映画『さよなら私のクラマー』ネタバレ感想|フィジカル重視は悪なのか?原作との違いも解説

タイトル画像
※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています

こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

今回は2021年公開の映画『さよなら私のクラマー ファーストタッチ』をご紹介していきます。

女子サッカーをテーマにした作品で、原作は新川直司さんのコミックス『さよならフットボール』。2021年の春からアニメがスタートした、『さよなら私のクラマー』の前日譚になります。

映画の原作となったのは『さよならフットボール』。
全2巻なので、ぜひサクッと読んでみてください!

この記事では、下記の点についてご紹介していきます。

  • 作品の舞台設定
  • 原作コミックとの違い
  • 女子サッカーの現在地
  • サッカー描写の考証
  • サッちゃんの描き方
  • フィジカルとフットボール

 

女子サッカーを取り巻く現状なども書いていきますので長くなりますが、よろしければお付き合いください。

それでは作品情報から見ていきます。



あらすじ紹介

優れたボールテクニックとセンスを誇るサッカー部の恩田希は誰よりも練習熱心だが、所属する藤第一中学校男子サッカー部では公式戦出場の機会はほとんどない。業を煮やした彼女は、幼なじみのナメックこと谷安昭が主将を務める江上西中学校と対戦する新人戦1回戦への出場を監督に直訴する。以前、体の大きな男子に女子が勝てるわけがないとナメックに言われた希は、試合に勝つことで彼を見返そうと闘志を燃やす。

出典:シネマトゥデイ

スタッフ、キャスト

監督 宅野誠起
原作 新川直司
脚本 高橋ナツコ
脚本の高橋ナツコさんはアイカツ!のアニメなども手がけていました。
恩田希
(ノンちゃん)
島袋美由利
越前佐和
(サッちゃん)
若山詩音
山田鉄二
(テツ)
内山昂輝
竹井薫
(タケ)
逢坂良太
谷安昭
(ナメック)
土屋神葉
順平
(希の弟)
白石涼子
鮫島監督 遊佐浩二

人物の所属チームなどをご紹介しておくと、主人公の女子中学生・は高い技術を誇る攻撃的な選手
1学年下の弟・順平は、主人公たちのチーム・藤第一中学のサイドアタッカーとして試合に出ています。

希と同学年で、小学校時代からのチームメイトであるテツ(山田)は中盤の底のボランチタケ(竹井)はチームのエースストライカーとして活躍しています。

藤第一中学の布陣

希の親友・サッちゃん(越前)はチームのマネージャー。
そして、藤第一中学と戦う江上西中学のセンターバックとして、ナメック(谷安昭)が登場します。

 

映画『さよなら私のクラマー』の作品情報については、MIHOシネマさんの記事であらすじ・感想・評判などがネタバレなしで紹介されています。合わせて観たい映画なども掲載されていますので、是非ご覧になってみてください!

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。



アニメ版の中学生編

この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。

2021年春からはアニメ『さよなら私のクラマー』が放送開始。原作は同じく新川直司さんのコミックです。

恩田希たちが高校に進学し、通称「ワラビーズ」という蕨青南高校の女子サッカー部での奮闘を描いたものですが、この映画はアニメ編の前日譚に当たる中学生編のものです。

主人公の希はテクニックに優れた、ファンタジスタタイプのプレーヤー。

小学校時代のスポーツ少年団(スポ少)の仲間とともに中学に進学し、男子サッカー部に入部しましたが、成長過程にある男子と女子のフィジカルの差の壁にぶつかり、公式戦でプレーすることを許されていませんでした。

スポ少からの仲間であるテツタケは2年生になると新チームでのポジションをつかみ、希の弟・順平も1年生ながらサイドアタッカーとしてチームの攻撃の一翼を担っています。

順平は小さい頃から希と一緒にサッカーをして、鍛えられているんですよね!

