映画『心が叫びたがってるんだ。(アニメ版)』ネタバレ感想〜何回観ても泣ける〜

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こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

2015年に公開された映画『心が叫びたがってるんだ。』を再鑑賞しました。

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の長井龍雪監督、脚本・岡田麿里、キャラクターデザイン・田中将賀が再びタッグを組んだオリジナルの劇場版アニメーションです。

2年後には芳根京子、中島健人らを配した実写版も公開されました。

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映画『心が叫びたがってるんだ。』(実写)ネタバレ感想|芳根京子イコール成瀬

2017年8月5日

こちらもオリジナルをリスペクトして作られた秀作でした。よろしければぜひご覧ください。

僕は2015年の公開当時、映画館で観て涙をボロボロとこぼしました。

あれから4年。
Amazon Primeビデオで再び鑑賞してみました。

今回も涙が止まりませんでした。



『ここさけ』のスタッフ、キャスト

スタッフ、キャスト

監督:長井龍雪
原作:超平和バスターズ
脚本:岡田麿里
成瀬順:水瀬いのり
坂上拓実:内山昂輝
仁藤菜月:雨宮天
田崎大樹:細谷佳正
成瀬泉:吉田羊

物語の中核を担うのは、4人の男女です。

・成瀬順
・坂上拓実
・仁藤菜月
・田崎大樹

キャラクターデザインは公式サイトをご覧ください!

この作品では4人の心情描写や背景描写が非常に巧みで、色々なものがぐるぐると絡み合いながら進んでいきます。

あらすじ紹介

簡単なあらすじに関しては、シネマトゥデイさんから引用させていただきます。

活発な少女だったものの、ある事を話したことで家族がバラバラになった上に、玉子の妖精にしゃべることを封印された成瀬順。そのトラウマが心に突き刺さり、隠れるようにして生きていく。

ある日、通っている高校の地域ふれあい交流会の実行委員会のメンバーになり、さらにそこで上演されるミュージカルの主役を務めることに。困惑する順だったが、メンバーの坂上拓実、田崎大樹、仁藤菜月と行動を共にするうち、自分の中の変化に気付きだす。

出典:シネマトゥデイ

また、MIHOシネマさんでもあらすじや展開についてわかりやすく解説してあります。

地域ふれあい交流会(通称・ふれ交)という文化発表会的な出し物をすることになった高校2年生の群像劇。

本記事では主要キャラクターの4人にフォーカスすることで、作品の魅力を紐解いていきたいと思います。

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。



以下、作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

成瀬順(cv:水瀬いのり)

主人公の成瀬順です。

小学生時に山の上のお城(=ラブホテル)から父親が出てくるところを目撃し、母親に他意なく喋ってしまったことで両親の離婚を誘発。
家を出て行く父親にかけられた一言がきっかけとなり喋ることができなくなってしまいます

喋らない私が誕生しました。

成瀬が何か喋ろうとして口を開きかけ、でも声が出て来ずに口をすぼめる描写。
喋る言葉を失い、無音でタイトル画面に移る一連の流れはとても粋で、心に染み渡るものでした。

言葉は人を傷つける。

元来は非常に喋ることが好きだったはずの成瀬は、「玉子」の妖精に呪いをかけられて口のチャックを閉め、言葉を封印されてしまいます。
高校に入ってからも言葉を発さない彼女は、いじめられたりこそしないものの、一人でポツンと座っている女子生徒でした。

そんな彼女が「地域ふれあい交流会」のクラス実行委員に選ばれ、少しずつ変わろうとしていきます。

喋らない私を補完する「文字」

成瀬は言葉を発するとお腹が痛くなってしまう「呪い」にかかっていました。

喋ることができない成瀬はメモ帳に、そして携帯のメール(ガラケー)で、自らの意思を伝えていきます。

坂上拓実とのメールで、成瀬はポンポンと矢継ぎ早にメッセージを投下していきました。

坂上の携帯(スマホ)画面を映していく手法により、メールの会話での成瀬はおしゃべりで、胸の奥底に抱えた言葉たちを声ではなく文字として表現していく様がよくわかります。

