映画『ホットギミック ガールミーツボーイ』〜息もできないくらい圧倒された〜

2019年公開の山戸結希監督作品、『ホットギミック ガールミーツボーイ』を鑑賞しました。

主役の女子高生・ハツミ(初と書きますがカタカナで表記します)には乃木坂46の堀未央奈、彼女の兄・凌役に間宮祥太朗、妹・茜役に桜田ひより。同級生役の亮輝を清水尋也、梓を板垣瑞生が演じています。

清水尋也と板垣瑞生といえば、『ソロモンの偽証』(2015)での共演が印象的。
撮影当時はまだ二人とも中学生でした。

原作は相原実貴のコミックス。世代的には現在30代くらいの女性たちが子供の頃に読んでいた作品でしょうか。

都内のマンションに住む女子高生・成田初は、優しい兄・凌、元気な妹・茜と両親と、ごく普通の家庭で暮らしていた。ある日、茜に頼まれて内緒で購入した妊娠検査薬を、同じマンションに住む橘亮輝に知られてしまう。バラされたくなければ“奴隷”になれ、という条件を突き付けられ、その日を境に初は亮輝の無茶な命令に振り回されるようになる。そんな時、小学校の時に突然転校してしまった幼馴染・小田切梓がマンションに帰ってくる。今や人気雑誌モデルとして第一線で活躍する梓が、昔と変わらず自分を守ろうとしてくれるその姿に初は自然と心惹かれ、2人は遂に付き合うことに。幸福感に溶けてゆく初だったが、ある夜、彼の本当の目的を知ってしまう。

引用元:公式サイト

この『ホットギミック』は大規模な上映をしていなかったので一度しか鑑賞機会に恵まれませんでしたが、端的に言ってやばすぎました

美しさ。攻撃。危うさ。嫉妬。牽制。
瑞々しさ。スピード感。理屈を勢いでぶっつぶしていく潔さ。

やっぱりあまりにも美しい。

どうやばいのか説明できずにもどかしいのですが、感想をつらつらと挙げていきます。

DVDが出たらすぐに観てほしいくらいには衝撃的でした。ティーンの方たちには特に観てほしい!

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山戸監督の「映画への挑戦」

大学時代に撮影した処女作で衝撃的なデビューを飾って以降、ミュージックビデオやCMなど多岐に渡る映像作品を手がけながら軽やかにステップアップしてきた監督。

それが山戸結希監督です。この作品の最たる見どころでもあります。

菅田将暉と小松菜奈がダブル主演した『溺れるナイフ』でも独創的な撮り方をしていた山戸監督は、本作『ホットギミック』でそのオリジナリティをさらに大きく発露していきます。

個人的な印象で言えば、「この映画を楽しんでほしい!」というよりも「とにかく観てみろオラァ」みたいな印象すら受けました。
しかもこちらが押し付けがましさを感じる暇もなく、映画は動いていきます。

正直言って中身はよくわからなかったし、作品に流れるコンセプトのようなものもわかりませんでした。
わかろうとすることを放棄しました。

もはやストーリーをわかってほしいとも思っていないのでは、とすら思わせる圧倒的なスピード感。
ざっくりと言ってしまえばとにかく挑戦的で、僕はそれを暴力的なまでの美しさと表現させていただきます。

ハツミと凌の成田兄弟(C)相原実貴・小学館/2019「ホットギミック」製作委員会

出典:映画.com

会話シーンを例にとると、冒頭に教室で生徒たちが話しているところを、口元を大写しにして撮影している部分が挙げられます。

話している口をアップにして矢継ぎ早に使うのは、陰口を言っていたり、賑やかな雑踏を表現したりする上では常套手段とも言えますが、本作品の当該シーンは「矢継ぎ早」のレベルを逸しています。

ポテチを噛む音、幼い声、大人びた声、棘を含んだ声、綺麗な唇、かさついた唇、尖らせた唇。
セリフも含めながらの切り替えの早さはまさに初体験でした。
こんなシーンを許された作品がかつてあったでしょうか。

典型からの解放

またこちらの記事では山戸監督の撮り方や映し方を論理的にわかりやすく説明してくださっています。
素人の僕でも「なるほど!」と膝を打つような考察の数々でしたので、映画をご覧になった方はぜひ読んでほしいなと思います。