希たちの藤第一中学は、埼玉県の新人戦に臨み、1回戦で名門・江上西中学と激突。
江上西のキャプテンを務めるセンターバックは、かつて希たちとスポ少でプレーしていた泣き虫のナメックという少年でした。

この映画はそんな中学2年生の新人戦を描いた作品になります。

アニメ版『さよなら私のクラマー』では希たちの高校女子サッカー部にスポットが当たっているため、映画初見だと男子選手たち、特にテツとタケへのキャラ理解が少し難しいかもしれません。

原作コミックとの違い

映画『さよなら私のクラマー ファーストタッチ』の原作は、アニメ版の原作になっているコミック『さよなら私のクラマー』ではなく、別タイトルの『さよならフットボール』です。

基本的に原作コミックにそのまま沿った展開となっていましたが、少しだけ相違点もありましたのでご紹介します。

中1で新人戦に出ていた

原作では、スタートからたちが中学2年生の状況で描かれています。

希は入学以後、一度も公式戦に出場することを許されず、映画のメインにもなった江上西中との新人戦が、中学生時代において最初で最後の公式戦出場になりました。(希は登録されていなかったので、もちろん公式記録にはなりません)

これは高校生編に移った後続のコミック『さよなら私のクラマー』でもサッちゃん(越前)が言及しています。

「ノンちゃん 公式戦出場記録ないけど内緒で1回あるんだよ。秘密だよ」

出典:『さよなら私のクラマー』1巻 「インパクト」

一方、映画では中1で希が新人戦(公式戦)に出場しているシーンが出てきます。これは映画オリジナルです。

テツとタケはまだベンチ外で、希が1年生で唯一抜擢されたと表現されています。

この試合で希は素晴らしいテクニックを披露して相手ディフェンスを翻弄したものの、接触の際に腕を負傷して途中退場してしまいます。

藤第一中学の鮫島監督はそんな希の安全を考慮し、公式戦では使わないと明言しました。どんなに上手くても。どんなに練習で結果を残しても。

これは女子選手に限らず、男子でも身体の出来ていない下級生を使いにくいという指導者はいると思います。正しい判断だと思います。

原作では鮫島監督が「女子だから、とにかく恩田は公式戦で使わない」という文脈しか出てきていなかったので、映画ではなぜ鮫島監督がその判断に至ったのかという経緯が描かれているんですよね。

小学生時代のシーンを追加

映画には原作『さよならフットボール』になかったシーンがもう一つ追加されています。

小学生(スポ少)時代の希のプレーです。

スポ少時代、希は男子との体格差が無く(むしろ大柄な方)、圧倒的な活躍を見せていました。
リフティングは軽く300回を超え、テツやタケよりも上手いことが明かされています。

地域選抜に選ばれている相手選手を軽々と凌駕するそのファンタジスタぶりは、恩田希というフットボーラーがいかに才能に満ち溢れているのか説明するにはとっても良い、シーンの追加だったと思います。

だからこの映画が、小学生時代は男子の中で輝きを放っていた女子選手が、中学生になると男女の肉体差の壁にぶち当たるというお話だということがわかりやすくなっていますよね。

アニメとのリンク

加えて2021年春から放送が始まったアニメ版との関連シーンも見て取れます。

例えば、希たちが新人戦を戦うスタジアム。
原作コミックではどこかの学校のグラウンドでしたが、映画では埼玉県にある浦和駒場スタジアムになっています。

女子サッカーのなでしこリーグや、Jリーグの浦和レッズの試合でも使われるスタジアムです!
浦和駒場スタジアムの写真

浦和駒場スタジアム。2019年撮影

プロも試合をする素晴らしいスタジアムで、中学生の新人戦が行われるなんてとっても贅沢な話なんですが、これは高校生編のアニメ版でも同様です。

希たちの蕨青南高校は浦和邦成という強豪校と浦和駒場スタジアムで試合を行います。(これも贅沢)

アニメ第9話では、映画で描かれた中学時代の新人戦のシーンを交えつつ、サッちゃんがこのように話しています。

「ノンちゃん、中学以来だね。このスタジアム。ほら、新人戦だよ」

出典:アニメ『さよなら私のクラマー』第9話 「赤の軍団」

アニメ第9話では、アニメ版のメインキャラクターである曽志崎緑周防すみれもこの藤第一vs江上西を見ていたことが明かされていました。

「そういえば私たちもここに試合見に来てたっけ」
「トイレの前に変態がいたときな」

出典:アニメ『さよなら私のクラマー』第9話 「赤の軍団」

曽志崎と周防がいたというくだりも原作『さよならフットボール』には無いので、映画とアニメのオリジナルですね。

他にも埼玉(主に蕨、川口)を舞台にしたアニメ同様、映画でもかなり埼玉色が強くなっていました。川口の駅前や、ナメックと希がランニング中に出会った辻1丁目(中山道)の交差点などもそうです。地元の方はわかる場所が多いのではないでしょうか。

