映画『朝がくるとむなしくなる』ネタバレ感想|「大丈夫」に私も救われた

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こんにちは。織田です。

今回は2023年公開の映画『朝がくるとむなしくなる』の感想を紹介します。

主演は唐田えりかさん。監督は『左様なら』などの石橋夕帆監督。同作品に出演した芋生悠さんが元同級生役を演じています。

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映画『左様なら』ネタバレ感想|『桐島』に匹敵。教室内のポジション描写は圧巻

2023年5月30日

『朝がくるとむなしくなる』は、むなしさを抱えていた主人公の日常が再び動き出していく、再生していく物語なのですが、今の自分にはとても染み入るというか、寄り添ってくれるような映画でした。観終わって一番に思い浮かんだのは感謝の念です。

以下、本記事は作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。



あらすじ紹介

会社を辞めたのち、コンビニエンスストアでアルバイトとして働く24歳の飯塚希(唐田えりか)。退職したことを実家の両親にもいまだ伝えられず、新たな職場にもなじめないまま、どこかむなしさを感じながら毎日朝を迎えていた。そんな中、中学時代の同級生・大友加奈子(芋生悠)とアルバイト先で再会する。当初は戸惑う希だったが、何度か加奈子と顔を合わせて距離を縮めていくうちに、停滞していた日常が徐々に動き始める。

出典:シネマトゥデイ

スタッフ、キャスト

監督・脚本 石橋夕帆
飯塚希 唐田えりか
大友加奈子 芋生悠
森口 石橋和磨
彩乃 安倍乙
田淵 中山雄斗
店長 矢柴俊博
この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



映画のネタバレ感想

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

しらこばと橋の画像

しらこばと橋(出典:写真AC)

止まってうずくまっていた人が再び立ち上がる──『朝がくるとむなしくなる』は染み入るというか、今の自分が必要としていた映画でした。

その魅力を考えてみると、この作品で大友(芋生悠)が差し伸べる主人公への肯定はもちろんなのですが、登場人物たちの“深さ”が出色だったと思います。

これは高校の教室内での群像劇を描いた石橋監督の『左様なら』にも通じています。

うずくまっていた人

まずは主人公の飯塚(唐田えりか)について。
彼女は逃げるような形で仕事を辞めたことに心の負い目があるようで、離れて暮らす親にもそのことはまだ言えていません。いまはコンビニ店員として働いています。

先ほど「止まってうずくまっていた」という表現を使いましたが、この映画では飯塚の心が傷つき、閉ざされていたことを静かに伝えていきました。

例えば部屋のカーテンレール。
彼女は序盤にカーテンレールを壊してしまい、代替品を買ってきたものの(恐らく工具が足りなくて)壊れっぱなしが続いていました。

例えば毎日の食事。
コンビニ弁当に始まり、カップラーメン、レトルトカレー…。飯塚は自炊をほぼせず、親が送ってくれた野菜もなかなか使われないようです。

例えば同僚との会話。
コンビニで働く彼女は、硬さを携えながら同僚と会話します。笑顔を見せることもなく、居心地が良くはないことが伝わってきます。

飯塚の毎日は、充実とはかけ離れたものに映っていました。QOLという言葉がありますが、彼女の生活の質は決して高くはないはずです。

本作品における登場人物の真意はこういった表情や演出から想像する形になるわけですが、特に印象に残ったのはカーテンレールのところ。

飯塚は大家さんに電話をかけ、自分で取り替えてねとのことだったのでしょう、新しいレールを自転車のカゴに積んで部屋へ戻り、直そうとしました。着手はしました。
が、頓挫してしまいました。

これは結構ダメージくると思うんですよね。
“解決しようと”するところまでは行ったんです。思うだけではなく行動までした。でも、解決できなかった。

前の職場の経験もあって、彼女は自己評価が低めなのですが、このカーテンレールの件も自分に失望してしまう一つになるのではないのかなと思いました。

ちなみに大家さんに電話する時、自分にそんな過失がない様な言い方で伝えるのが彼女の一面見れてよかったです…笑

寄り添う人

そんな飯塚の前に現れたのが中学の同級生・大友(芋生悠)でした。
大友はコンビニで働いている飯塚に声をかけ、そこから飯塚の滞っていた世界が少しずつ動き始めます。

二人は千葉の佐原で同じ中学に通っていたけれど、大友は家庭の都合で転校。その大友が住む街に、東京で就職した飯塚が一人暮らしをしている、という設定だと思います。

大友がすごいなと思ったのは、再会して間もない頃──例えばボウリングを一緒にした日──も飯塚のことを静かに受け止めていたところでした。

当時の飯塚は大友との距離感をまだ測りかねていて、自分からはあまり話さず、目を泳がせていました。

けれど大友はそんな相手の事情に探りを入れることもない一方、私はあなたといれて嬉しい、信頼しているという雰囲気を醸し出していきます。ボウリングを追加で1ゲームすることになったのもその一つでしょう。
そしてその追加ゲームは、不安に苛まれていた飯塚にとっても“前に進んでいく”上で大きな意味を持ったはずです。

ボウリングを終えた彼女は「普通に楽しい」と口にしました。それまでの展開で「楽しさ」を感じてそうな場面は皆無だった飯塚がです。
(余談ですが後に野菜を譲ってもらうというシーンでは、大友が「普通に助かる」と使っています)

