こんにちは。
今回は2022年公開の映画『ある男』の感想をご紹介します。
石川慶監督。原作は平野啓一郎さん。主演に妻夫木聡さん、安藤サクラさん、窪田正孝さん。
私たちと家族だったあの人は結局誰だったんでしょうか?という話。
最近だと『市子』(2023)、その他では『名前』(2018)とか『嘘を愛する女』(2018)などを思い出します。
本作品『ある男』は役者の演技力がとても高い映画ですが、特に妻夫木さんの使い方が最高でした。
本記事は作品のネタバレを含みます。未見の方はご注意ください。
あらすじ紹介
弁護士の城戸章良(妻夫木聡)は、かつての依頼者である谷口里枝(安藤サクラ)から亡き夫・大祐(窪田正孝)の身元調査を依頼される。離婚歴のある彼女は子供と共に戻った故郷で大祐と出会い、彼と再婚して幸せな家庭を築いていたが、大祐が不慮の事故で急死。その法要で、疎遠になっていた大祐の兄・恭一(眞島秀和)が遺影を見て大祐ではないと告げたことで、夫が全くの別人であることが判明したのだった。章良は大祐と称していた男の素性を追う中、他人として生きた男への複雑な思いを募らせていく。
スタッフ、キャスト
監督 | 石川慶 |
原作 | 平野啓一郎 |
脚本 | 向井康介 |
城戸章良 | 妻夫木聡 |
谷口(武本)里枝 | 安藤サクラ |
谷口大祐 | 窪田正孝 |
谷口(武本)悠人 | 坂元愛登 |
武本初江 | 山口美也子 |
後藤美涼 | 清野菜名 |
谷口恭一 | 眞島秀和 |
中北 | 小籔千豊 |
伊東 | きたろう |
小菅 | でんでん |
柳沢 | カトウシンスケ |
茜 | 河合優実 |
小見浦憲男 | 柄本明 |
まず俳優陣がすごい。前情報を持ってなかったので、この人も出てるの?と次々に驚きました。
鰻屋での沈黙を含んだ長回しにも余裕で耐えうる安藤サクラさんと窪田正孝さんをはじめ、妻夫木聡さん、柄本明さん、でんでんさん、河合優実さん。豪華の一言に尽きます。
また、河合さんと2024年のドラマ『不適切にもほどがある!』で共演した坂元愛登さんがキーマンとして出演しています。
映画のネタバレ感想
以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。
先ほども述べた通り、映画『ある男』の大きな魅力になっているのは役者陣の充実ぶりです。本当に隙がなくて凄かった。
この圧倒的な役者陣がいることで分厚いヒューマンドラマの重さにも押しつぶされない一方、ちょっと母親の里枝(安藤サクラ)と息子の悠人(坂元愛登)に背負わせすぎかなという気もしました。安藤サクラが凄すぎるばかりに。
こういう系統の物語では、得てして子どもの物分かりがとても良いものですけど、お父さん“だった人”の運命と向き合い、自分で消化する悠人の器量の大きさに対しては7割の感嘆と3割の(こんな子なかなかいないよね)という感じでした。
そんな彼を見守るのは親と祖母だけでなく、地域の人たちも大きな役目を担っています。この温かさがあることで、悠人の並み外れた“良い子”の部分にも納得できました。
谷口大祐の上司・伊東(きたろう)が言った「悠人、今日は何して遊ぼうか?」には不意打ちで泣きそうになりました。私もこんな風に言える(ことが許される)おっさんになりたいと願います。切に。
A Manの過去
さて、タイトルにもなっている「ある男」(A man)です。
The Manではなくて、特定不可の男性を指すA Manです。映画内では「X」と表現されていました。
窪田正孝(の演じる男性)は、作品序盤においては「ある男」ではありませんでした。
「里枝の夫で、悠人と花の父で、林業に従事する谷口大祐、という男」でした。彼がその修飾語というか、肩書きを失ったのは死後のことです。
物語の大部分は「ある男」が「どんな人だったのか」を紐解いていくことに割かれていて、証言や回想をベースにして「谷口大祐(原誠)」の輪郭が明確にされていきました。これは石川監督、向井氏脚本で妻夫木が主演した『愚行録』にも近いものがあります。