小4で転校したナメックが、「ワラビー引越センター」という業者を使って引っ越していたのもアニメの「ワラビーズ」に寄せていました。

引っ越す際に希がナメックにあげたキーホルダーも映画オリジナルでしたね。

心情描写、交差点での再会など、ナメックと希の部分では原作にないシーンが追加されていました!

女子サッカーの現在地

続いて、映画『さよなら私のクラマー』のテーマとなっている女子サッカーについて少し考えてみます。

男子サッカー部でプレーする女子選手を描いた映画よりも、女子チームをメインにしたアニメ版の方がより女子サッカー色は強いんですが、なぜ今女子サッカーなのか、ということです。

2021年秋 WEリーグ

2021年の9月、日本の女子サッカー界は大きな変化を迎えます。

初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」(ウィーリーグ)が発足することが決まりました。

「WE」は「Women Empowerment」の略です

今までは「なでしこリーグ」(旧「Lリーグ」)がトップカテゴリーでしたが、完全プロ化はこの「WEリーグ」が初めてになります。
Jリーグや、バスケのBリーグと同じように、女子サッカーリーグが「WE」として日本に定着するかどうか注目です。

2021年4月に放送が始まったアニメ『さよなら私のクラマー』同様、映画版も元々は4月1日公開を予定していました。

コロナの影響で2ヶ月遅れの公開となりましたが、アニメと同時にプッシュしていくことで、「WEリーグ」開幕への機運を高めていく期待が込められているはずです。

今年日本で公開された、フランスの女子サッカーをテーマにした映画『クイーンズ・オブ・フィールド』もWEリーグへ向けた部分が大きい映画でした。

タイトル画像

映画『クイーンズ・オブ・フィールド』ネタバレ感想|女子サッカーが映すフランスの実情

2021年4月2日

あれから10年。「世界一」の後は

「とにかく勝ててよかったです。私たちが負けてしまったら、日本女子サッカーが終わってしまう

映画で出てきたワンシーンです。

原作『さよならフットボール』には無く、『さよなら私のクラマー』の第1話で描かれた女子日本代表(能見奈緒子)の試合後コメントになります。

これは女子日本代表=なでしこジャパンが2011年のワールドカップで世界一になった後のコメントと想像できます。今からちょうど10年前です。

つまり、『さよなら私のクラマー』という作品は、なでしこジャパンが世界一になった後の世界を描いたものになります。

女子サッカーの現状への危惧

高校生編『さよなら私のクラマー』で希たちのチームを率いる深津監督は、このようなセリフを言います。

「女子サッカーに、未来はあるのか?」

「かつて世界王者となった女子サッカーを取り巻く環境はどうだ。純粋なプロクラブはいくつある?いくら稼げる?環境改善に協会は何をしてくれた?「プロを目指せ」とガキ共に言えるか?」

出典:『さよなら私のクラマー』1巻 「雪の中の少女」

『さよなら私のクラマー』(コミック、アニメ)にあるのは、女子サッカー界への現状危惧です。

確かに2011年の女子ワールドカップ優勝で、日本女子サッカーを取り巻く環境は大きく変わりました。

澤穂希さん宮間あやさん川澄奈穂美さん丸山桂里奈さんといったメンバーは世間一般に知られるようになり、国内リーグは一時期Jリーグ以上の観客を動員するまでにも至りました。「なでしこジャパン」は流行語大賞にも輝きました。

2011年ワールドカップ決勝のスタメン画像

2011年ワールドカップ決勝のスタメン

ただし、若年層を含めたサッカーのレベルが確実に底上げされていく一方で、その盛り上がりは一時的なものでした。ブームでした。

現在の女子日本代表選手を知っている人がどれほどいるでしょうか?
プロで戦う選手たちの待遇はどれだけ良くなったでしょうか?

