こんにちは。織田です。
「イヤミス」というジャンルを聞いたことはあるでしょうか?
後味が悪く、嫌な気持ちで終わるミステリー作品のことを指す言葉です。
今回は秋吉理香子の“イヤミス”小説を実写化した2017年の映画『暗黒女子』をご紹介。
原作未読の状態で鑑賞しましたが、スリリングな謎解きが楽しめる面白い映画でした。
『暗黒女子』のスタッフ、キャスト
監督:耶雲哉治
原作:秋吉理香子
脚本:岡田麿里
澄川小百合:清水富美加
白石いつみ:飯豊まりえ
高岡志夜:清野菜名
ディアナ・デチェヴァ:玉城ティナ
小南あかね:小島梨里杏
二谷美礼:平祐奈
北条先生:千葉雄大
脚本は『空の青さを知る人よ』などの岡田麿里。
女子校の文学サークルに所属する部員たちを清水富美加、飯豊まりえといった若手女優が演じています。
感想のところで書いていきますが、本当にキャスティング、演技面ともにみなさん抜群です。
あらすじ紹介
聖母マリア女子高等学院で、経営者の娘で人気者だった白石いつみ(飯豊まりえ)が校舎の屋上から落下して死亡した。彼女の手にはすずらんの花が握られており、自殺、事故、他殺と、その死をめぐってさまざまな憶測が飛び交う。
そして、いつみ主宰の文学サークルの誰かによって殺されたといううわさが立つ。いつみに代わってサークルの会長となった澄川小百合(清水富美加)は、彼女の死をテーマにした自作の朗読会を開催。メンバー各自が、物語の中でいつみ殺害犯を告発していくが……。
文学サークルの会長だったいつみ(飯豊まりえ)の転落死をめぐり、4人の後輩部員たちが自作の物語を朗読して“犯人”であろう人間を告発していきます。
原作では後輩部員が5人ですが、映画版では4人に削減されています。
が、特に展開の破綻などはなく、初見の人にも楽しめる作りになっています。
男子禁制。女子校のイヤミス
文学サークルの会長だった白石いつみ(3年・飯豊まりえ)の突然の死。
まず最初に“事件”の部分が明らかにされた上で、
「犯人は誰でしょうか?証言から探っていきましょう」
の形をとるミステリー仕立てになっています。
舞台は女子校の文学サロン(サークル)の部室。
シャンデリアや凝った内装が、女子校の特別な舞台設定として、また彼女たちの秘密の園としての空間づくりに大きな役割を果たしています。
彼女たちの学校・聖母女子高等学院は見るからにお嬢様学校でして、司会を務める澄川小百合(3年・清水富美加)の品が良すぎるセリフは、映画内の虚構感を高めるのにも一役買っていました。
校内での挨拶は「ごきげんよう」です。笑
いつみ(飯豊まりえ)が常に膝を揃え、手を体の前で合わせていたのも、彼女の品行方正さを物語る良い演出でしたね。
事実と妄想の境界線
いつみの死後にサークルの現会長となった小百合(3年・清水富美加)の進行により、4人の後輩部員たちがサロンに集められ、「白石いつみの死」をテーマにした小説を発表(朗読)することに。
これは小百合が「白石いつみの死の真相」を明らかにするために設定した“定例会”というものです。
真っ暗な中でロウソクをともして行う定例会。
中央には闇鍋。時折光る稲妻の光が怖すぎます。
この朗読発表が犯人告発(示唆)の形をとっており、見ている方も一緒に謎解きを楽しめる作品ですよね。
複数の人間が同じ事象に対して証言をしていく形は湊かなえ原作の『白ゆき姫殺人事件』にも似ています。
各々の観点から生前の白石いつみを回想し、誰が怪しい行動をとっていたかを証言していく4人。
そこにどんな欺瞞が隠されているのか、事実をどのように都合よく解釈しているのか、そもそも事実は誰が知っているのか?ということをドキドキしながら探っていく映画です。
「春のイースターとペンテコステを一緒に祝う」学園祭(5〜6月と思われます)の場面をはじめ、同じシーンを違う視点から何度も再生していく形ですね。
例えば、小南あかね(小島梨里杏)が焼いたマドレーヌをみんなで食べ、いつみが「私の分も食べる?」と二谷美礼(平祐奈)にあげる場面だけでも主語の違いによって様々な見方ができます。
まだご覧になっていない方は、ぜひこのドキドキハラハラ感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
予備情報を持たないで観て大丈夫だと思います!
