映画『万引き家族』ネタバレ感想〜驚きの血縁関係。子供は親を選べるか〜

今月上旬に公開された是枝裕和監督の映画『万引き家族』を観てきました。

リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優ら。カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞した作品です。

東京都荒川区の平屋で、おばあちゃん(樹木希林)の年金を当てに生活する柴田家。そこに一人の女の子「ゆり」(佐々木みゆ)が加わり、一つ屋根の下で6人の人間が暮らす様を描いています。

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。



『万引き家族』のスタッフ、キャスト

スタッフ、キャスト

監督・脚本:是枝裕和
柴田治:リリー・フランキー
柴田信代:安藤サクラ
柴田亜紀:松岡茉優
柴田祥太:城桧吏
ゆり:佐々木みゆ
4番さん:池松壮亮
北条保:山田裕貴
北条希:片山萌美
柴田讓:緒形直人
柴田葉子:森口瑤子
前園巧:高良健吾
宮部希衣:池脇千鶴
柴田初枝:樹木希林

あらすじ紹介

治(リリー・フランキー)と息子の祥太(城桧吏)は万引きを終えた帰り道で、寒さに震えるじゅり(佐々木みゆ)を見掛け家に連れて帰る。見ず知らずの子供と帰ってきた夫に困惑する信代(安藤サクラ)は、傷だらけの彼女を見て世話をすることにする。信代の妹の亜紀(松岡茉優)を含めた一家は、初枝(樹木希林)の年金を頼りに生活していたが……。

出典:シネマトゥデイ

ぴあ 映画生活さんの記事

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。



映画のネタバレ感想

以下、作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

万引き推奨映画では、断じてない

『万引き』という言葉が象徴的なため誤解されがちですが、この作品は万引きをテーマにしたものでも推奨するものでもありません。

祖母の年金で足りない分を治(リリー・フランキー)の日雇い派遣と信代(安藤サクラ)のクリーニング屋でのパートでなんとか賄い、年頃の女の子の亜紀(松岡茉優)は軽い風俗バイトで自らのお小遣いを稼ぎます。

そして物資として盗れるものを治と祥太(城桧吏)が万引きしていく。そんな繰り返しの毎日でした。


写真説明
ハンドサインを使いながら万引きをする治と祥太。特に祥太は男のロマンとして治との盗みを捉えている節がありました。

是枝監督は過去にも社会派的な作品を撮っていましたが、ネグレクトが発端になっているという点、また子供主眼の撮り方がある点で『誰も知らない』に似ていると感じました。

所詮フィクションというのは簡単。観て気持ちが良くなる映画ではないかもしれません。

でも、確かにこういう悲しい一家は存在するんです。それを提起した是枝監督の気概を僕は買いたいと思います。

映画『誰も知らない』ネタバレ感想〜かわいそう、だけじゃないよね〜

2014年1月2日

『万引き家族』の見どころは?

『万引き家族』は事前情報を持たずに鑑賞した方が、よりダイレクトに映画の意図を感じられる種類の作品です。

僕の友達は予告編を見て「暗く、散らかった部屋が印象に残り、陰鬱になりそうな映画」と言っていました。

確かに柴田一家は一貫して暗く、じめっとした色彩で撮られています。

ただ、そんな暗い家の描写にも、彼らは可哀想なのか?と問われるとそうでもないんですよね。
貧困の悲しさに焦点を当てた映画ともまた違うと思います。

彼らはその日暮らしとはいえ、そこから抜け出そうともがくわけではありません。

暮らしの水準を維持するために、最低限の労力で生活している。
もっと他にやりようがあるのではないか。憐れみというよりは哀しさを覚えました。

でも何故、正規の仕事につこうとしないのか、何故諦めてしまうのか。そういう疑問は鑑賞中ずっと頭をもたげていました。
その答えは終盤に柴田一家の構成が明かされることで明らかになりました。