筆談に近い形の、特異な成瀬のコミュニケーションを許容し、受け入れた坂上たちはとても優しい人間だと思います。
変な奴だと言って笑い者にすることも、陰口を叩くこともありません。

「ふれ交」でミュージカルをやることになり、成瀬は脚本を自ら(ガラケーで)執筆。自身が言葉を失っていった体験を物語として綴っていきます。

成瀬の執筆作業は作品内でほとんど描かれていませんが、完全オリジナルの大作ですから大変な作業のはずです。
それでも成瀬は脚本を書き上げ、坂上たちに見せてゴーサインをもらいます。

声としての言葉を失った成瀬が、文字という形で言葉を紡いでいく。
彼女の中にある溢れ出るほどの言葉たちを、外に発露していく姿は、「心が叫びたがってるんだ。」のタイトルの一つの具体例でしょう。

身勝手な成瀬を許せるか

本作の感想を拝見していると、成瀬順というキャラクターに感情移入できるか、はたまた彼女の「逃亡」を許せるか、というところがキーポイントになってきそうです。

成瀬は「ふれ交」当日の朝、クラスメイトが言うところの「痴情のもつれってやつ?」が原因で姿をくらまします。

彼女は私の王子様と疑っていなかった坂上が、自分に対して恋愛感情がないことを偶然にも聞いてしまいました。

成瀬の恋心に、罪はありませんが、成瀬は自身を傷つけた自分の恋慕感情を、そして恋慕感情を抱かせた坂上を激しく憎悪します。迎えにきた坂上を罵り、結果的に恋敵となった仁藤をも罵倒します。声に出して。

ただし、この部分は成瀬と坂上(と仁藤)の話です。
前述の「痴情のもつれってやつ?」程度にしか、他の人は思いません。

問題は、これまでみんなで力を合わせて、各々が時間と手間を割いて作り上げてきた発表会の本番で逃げたという裏切り行為です。意地悪な言い方をすればバックレです。

チアリーダー部キャプテンの仁藤は、野球部エースの田崎は、大事な大会の試合前に自らの精神的な問題で逃げ出したりするでしょうか?

個人的な問題で傷ついた自分が逃げるために、周りの努力を水の泡にするようなことをして、成瀬は自分で自分を再び殻に閉じ込めました。

「成瀬さんってちょっとサイテーだよね」

クラスメイトの声が坂上の耳に届きます。
心ない発言ではあるものの、この言葉に同意する人は少なくないと思います。
周りに迷惑をかけるドタキャンという形で逃亡した成瀬を、好きになれないという人はいるでしょう。

温かいクラスメイトに救われた

クラスメイトたちは、成瀬を無視して投げやりになってしまってもおかしくありませんでした。
戻ってきた成瀬を無視して、罵倒してもおかしくありませんでした。

それでも彼ら、彼女たちはミュージカルをやり切って成功させることを選びました。
戻ってきた成瀬を“おかえり”と受け入れました。

温かく、大人なクラスです。
きっと2年2組のみんなにとって、「ふれ交」の成功は人生における大きな成功体験となったはずです。

個人的に、成瀬はやってはいけないことをしてしまったと思います。
でもその過ちをクラスメイトは責めることなく許し、受け入れてくれました。

成瀬がもしあの日坂上に見つけてもらえなかったら、またはクラスメイトが戻ってきた成瀬を無視していたら、彼女の人生がこの先どうなってしまったかと考えるだけでゾッとします。

人の頑張りを見つけ、認めてあげることのできる、素晴らしいクラス。それが担任・シマッチョの元に集った2年2組なのでしょう。
大げさではなく、成瀬はこの素晴らしき級友たちに人生を救われたと思います。