以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。
ネタバレ・人物紹介
以下、この記事はネタバレを含みます。ご注意ください。
この作品は女子生徒の死をめぐり、4人の後輩生徒が証言を(朗読小説の形で)していく流れです。
すなわち、彼女たちが白石いつみをどう思っていたのか?
何を知っているのか?という部分に注目しながら一緒に謎解きを楽しめる映画ですね。
キャラクターと、その証言内容について見ていきましょう。
学園の神様・白石いつみ
屋上から転落死した白石いつみ(飯豊まりえ)。
花壇に落ちた彼女はスズランの花を手に握っていたことから、スズランがダイイングメッセージとして事件の鍵を握っていることが明らかになります。
スズランの花言葉は「純粋」とか「純潔」という意味。女子校という高潔な舞台装置にぴったり。
いつみの父親は聖母女子高等学院の経営者で、いわゆる権力者です。幼い妹がいます。
いつみはその美貌と包容力から、学校内のカリスマ的な存在でした。
4人の後輩の朗読劇からも、彼女は明るくて優しくて尊敬できる先輩であったことが明かされます。
いつみを演じた飯豊まりえは、育ちの良いお嬢様感と、誰にでも優しく接する包み込むような母性が抜群でした。
少し現実から離れた世界観という点では、後年に上映された『いなくなれ、群青』でも素晴らしいキャラクターを演じているので気になった方は見てみてくださいね。
二谷美礼
小百合(清水富美加)に促されて最初に朗読をしたのは、サークル内唯一の1年生・二谷美礼(平祐奈)。
裕福とは言えない家庭ですが、特待生として聖母女子高等学院に入学した学年の首席です。
しかし、「ごきげんよう」をシカトされる場面から見られるように、この学園に彼女の居場所はありませんでした。
白石いつみと出会うまでは。
彼女の朗読小説「太陽のような人」から見られる、二谷視点の事実関係は以下の通りです。
- 白石いつみは、自分を文学サロンに誘ってくれた太陽のような人
- いつみは自分の分までマドレーヌを譲ってくれた
- いつみの提案で、白石家での家庭教師のアルバイトを開始
- 奉仕の精神から、お年寄りをケアするボランティアを開始
- マドレーヌのラム酒に酔ってしまい、トイレで吐いた
- いつみは、父親と彼を誘惑する高岡の関係に悩み、生気を失っていった
- 高岡は、自著『君影草』の翻訳作業で白石家に出入りし、いつみの父とも親しい
- 高岡は、日本未発売のスズランのフレグランス「ゲランのミュゲ」を使用
- いつみの父の書斎には、ゲランのミュゲの香りが染み込んだ、学校指定のハンカチがあった
- 自分はいつみから、彼女が大事にしていたスズランのバレッタをもらった
二谷美礼の告白
マドレーヌに「慣れない高級なものを食べた」と感激しているように、お嬢様育ちの他の生徒と比べて、二谷が裕福な育ちではなかったことがわかります。
白石家でソファに座っている際も、脚をピタッと揃えるいつみと比べると、二谷は少し脚を開いていました。
このあたりの細かい演出も本当に上手ですね。
一方で、その“裕福ではない”部分は清貧として捉えられ、朗読の中での彼女は謙虚で奉仕精神の強い女子生徒として描かれていました。
白石いつみは二谷にとって、文学サークルに引き入れてくれた恩人であり、家庭教師に雇ってくれた先輩であり、分不相応なほどのお月謝をくれる女神であり、“恵まれない人たち”へのボランティアを提案してくれた指南役であり、大切にしていたバレッタを形見のように自分にくれた優しい太陽のような存在でした。
二谷の独白は全て、いつみが「してくれた」「導いてくれた」という文脈です。それほど彼女にとっていつみの存在は大きなものでした。
二谷は、いつみの父親と禁断の恋愛関係に落ちた関係性、そしてスズランの香りのフレグランスを使っていたことから、高岡志夜をいつみを死に追いやった犯人として告発します。
自身といつみだけではなく、他の部員の簡単な紹介も兼ねているので大事なパートです。
この二谷のパートで作品の流れに乗り切れるかどうかが、面白いか面白くないかの評価に直結するかもしれませんね。
小南あかね
2番目に朗読したのは2年生の小南あかね(小島梨里杏)。
料理が得意でしたが実家の料亭は兄が継ぐことから、彼女は洋食屋さんを開く夢を目指すようになります。