同じような境遇の生活をリアルで体感したことがある人以外は、この映画をドキュメンタリーに近い形で客観視して観ると思います。
でも撮り方としては外からではなく、中から映している。「可哀想」に映すような目線で撮っていないんです。

恵まれない環境として客観視する僕たちに、そんな世間体はどうでもいいんですよと柴田家のみんなが教えてくれるようなつくり方だと思います。彼らは悲壮感を漂わせて生活してるわけではありません。

このあたりは、戦時中の一家にスポットを当てた『この世界の片隅に』にも似ていると思います。

だから『万引き家族』には情緒をいたずらに刺激するようなことがありません。個人的には「感動する」類の作品ではないと思います。

観てよかったと思うか、
観なきゃよかったと思うか、
さすがパルムドールと思うか、
こんなのがパルムドールなのかとがっかりするのか。

色んな感想があると思いますが、現実にこのような環境があることは事実です。

美化も悲劇化もせずに描いてくれた是枝監督に感謝です。

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少し臆病で何かに怯える「父」

『そして父になる』でも好演したリリー・フランキーは諦めの念の強さが印象に残りました。

彼は様々なことに対して責任や主導権を他者にすり替えます。

それは過去に起こしたことが理由なのか。
彼の元々のキャラクターなのかはわかりません。

仕事に行きたくないとこぼし、足を怪我して自宅休養を余儀なくされても、焦ったりすることはありません。

ただ子供たちとの触れ合いを見ていると、ずるい人ではないのだろうなということは伝わりました。少し臆病なだけなのかなと。

映画『そして父になる』〜この親にしてこの子あり〜

2015年1月15日

彼はワークシェアという言葉を知りませんでした。

彼は国語の教科書に出てくる「スイミー」という作品を小難しい英単語として理解を諦めました。

自分ができないと諦めることでいろいろなことから逃げていた治。でも、柴田家の中では父親の役割を果たしていましたし、それは彼が諦めの人生の中で自分の存在を見出すための役割だったのかもしれません。

ゆり(佐々木みゆ)を家に迎え入れたのは治が連れて帰ったのが発端でした。
ご飯を食べさせてから一度は北条家(ゆりの家)に戻しに行きましたが、状況を察知して再び連れ帰ったのも治の選択でした。

リリー・フランキーのおどおどした父親ロールを見ていると「そして父になる」というフレーズがぐっと胸に沁みます。

安藤サクラの「母」としての成長

治の妻役の信代を演じたのは安藤サクラ
信代は実は、映画の2時間の間で一番成長したキャラクターかもしれません。

最初、治がゆりを連れ帰ったときに彼女は面倒くさそうな表情を見せました。

うちは他人に食わせるメシがあるほど余裕ねーんだよ。穀潰し連れてくんなよ。

こんなセリフが脳内再生されるくらいには面倒そうでした。怖かったです。正直。

次の日の朝、ゆりがおねしょをしてしまった時もいたく嫌そうな顔をしていました。ゆりは北条家で家庭内暴力を受けていたわけですが、何?安藤サクラもDVするの?と勘ぐってしまうほど。

そんな彼女が、次第にゆりに対して「母」になっていきます。ゆりをかくまっていることがバレるのを恐れて、信代たちは「りん」という名前を与え、髪を切ります。

柴田家のやっていることは誘拐、軟禁なんですけど、やっぱり主眼が置かれてる分、我々も感情移入してしまいます。

シチュエーションとしては奥田瑛二監督の『長い散歩』にとてもよく似ていますね。

祥太(城桧吏)が最も甘えられる存在も信代だったのかなと思います。歩きながらラムネを飲んでぷはぁーっとやるシーンは実に微笑ましい。
だからこそ、彼女は刑務所で祥太に本当の出自を告げたんだと思います。その後のシーンが描かれないことを考えると、とても、とてもつらい告白でした。