最後に、話したくても話せない成瀬の声なき声を表現した描写の数々は、この作品を僕に突き刺す最大の要因となりました。

成熟しきれていない高校2年生の悲痛な叫びと、怯えと、無垢なときめき。

謝り、仲間に入れて欲しいと頭を下げた田崎に対して成瀬が携帯のメール作成画面に打ち込んだ
「もちろんですありがとうございます」という文章で僕の心は田崎と同じように揺れ動きました。絵文字のなんて坂上にも使っていないのではないでしょうか。

坂上拓実(cv:内山昂輝)

喋れない成瀬に手を差し伸べて彼女をいざない、結果的に恋心を誘発させた坂上で注目したいのは、彼のクラスにおける立ち位置です。

DTM(Desktop Music)研究会という、どちらかというと陽の当たらない部活(同好会?)に属する坂上は、クラスの中でのヒエラルキーが高いとは言い難い存在だと思います。

影の薄い文化部所属

「坂崎。おい坂崎」と秋になってもなお田崎に名前を覚えられていないことや、同じ中学だった野球部の三嶋が伝聞調で坂上と仁藤の中学時代のことを話すことからも、積極的に他者とコミュニケーションをとる存在ではなかったことがうかがえます。

そんな坂上が実行委員に任命され、何とか頑張ろうとする成瀬にも触発されながらクラスのリーダーとしてイニシアチブを握っていました。

スクールカーストがほぼ存在しない優しい2年2組においても、秋にもなればクラス内での立ち位置はある程度決まっているはずです。

田崎は2年生ながら夏の大会で野球部のエースを務めていました。
仁藤はチアリーディング部のキャプテンになりました。
メイクにこだわりを見せる女子生徒や、バイトをしている生徒もいました。

坂上には何があったのでしょうか。

顔がちょっと良くて、ピアノが弾ける坂上くん

坂上の強みは、顔面偏差値と音楽スキルの高さでした。
そして成瀬に対する強みには、優しさという部分が追加されました。

仁藤や他のクラスメイトには見せない温かい優しさを見せたことで、坂上は成瀬にとっての王子様と昇華しました。

成瀬に対する坂上の優しさには同情とかそういった要素はありませんでしたが、母子家庭の成瀬に手を差し伸べてあげたいという思いは自らの体験(両親の離婚)を元にあったはずです。

「アイツ、親父いないのか」

坂上が作品の序盤で呟いた言葉が、彼が成瀬に向けた善意の始まりだった気がします。

また、ピアノを弾ける坂上は、その能力でもって自らをクラスの中心的な位置に押し上げていきました。
成瀬の代弁者として、クラスメイトたちに指示をする事も恐らくあったかと思われます。

描かれてはいないので想像ですが、「実行委員を頑張る坂上くん」に心を奪われた女子生徒は成瀬と仁藤だけではなかったと思われます。

これまで特に気になっていなかった男子が、何かを一生懸命になって頑張る姿は、女子が惚れる材料の定番。僕の高校時代も、体育祭や文化祭の後にはカップルができやすかったです。

加えて坂上は顔も良い。これはDTM研究会の仲間である相沢や岩木にはない加点ポイントでした。

「ふれ交」後の立ち振る舞いが一番気になるキャラクターでした。

仁藤菜月(cv:雨宮天)

坂上にとっての元カノ・仁藤は、本作で最も難しい役柄だったと思います。

彼女は自分の意見を押し出すことをせずに、周りから頼られる優等生でいることを優先して行動、発言します。
「ふれ交」の事決めにおいて仁藤から口火を切って発言することはなかったのではないでしょうか。

ああいうのが一番タチが悪い!