そんな現状に警鐘を鳴らしているのが『さよなら私のクラマー』です。
極端な言い方をさせてもらえば、「WEリーグ」の発足を控えた2021年現在は「日本女子サッカーが終わってしまう」かどうかの瀬戸際かもしれません。

「女子サッカー」自体にスポットを当てた『さよなら私のクラマー』(高校生編)はとても面白いので、映画きっかけで興味を持った方は是非漫画やアニメを体験していただけると、サッカーファンとしては嬉しいです。

中学世代における女子選手

映画では恩田希が中学男子サッカー部の公式戦メンバー入りを果たせない形が描かれていました。

ここで注目したいのが、そもそも女子選手は中学の男子チームでプレーすることができるのか?という点です。

これについてはJFA(日本サッカー協会)のHPに記載がありましたので引用します。

女の子なら、中学校(男子)サッカー部と女子チームの両方で公式試合に出られます!

女子チームに登録して、通っている中学校のサッカー部でも男子といっしょに活動している女子中学生はたくさんいます。両方のチームでがんばってるし、男子でも女子でもチームの仲間といっしょに試合がしたい!と思いますよね。

女子チーム所属のままで(チーム移籍をしなくても)、中学校サッカー部[男子:第3種登録チーム]の部員として、大会に出られるんです。。

2006年3月に行われた日本サッカー協会の理事会で女子選手の大会参加資格が見直されました。
参加できる大会は次の通りです。(地域・都道府県大会(予選大会)も含まれます。)

・全国中学校体育大会/全国中学校サッカー大会
・JFAプレミアカップジャパン
・高円宮杯全日本ユース(U-15)サッカー選手権大会

出典:JFA 女子サッカーあれこれ

2006年の参加資格改正により、中学年代においては女子選手も男子チームの一員として試合に出ることはできるんですよね。

だから希を藤第一中学の公式戦メンバーに入れること自体は問題ないわけです。
入れなかったのは鮫島監督の意向というだけです。(もちろん登録外の選手が試合に出るのがバレるとそれは問題にはなります)



サッカー描写は?

主人公・恩田希はとてもテクニックが高い選手です。
特に足元の技術、またターンが優れている選手です。

その観点から見ると、映画、アニメともに希の足さばきの描写は見応えがあるものでした。

視点も定番の少し引いたものに加え、希のプレーヤー視点、上からの俯瞰を織り交ぜているため、カウンターのシーンがどうしてカウンターになるのか状況説明をしやすいものになっています。

ちなみに試合シーンでは、一人キックオフを採用。以前はセンターサークル内に二人の選手がいて、一人がちょんと前に出して(そこから後ろに戻す形が多い)キックオフを始める形でしたが、2016年のルール改正により、キックオフを前に蹴らなくても良くなりました。

身長174cmになったナメックが体格を生かし、体を入れてマイボールにするシーンも目立ち、局所では実戦的な描写だったと思います。希が3人に囲まれながらもボールを浮かせてすり抜けたプレーも原作漫画通りです。

実名選手から見る時代考証

またこの映画では名選手が実名で引用されます。

「ネドベドもヴィエリもトッティもいらん。バッジョもいらない」

これは試合中にテツに向かっていうセリフです。
ネドベドは元チェコ代表のMF、ヴィエリトッティバッジョはいずれも元イタリア代表です。特にセリエAで活躍していた印象の強い往年の名選手です。

このシーンの直前には、ナメックのタックルで足を痛めた希が、元西ドイツ代表・ベッケンバウアーの強行出場シーンを引用して、私だってまだできると言っています。

ここらへんの実名引用は全て原作通りなんですが、1970年のワールドカップの逸話を歴史的に引用したベッケンバウアーはともかく、1990年代〜2000年代に活躍したネドベド、ヴィエリ、トッティ、バッジョを引き合いに出すのは世代的になかなか厳しいものがあります(笑)。

先ほど書いたように、キックオフのルール改正後(2016以降)の子たちですからね。ネドベドもヴィエリもトッティもバッジョも、多分彼らの親世代の選手たちです。

もう一つ、希はサッちゃんと一緒にジズーという選手のプレー映像を見て胸を躍らせています。元フランス代表のジネディーヌ・ジダンの愛称です。

これも原作『さよならフットボール』で描かれていた通りなんですが、原作ではコーナー付近で希がナメックをかわしたシーンに、ジダンに憧れる理由が明示されています。

「ルーレット!」

出典:『さよならフットボール』2巻 「残せたもの」

ジダンが得意としていたダブルタッチでのターン、「ルーレット」という技です。
アニメ版でも希がこの「ルーレット」で相手DFを手玉にとるシーンがありました。

一方、映画では希の鮮やかなターンはそのまま描かれたものの、そのプレーに「ルーレット」という単語は出なかったんですよね。分かりづらさを排除したのかもしれませんが、なぜジダンなのか、ということを考えると少し残念でした。