先鋭的な仕掛けというものは、大体こちらが笑ってしまったりとか感嘆したりとか、観る側に「反応」する間なり規則的なリズムの施しがあることが多いですが、この作品は反応をその場で許さないほどに疾走していきました。駆け抜けていきました。

そこには「ほら、面白いでしょ?」みたいな見せつけ感もありません。
撮りたいもの、撮るべきものをこちらにぶちかましている。ただそれだけ。

桜田ひよりは子役の頃から見ているので感慨深かったです(C)相原実貴・小学館/2019「ホットギミック」製作委員会

出典:映画.com

今まで映画を観てきた中で自分の中に培われてきた、常識とか流れとか次のシーンの予想とか。セオリーとでもいうべきものたち。
そういったものがほとんど通用しませんでした。
瑞々しく駆け抜けていくハツミたちに、息をつく間もなく僕は必死についていこうとしました。

それでいて山戸監督の自己満とか勝手な映画とは思えなかったのは、やっぱりその手法で描かれたものが合理的で、圧倒的に鮮やかだったからです。
「我々の観てきた映画」への挑戦であり、映画のロジックから我々を解放して、新たな世界を見せてくれた。そんな風にすら思えました。

現代できらめく若者の群像

『ホットギミック』の原作は2000年から2005年まで連載されていた漫画です。
一方で、実写版では現代(2018年?)の「いま」を余すことなく描いていたところが印象的。
前述の通りMVやCMなども手がけてきた山戸監督は、トレンドシーンを切り取ることにとても長けていました。

ファッションセンス

初めに「これは!」と思ったのが、作内のキャラクターがまとう衣服や化粧、ヘアスタイルなどです。
総合してファッションという言葉を使わせていただきます。

高校生のハツミたちが着るジャージ、オーバーサイズのスウェット。すばる(上村海成)の履いているスニーカー。
スポーツミックスがストリートシーンを席巻して久しいですが、『ホットギミック』では2018年のマジなリアルをキャラクターたちに落とし込んでいます。

僕たちがカーディガンを着ていた部分の「上着」が、最近の高校生はアメカジスウェットだったりするんですよね。ハツミが終始着ていた青の古着っぽいダボダボスウェットも、亮輝の短すぎるネクタイも、平成末期の確かなトレンドとして位置していたものでした。

梓(板垣)のファッションセンスは秀逸すぎる(C)相原実貴・小学館/2019「ホットギミック」製作委員会

出典:映画.com

特に板垣瑞生が演じた梓の衣服のチョイスにはびっくりしました。

もちろん作品の時代背景にもよりますが、映画やドラマで使われる衣服というのは大概無難な路線が多い中で、『ホットギミック』の梓はファッションスナップからそのまま飛び出してきたような着こなしをしています。

彼が売れっ子モデルというキャラクター設定も影響しているものの、白いタートルネックやワイドパンツ、KANGOLのバミューダハットなど、ホワイトを前面に押しだしていったコーディネイトには脱帽。

このあたりは10代〜20代前半の子たちに世代ど真ん中で響くものだと思うので、そういう子たちにはぜひ見てもらいたいですね。一方でブランドものでガチッと固めていたコンサバティブな世代にも、『ホットギミック』のセンスは刺激的に映るかもしれません。

キラキラ感の舞台選び

作品の舞台は豊洲。
高層の大型マンションでハツミたちは暮らし、初乗り運賃185円の高級交通機関に乗って通学し、豊洲公園をはじめとしたベイエリアで放課後の時間を過ごします。

下町感や賑やかな繁華街としての側面はないものの、無機質さと品の良さが並立した東京City。
一方で、亮輝が通う予備校は渋谷。大学のキャンパスかと勘違いしてしまうほどの豪華な設備とたたずまいです。

豊洲のベイエリアで暮らすハツミたち(C)相原実貴・小学館/2019「ホットギミック」製作委員会

出典:映画.com

「遊びに行く」の行き先は渋谷、原宿、表参道。
最先端が集まる街は若者たちにとって、刺激的でカッコよくて、観ている僕たちにも鮮やかなドキドキ感を与えてくれました。

すばると茜が分け合うドーナツも、亮輝がハツミの手を取ってずんずんと進む人混みも、単なる背景ではなくてキャラクターたちの生きているキラキラした世界を映し出す舞台装置になっています。

登場人物がみんなセレブでしょ!というツッコミはさておき、良い意味でいちいち場面場面が煌びやかでした。その煌びやかさはタピオカとかカフェとかではなく、多分昔からあるストリートの普遍的な煌めき。
「街に繰り出す」というワクワク感を日常的に味わう高校生を切り取り続けた山戸監督のセンスに、やっぱりすごいなと思わされるばかりです。