そんな仁藤に対して友人の江田(ショートカットの女子生徒)は坂上との恋の背中を押し、田崎は「山の上のお城(=ラブホ)に行かねえか?」という一見乱暴な言葉で本心を探ろうとしました。

「あの女も同罪だ!嘘つき、いい人ぶりっ子だ!ああいうのが一番タチが悪い!」とブラック成瀬に裏で罵られる仁藤は、確かに八方美人で優柔不断な女子生徒として描かれています。

ただし、八方美人、いい人ぶりっ子というのは批判する側が思っているほど楽なポジションではありません。
八方が見れるように中心に立つって凄く勇気がいることです。周りの「いい人」という信用レッテルを裏切らないようにしながら、真ん中に立ち続けるって凄いことです。

坂上以上に所属コミュニティのヒエラルキーが高く、田崎ほど尖っていない仁藤は、クラスのみんなが最も信用できる実行委員として描かれています。

青春の向う脛

仁藤は元カレの坂上を坂上くんと呼び、彼のメールアドレスも未だ知らないままです。彼の家も知らないままです。

坂上のメアドも、家も知っている成瀬を見て、彼女は人知れず敗北感を覚えます。

そして「本当に応援したくなる」とひとりごちます。これは事実上の敗北宣言に見えますが、彼女の奥底では戦いの炎が小さく灯っていました。

仁藤は喋らない陰キャ成瀬に対してマウントを取るとか、見下すとかそういうことはしません。誰にでも優しくて頼れる仁藤菜月を打ち壊そうとするわけでもありません。

それでも肩にかけたカバンをグッと握りしめたり、坂上からあえて距離を取ったり、彼女は小さな抵抗を見せていきます。

痛くて恥ずかしくて、辛い戦いです。

劇中ミュージカルの題目にもなった「青春の向う脛」。
それはある意味で仁藤菜月に最も当てはまるものだったのではないかと、個人的に感じました。

田崎大樹(cv:細谷佳正)

ラストシーンで成瀬に対して衝撃の告白に挑む田崎は、この作品最大の良心でありヒーローといっても過言ではありません。

肘を壊した150キロ右腕

夏大会で右肘を故障し、野球部から戦線離脱してやさぐれた田崎。
弱小野球部に現れた救世主という肩書きは大げさなものではなく、新聞記事では150キロ右腕として紹介されていました。

2年生で最速150キロなんて、間違いなく翌年のドラフト候補です。
クラスの出し物なんかに協力しなくても許される、揚羽高校のスーパースターです。

野球部の俺様はそんなことやんねーよ、という不遜な態度から一転して、クラスの駒の一つとして精力的に働くようになった田崎。
自分自身の脱皮・成長という点が一番描かれているのは、この田崎です。

ボスザルの変化

肘を壊して練習に参加できなくなった田崎は、部員たちに怒鳴って指示をしていました。
もちろんチームのためを思っての行動でしたが、下級生たちは「怪我人のくせに」というエクスキューズが頭に付きまとい、田崎への不信感を募らせていきました。

クラス内では、「ふれ交」でミュージカルをやりたいという坂上たちに対し、喋れない成瀬をダシに使って罵倒しました。
絵に描いたようなボスザルです。

ボスザルは改心しました。
成瀬が絞り出した歌声がきっかけとなり、実行委員として協力するようになりました。
野球部の後輩くんたちにも頭を下げて、プレーできず迷惑をかけていることを詫びました。

典型的なネガティブ→ポジティブの転化ですが、ポジティブ田崎にはたくさんの成長部分が描きこまれています。

努力を見つけ、評価し、感謝する

前述したように、田崎は級友の坂上の名前を間違えるほどには、クラスのみんなに興味を持っていませんでした。
知ろうともしていませんでした。

しかし坂上の家で曲選びに参加した田崎は、そこで相沢、岩木、坂上の音楽に対する情熱や技術を「すごい」と評価します。
本来であればあまり交わるはずのない位置にいた相沢たちと真正面から交わり、自分にはない彼らの良さを見つけました。