▲安藤サクラが強く凛々しく生きていく主人公を演じています。

治以上にお金に執着する信代でしたが、クリーニング屋のパートを高級取りという理由で退職させられ、基本的にあまり報われません。同僚に缶コーヒーを奢ってもらうこともありました。

物語後半で治とセックスをした後に2人で吸ったタバコは彼女たち夫婦のささやかなご褒美だったのかもしれません。
あのシーンから祥太、りんがずぶ濡れになって帰って来るところまでがノーカットで撮られているのは本当にすごい。

城桧吏にはまってしまいました

前髪を上げ、ダボダボの服を着て、彼は商品をくすねました。
「万引き家族」の象徴的なキャラクターとして描かれた祥太を演じたのは城桧吏

この作品の主人公といってもおかしくないほど、彼のシーンには是枝監督の熱意が込められていました。

万引きをして盗んだ商品を「戦利品」と言ったりしますが、祥太が治と獲得した戦利品は勲章とかスリルのためではなく、生活のためだったはずです。

その一方で彼は拾った金属とか、クリーニング屋で混入していたネクタイピンとかを大事そうに自分の宝物スペースに保管します。彼の居場所は押し入れの中。ヘッドライトのついたヘルメットをかぶって暗闇の中で本を読みます。
外では廃車の中に秘密基地を作ってシェルターとしていました。

「場所」を求める祥太にとって、りんの存在は末っ子としての場所を奪われる脅威だったのかもしれません。これって弟や妹ができたときに上の子に起こりがちなことですよね。
彼が見せた冷たい態度は、甘えと恐れと寂しさと恥ずかしさだったはずです。

祥太は本作品の主人公といっていいと思いますが、本当に可愛らしかった。

大きな目。淡々とした話し方。自分の境遇を不幸と思わない強さ。言われたことを守り、自分なりの考え方に昇華させるまっすぐさ。

柵や塀に物を当てながらカタカタと音を立てて歩く幼さ。あれ、僕たちも小さい頃やってました。やりたくなるんですよね。

是枝監督がこだわって撮っていたのが伝わってきました。あんな美少年をよく見つけてきたなと思いますし、可愛らしさという魅力を存分に生かしています。
この作品に感情移入するとすれば、その対象は祥太になるのではないでしょうか?

りん(ゆり)を演じた佐々木みゆもまた良かったです。違う家族の一員になる、その意味のわからなさを彼女の自然な演技が上手く表していたと思います。

治と信代のところでも書きましたが、りんがこの家の人間に新たな役割を与えた存在なんですよね。
北条家に戻って「ごめんなさい」を言わなくなった彼女を見ると、もう胸が張り裂けそうになりました。

末妹として新しい「家族」が加わるのは『海街diary』とよく似ています。

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2018年6月9日

松岡茉優の色気。その果ては?

松岡茉優は20代前後?の亜紀を演じました。

この亜紀の存在で僕は柴田家が普通の血縁関係にないのではという思いに至ったのですが、実際、亜紀は治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)の娘でもなければ初枝(樹木希林)の娘でもありません。

亜紀は「横乳を見せる」店なる軽めの風俗でアルバイトをします。お客さんとマジックミラー越しに対面して、色々なサービスを見せるっていうあれです。

女性自身さんが、松岡茉優が潜入取材を行ったとの記事を出していました。JK見学店って言うんですね…

風俗店で大胆に下着姿を解禁し、海では水着姿も見せた松岡茉優の亜紀。

映画の中では描かれていないんですけど、彼女を一家に連れてきたのはおばあちゃん(樹木希林)なんですよね。(後述)
そんなおばあちゃんと一緒の布団で寝て、小さな変化にも気づいてもらって、亜紀は全幅の信頼を寄せるようになりました。

誰もいなくなった柴田家の戸を開け、亜紀が佇むラストシーンは凄く印象的でした。
ムワッという湿気、熱気、カビの臭い。そういったものを真正面から浴びて彼女はどうしたのでしょうか?