いつみに誘われて文学サロンの一員となった小南は、部室に併設された豪華なキッチンに感激。
大好きなお菓子作りを思うがままにできるようになりました。
文学サロンの料理長として、彼女は部員たちに手作りのお菓子を振る舞います。
サロンが自分にとっての「居場所」だったという意味では小南が一番かもしれません。
学園祭で文学サークルが販売したパウンドケーキも、小南が試作を重ねて作ったものです。
朗読小説「マカロナージュ」から見られる、小南視点の事実関係は以下の通りです。
- いつみのことが苦手だったが、話してみると朗らかで気さくだった
- ある日、家に帰ると実家の料亭が焼けていた。放火の疑いが強いとのこと
- 実家の料亭は兄が継ぐことになっていたので自分は違う道(洋食屋)を目指していた
- 二谷の白石家での家庭教師は、「ボランティアでいいから」と二谷からの押し売りだった
- 二谷が白石家に出入りするようになってから物がなくなるようになった
- いつみは、物がなくなるようになり生気を失っていった
- いつみは二谷のことを「かわいそうな子」「心の貧しさ」と評した
- いつみはバレッタを二谷に取られた
- いつみは話をするために二谷を屋上に呼び出した
小南あかねの告白
出会う前はいつみのことが苦手だったと明かしながら、小南はいつみの懐の深さに心酔。
実家の営む料亭が放火に遭い落ち込んでいましたが、二谷と同じく、生前のいつみを女神として、素晴らしい先輩として評します。
けれど、小南の朗読内容は二谷のものと矛盾点が生じます。
小南の告白が正しいものとするならば、少なくとも、二谷は「頼まれて」ではなく「自分から売り込んで」家庭教師になり、スズランのバレッタをいつみから「譲り受けた」のではなくて「盗んだ(奪った)」ことになります。
そもそも、いつみは育ちのあまり良くない二谷の扱いに困っていたという供述まで飛び出します。
二谷が(小南の焼いた)マドレーヌをいつみから譲り受けたシーンも、小南から見れば心の貧しさが招いた浅ましき行為に映ったと思われます。
小南は、スズランのバレッタをつける二谷美礼を犯人として告発します。
見ている人はここで、4人(あるいは小百合を含んだ5人)がそれぞれ告白をしていき、自分の前に発表していた人を犯人として告発していくのでは?という想像をしたのではないでしょうか。
発表者は次のディアナ(玉城ティナ)に移ります。
ディアナ・デチェヴァ
ブルガリアからの交換留学生であるディアナ・デチェヴァ(玉城ティナ)。
夏にホームステイでブルガリアにやってきたいつみと意気投合し、その後交換留学生として来日。
父親が経営者であるいつみの口利きもあり、ディアナは聖母女子へやってきました。
【映画「暗黒女子」公開まであと4日!】
玉城ティナ演じるディアナ・デチェヴァはブルガリアからの留学生。古風で美しい日本語を話すディアナは世界的な名作日本映画「東京物語」を観て日本語を覚えた、という設定。その丁寧な語り口はどことなく普段のティナちゃんとかぶるところありw pic.twitter.com/szY0pJ3bEN
— 耶雲哉治 Yakumo Saiji (@yakumomomo) March 28, 2017
期待に胸を膨らませていたものの、学園生活では他の生徒と壁があり馴染めず。
そんな中、唯一の拠り所であるいつみに声をかけられ、ディアナにとって文学サロンという居場所ができます。
亡くなった母親が日本人だったため、日本語は他の生徒と同じように全く問題なく操ることができるディアナ。
喜怒哀楽をあまり表さず、お人形さんのような表情が印象的です。
ブルガリアでのいつみとのシーンを、綺麗な背景とキャラクターの切り抜きを使って人形劇のように再現しているのも面白いですね。
そんな彼女の朗読小説「女神の祈り」から見られる、ディアナ視点の事実関係は以下の通り。
- 本来、交換留学生としては双子の姉・エマが行く予定だった
- いつみはブルガリアでの別れ際に「これを私だと思って」と、人形をくれた
- しかし、エマは不幸にも事故で足を怪我し、自分が日本へ行くことに
- 小南の右腕には、スズランの花のような火傷の跡があった
- いつみは、その美貌を妬む魔女の毒牙により、生気を失っていった
- 卒業したら文学サロンを閉鎖するといういつみに、小南は反対していた
