の兄妹』はその裏側にある区別(時に差別ともなる)意識を炙り出され、試されているようであまり好きではなかったのですが、『さがす』はそのじっとりとまとわりつく感触が薄かったので、よりエンタメ色の強いものとして「楽しむ」ことができました。

上で挙げた『見えない目撃者』『キャラクター』(2021)と近い感覚です。テンポ良く進む様が面白かったです。語弊があるかもしれませんが。

ただ、この映画『さがす』を手放しで「好きです!」と言えない理由もありました。

それは実在の事件をオマージュしたであろうところになります。
次項はその部分についてお話しします。



『さがす』の背景に見える事件

映画『さがす』を鑑賞している間、私はいくつかの実在した事件を想起しました。ここでは思いつく4つを挙げますが、実際にはもっと多いかもしれませんし、私の思い過ごしで関連していないものもあるかもしれません。

あくまで個人的な印象ということで考慮いただけたらと思います。

相模原障がい者施設殺傷事件

まずは、『さがす』の山内(清水尋也)が主張していたマインドの部分、“世の中には死にたがっている人がたくさんいる、それを救う”という部分についてです。

ここに関しては2016年に相模原市の「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件の犯人・植松の考え方が反映されていると感じています。

植松は犯罪の被害者となった障がい者に向けて、自らの行為=殺傷を肯定する主張をしていました。
映画『さがす』でいうと、原田(佐藤二朗)の妻のようにALSを患った者が施設に“自らの意思を介在することなく入れられ”、“息を引き取って初めて本当の自由がある”と言っていた山内の主張にリンクすると考えられます。

相模原の事件の植松の主張については、原田隆之さんの記事(現代ビジネス)がとても核心を突いているので、お時間のある方はぜひご一読いただければと思います。

相模原の事件との関連性に関しては、犯罪者(=山内)がその人なりの信念を持って事を起こし、それに同調する人間(=原田父)もいたということ、その影響力という点でそこまで気にはなりませんでした。

潜伏と市橋事件

島の画像

出典:Pixabay

続いて、映画内の指名手配犯・山内(清水尋也)が、事件を犯した東京から逃亡し、大阪・西成に潜伏、さらには神戸から船でへ渡って拠点に(しようと)していたという描写です。

この点で思い出すのは2007年に起きた、英会話学校講師殺人事件の犯人・市橋達也の足取りです。

市橋は千葉での犯行後、列島を北上したのちに大阪・西成区で作業員募集に「雇ってほしい」と声をかけたと言います。偽名を使い、黒縁のメガネを着用して。

彼が働いていたのは神戸や大阪・茨木の建設会社で、この点でも映画内の山内(神戸から島へ渡る船の切符がありましたよね)と共通します。
(参考資料:時事通信社 逃走2年 英国人女性死体遺棄

2009年11月の朝日新聞の記事では、市橋の写真に目撃者(一緒に働いていた方)が眼鏡とヒゲを描き加えて、潜伏していた彼の顔を再現している画像も見られます。こちらは『さがす』で楓(伊東蒼)が取った行動と酷似していますね。

さらに市橋は沖縄の島・オーハ島へ渡り、潜伏することを試みました。食べるものに困った彼は、野草や生き物も食べていたという叙述が残っています。
このへんはWikipedia日本テレビリアルライブのページが詳しいのでご確認いただけたらと思います。

これも映画をご覧になった方は分かると思いますが、山内の足取りととてもよく似ていますよね。

ちなみに市橋は長い逃亡生活に際し、何度も整形を試みています。この部分はさすがに『さがす』では再現されていませんでしたが、2016年の映画『怒り』(吉田修一原作)が島での逃亡生活にインスピレーションを得て描かれているので、興味のある方はご覧ください。

