映画『愚行録』ネタバレ感想|犯人探しよりも生々しい承認欲求が面白い

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こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

今回は2017年の映画『愚行録』を、Amazonプライム・ビデオで鑑賞しましたのでご紹介します。

原作は貫井徳郎さんの小説で、石川慶監督の下、妻夫木聡さん満島ひかりさんといったキャストを起用しています。

サスペンス、ミステリーというよりも、人間の本性を炙り出したヒューマンドラマだった気がします。

この記事では2021年公開の『あのこは貴族』にも触れながら、『愚行録』について感想を書いていきます。



あらすじ紹介

エリート会社員の夫・田向浩樹(小出恵介)、美しい妻・夏原友季恵(松本若菜)と娘の一家が、何者かに惨殺された。事件発生から1年、その真相を追う週刊誌記者の田中武志(妻夫木聡)は、一家の関係者を取材。浩樹の同僚・渡辺正人(眞島秀和)、友季恵の大学時代の同期・宮村淳子(臼田あさ美)、浩樹の大学時代の恋人・稲村恵美(市川由衣)らから語られる、一家の意外な素顔に驚く田中。そして、自身も妹の光子(満島ひかり)が育児放棄の容疑で逮捕されるという問題を抱えていた。

出典:シネマトゥデイ

物語の軸は、1年前に起きた一家殺人事件。被害者は田向(タコウ)さんという一家です。

主人公の田中(妻夫木聡)は事件を追い、殺された一家の夫婦に対する証言を掴んでいきます。
一方で妹(満島ひかり)が育児放棄で捕まっており、彼女をどう助けるのか、というもう一つの軸がありました。

個人的には、妹パートが少し長かったような気がしました。

スタッフ、キャスト

監督 石川慶
原作 貫井徳郎
脚本 向井康介
田中武志 妻夫木聡
田中光子 満島ひかり
田向浩樹 小出恵介
夏原(田向の妻) 松本若菜
宮村淳子 臼田あさ美
稲村恵美 市川由衣
尾形孝之 中村倫也
渡辺正人 眞島秀和
山本礼子 松本まりか
この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



語る人たち

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

この映画の登場人物の多くは、殺された田向(小出恵介)夏原(松本若菜)の二人の生前を語る証言者です。

田向(小出恵介)を語る人
眞島秀和(会社の同期・渡辺)
市川由衣(大学時代の恋人・稲村)
夏原(松本若菜)を語る人
臼田あさ美(同じ大学・宮村)
中村倫也(臼田あさ美の元彼・尾形)

田向も夏原も、語り手によって露悪的に語られることもありましたし、その語り手もまた、別の語り手からこき下ろされたりもしていました。

「私が言いたいのは、夏原さんならどこでどんな恨み買っていてもおかしくないってことです」

死人に口なしとは言いますが、特に宮村淳子を演じた臼田あさ美は夏原について言いたい放題でしたね。彼女のことは嫌いじゃないですよとは言っていたものの、殺されても仕方ないというような雰囲気でした。

内部生と外部生

夏原宮村、さらには光子(満島ひかり)が通っていたのは文応大学。慶応のことでしょうね。

一方、田向稲村(市川由衣)渡辺(眞島秀和)の母校は稲大と称されています。こちらは早稲田のことでしょう。

大学から文応に入った宮村でしたが、文応は付属校から上がってきた内部生と、宮村のような外部生とで隔たりがあります。
夏原は外部でしたが、内部に入ることを許された特別な存在でした。

入学直後からきゃっきゃと盛り上がる新入生を見て、宮村は「ああやって、みんなすぐ仲良くなるんだね」と陽キャを羨みますが、中山という同級生は「あれは特別。内部生の子たちだよ」と説明します。

文応(慶應)に存在する内部/外部のカースト。
内部生のグループの輪に入る外部生は、「昇格」と言われるそうです。

ちなみに中山さんは内部生側になんとか昇格をしたかったようで、夏原に代返をしてあげたり、物欲しそうな目で内部生側を見やったりしていました。

ただ残念ながら、内部からお呼びがかかったのは彼女ではなくて、隣にいた宮村だったり光子だったりしたんですよね。

ここで思い出すのが、2021年に公開された『あのこは貴族』です。

あのこは貴族

『あのこは貴族』では、慶應義塾大学の名前をそのまま使用。

「内部生」は私たちとは世界が違うんだよという風に、「外部生」のキャラクターが明かしていきました。

外部生側から見た内部生との差異を描いた作品でしたが、そこに対立だったり、外部生たち(水原希子、山下リオ)が何としてでも内部に昇格しようだとか、そういうものはありません。

大学進学で彼女たちが知った、裕福な者たちの世界の描写に過ぎませんでした。

内部生側の世界に入りたい!という気持ちはたぶん無かったんじゃないかな?