- 火事で夢(料亭の料理人)が消えた小南にとって文学サロンのキッチンは聖域だった
- 小南が「ヴィーナスの乳首」というお菓子を作った時、いつみのものだけ他と違うものだった
- (いつみが食べるはずだった)マドレーヌを食べて二谷が吐いた理由は、何か毒が盛られていたから
ディアナ・デチェヴァの告白
日本にやってきて、なかなか学園生活に馴染むことができない中で、唯一気心が知れていたいつみが、自分にとって女神のような存在であったというのは、二谷、小南同様です。
ディアナはいつみの美しさを「ヴィーナス」と評し、彼女の人間性以上に、その美貌や神秘的な美しさに心酔していることがわかります。
ディアナの持論は、いつみの卒業後も「サンクチュアリ=聖域」である文学サロン(キッチン)を閉鎖させないために小南がいつみを弱らせようと仕組んだ、というものです。
小南の告白では語られていなかった彼女の腕の火傷跡を、いつみが「スズランみたい」と言っていたと明かし、小南がサロン閉鎖計画に頑なに反対していた様子も話しました。
いつみが小南とトラブった云々というよりも、ディアナから見た小南がいつみに対して妬みや不信感を抱いていた、という主観が強い主張ですね。
お菓子を提供する立場を利用して、いつみを体内から蝕もうとしたと考え、小南あかねを犯人として告発しました。
ディアナの視点では、いつみのマドレーヌを食べた二谷がトイレで吐いたという出来事は、小南がいつみのお菓子に毒を持っていたからという推理になっています。
これについて二谷視点では、マドレーヌに入っていたラム酒に酔ったというような描写がされていました。
ディアナは小南のことを「決して許しはしない」とブルガリア語で呟きます。
玉城ティナの持つ神々しさと、表情を崩さないディアナのお人形感が非常にマッチしていて素晴らしいキャスティングだったと思います。
「それでは、次でいよいよ貴女たちの中では最後の朗読になります。高岡志夜さん、前へどうぞ。」
小百合(清水富美加)はディアナの朗読発表後、高岡を促します。
「貴女たちの中では」が気になりますね。
高岡志夜
中学時代に執筆した小説『君影草』で作家デビューを果たし、いつみの誘いを受けて文学サークルに入部した現役女子高生作家・高岡志夜(清野菜名)。
『恋は雨上がりのように』などでも好演した清野菜名らしい、快活なキャラクターです。よく笑い、喋り、ボディーランゲージも大きめ。陽気な口ぶりは下品な言葉遣いとしても散見されましたが、こちらは後述。
フランスからの帰国子女という設定で、二谷のパートで触れられていたようにゲランのミュゲを愛用しています。
いつみと小百合(清水富美加)の文学サロンには、後輩で最も早く入部。
白石先輩に目をかけられるのはこの上ないシンデレラストーリーだったと振り返り、彼女からの誘いがどれだけ名誉なことだったかを語りました。
そんな彼女の朗読小説「紅い花」で語られた、高岡の視点から見た事実関係は次のようなものでした。
- 女子高生作家の自分をいつみは文学サークルに勧誘
- いつみの父親とは、マスコミの間を取り持ってもらううちに友達のようになった
- ゲランのミュゲはいつみの父親からもらった
- いつみは私の『君影草』をやたらと翻訳したがる
- 自分が進めていたのは『君影草』の翻訳作業ではなく、次回作の執筆
- ディアナの第一印象は「恐い」
- ディアナは故郷の花のスズランを花壇に植え、後にそれを踏み潰していた
- ディアナはいつみからもらった人形に、呪いの言葉を吐きながらナイフを突き立てていた
- ディアナは来年以降も自分の村から留学生を取ると言っていたが、いつみはその留学生制度を打ち切ると言っていた
高岡志夜の告白
彼女の主張の『君影草』の翻訳作業ではなく次回作の執筆、またいつみの父親との「友達のような関係」は二谷美礼の告発によって矛盾点が生じています。
高岡が告発したのはディアナ。
ディアナが小南を告発した時と同じように、いつみの行動によって「自分の守るべきものが失われる恐れ」に端を発した、いつみへの怨恨という形です。ちなみにディアナが発していたという呪いの言葉は「エロイム・エッサイム」でした。
