映画『愛なき森で叫べ』ネタバレ感想〜北九州殺人事件に「着想」を求めた理由〜

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こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

今月Netflixで配信開始された園子温監督の『愛なき森で叫べ』を鑑賞しました。

2002年に発覚した北九州監禁殺人事件から着想を得て制作された映画です。

主犯の松永という男が被害者たちを巧みな話術、拷問、虐待によってマインドコントロール下に置いていがみ合わせ、結果的に7人もの死者を出した事件。

その残虐で凄惨な事件性、家族同士が手を汚して殺害し合ったことなどから、発覚してからも報道規制が敷かれたほどでした。

Wikipedia



『愛なき森で叫べ』のスタッフ、キャスト

監督・脚本:園子温
村田丈:椎名桔平
シン:満島真之介
水島妙子:日南響子
尾沢美津子:鎌滝えり
ジェイ:YOUNG DAIS
フカミ:長谷川大
尾沢アミ:中屋柚香
エイコ:川村那月
尾沢アズミ:真飛聖
尾沢茂:でんでん

北九州事件の松永に相当する村田という男を椎名桔平が演じています。

シン(満島真之介)に声をかけて自主映画の道へ誘ったジェイ役には『TOKYO TRIBE』で熱演を見せたYOUNG DAIS、被害者家族の厳格な父親・尾沢茂には『冷たい熱帯魚』で主犯格の男を演じたでんでんが起用されています。

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埼玉愛犬家殺人事件をモデルにした『冷たい熱帯魚』ででんでんが演じた主犯の男の名前も村田でした。
妙子、美津子は村田の支配下に置かれる家族の母子の名前。

「尾沢美津子」に至っては、東電OL殺人事件をモデルにした『恋の罪』でも同名の役柄が配されています。
もちろんこれらの作品に直接的な関連性は見られませんが。

あらすじ紹介

1995年。愛知県豊川市から上京したシン(満島真之介)は、ジェイ(YOUNG DAIS)とフカミ(長谷川大)に声をかけられ彼らの自主映画制作に参加。知人の妙子(日南響子)と美津子(鎌滝えり)に出演を依頼する。彼女たちは高校時代、憧れであったクラスメイトが交通事故で急逝するという衝撃的な事件から未だ逃れられずにいた。

引きこもりとなっていた美津子に村田(椎名桔平)から電話がかかってきたのは、世間が銃による連続殺人事件に震撼していたころ。村田は「10年前に借りた50円を返したい」という理由で美津子を呼び出し、巧みな話術とオーバーな愛情表現で彼女の心を奪っていく。

だが、村田は冷酷な天性の詐欺師だった。自身の姉も村田に騙されていた妙子によって彼の本性を知ったシンたちは、村田を主人公にした映画を撮り始める。やがて村田は、美津子の父・茂(でんでん)や母・アズミ(真飛聖)をも巻き込み、事態は思わぬ方向へ転がり始める…。

出典:Filmarks

「10年前に借りた50円を返したい」という理由で美津子に近づいた村田。
これは現実の事件の松永と同じ手法を取っています。

ただし、この作品はあくまでも「着想」を北九州事件に取っているにすぎないため、シン(満島真之介)たちが村田をテーマにした自主映画を撮る、という形をとって進んでいきます。
カメラの中と外側を考慮しながら映画が進む行程は『地獄でなぜ悪い』にも似ています。

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以下、本記事はネタバレを含みます。未見の方はご注意ください。



映画のネタバレ感想

以下、作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

松永と村田の共通性

北九州監禁連続殺人事件について詳しく知りたい方は、文春オンラインの小野一光さんの記事や、豊田正義さんの『消された一家』などをご覧いただくと把握ができると思います。

ただし、事件のありのままを叙述している性格上、相当にこちらの気の滅入る凄惨的な描写が出てきます。
僕は初めて豊田さんの書籍を読んだ後に猛烈な吐き気を催しました。
ご覧になる方は自己責任でお願いいたします。

北九州事件の残虐性、ならびに異常性としては、

・言葉巧みなマインドコントロール
・家族内での殺人
・通電による虐待、懲罰行為
・遺体の解体手法

といったところが挙げられますが、『愛なき森で叫べ』で主にフィーチャーされていたのは3番目と4番目の2点です。

現実の事件で松永は電気コードの先に金属のクリップをつけた器具を体に押し当てて電気を流す「通電」というやり方で拷問、虐待を行なっていました。

本作品でも椎名桔平が演じる詐欺師・村田は同様の手法で被害者たちに懲罰行為を行い、精神的に支配していきます。
それと同時に、女性に対しては相手に応じた響く言葉を使い分けることで肉体関係を結び、自分から逃れられないように仕向けていきました。

