映画『クリーピー 偽りの隣人』〜思い出す北九州事件の凶行〜

16年の映画『クリーピー 偽りの隣人』を鑑賞。

黒沢清監督。出演は西島秀俊、竹内結子、香川照之ら。
(C)2016「クリーピー」製作委員会

原作とは異なるようだが…

とにかく公開当初から評価が低かった本作。

理由としては、ストーリーの筋が通ってないとか、伏線を匂わすわりに回収されないとか、原作からの大幅な改変とかが挙げられていた。

原作は前川裕の小説で、未読だった僕は鑑賞後にいくつかネタバレサイトを回って原作の内容を把握した。

なるほど、これは大きく違う。

でも小説の設定通りに映画を撮るのは多分厳しくて、連続ドラマの形で再現したほうがいいのだろう。

それほど原作のヤマは大きすぎたし、そのヤマに焦点を当ててしまうと描きたかった「偽りの隣人」がぼやけてしまう。

 

 

悪を西野(香川照之)一人に限定した映画の作り方は正解だと思う。

映画が物足りなかった人は原作を読んでみればいい。何を描きたいかで相反しそうな原作と映画である。

マインドコントロール

高倉(西島秀俊)が警察を辞めるきっかけとなった冒頭の首切り魔に代表されるように、この作品においてはサイコパスが一つのテーマとなっていて、恐らく香川照之の西野もサイコパスとして描かれている。

ここでサイコパスの意味をウィキペディアから引用すると

  • 良心が異常に欠如している
  • 他者に冷淡で共感しない
  • 慢性的に平然と嘘をつく
  • 行動に対する責任が全く取れない
  • 罪悪感が皆無
  • 自尊心が過大で自己中心的
  • 口が達者で表面は魅力的
とある。

西野もこの定義通りに描かれているわけだが、サイコパス=凶悪犯ではないので、この作品が怖いのはサイコパス西野のマインドコントロールにあると思う。

彼はとある家族を乗っ取り、自らが水田、西野と一家の主人を名乗った。

動機はお金と、立地する家の位置関係である。

▲西野と、本当の西野家の娘・澪(藤野涼子)。西野はいつも同じ黒い服を着ている。気持ち悪い。 (C)2016「クリーピー」製作委員会

 
西野家の主人と息子を始末し、妻を監禁、澪を自らの娘役として生活させていた西野だが、一家を蝕み消失させていく様は、北九州一家殺人事件と類似している。

僕は数年前にこの事件に興味を持ち、色々な資料な書籍を読んだが、思い出したくもない吐き気と恐怖に襲われた。

以下ネタバレ含みます。

スポンサーリンク



北九州一家殺人事件との共通点

▲高倉に西野と自らの関係を告白する澪。ただし、そこからの進展はなかった。 (C)2016「クリーピー」製作委員会

「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」

 

ポスターにも使用されている澪の言葉。

じゃあ逃げればいいじゃないか、と思うかもしれない。

でも逃げられないんだ。
逃げて見つかった時の痛みと恐怖を知っているから、彼女は逃げることができない。

これも北九州のマインドコントロールと同じ。尼崎事件とも近い。

「康子さん、と読んでもいいですか?」

 

西野は高倉の妻・康子(竹内結子)にも悪魔の牙を剥く。
康子にとって隣人・西野の第一印象は最悪だった。しかしそれすらも西野の計算内であり、ネガティブからポジティブの反動を利用して康子の心の隙を突いていく。

▲高倉家の愛犬・マックスが外へ出てしまったのを保護したと言って康子に近づく西野。 (C)2016「クリーピー」製作委員会

 
監禁状態にあった澪の母親が半狂乱になり、たまらず頭を撃ち抜いて殺した西野は澪と康子に遺体処理をさせ、責任を押し付ける。

「お前が殺したんだ」「悪いのはお前だ」

文字にするとただの責任転嫁にしか見えないが、その状況、主従関係を加味すると西野の言葉は洗脳に近い形で二人に刷り込まれる。

そして、二人はより西野の掌握下に置かれてしまう。

北九州事件の主犯・松永と同じ手口である。

松永は妻の実家一家を言葉巧みに支配し、主人として君臨、しまいには家族同士で殺させる。おそらく目的はお金と支配欲だろう。

サイコパスの部分が強調される香川照之の西野もきっと同じだ。

高倉夫婦への第一印象の悪ささえも自然に計算されたものであり、一方で警察の野上(東出昌大)が家を訪問した時の対応などは怪しさを全く感じさせないものだった。

 

▲野上(東出昌大)は西野の正体に迫り単独で乗り込むが… (C)2016「クリーピー」製作委員会

隣人の田中が西野のことを「鬼」と評するのも、北九州事件と関連して考えればよくわかる。
 

仮面を被りながら、実は人の心を失った狂人という点では『凶悪』の「先生」にもよく似ている。

そして、『凶悪』と同じように本作の西島秀俊も正義感と好奇心に動かされる異常者だった。

川口春奈が演じる女性への聞き取りはその最たるもの。

西島の演技は相変わらずぶっきらぼうな、温度の感じられないものだったが、それもまた高倉の異常ぶりに一役買っていたと思う。

豹変する竹内結子が恐ろしい

康子を演じる竹内結子は、クライマックスの叫ぶシーンが印象的だが、個人的には階段で隠れるようにして電話をしていた場面を推したい。

何故居間で電話しないのかと問うた高倉に、康子は物凄い形相で怒鳴り、乱暴にテーブルの上のミキサーを回す。

 

▲最後のシーンが印象的だが、康子の狂気ぶりを示していたのは…… (C)2016「クリーピー」製作委員会

 
豹変する康子は恐ろしく、それは夫婦間で積み重なった不満というだけではなく、やはり西野に支配されていたところが大きい。

ミキサーを用いたのも破壊やリセットというテーマが透けて見えているようでとても怖い……

扇風機の前で無気力に過ごす描写も同様。ここまで行くと洗脳と言っていいのかな。

ちなみに西野の部屋にも扇風機が置いてあり、因果は説明されていなかったものの何らかの依存症なんだろうなとこちらに勘ぐらせる作り方だった。

一種のサイコパスである高倉は西野の術中にハマらなかったが、最も西野を警戒していたはずの康子が陥ってしまい、夫の高倉がそれに気づいていなかったのも闇が深い。

R指定なしの功罪

この作品はR指定がなされていない。

だからこそスピーディーに物語が進んだとも言えるし、凶悪性が生ぬるかったようにも思える。

後者に感じては、遺体を真空パックするシーンの先を描いたり、西野が康子を性的にたぶらかすシーンがあっても良かったのかなと。

凶悪殺人犯にありがちな丁寧な遺体処理。恐らく西野はそれを徹底する類の狂人だ。

支配下に置くやり方が薬物というのも少し腑に落ちなかったし、西野が暴君として君臨する理由のお仕置きももっと見てみたかった。

北九州事件の松永は家族同士でいがみ合わせ、罰を与える方法として通電というやり方を持っていた。

ただ、あくまでこれは僕が凶悪犯罪に興味があるからで、こんな気持ち悪い描写を用いたら間違いなくR指定作品になってしまうし、作品として刺激が強すぎてしまうだろう。

▲西野の要塞に突入する高倉。もう少し恐ろしさを全面に出せたのでは…と考えるのは酷か。 (C)2016「クリーピー」製作委員会

低評価の理由もわかるけど、それ以上に凶悪犯の潜在的な恐ろしさを描いた作品。

2時間ドラマといったほうが近いかな。

好きな映画でした。
★★★★☆。

スポンサーリンク