帰り道ではわざわざ徒歩を選び、成瀬とともに歩きながら彼らへの感嘆を成瀬に伝えます。

携帯画面に打ち込んだ
「田崎くんはとても立派です。それに自分で気づけるなんて。」
という成瀬の返しには僕も笑ってしまいましたが、あの瞬間、「野球部のエース田崎」でも「行事にやる気のないボスザル」でもない「大切な仲間の田崎大樹」として自身を見てくれる成瀬に対して明確な気持ちが生まれたのではないかなと思います。

「それ」に田崎を気づかせてくれたのは紛れもなく成瀬ですし、彼女への感謝、彼女への興味が高まって、田崎は成瀬と同じ帰路を選んだのだと思います。

成瀬を支えたいと思ったのが坂上なのであれば、成瀬を守りたいと思ったのが田崎。
そんな道中の描写があったからこそ、ラストシーンはすんなりと受け入れることができました。

別に成瀬が坂上にフラれていなくても、田崎は同じ選択をしたでしょう。
それぐらい彼の行動には意志と理由がはっきりと通っていました。

ファミレスでドリンクを一気に飲み干し、氷をボリボリと噛む田崎。
10分前集合が基本だろ!と坂上宅にやってきて直立不動で挨拶をする田崎。
「それをお前が…!!」と鈍感な坂上に詰め寄る田崎。
気持ちの良いキャラクターです。

余談ですが、坂上家での打ち合わせのシーンでは(普段祖父母と坂上しかいない家の)玄関に靴がたくさん並ぶ画がありました。
ほぼ全部が綺麗に揃えて並べられていた中で、一足だけ無造作に脱ぎ捨てられた靴がありました。

あの靴が普段から家に出入りしている相沢か岩木のものなのか、玄関に友達を出迎えた坂上のものなのか、考えてみるのも楽しいと思います。



僕はここで泣きました

つらつらと4人のことを書いてきましたが、4人の綿密な描写があったからこそ、僕は終盤で涙しました。劇場で鑑賞した当時も、家のテレビで観た今回も、同じところで泣きました。

廃墟での成瀬の告白

本番を前に逃亡した成瀬は、「全ての事の始まり」である山の上のお城に立てこもりました。かつてのラブホ、今は廃墟。

助けに来た偽りの王子様・坂上を成瀬は一喝します。「来ないで!」

おしゃべりな成瀬順が溜め込んできた感情を、敵意を、愛情を、成瀬は喚きます。

「お前の言葉を聞かせてほしい」と優しく諭した坂上を罵倒します。
恋敵になってしまった仁藤をも罵倒します。

成瀬は罵りの言葉を尽くした後に「もう、喋ることなくなった…なくなった!!」と喚きました。大好きになってしまった、呼びたくてたまらなかった坂上拓実の名前を叫びました。

そして、泣き止んだ後の赤ちゃんのような静かな声で告白した成瀬は、坂上に優しくフラれ、「知ってたよ」この作品史上一番優しい声で懸命に笑いました

突き動かされる心の叫びを止めることができないまま、大声で攻撃の言葉を尽くし、憑き物が落ちたように静かな声で恋心を伝えた成瀬に、しっかりと坂上が答えた、美しくて綺麗なシーンです。