村田は自らをスター歌手だと言って回ったり、世界的な映画のヒットメーカーだと言って大風呂敷を広げながら、周囲を巻き込み支配していきます。
横文字を多用してオーバーリアクションを取り、ハッタリをかましながら時に鬼へと変貌していく、そんな男です。

北九州事件に踏み込んだ記事や書籍を読んだ限りでは、主犯・松永はとても弁が立ち、相手を選びながら聞こえの良い言葉で相手の心をこじ開けていくという印象でした。
個人的に椎名桔平の村田にはそこまで“稀代の人たらし”という印象は抱かなかったというのが正直なところです。

もう少し村田を演じる俳優が若ければまた捉え方も違ったのかもしれません。

通電と死体解体シーン

この作品で最も恐ろしく、北九州事件との繋がりが最も強いのは先に述べた通電シーンと、死体の解体シーンです。

死体を血抜きして切り刻み、ミキサーで砕いて捨てるというのは『冷たい熱帯魚』でも行われていた手法です。すでにご覧になっていた方は「またか」と思われたかもしれませんが、初見の方に与えるインパクトとしては非常に大きなものがあります。

ジェイ(YOUNG DAIS)の解体シーンは最たるものでしょう。

また、金属棒を体に押し当てて電流を流す「通電」も非常に印象的なシーンとなっています。

作内では美津子(鎌滝えり)、ジェイ(YOUNG DAIS)をはじめ、美津子の両親(でんでん、真飛聖)ら多くの人が通電を受けて精神的な支配下に置かれていきました。

そして通電を行うのは必ずしも村田ではなく、被害者の家族だったり友人だったりします。
近しい人たちをいたぶり、傷を負わせた罪を背負わせることで、共犯者・実行犯として支配下に置いていきます。

実際の事件では正常な判断を失った、あるいは松永に恐怖を抱き、言われるがままになっていた立場の人間が、通電を行なっていたと聞きます。
『愛なき森で叫べ』では精神的な抑圧によって村田の支配下に置かれたのではなく、彼に心底陶酔し賛同する人間が、犯罪に加担しています。

シン(満島真之介)と美津子の妹・アミ(中屋柚香)です。

二人は作品内で通電による虐待を受けていません。
これは村田が肉体的な懲罰を犯す必要がないと判断したからでしょう。

ちなみに中屋柚香が演じたアミは、この作品で最も魅力的なキャラクターに映りました。
『愛なき森で叫べ』という題名と、作品内でうごめく愛なき人々の中、彼女が最もわかりやすい「愛」の形を村田に対して表現していたと思います。

村田との情事に及んでいたところを美津子に覗かれた時のアミの目は必見。
また露出の多いシーンが多発する本作にあって最後まで(傷のない)綺麗な体であったというのも、彼女の異常性と彼女の位置付けがよくわかる描写でした。

「着想」の理由

通電シーンや解体シーンに相当な執念を見せていた一方で、村田の巧みな話術や家族内での争いを生み出すマインドコントロール、親族に被害が波及していく様子についてはやや抑えめに描かれています。

この作品は北九州の事件に「着想」を得て作られていたと冒頭に表示される通り、史実を完全に再現する作品ではありません。

それは美津子や妙子(日南響子)、エイコ(=ロミオ、川村那月)の女子校時代を想起するシーンもそうですし、映画がきっかけで村田に巻き込まれていったシン、ジェイについてもそうです。

壮大な前フリを村田とともに広げ続けた末、「最終章」にて作品は一気に急展開を見せました。

北九州事件では、監禁されていた一人が逃げ出して助けを求めたことで事件が発覚し、終焉を迎えました。
一方で『愛なき森で叫べ』で事件がたどった終焉は少し異なります。

なぜシンを村田は虐待しなかったのか

ここからは想像による感想です。

最終的に美津子が、そしてシンが本性を暴露して、村田は窮地に追い込まれました。
村田にとっては裏切りです。

村田はその裏切り、謀反を起こさないように虐待によって支配下に置き、なおも反抗の牙を隠さなかった者(ジェイ、厳密には殺害方法が異なりますが妙子)を始末してきました。

虐待を受け続け、正常な判断能力を失ったように見えていた美津子の急展開は、確かに予想できないことでした。

けれど、虐待行為なしに自分の手下として実行犯を演じていたシンが、裏切る可能性を村田は本当に予想できなかったのでしょうか。

ここには村田の支配下に置かれた尾沢家や、その家族に関する人たちと、シンの境遇の違いがあったと思います。

シンは誰を愛する人であったのか

血で繋がった尾沢家の両親に加え、美津子とアミは肉体関係を結ぶことによって村田に取り込まれ、妙子は美津子を愛する友人として村田に取り込まれていきました。

一方でジェイの死後、シンは村田や美津子たちの周りに「愛する」べき存在を失います。
シンが本当にジェイを愛していたかは別として、シンは美津子と事に及ぶことはなかったし、アミともそういう関係にはなりませんでした。