いささか古すぎる往年の名選手を引用する一方、現代っぽい選手の引用も映画オリジナルシーンとして追加されています。

ムバッペのスパイク」です

現フランス代表のスピードスター・ムバッペを出してきたのは時代設定としては理に適っていました。ただ、前述したように他の引用選手があまりにも古すぎるので少し浮いてしまった印象も否めませんでした。

主人公級のサッちゃん

原作既読の立場で映画を観て、一番驚いたのが、の親友・サッちゃん(越前佐和)の描き方です。

希、ナメックと張る主人公級に見えたんです

「フィジカルが何よ。フィジカルごり押しのサッカーなんてつまらない!ノースペクタクルよ!」

フィジカルの差を痛感する希に、サッちゃんはこう主張します。

原作通りなんですけども、原作コミックではページ1/3程度の小さな1コマで表現されたものでした。でも、このセリフが映画ではより意味を持ってくるんですよね。

フィジカルとサッカーについての考察はこの後下で書いていきます

サッちゃんは藤第一中学のマネージャーなわけですが、映画では希の単なるサポート役にとどまりません。

メンバー入りを目指す希の特訓に付き合い、新人戦のメンバー発表ではユニフォームを選手たちに手渡す役目を担い、試合前半ではベンチの希の横に座ります。
いずれも映画オリジナルの演出です。

希と一緒に戦っているんですよ。
この『さよなら私のクラマー ファーストタッチ』は「フィジカル」に挑む希とサッちゃんの二人の物語といっても過言ではないです。

アニメ版『さよなら私のクラマー』では毎話、サッちゃんのナレーションから物語が始まります。

プレーヤーのメインを担う、希、曽志崎緑、周防すみれに加え、サッちゃん=越前佐和が主人公の一人であることを明確に証明した。
この映画はそんな効果もあったと思います。



フィジカルとフットボール

最後に、この映画の主題であり、希が戦う「フィジカル」の部分において考えてみます。

中学生になった希は体格差、筋肉差がモロに出るデュエルの部分で男子選手との差を痛感しました。1年生の新人戦の時のように、時にその差は負傷をも誘発します。

フィジカルを超えていけ

この映画で登場するナメック(谷安昭)は、高身長を生かした競り合いの強さ、また球際の強さを発揮しています。ハードワークも厭いません。

希に限らず他の男子選手をも凌駕するパワフルなプレーぶりは「フィジカルの強い」選手の代名詞になっています。

そんなナメックを、小学生の頃は泣き虫でヘタクソで何もできなかったナメックを、試合の前半でマッチアップした順平(希の弟)「強くなった」と評します。原作コミックでは「プジョル(元スペイン代表DF)みたい」という形容詞もついていました。

映画ではナメック、そして「フィジカル」は、希たちにとって越えるべき壁として描かれています。

「サッカーはフィジカルだ。身体のでかい俺に、女のお前がかなうわけがない。その身体で何ができる?」(ナメック)

「そんなゴリゴリしたサッカー、楽しくもなんともない!」(希)

「フィジカルが何よ。フィジカルごり押しのサッカーなんてつまらない!ノースペクタクルよ!」(サッちゃん)

ナメック率いる江上西中学のチームスタイルもフィジカル重視の堅守速攻です。原作では「カテナチオ」や「アンチフットボール」といった表現も出てきます。

要はつまらんサッカーだということです。
その魅力的じゃない「フィジカル型」を、美しいフットボールで凌駕しましょう、希たちの視点から見るとこうなります。映画全体としても同様です。

しかし、「フィジカルのサッカー」は本当に悪なのでしょうか?