山内と座間事件

『さがす』を観ていて真っ先に思い浮かんだのは、2017年に神奈川・座間市で起きた連続殺人事件です。

この事件の犯人・白石は、Twitterを通じて自殺志願者にコンタクトを取り、一緒に死のうなどと騙って殺害に及びました。
これは『さがす』の中で山内(清水尋也)や、共犯に手を染めてしまった原田父(佐藤二朗)の行動を考えると、映画に最も関連性の高い事件であると考えられます。

事件の概要については阿部憲仁さんの現代ビジネスの記事が詳しいので、興味のある方はご覧ください。

映画内において最も関連性が高かったのはこの座間の事件だと思うんですが、個人的にはこの映画への減点要素が最も大きかった要因になります。

SNSを契機に“死にたい人”を募り、願いを叶えていく描写というのは間違ってないと思うんです。
ムクドリさん(森田望智)を迎えた山内が「本当に死にたいという人、初めて見た」(うろ覚えですみません)というシーンも意味のある描写だったと思います。

けれど、山内の東京(西多摩)のアパートにあったクーラーボックス、また、島の殺害現場となった爺さん(品川徹)宅にあったクーラーボックスの描写はマジで不必要だったと個人的には思いました。

前述の相模原事件の時と比べて、座間事件には実在の事件を想起させる意味がないと思うんですよね…

つまりは座間事件を思い起こさせることで、作り手側が何を伝えたかったのか、その理由付けがあまりにも脆弱だったと思うんです。ただ座間の事件を引用したかっただけではないのかと。

繰り返しになりますが、SNSで自殺志願者をさがし出し、それをビジネスにすることを炙り出したのは意味があったと思います。
でもそれだけにとどめておけば良かったのではと思うんです。

別にクーラーボックスの叙述がなくても山内は猟奇的な犯罪者として成立しますし、SNS経由で犯罪に巻き込まれる危険性は説明できます。

部外者の私が何をほざくんだと言われるのは承知ですけども、座間の事件をここまで直接的に引用するのはどうなの?と疑問符を感じざるを得ないつくりでした。

靴下と自殺サイト事件

加えて、実在の事件をモチーフにしたであろうシーンがありました。

『さがす』の山内(清水尋也)は、「動いている人間には欲情しない」とこぼし、(自らが手をかけた)死体に白いスクールソックスを履かせて興奮する描写がありました。

これは2005年に大阪で起きた「自殺サイト殺人事件」の容疑者・前上の嗜好に大きく影響を受けた描写になります。

マスコミの報道があまり残っていないため、Wikipediaを参考資料として提示させていただきますが、犯人の前上は自殺志願者を手にかけることで「手助け」と考えていた節があります。これは前述の相模原の事件の植松と類似したもので、我々に自殺幇助について考えさせる点では重要な部分だと思います。また自殺サイトというオンラインで起こった事件の恐ろしさを伝える点では大きな意味を持つと思います。

ただ、山内がこだわりを見せていた“白いスクールソックス”のくだりは果たして必要だったのでしょうか?彼の性癖を、過去の実在事件を想起させるまでして描く必要はあったのでしょうか?

正直言って、2005年のあの事件を直接的に想起させることで得られる教訓みたいなのは『さがす』には感じられなかったですし、前上の個人的な嗜好を再現することによって作品が獲得したメリットも個人的には感じられませんでした。

世間を震撼させた事件には、必ず傷を負った方々が存在します。
あのような事件が二度と起きてほしくないという思いはあるはずですし、事件を風化させたくない思いもあるかもしれません。

けれど、事件の凶悪性とはまた別の文脈——今回で言えば座間事件のクーラーボックスや、大阪の事件の白いソックスです——を象徴的に取り上げる意味が本当にあったのかというと、疑問を覚えました。

 

『さがす』のテンポ良く進む構成は面白かったですし、また伊東蒼さんや佐藤二朗さんが見せた人間くさい部分はとても好きでした。

ですが、犯罪に至るマインドとは違う部分を、実在の事件から強調しすぎたのではないだろうか。その部分が個人的に『さがす』を手放しで評価できない点になります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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