村田が男女の関係を利用してシンをマインドコントロールしたかったのであれば、彼を尾沢家の誰かと強引に結ばせることはできたはずです。けれど、村田はそれをしませんでした。
恐らくは、シンは自分の暴力性や行動力に心酔していると信じていたからでしょう。

現実の事件の松永同様、「愛する人同士」でいがみ合わせることによりコントロールしていた村田の、その範囲外であったシン

ジェイがもう少し長く生きながらえていれば、フカミの脱走を防いでいれば、シンにも虐待行為をしていたのかもしれませんが、彼に通電を行なってメリットを(村田が)得る人も、通電を行う理由も特段シンに求めることはできませんでした。

強いて言えば妙子が逃げた時(実際は殺されていましたが、シンは村田に「逃げた」と伝えています)だったとは思いますが、どういうわけか村田はシンの話を疑うことも、シンに懲罰を与えることもなくやり過ごしました。

結果的に村田はシンの本性を見抜くことができず、窮地に追い込まれてしまいました。
これは村田の最大の失策であり、製作側が僕たちに残した「凶悪犯罪者にも見落としていた失態があった」というメッセージの一つだと思います。

飼い犬に裏切られる展開は、『冷たい熱帯魚』で村田(でんでん)が社本(吹越満)に裏切られた部分にも似ていますね。

クリーピー

『愛なき森で叫べ』は確かに北九州事件のむごたらしさを象徴的に用いた刺激の強い作品ではありました。
それと同時に、女性キャストが下着姿になったり露出の多いパンクファッションで狂う様などは、園子温作品らしさを良くも悪くも引き立てていました。

園監督ならではのユーモアとバイオレンスという触れ込みでしたが、個人的にはこのユーモアとバイオレンスは旧作の範疇を出ることなく、「ああ、やっぱりね」に落ち着いてしまった印象です。
ユーモアと遊び心は園子温監督ならではの持ち味と理解してはいますが、本作品の全体的なトーンを考えると果たして必要だったのかな?と思う設定が目につきました。

仰々しい演出をバックに美津子たちに近づく村田よりも、もっと人間らしいやり方で、話術と容姿による誘惑を見たかったなというのが本音です。

北九州事件に「着想」を得ているであろう映画としては『クリーピー 偽りの隣人』(2017,黒沢清監督)という作品の方が響きました。

クリーピー 偽りの隣人 タイトル画像

映画『クリーピー 偽りの隣人』ネタバレ感想〜思い出す北九州事件の凶行〜

2017年10月28日

こちらは北九州事件をたどるものではなく、あくまで部分的な共通点を描きながら、香川照之が演じる西野という男の恐ろしさを炙り出していきます。
『愛なき森で叫べ』で物足りなかった方は、こちらもご覧いただくとまた違った形での再現性を目にできるかと思います。

中屋柚香と川村那月

最後になりますが、園子温作品では印象的な演技を見せた女優さんをこれまで多く発見してきました。
女性を美しさとか艶かしさとか、時には恐ろしさとかでこちらに印象づけるのがとてもとても上手な監督です。

今回は上で述べたアミ役の中屋柚香、そしてエイコ(ロミオ)を演じた川村那月の両名が特に印象に残りました。

中屋柚香はとにかく赤い唇が似合う役者さんでした。

作品において美津子や両親に冷たい目を向ける表情も、電車で美津子を罵る尖った口元も、無慈悲な最期を遂げる姿も、美しく描かれていたように感じました。
中屋柚香は作品が求めるその「美しさ」に応えるだけの迫力を見せていたと思います。

汚れた女性として描写されていましたが、実は一番ピュアだったのはアミだったと僕は思っています。

そして映画の影の主演と言ってもいい「ロミオ」を演じた川村那月。

こちらも園子温作品で頻発するファンタジックな部分を体現するキャラクターでした。
狂気や怒りを叫ぶ人物が多かったこの映画において、彼女はいつも柔らかな笑顔を携えて映し出されました。

アミを演じた中屋柚香が「強さ」を表現し続けたとすれば、川村那月のエイコは優しさと「救い」をこの作品にポタポタと落とし続けていたように思えます。

両者ともに眼差しがとても印象的な役者さんでした。
新しい発見をさせてくれるのは、繰り返しますが、やはり園子温監督という感じです。
そして、この『愛なき森で叫べ』もやはり、園子温監督全開という感じでした。

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