映画『空の青さを知る人よ』ネタバレ感想〜あいみょんを好きで良かった〜

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こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

この秋公開された『空の青さを知る人よ』を観てきました。

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』のスタッフが再び集まり、過去2作品と同様に秩父を舞台に描かれたアニメーション作品です。

『心が叫びたがってるんだ。』は個人的にグサグサ心に刺さり涙腺をこれほどかというまでに刺激された大好きな作品でしたが、『空の青さを知る人よ』は、別の文脈で心をグッサリ突き刺してきた映画でした。

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映画『心が叫びたがってるんだ。(アニメ版)』ネタバレ感想〜何回観ても泣ける〜

2019年10月12日



『空の青さを知る人よ』のスタッフ、キャスト

監督:長井龍雪
原作:超平和バスターズ
脚本:岡田麿里
しんの/慎之介:吉沢亮
相生あかね:吉岡里帆
相生あおい:若山詩音
中村正道(みちんこ):落合福嗣
中村正嗣(ツグ):大地葉
大滝千佳:種崎敦美
新渡戸団吉:松平健

あらすじ紹介

秩父の町に暮らす高校生の相生あおいは、進路を決める大事な時期なのに受験勉強もせず、東京へ出てバンドをやることを目指して大好きなベースを弾いて毎日を過ごしていた。あおいには唯一の家族である姉のあかねがいるが、2人は13年前に事故で両親を亡くしており、当時高校3年生だったあかねは恋人・金室慎之介との上京を断念して地元で就職し、妹の親代わりを務めてきた。

あおいは自分を育てるために多くのことを諦めた姉に対し、負い目を感じていた。そんなある日、町の音楽祭に大物歌手の新渡戸団吉が出演することになり、そのバックミュージシャンとして、あかねと別れたきり音信不通になっていた慎之介が町へ帰ってくる。時を同じくして、まだあかねと別れる前の慎之介が、13年前の過去から時を超えてあおいの前に現れる。

出典:映画.com

ベースでビッグになることを夢見る秩父の女子高生・あおいの前に、13年前に姉・あかねのことが好きだった高校生・しんのが生き霊として出現。

登場人物たちが過去に思い描いていた13年後と現状を、しんのという過去時点の語り部を用いながら描いていきます。

またMIHOシネマさんでは詳細な作品情報を掲載してくださっています。
興味のある方はどうぞご覧ください!

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。



映画のネタバレ感想

以下、作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

全然好きじゃなかった

上述したように『ここさけ』の個人的な評価が高く、鑑賞前の期待が上がってしまったことも相まったのですが、あまりこの作品が僕は好きになれませんでした。

このように(大人が)過去に通ってきた人生体験のノスタルジーを享受する映画は、感情移入できるかどうかが一つのキーポイントになってきます。

『ここさけ』では主人公の成瀬順をはじめとする登場人物たちに僕は入れ込み、涙しました。
ただ、本作ではどうしても主人公の相生あおいという高校三年生の女子生徒が好きになれませんでした。

両親を事故で失って以降、あおいは13個年の離れた姉・あかね(あか姉)に育てられました。
高卒後も実家に残り、幼いあおいを育てるために13年間を費やしてきたあか姉に、あおいは感謝しつつ、甘えながらも、その境遇から早く独立したいと念じながら進路希望欄に「東京」と書きます。

「自分のせいで」あか姉の夢を奪ってしまったと思い、あか姉のために自分の道を自分で歩みたいと思いながら。
でも、その彼女の自分の道にあか姉はいません。もう頼りたく、迷惑をかけたくないからです。

太眉のキャラクターがあまり好きじゃないという個人的な嗜好はさておき、本音を言えずに時にあか姉を傷つけるあおいは見ていて痛々しかったし、全然好きになることができませんでした。
これは反抗期を卒業してもう長い時間が経ってしまった自分が、歳をとってしまった結果かもしれません。

秩父と東京

『あの花』でも『ここさけ』でも秩父は舞台になっていましたが、「あの頃」を振り返るキャラクターの設定上(高校生)、その舞台は秩父に限定されていました。

本作では「あの頃」を振り返る人物が高校生だけでなく大人ーー31歳のあか姉、慎之介、みちんこーーも含まれていたため、彼らが大人になって社会人として生きていく上で東京という要素が出てきます。

東京に行けば何かが変わる、そう思いながら東京に憧憬を抱くあおいが描かれています。
熊谷ナンバーの車に乗って生活している秩父地方というのは、埼玉の中でもそれなりに田舎ではありますが、首都圏外の人からしてみれば東京の近くです。
電車で2時間あれば行けるし、東京がどんなものか、どんな雰囲気なのかはわかっていそうなものです。

夢や目標を叶えるためには「東京」という場所での研鑽、成功が必要という考え方はわかりますが、この壁(盆地)に囲まれた地元を出て東京に行けばどんな夢も叶うと思うみたいなユートピア的な発想が、あまり好きではありませんでした。

ちなみにこの作品で象徴的に使われているゴダイゴの「ガンダーラ」ですが、世代的には慎之介やあかねたちの親の世代の曲です。

そこに行けば
どんな夢も かなうというよ
誰もみな行きたがるが
遥かな世界

出典:うたまっぷ

(恐らく)慎之介たちが高校を卒業した年(2007)にMONKEY MAJIKによるカバーが出されました。
作内の慎之介やあかねたちと同い年であろう僕はMONKEY MAJIKによってこの歌を知りましたが、高校生の時からロックアレンジされるような名曲だったんですね。