これまでほとんど作内に響くことがなかった成瀬の声を、豹変という言葉がふさわしいほど様々な温度で吹き込んだ水瀬いのりさんが素晴らしいです。

坂上は成瀬に名前を呼ばれ、不意に涙が頬を伝いました。
僕も同じでした。

おかえり成瀬。わたしの声

坂上に思いのほどをぶちまけた成瀬は、揚羽高校へと戻りました。

猿山の大将からクラスのまとめ役へと進化を遂げた田崎が陣頭指揮を取り、ついに表舞台に立つ決意を手にした仁藤が主演を張る「青春の向う脛」に戻って来ました。

『わたしの声 さようなら』

透き通る声を響かせ、紺色のマントに身を包み、成瀬は体育館に現れました。

「歌の方が気持ちが伝わるって思いますか。」と、作品の序盤で成瀬は坂上に問いかけました。

その答えがこのシーンには凝縮されています。

メロディーに乗せた成瀬の思いは、確かに僕たちに響きました。
歌声に揺さぶられた感情の鎖は、音を立てて崩れていき、涙となって頬を伝っていきました。

もう止まりませんでした。

成瀬を体育館の外で出迎えた生徒や、成瀬に照明を当てた生徒。
成瀬と坂上が帰ってくることを信じて場を繋ぎ続けたクラスメイト。
ステージ上で安堵する仁藤と田崎。

みんなで一つのことをやり遂げる尊さは、高校生ならではの特権です。
そしてその「みんな」の中に、成瀬が戻って来れた。

「ただいま」の気持ちを胸に刻み込みながらゆっくりとステージへ進んでいく成瀬の姿は、滲んでぼやけて見えました。

クライマックスの『心が叫びだす』と『あなたの名前呼ぶよ』のマッシュアップも含め、『ここさけ』は音楽の使い方がとても丁寧で的確でした。
水瀬いのりの圧倒的な歌唱力については、ここで述べるまでもありません。

お母さん

最後に成瀬順のお母さん(cv:吉田羊)についても少しだけ触れさせていただきます。

少女・順の他意なき言葉によって傷つけられて夫と別れた成瀬母は、保険の営業セールスに従事するようになり、女手一つで順を育てていきました。

言葉で傷つける順はもういなくなりましたが、その代わりに喋らない娘という新たな問題がお母さんを苦しめていきました。

彼女は周りに「順は明るくてお喋りな子なんです」と嘘をつきました。完全な嘘ではないものの、その順は小学生のあの頃の順です。

喋る事のできなくなった順を異質なものとみなし、世間体を気にして家の中に隠しました。喋れない順は、お母さんの世界の中では秘密の引き出しの中にしかいないものでした。
口にチャックをした娘を持つシングルマザーの家庭。順もお母さんも、どうすればいいのかわからないまま、時間だけが過ぎていきました。

弟こそいましたが、僕は順と同じように母子家庭で育ちました。

母親が厳格なのも帰りが遅いのも同じで、NHKや新聞の集金を居留守を使って無視したことも何回もありました。
回覧板はうちを飛ばして回されるようになりました。

順と異なり、僕は反抗という手段で母親への抵抗を表現しましたが、本作品で母親に迷惑をかけたくないと怯える順の気持ちも、娘の気持ちが全くわからないことに疲れてしまったお母さんの気持ちもよくわかります。

実写版よりも女手一つで育てる重圧や、年頃の娘を理解できないストレスはアニメ版の方が色濃く描かれていました。
性善説に則ったキャラクターが多い中で、順を異端扱いするお母さんには、確かに敵意とか苛立ちが宿っていました。
成瀬を一番理解しようとしていなかったのは、唯一の家族であるお母さんでした。

僕は成瀬の項で、本番をバックレようとした彼女がもし坂上に見つけてもらえなかったら、間に合わなかったら、彼女の人生はどうなっていたのか考えるだけで恐ろしいと書きました。

世間体を気にする成瀬のお母さんは、「ふれ交」に出てこない順に業を煮やし、というよりも恥ずかしさの方が大きいとは思いますが、席を立とうとしました。裏切りです。信じようとしていたのに。

あのままもし順が出てこなければきっと、彼女と母親の関係は本当に終わってしまったのではないでしょうか。

けれど、順は出て来ました。まっすぐにステージへ向かって歩いていきました。

歌う順を見て涙をこぼしたお母さんに感情を揺さぶられながら、僕は成瀬親子を救った優しい坂上に、仁藤に、田崎に、坂上老夫婦に、みんなに感謝しました。

弱さを持つ人を受け入れる勇気。
逃げ道を乗り越えて強くなる勇気。
人にありがとうを伝える勇気。
人に謝る勇気。

何度観ても胸を張って大好きと言える作品です。
真っ直ぐで優しいみんなに、幸あれ。

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