インスタ映えという言葉の意味が変わって久しいですが、『ホットギミック』の全てのシーンは確実に「映え」の種類に入ります。美しさを愛でる映像作品という位置付けだけでも、観る価値のある映画だと思います。

ガールミーツボーイの意味

山戸監督が公式サイトで「すべての少女と、少女の出会いゆく少年のために、この物語が存在しますように。」とメッセージを記載しているように、あくまでこの物語の主眼は「少女」です。
作品名に入っている「ガールミーツボーイ」からも主語ははっきりしています。

主人公のハツミは一見地味で子どもらしく見えましたが、作品内では亮輝や凌を魅了する少女として描かれていました。

無垢で無欲で、透き通るような軽さを持つ少女。亮輝は何度も彼女の軽さを「バカ」とか「ビッチ」とか罵っていましたが、誰にでもフワフワとなびいてしまいそうなハツミの魅力が不安に映ったからでしょう。
束縛や監視というキーワードを上手く入れ込むことで生まれる男子の子供っぽさに少し呆れながらも、そんな彼らに同情してしまう自分がいます。

亮輝とハツミ。表向きには奴隷関係、らしいです。(C)相原実貴・小学館/2019「ホットギミック」製作委員会

出典:映画.com

一方で、周りの女子たちから見ると、ハツミは「地味」「子供っぽい」というマイナスイメージが先に立つようでした。

「女子から嫌われる女子が一番無いよね」
「男の子が好きになりそうな子」
「ちょっと可愛いからって」
「ハツミちゃんにはわからないよ!」

フワフワしたハツミとは対照的に、周りの女子はほとんどが「男」との関係性を軸にしてマウントを取りたがるキャラクターとして描かれています。

地味で取り立てて可愛いようにも思えないハツミを、女として脅威に見ているからこその言葉たち。
彼女たちは自分たちがそこに女として存在していることを確かめるために、ハツミを引き合いに出し、心の奥でディスります。

表向きは「いい子だよね」とギリギリの言葉を使いながら必死でマウントを取ろうと、守ろうとします。
妹の茜でさえそうです。
先述したように、自分の腕の中から離れて行ってしまいそうな彼女を縛ろうとする亮輝もまた、ハツミを明確に女として意識しています。
このあたりは平凡な中流階級の女子高生・牧野つくしが特権階級の男たちから思いを寄せられる『花より男子』にも似ているかもしれません。

余談ですが、茜とすばるのやりとりで何度も出てくる「男って」「女の子って」というレッテルの貼り合いも、この作品の一つの見どころ。
男女とはなんたるかを知ったかのように未成年の彼女たちが話すのも面白いですが、逆に未成年の彼女たちだからこそ見えているものなのかもしれません。
ちなみにこのレッテル貼り、固定観念の押し付けはラベリングというらしいです。僕はこの映画で初めて知りました。

「わからない」ことを認める勇気

攻撃的な視線に晒されるハツネが言っていたのは「私は私を追いかけたいのかもしれない」というセリフ。
抽象的な(良い意味で)空洞感のある言葉が多かったですが、その空っぽさはすごく大切なことだと思います。

「男の子が好きそうな子だよね」と褒めの形をしたディスを受けて孤立する自身を、おそらくハツミは周りよりももっと痛切に感じているはずです。

そんな自分とは何なのか、何を求めているのか、どこへ向かおうとしているのか。

喧噪や誘惑の中でハツミは必死にそれらを探しに行きたかったのかもしれません。
その手段が、空っぽになって、その場その場で本能的に動くということだったのかもしれません。
その結果が、梓への恋心であり、亮輝への信頼だったのかもしれません。

正直なところ一回の鑑賞では、感想を書けないくらい衝撃の大きな作品でした。
痛々しいほどに純粋に、懸命に生きるハツミたちを懸命に描き出したスクリーンに僕はただただ圧倒され、息を呑んでついていくことしかできませんでした。

あまりにも鮮やかで美しく、時に残酷さをはらみながらも爽やかに駆け抜けていった『ホットギミック』。
それを端的に表現すればやっぱり「やばい」なのかなと思います。

映画を見慣れている人たちの感想を、特に聞いてみたい映画でした。
衝撃度は今年一番。
★★★★★。

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