関わる人

大友だけでなく、この映画では飯塚の勤務先であるデイリーヤマザキの同僚も重要な位置を担っています。

ショッポが人類共通語だと疑ってやまないヤバ客の存在をはじめとして、店長(矢柴俊博)に「水曜の夕勤、シフト入れない?」と毎回言われたりと、コンビニで働く日々は飯塚の気力をすり減らしています。前述したとおり、飯塚は勤務中に硬い表情を崩しません。

ただ、この同僚たちが飯塚にとって無関心な対象であり続けるかと言われれば、そうではありません。

勤務先も“居場所”となることを示したのがとても良いですよね

飯塚が淡い好意を寄せることになる森口(石橋和磨)はもちろんのこと、飯塚がコンビニで初めて笑ったのは“あの”おでん(餅巾着)を選ぶ彩乃(安倍乙)との会話でした。小さくないギャップが横たわっていた序盤を考えると感慨深い…。

また、硬さを隠さなかった飯塚が馴染んだのは田淵(中山雄斗)の送別会も大きかったと思うんですよね。

宴席で映される彼女は──恐らく飲み会序盤だったんだと思いますが──仏頂面でジョッキを傾けています。盛り上がる彩乃や店長、遅れてきた田淵に比べると楽しそうではありません。この時間をやり過ごしている風にすら見えました。

ですが、店を出る頃には一変。彩乃に身体を預けて酩酊しているわけです。

「飯塚さん、飲むとこんなになるんだ」とは周囲の偽らざる本音でしょう。口数少なく表情にも乏しかった飯塚の一面を垣間見た同僚たちは、彼女との精神的な距離を縮めていったはずです。それを受けて、飯塚からの矢印の向け方も変わっていき、デイリーヤマザキは彼女にとっての確かな居場所となっていったはずです。

宴席のコミュニケーションはあくまで一例ですが、意外な一面を見せることで“新顔”が仲間入りを果たしていくのって往々にしてあるよねと改めて感じたシーンでした。

再起する人

停滞していた飯塚の日常は、彼女自身は、次第に動き始めます。大友の家に泊まり、彼女に優しく受け止めてもらった日はその最たるものでしょう。

飯塚は手付かずでいたカーテンレールの修理作業をやり遂げました。ここは本当に泣きそうになりました。

止まっていた時計の針を再び動かす、といっては大袈裟かもしれませんが、やろうと思ったのにできなかったこと、できそうだと思ったのにできなかったことを達成したことは、飯塚の人生の矢印を再び前に向かせるだけの価値があったと思います。

一方で“まだ達成できなかったこと”もこの作品は残していて、それが肉じゃがを作ろうとして諦めたシーンですよね。
理由はたぶん醤油が切れてたという感じでしょうけども、全部が全部劇的に変わるわけではないという現実味はこの映画ならではだと思います。

ちなみに醤油のボトルで彼女の地元が佐原なのを改めて認識しました。(「下総醤油」は香取市(旧・佐原市を含む)の企業の製品)



この映画が必要だった理由

佐原の写真

佐原(2023年、筆者撮影)

最後に、『朝がくるとむなしくなる』が“今の自分”に必要だった理由を少し書かせていただきます。

ここ数ヶ月、私は仕事において「頑張る」ということができていません。

幸運にもこれまで好きなことを仕事にしてきたのですが、“好きなこと”への熱意が下がってきて、前のめりで取り組むことが少なくなってきました。年齢を重ねていく中、そのキャリアにふさわしいと周囲から求められるものに応えられているのだろうか、否、そうではないと自答することも多くなりました。

頑張る、熱意をもって取り組むということは人生において大事なことだと思います。
社会人にとってのそれは往々にして仕事であり、「頑張る」を積み重ねることがその人を成長させ、その先にある成功体験が自身を豊かにします。私たちのような仕事はなおさらで、「好きを貫く」イコール「頑張る」といえるかもしれません。

だからこそ、以前のように「頑張る」ことができない自分に失望していました。存在している価値がないのではと感じ、色々なものから「降りたい」と考えることも頻繁にあり、不安定になっていました。

そんな中、本作品『朝がくるとむなしくなる』を鑑賞しました。

大友の「大丈夫」

作中、大友(芋生悠)飯塚(唐田えりか)を受け止め、「大丈夫」と言って支えます。

この「大丈夫」に私も救われました…

「頑張る」文脈で言うと、彩乃(安倍乙)が言っていたように、朝起きて生活してるだけで頑張ってる、十分偉い、というメッセージもありました。でも、彼女の言葉をそのまま受け入れられるほど前向きではありませんでした。

一方、「(飯塚さんは)大丈夫」という言葉には今だけでなく、これからも肯定してくれる安心感があります。一緒に寄り添ってくれる共生的な温かみも感じます。
さらに(うろ覚えですみませんが)「間違えたと思っても…」と言葉を紡ぐ大友は、飯塚の過去から続く傷もケアしています。

私自身が過去の失敗を引きずるタイプでもあるのですが、大友のかけてくれた言葉は今の自分に必要なものでした。
そして飯塚が前を向くのを見て、自分ももう一度前を向く努力をしてみようと思いました。

『朝がくるとむなしくなる』の人間味ある温かさは、折れかけていた心にそっと手を当ててくれるものでした。
このタイミングでこの映画に出会えたのは本当にありがたいことでした。誇張じゃなくそう思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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左様なら

石橋夕帆監督、舞台は海辺の高校。芋生悠さんが主人公を演じていますが、彼女だけでなくクラスメイト一人一人の“キャラクター”や立ち位置が描かれています。観た人なりの感情移入や既視感を持てる青春群像劇。
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