同じくボクシングを題材とした『初恋』(2020)に代表されるように、窪田正孝さんは多面性を凄まじく表現する役者です。当然ながら今回も回想シーンの解像度は高くなります。
調査を進める城戸(妻夫木聡)とともに、私たちも「谷口大祐(原誠)」へ移入するようになりました。
The Manとしての決着
「原誠」の過去を探る中で印象に残ったのが、ボクシングジムで一緒だった小菅会長(でんでん)と先輩・柳沢(カトウシンスケ)のエピソードです。とても良かった。特に柳沢。
自棄的になっていた原誠の当時の精神状況を考えると、彼が確かに周りに愛されていたことを証明する柳沢の言葉の価値は計り知れません。「たくさん話したいことあります」とも言っていましたけど、これは生きてるうちに本人に届いてほしかった…。
第一印象は好きじゃなかったとか言ってるのも素直で信用できますね。『ケイコ 目を澄ませて』や『アンダードッグ』もそうでしたけど、ボクシングのセコンドは人間味のある人が多くて泣いてしまいます。
そうこうして、城戸の懸命の調査(費用はいくらかかったんでしょうか…)により、窪田正孝が演じた“彼”の身元が判明。「ある男 / A man」ではなくなりました。
武本里枝や悠人、元同僚といった宮崎の人たち、さらにはボクシングジムの人たちといった、谷口大祐 / 原誠とともに過ごした人たちには救いの光が差しました。後藤美涼(清野菜名)も“本物の谷口大祐”と会うことができました。
そして城戸も妻子との生活に前向きな光が差し、めでたしめでたし──
──とはなりませんでした。やはりと言うべきか、この映画は最後に「ある男」の存在を暴露します。
妻夫木聡と「A Man」
“カメレオン俳優”という表現が使われるように、色や癖がなくてどんな役柄でもすとんと落とし込めてしまう俳優がいます。
個人的に妻夫木聡はその最たる存在だと思っていて、陽・陰・老・若、どんなキャラクターを演じていてもそこで”妻夫木聡”という固有名詞が前面に主張してくることはまずありません。
色々な役柄をやってきたことも当方の印象に刷り込まれているのでしょう。 彼が演じている役を観ても、「っぽさ」だったり、“妻夫木が演じている”という感覚が希薄なんですよね。
ゆえにです。窪田正孝(や仲野太賀)が演じた、戸籍を交換した「ある男 / A Man」というのは、妻夫木にこそ最高に当てはまるのでは──という思いを頭の片隅に置きながら観ていました。
そうして迎えたラストシーン。
バーのカウンターで樹齢や泉質といった聞き覚えのある蘊蓄を披露し、「A Man」と化したのは城戸でした。妻夫木の城戸でした。
これを待っていました。興奮が止まりませんでした。
『ある男』は主演3人の形をとっていると思いますが、作品の大部分において軸となっていたのは窪田正孝であり、また彼を知ろうとした安藤サクラです。
城戸はあくまでも「ある男」の背景を探る側であり、当事者ではありませんでした。
しかし最後に、傍観者は主人公へと、「ある男」自体へと変貌を遂げます。窪田と安藤だけでなく、妻夫木聡も主演であることを示すには十分なラストシーンでした。
彼が別人の人生を騙るに至る伏線も張られていました。城戸に対してそれまで執拗に繰り返されてきた差別の蓄積は、ここでようやく回収されます。
余談ですが、捜査者が調査対象から知らず知らずのうちに影響を受け、ミイラ取りがミイラになってしまうかのような展開、またその後味は、山田孝之がジャーナリスト役を演じた『凶悪』(2013)とよく似ていました。
『ある男』が好きだった方はご覧になってみてはいかがでしょうか。
妻夫木聡さんの主張しすぎない魅力が光った『ある男』。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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愚行録