ディアナに対して高岡は第一印象からあまりよく思っていなかったこともうかがえます。いつみの行動や言葉を通じてではなく、自分の不信感が根拠となってディアナを魔女(吸血鬼)扱いしている点も、ディアナ→小南の告発と似ていますね。
ただし高岡は4人の中で唯一、いつみに対して疑問を投げかけるシーンがあります。
「いつみ先輩はやたらと『君影草』を(外国語に)翻訳したがる」ことです。
二谷が告発していたように高岡はスズランの香りの香水を使い、高岡が書いた『君影草』の別名はスズランです。4人の中で一人だけ、スズランのキーワードを二つ有しています。
4人の告発が終わりました。
嫌疑をかける矢印としては、二谷→高岡→ディアナ→小南→二谷という四角関係が出来上がります。
映画は開始してからちょうど1時間。
4人がそれぞれ怨恨や動機をなすりつけあったことで、残りの時間はこの4人の誰かが、いつみを転落自殺に至らしめた犯人であると暴くものだと思っていました。
しかし、事態は思わぬ方向へ向かっていきました。
定例会の司会・澄川小百合(清水富美加)による朗読が始まります。
白石いつみ・その2
原稿用紙を持った澄川小百合(清水富美加)は、早速恐ろしいことを言い放ちます。
「実は、この小説は私が書いたものではありません。白石いつみ本人が書いたものなのです」
驚いて腰を上げた高岡志夜に向かい、小百合は「ホラ高岡さん席について」と優しく諭し、なおも食い下がる彼女に「ルールを破らないで。私語は厳禁です。いつみの愛した朗読会を汚さないで」と冷たく言い放ちます。
もう目が笑っていません。
これまでは罪のなすりつけあいを傍観して楽しんでいる薄気味悪い澄川先輩でしたが、完全にブラック澄川先輩の誕生です。
ブラック小百合は、いつみの書いた小説を彼女に代わって朗読していきます。
白石いつみの告白
ブラック小百合の静かなる声に乗せて、いつみの小説が幕を開けます。
- 顧問の北条先生(千葉雄大)と自分は恋愛関係にあった
- 学園生活に刺激を与えるため、小百合と共謀して文学サークルに脇役(従順なしもべ)を入れることにした
- 高岡の『君影草』はフランス小説の盗作だった(高岡の嘘が明らかに)
- 二谷は老人のボランティアではなく、援助交際でお金を稼いでいた(二谷の嘘が明らかに)
- 小南の実家の料亭の火事は、小南による放火だった(小南の嘘が明らかに)
- ディアナは姉を貶めて負傷させ、日本へやって来た(ディアナの嘘が明らかに)
- 北条先生の子供を妊娠し、すずらんと名付けた
- 4人の裏切りにより父親に北条先生との交際・妊娠をリークされ、中絶。先生とも離れ離れになった
- 4人に復讐するため、狂言自殺を画策
- 屋上に後輩4人全員を呼び出し、飛び降りの目撃者とした(小南の嘘が明らかに)
- 世間体を気にする父のこともあり、学校では死んだとして扱われた
これまでの4人の評していた「優しくて朗らかで清楚な」いつみ先輩像からは想像もつかないような、冷酷で自己中心的で、支配的な白石いつみ。
新しい事実と、これまでの4人の証言を覆す事実のオンパレードです。
いつみが物語(学園生活)の主役であり支配者であり、北条先生との子供を妊娠していた部分は、4人が知らなかった事実ではなく、口裏を合わせて隠していた事実でした。
観ている側が「誰かがついている嘘」を必死に探そうとしていた中で、斜め上の展開に持ってきました。
後出しといえば後出しなんですが、そもそもが嘘つき騙し合いの映画です。この急展開による騙された!感がミステリーの醍醐味ですよね。
一方で、そもそもいつみは死んでいなかったという新事実。
生きていたいつみが復讐のためにスズランを闇鍋に入れたという告白を聞いて4人は嘔吐し、のたうち回り、泣き叫びます。最高のイヤミス展開です。最高すぎます。
HORTIさんの記事でスズランの毒性について詳しく説明されています。興味のある方はどうぞ。
「いーやーだ!」と「ババァ」
『暗黒女子』最大の見どころは、前半部分での白石いつみ先輩からはかけ離れた悪石いつみ先輩のヤバさでした。衝撃的です。
「ババァになっての3年間ならいくらでも差し出しますよ!解放してください」と叫ぶ、お嬢様学校にしては口が悪い高岡にいつみが言い放つ「いーやーだっ!」。
目を見開いて脇役たちを絶望の淵に突き落とすこのセリフを聞けただけでも、『暗黒女子』を鑑賞した価値があります。
演じた飯豊まりえの凄さについては言うまでもありませんね!