一人でアパートで暮らす治。
刑務所に入った信代。
施設に入り、学校へ行くことにした祥太。

北条じゅりに戻った、りん。

それぞれが離散し、それぞれの未来へ歩んで行く中で、亜紀だけが意図的にぼかされている感じを受けました。

彼女は前向きに生きていくことができるのか。そもそも実家に戻ることができるのか。

「可愛い」「綺麗」という概念や自己肯定してくれる他者以外に何か彼女を動かすものはあったのでしょうか。

もちろんゆり(りん)が来て、可愛くて仕方がなかったと思います。治は「父」に、信代は「母に」祥太は「兄」になりました。

亜紀は「姉」になるはずなのですが、彼女にはもともと妹がいました。
亜紀が劣等感を感じてやまない「さやか」という妹がいました。

万引き家族の血縁関係

なぜ祥太は治を「父さん」と呼ばなかったのでしょうか。
なぜ亜紀は「父さん」「母さん」と言わなかったのでしょうか。

答えは祥太が保護された終盤で明かされます。

柴田家は血の繋がった家族ではありませんでした。

治や信代が、ちゃんとした仕事に就かないこと。
おばあちゃんの死体を葬儀場に持っていかずに埋めたこと。

その答えは、彼らが柴田治でも柴田信代でもなかったからでした。

治は信代の元夫を殺して埋めました。

祥太は松戸のパチンコ屋で車に放置されているところを(車上荒らしのついでかはわかりませんが)治と信代に拾われました。

治も信代も初枝(樹木希林)と血縁関係にはありませんが、年金暮らしの彼女に目をつけて転がり込みました。

亜紀は、初枝の元夫の再婚相手の孫でした。父、母、妹と一見普通の家庭に暮らしていましたが、彼女は血の繋がっていない初枝のもとに行きました。

治、信代には子供がいませんでした。彼らにとって、祥太やりんは親を疑似体験できる存在でした。また、祥太やりんにとっても父母を実感できる対象でした。

おそらく大学生くらいの歳とは思いますが、亜紀は疑似家族の枠から少し出ていたような気がします。治と信代の娘としても妹としても中途半端な歳。治と信代も亜紀をどう扱っていいのかよくわかっていない感じでした。

亜紀がおばあちゃんを親のように慕ったのはそういうところもあったと思います。
池松壮亮が演じた客(4番さん)を抱きしめたのも、自分を求める他者を通じて自らの存在を確かめたのかなと。

観終わってから振り返ると亜紀は一番難しい役柄だったのではと思います。松岡茉優に拍手。

確かに犯罪。なんだけど

『歩いても 歩いても』では再婚の妻の連れ子という形で、血縁関係にない父子を描きました。
『そして父になる』では赤ちゃんの取り違えという形で血縁関係にない親子を描きました。
『海街diary』では母を捨てた男の再婚相手との子供という形で血縁関係にない姉妹を描きました。

そして今回、血縁関係にない家族を描きました。先述した『誰も知らない』などを含めて是枝監督の集大成と言ってもいいと思います。

高良健吾と池脇千鶴の演じる刑事たちは取調室で執拗に「万引き家族」を責めます。

正論だと思います。撮り方の問題で意地悪には映りますが、世間的には正論です。

でも、正論を正しく活用できる人ばかりではありません。

よく「親は子を選べない」「子は親を選べない」と聞きますが、力関係で勝る親が子を虐待するニュースが後を絶ちません。

柴田家で疑似家族を営む治たちのやっていることは確かに犯罪でした。見方によっては柴田家を乗っ取って一家を抹消する事件に発展する可能性すら秘めています。

けれど、「子供が親を選ぶ」という選択肢に禁断の形で触れたこの作品は「血はすべてなのか」と僕たちに投げかけてくれました。

血が繋がっているがゆえに守られているもの。

血が繋がっているがゆえに脱出できないもの。

現実の色々なこととリンクして考えていきたい濃厚な作品でした。

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