しかし、『愚行録』はカースト上位の内部生グループに、外部生から夏原(松本若菜)が昇格し、周りの外部生を翻弄しながら自己承認を高めていく様子が宮村(臼田あさ美)の口から明かされます。

時に羨望をこめられて。時にはディスを潜ませて。宮村は夏原を語ります。

彼女の回想を聞いていると、夏原がいかに危険な女だったのかがじんわりと見えてきて面白いんですが、あくまでもこれは宮村の主観です。
現在はカフェの店長をやっている宮村。従業員に対し、相手によって態度を変えるシーンもありました。

何でもかんでも宮村の言い分を鵜呑みにするのは危険そうです…

見方を変えると、宮村は夏原への執着、コンプが凄いんですよね。びっくりするくらいよく観察しています。



夏原という女を考えよう

ここからは、夏原(松本若菜)という人間について考えていきましょう。
証言者が宮村(臼田あさ美)尾形(中村倫也)である以上、夏原の人物像は大学時代に限定されます。

学内カーストの中で躍動する夏原のキャンパスライフ回想シーンには、宮村や光子(満島ひかり)、それに内部生の男子学生たちが介在していました。

基本的に宮村が明かした夏原の扱いはこんな感じです。

  1. 内部生のグループに昇格
  2. 内部生グループの中でも中心的な存在
  3. 取り巻きの女が自分の真似をするのは許すが、同列になるのは許さない
  4. 他の外部生を内部に誘う。橋渡し
  5. 光子にパパ活的なのを斡旋
  6. 彼氏を略奪した泥棒猫

宮村の主観、好き嫌いが入った見方ではありましたが、この夏原、皆さんの目にはどう映ったでしょうか?

自己承認のやり方

(宮村に)夏原はとても女を出してくる女と言われていました。言い換えれば、集団内での自己承認、ステータスを求める女です。

彼女は外部生でありながらも内部生の中に昇格したわけですが、夏原はそこで宮村や光子といった、「可愛いけど自分より若干下のレベル」の外部生を内部に引き込みます。

「可愛い女友達と合コンすると、必ず自分よりも少し可愛くない子を連れてくる」という説が昔ありました。自分よりも若干下の子を並べることで、自分に対する評価を相対的に上げる手法の一つなのかもしれません。

夏原が集団の中で自分のステータスを高めるのも同じようなことでしょう。

「内部生に田中さんを取り次いだのは夏原さんなんですよ。絶対に内部生は彼女を選ばないって分かった上で」(宮村)

上の立場から下の立場の人間に、あなたもこっちにおいでなさいよと手を差し伸べ、夢を見させた挙句に突き落とす。自分自身や光子を、夏原は利用したと宮村は考えています。

さらに、相手の大切なもの(宮村にとっての彼氏)を奪い取って、自分の存在価値を証明する女だと考えています。

これは田向(小出恵介)について証言していた渡辺(眞島秀和)も同じような略奪的女遊びをしていましたね。ただし、彼の場合は自分が奪う側だったので、武勇伝的に語られています。

田向の彼女(松本まりか)につけ込む姿はストーカー及びクソ野郎全開でしたね。

他人のものを真似し、いつの間にか自分のものにしてしまうやり方は、別に男女関係だけにとどまりません。
悪い言い方をすれば乗っ取りだとか、パクリになるわけですが、ポジティブに捉えれば模倣からの成長、新たな価値の創造です。

実際尾形は夏原に魅力を感じたから、乗り替えたわけですよね。尾形は、夏原のことをこう評しています。

「女って、基本自分の話を聞いてもらいたがるじゃないですか?
でも夏原さんはちゃんとこっちの話を聞いてくれるんですよね。
場の空気をちゃんと読んで、必要以上に目立とうとしないし」

別の第三者から見たら、「夏原さんは(宮村さんと違って)彼氏を褒めるし、尾形さんは付き合って正解だと思うよ」と評価するかもしれないんですよね。

宮村が言うほど、夏原は打算的じゃないかもしれません。もう当人が死んでいるのでわかりませんが。

ちなみに『白ゆき姫殺人事件』では、菜々緒が周囲の大切なものをパクる案件が発生しています。この映画も嫌われ者の女について証言者が主観たっぷりに語っていくスタイルです。