セリフといえば清野菜名の演じた高岡は、朗読で4人を愚弄する小百合にも「黙れババァが!」と言ったり、飛び降りを試みるいつみに駆け寄ろうとするディアナを止めて「茶番に騙されるな!」と叫んだりと特徴的な言葉遣いが目立ちました。
また、スズランを植えるディアナに、直で「意外といい子なんだね」と語りかけるシーンがあったように、無礼とストレートのギリギリを攻める、歯に衣着せぬ型の発言をする生徒ですね。
また女子高生の3年間という特別な時期を、「時間制限」「サンクチュアリ」と表現する構成も非常に上手でした。
ミッション系の女子校&アンティーク&アマデウス&外国文学&特徴的なスイーツといった異世界感満載の舞台設定を最大限に生かしています。
「サンクチュアリ」の和訳は「聖域」。
「十字架」「聖堂」「神様」といったフレーズもしっかりと散りばめながら、不可侵の聖域で起こる美しく醜悪なドロドロをこれでもかと描写していました。
映画内でリピートされる交響曲第25番 ト単調 K.183 第1楽章
澄川小百合
(小百合の朗読した)いつみの告白により、4人の脇役たちは阿鼻叫喚状態になります。超絶パニックです。
これだけでも十分にイヤミスとして成立しているわけですが、物語は彼女たちをさらに恐怖の底へと陥れました。
- いつみは今朝、文学サロンに来ていた
- いつみの頭の中は先生とのささやかで幸せな新生活のことばっかりだった
- いつみは先生に生姜焼きを作った話や、一緒にコストコへ行った話をした
- 美しく冷酷でしたたかないつみは、もういなかった
- 平凡な女に成り下がったいつみに、もう用はなかった
- お茶にスズランを入れていつみに出した
- この闇鍋には「ヴィーナスの腕」が入っている
新たな女神へ。澄川小百合
小百合がいつみの主役計画に加担し、彼女をサポートし続けたのは、いつみが「非情で、冷酷で過激でしたたかで、たくましい」存在だったからです。
自分の理想を重ね合わせる存在であったからです。
けれども、朗読会の日の朝にサロンを訪れたいつみは、彼女が主役の“物語”に終止符を打とうとし、ダーリンとのおノロケ話を呑気にしていました。生姜焼きやコストコの話を楽しそうにする女に成り下がっていました。
大親友のツレがどうとか、美味しい生姜焼き作ったお前の話とか聞きたくないんです。家庭的な女がタイプの北条先生とか聞いてないんです。
落ち目の主人公は退場し、交代するべき。
小百合は牙の抜けたいつみを見限り、自らが文学サークルの主役=支配者になることを決めました。スズランをお茶に混ぜて、いつみを始末しました。
いつみは秘密を握り4人を掌握していましたが、小百合はいつみの血肉を闇鍋によって4人に共有させ、十字架を背負わせることで支配しました。新たなる女神が誕生し、ラストシーンで小百合は新たなる脇役を探すべく女子生徒(唐田えりか)に声をかけています。
髪を切って心機一転感があるのも本当に気持ち悪いですね…
映画の感想雑感
最後に、映画を観ていて気になったことについていくつか書いていきたいと思います。
ぎっしり濃密な105分間で、繰り返しになりますが素晴らしい映画でした。
脇役だった小百合
二谷、小南、ディアナ、高岡4人の朗読に、小百合はほぼ出てきません。二谷のパートでいつみを崇める時に「澄川先輩“も”素敵」「白石先輩が太陽なら澄川先輩は月」という生徒たちの憧れの描写で出てくる程度です。
これは彼女がいかに影の存在を貫いているか、また、いつみに支配されている4人にとって小百合がどれだけノーマークの存在であるかを表しています。
定例朗読会を取り仕切る小百合に対しては、歯向かった高岡だけではなく、他の3人も少し甘く見ていたところがあったのではないでしょうか?