全然好きになれなかったんだ

メジャーバンドでのデビューを夢見て上京したしんのは、31歳になった現在、新渡戸団吉という大物演歌歌手のバックバンドとして生活していました。

「一応デビュー曲も一曲出して、いま音楽に携わって仕事ができているのは幸せだと思う」と言いつつも、本来思い描いていた理想のバンドマンとは違う現況を話す慎之介。
少しやさぐれたキャラクターとして描かれていることからも、彼の置かれた現状がスケールの小さなものとして表現されています。

自分の大きな可能性を信じ、夢の実現を疑わずにやまなかった18歳のしんの、そしてそんなしんのに恋をして憧れていた18歳のあおい。
彼女からしたら、業界にすがりつきながらも本意ではない仕事をしている慎之介は虚しく映るのかもしれません。

一番弱い自分の影

慎之介たちと同い年の僕は現在、高校生の頃に思い描いていた業界で一応仕事ができていて、幸せだと思いながら過ごしています。

でもこの業界のナンバーワンにも、トップクラスのところにいるわけでも、もちろんありません。
同じような夢を抱いてやってきて、あるいは他の業界から違う視点を持ちながらやってきて、僕よりスーパーに輝いている人たちや、僕が昔やりたかった仕事で輝いている人たちはたくさんいます。

だから、感情移入ができなかったとは書きましたが、僕はこの作品の慎之介には凄く自分を重ね合わせながら観ていました。
自分がこうなりたいと思っていた夢とは違う現在地なだけに、「現在」の自分の小さなスケールのプロフィールで地元に帰るのが怖い彼の気持ちもよくわかります。

でもそのスケールが小さいことはそこまでダサいことなのでしょうか。

慎之介の現在、また地元にとどまる地方公務員のあか姉の現在を負け組として、何かを失ったり捨てたりした結果として、捉えているのが全然好きじゃありませんでした。

それらはあおいの目を通して描かれているがゆえ、あおいの捉え方がそうなのであればまだ子供なのだなと感じますし、映画の制作側の見方だとするならば幸せの尺度の測り方が一方的で乱暴だと思いました。

一方で、現在のあおいに想いを寄せるツグ(みちんこの息子)は、小学生ながらにも色々と達観していて本当に凄かったです。

あおいがどんな思考回路の持ち主で、この先どういう人生を歩んでいくのかをある程度理解した上で、彼女の助けに自分がなれるように、弱いところを補えるような旦那になれるようにキャリアデザインをしていました。
ある意味作品の中で最も現実離れしたキャラクターだと思います。



あいみょん

大人たちを夢に敗れた人たちと捉えるアプローチが全然好きになれなかった本作品ですが、それなのに僕がこの映画を嫌いになれなかった唯一にして最大の理由は、タイトルにもなっている「空の青さを知る人よ」の存在でした。

慎之介のデビュー曲としても描かれていますが、主題歌として歌っているのはあいみょんです。

音楽がメインテーマに設定された映画でありながら、音楽をガチで演奏するシーンがないのは意外でした。
あおいとみちんこを従えた新渡戸団吉のコンサートの本番をあえてカットして、あおいの実力がどれくらいなのかは結局描かれないまま。

そんな中で、「本物」の音楽を求めて青臭い夢を口にするしんの、あおいの「目玉スター」と対比させるように、製作側は揺るがない人気スターであるあいみょんの新曲をフルで使ってきました。

ベースという引き立て役は何たるかというものかを事細かに提示してくる一方、音楽への本気度がいまいち測れないというか、意図的に隠したような作品の作りの中で、EDの「葵」を含めるとあいみょんを丸二曲ブッ込んできたのにはたまげました。

しんのとあおいがあかねの元に空中遊泳している様も、彼らが自分たちのポエムを話す様も、状況を考えれば全く共感し得ないものでしたが、この「空の青さを知る人よ」の存在感は劇中の紛れもない主題歌でした。
設定がどうでもよくなるくらいに本物を感じられる歌でした。

あかねとあおい

空を泳ぐシーンからも、映し出される真っ青な空と茜色に染まる夕焼けの空からも、そしてタイトルからも、この作品は秩父の空の青さを、どこまでも繋がっている広い空にあおいや僕たちが気づくことができる映画です。

あいみょんの「空の青さを知る人よ」では、「赤く染まった空から」「青く滲んだ思い出」というフレーズでサビが歌われています。
エンディングテーマは、あいみょん が歌う「葵」です。

そして映画の主人公とも言える姉妹の二人は「あかね」「あおい」です。

僕はあいみょんが好きなので鑑賞前から「空の青さを知る人よ」「葵」は聴いていました。
だから劇中やEDで流れた時は嬉しかったし、もっと聴きたいと思いながら彼女の歌声を感じていました。

鑑賞後に歌詞を改めて読むと、僕が映画の中で汲み取れなかったメッセージがダイレクトに伝わってきました。
両曲ともに、特に「葵」はこの映画の全てを説明できるほどの詩が詰まっています。

僕たちが想像していた未来と、あの日の夢と、あの日の影と、ただいまを言える場所。

いまいち映画のリズムに乗り切れずに劇場を出た僕のもやもやが、だんだんと晴れていきました。
もしこの歌があいみょんでなかったら僕は歌詞を再び読むこともしなかっただろうし、EDはサラッと聞き流して終わりだったと思います。

全然好きじゃなかった。
全然好きになれなかった。

そんな自分をもう一度作品のメッセージに向き合わせてくれたあいみょんと、彼女を起用してくれた作り手の皆さんに感謝。

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