お酌と料理の取り分け

もう一つ興味深かったのが、食事の席でのお酌、料理の取り分けについての描写です。

  • 田向や渡辺の参加した飲み会で、山本(松本まりか)は田向にお酌、料理の取り分けをした
  • 宮村も同席する中、夏原が尾形のグラスにお酒を注ぐ
  • 別荘のパーティーで内部生男子が光子にワインを注ぐ

ここで共通するのが、お酌をされたり料理を取り分けてもらった側がその後、相手に落ちていることです。

僕自身はお酌するのもされるのも面倒だと思うタイプの人間ですが、こういう捻くれたのは例外で、やっぱり一般的には効果抜群なんですよ。やっぱりされたら満更でもないんですよ。

相手に下心や戦略があろうとも、です。

上で挙げた3例では、1つ目を渡辺が、2つ目は宮村が、3つ目は夏原が見た視点になりますね。
こういうお酌とかって多分、見てる人は見てるし、無頓着な人は全く気にしてないんだろうなと思います。

ちなみに3つ目に挙げた内部生のお坊ちゃん(小林竜樹)は、『あのこは貴族』にも出ていました。

門脇麦に「家事手伝いって何?」と言い放っていた彼の役です

文応大学時代の夏原の周囲では、「お昼行こう」「ランチ行こう」のお誘いが象徴的に描かれます。
夏原自身も「今度みんなでご飯行こうよ」と宮村に誘います。

この「みんなで」というのが厄介で、行ってみたらマジでアウェイで散々というのが怖いですが、そのリスクを承知で、文応の生徒たちは内部生や夏原のようなカースト上位から誘いが来るのを待っています。

光子に誘いが来た時の、中山さんの表情が物語っていましたね…

会食の場って、人との距離をぎゅっと縮めたり、逆にこいつ無いなと幻滅したりし得るところだと思うんですけど、夏原はその場で正しく振る舞える自信に満ち溢れていましたよ。

空き教室で一人カップラーメンを啜るなんて絶対にありえない選択肢でしょう。
彼女は群れることが好き、というよりも群れの中で輝ける自信がある、に近い気がします。

田向(小出恵介)も一緒にメシ食って落ちたんでしょうね。知らんけど。



最後に

ミステリーという意味では、公式にうたわれていた「3度の衝撃」はどこなのかよくわからなかったし、田向一家の殺人事件と、拘置所の光子が行ったり来たりで散漫な印象を受けました。

正直、犯人が誰とか、途中からはどうでも良くなりました。笑

宮村が光子の持つ動機にたどり着いたことで、彼女を殺害した田中兄(妻夫木)。
捜査撹乱のために尾形(中村倫也)の吸殻を灰皿に入れていましたが、そもそも宮村の携帯の履歴見れば田中だと簡単に割れそうな気がします。

それよりも、夏原について書いてきたように、人の本性、魂胆といった奥底の生温かいものがドロドロと見えたようで面白かったです。その多くは承認欲求と言ってもいいです。

友人の女を略奪した渡辺(眞島秀和)にしろ、嫌味を節々に込めながら夏原、光子の大学時代を回想する宮村にしろ、同じことです。

田向に利用され、それでもなお彼を許した稲村(市川由衣)も承認欲求の塊です。

田向殺しの核心を突くタレコミと思いきや、最終的には「みんなが羨む彼に選ばれた私」な話でしたからね。
「(赤ん坊の)顔が(田向に)似てきたと思いません?」
やかましいわ。笑

結局みんな、誰かを負かしたり出し抜いたりして、安心したいんですよね。自分のことを肯定したいんですよ。

そんな自然な欲求を時に愚かに、証言という形で炙り出していく物語が楽しかったです。

こんな映画もおすすめ

あのこは貴族

本記事内でも触れましたが、慶應義塾の実名を出して、内部と外部の壁を描写しています。格差、階級、家柄など『愚行録』にも通じるキーワードがいっぱい。ただし宮村や夏原とかと違ってガツガツしてません。

白ゆき姫殺人事件

人の大切にしているものをパクり、乗っ取っていく嫌われ女が殺害される事件が発生。複数の証言からある人物へと容疑が向けられます。湊かなえ原作っぽい後味の悪さです。

暗黒女子

女子校で転落死した生徒を巡り、同じサークルの部員たちがリレー形式で証言をしていきます。同じ事象でも角度が違うと、全然受け取られ方が異なることも。謎解きとゾワゾワを楽しめる良作です。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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