おそらく小百合自身もそれはわかっていたはずです。
自己主張の強い脇役たちを、闇鍋を用いて屈服させる展開はさぞ痛快だったことでしょう。
そしてこの小百合を演じ切った清水富美加(現・千眼美子)が素晴らしすぎます。
声色の使い分け。
優しい語りかけ(にっこり)。
優しい語りかけ(笑っていない)。
刺すような一言(口が笑ってる)。
刺すような一言(どこも笑ってない)。
クスクスと上品に笑う姿。
甲高く恐ろしい笑い声。
いつみに「表情とセリフが合っていないわよ」と軽口を叩くシーンがありましたが、『暗黒女子』の清水富美加の表情と声のトーンのバリエーションは群を抜いていました。
いつみが毒入りティーを飲んで悶絶し、何で…?といった表情で訴えかける場面で、「ん?」って感じで微動だにしない小百合はマジでサイコパスが過ぎます。
朗読劇の途中でいつみと一瞬入れ替わる部分で、スムーズに朗読のトーンが繋がるように声色を寄せていたのも(飯豊まりえ側も同様)お見事でしたね!
ディアナの盗撮の時系列
伏線を回収し、新事実を無理なくドラマチックに出してきた『暗黒女子』の中で、一点だけ腑に落ちなかったのはディアナがブルガリアでの北条先生といつみを隠し撮りし、いつみの父親にリークしていたところでした。
いつみが先生とともにブルガリアを訪れたのは1年の夏です。
北条先生といつみの逢瀬をディアナが隠し撮りした動機はわかりませんが、少なくともその時はまだいつみはディアナを支配下に置いていませんでした。
日本に来た後にいつみの支配下に置かれたディアナが「裏切り」として隠し撮り写真という切り札を使ったのであれば、いつみよりも早く彼女の秘密を逆に握っていたわけです。
これが日本で最近撮られたものだったら違和感がなかったんですけど、ディアナの特性に合わせたエピソードというところではやむを得なかったですかね。
時系列の都合上気になったシーンでした。
小百合の卒業後はどうなる?
いつみは「私が卒業するまでの辛抱」と言って脇役たちを笑いました。
いつみが消えた後も、新たなる支配者=小百合が出現し、高岡たち後輩は彼女に秘密を、魂を握られながらスパイシーな脇役として学園生活を送らなければいけません。
では、小百合の卒業後はどうなるのでしょうか。
留学生のディアナは学年がよくわかりませんが、高岡と小南は最高学年に、二谷も2年生に進級します。
ここで新たな主役の座に誰かが躍り出て支配政治を行うのか、全く別路線の仲良しサークルになるのか、それとも澄川小百合が卒業後も遠隔で支配を続けるのか。気になるところです。
脇役を従える物語は「時間制限のある」貴重な高校生活のサンクチュアリを彩ってこそ、意味があるものだとすれば、小百合はサークルの支配からは手を引くことが考えられます。
女子高生でなくなった瞬間、おそらく主役としての価値は無くなります。
虐げられていた後輩たちが「私の番」とばかりに、新たなる主役争いが始まるのでしょうか。
部活動で厳しすぎる上下関係がなかなか撤廃されない理由の一つに、「先輩にやられたから自分も後輩に同じことをする」という順番理論がありますが、文学サークルが来年以降どのような道筋を辿るのか想像を巡らせるのも楽しいかもしれませんね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。