フィジカル重視の是非

西部謙司さんの著書で『サッカー右翼 サッカー左翼』(2015年初版)という書籍があります。

テクニック重視で美しく勝つスタイルを「理想主義」、「左翼のサッカー」と定義しフィジカル重視、時につまらないと評されるスタイルを「勝利至上」、「右翼のサッカー」と定義しています。

映画『さよなら私のクラマー』に当てはめると、希たちの藤第一は「理想主義の左派」、ナメックたちの江上西は「勝利至上主義の右派」になります。

 左翼のサッカーは良いプレーをつなぎ合わせて勝とうとする。上手いボールコントロール、正確なパス、賢いポジショニングなどの集積で勝利を目指す。良いサッカーが勝利への道と信じていて、良いプレーは「喜び」を伴うから、サッカーは人々を幸せにできると考える。
 
 一方、“あえて守る”カテナチオは、攻撃を我慢して守備を優先し、相手に良いプレーをさせないようにするので、「喜び」は制限される(敵も味方も)。開放的な左翼と比べれば抑制的だ。より規律が重視され、遊び(プレー)よりも仕事(ワーク)に近くなる。人々を幸せにする「喜び」を制限してまでも勝利にこだわったところで、それは誰のためのサッカーなのかと左派は言うかもしれない。

 だが、人々を幸せにするのは左翼のサッカーだけなのか。

出典:『サッカー右翼 サッカー左翼』 21ページ

この種の議論は昔からありました。
マラドーナやプラティニやクライフが輝いていた時代には、彼らの美しいフットボールに対抗した西ドイツなどがつまらないサッカーと言われていました。

スペイン代表が2010年のワールドカップを制して以降は、日本においては特にパスサッカーで「美しく」相手を崩すことが素晴らしいことだという風潮が高まりました。
僕自身も堅守速攻より主体的に崩すポゼッションスタイルの方が好きです。

ただし、好きか嫌いかは別にして、「美しくない」といわれるサッカーが正義ではない、悪なのかというと違います。

とりわけ2010年代以降の現代サッカーにおいて、攻撃の個人技に特化した「ファンタジスタ」はほぼ死語になりました。
前線の選手にも組織の歯車としての規律や守備が求められ、「攻撃」「守備」という概念自体が以前とは全く違う表裏一体のものになっています。

デュエル、スピードなどを含めた「フィジカル」も昔に比べて重要性が格段に増しています。必須条件といってもいいかもしれません。

『さよなら私のクラマー』の希は「負けたくないから」猛練習に励むわけですが、「負けたくない」ためにはフィジカルは必要なんです。

「フィジカルは全てじゃない。…でも全ての中の一つなのよね」

希もこのように言っていました。

だから、この映画に流れる「フィジカルのサッカーなんてつまらない」の空気は、必ずしも正解ではないんですよね。
つまらないのかもしれないけど、サッカーとしては正しいかもしれないんです。

フィジカル重視への理解

余談になりますが、漫画『さよならフットボール』第3巻(アニメでは第6話)のシーンでとても好きな描写があるのでご紹介します。

希たちが出場したフットサル大会。
決勝戦で当たった相手は、ゴリゴリのフィジカルを前面に押し出すチームでした。荒っぽいと言い換えてもいいです。

ナメックとの試合も含め、「フィジカル」に対して並々ならぬ思いを持つ希はこう罵ります。

「あんたらサッカー界の汚点だわ」
「“詩人”を受け入れられないような、そんな了見の狭いサッカー誰が観たいのさ」

出典:『さよなら私のクラマー』3巻 「インテンシティトレーニングゲット作戦」

この相手チームで特にゴリゴリ来る九谷というキャラクターは、テクニックがありません。
それでもチームメイトは九谷のことをこう評します。

「九谷はね、ドヘタなんだわ。リフティングもまともにできねーの。それでも自分にできることをやるんだわ。愚直に。クソ真面目に。あいつは天才を追う者だ」

出典:『さよなら私のクラマー』3巻 「追う者追われる者」

先ほど書いたように、フィジカルゴリ押しのプレーは、確かにサッカーにおいて必要な要素の一つです。

希が「天才」だとすれば、それに立ち向かう手段として、自分にできることは何かと考えた末、九谷はフィジカルの強さを生かしたプレーに磨きをかけていきます。たとえ汚いと言われようとも。

「魅せる」のではない部分で自分の戦える場所を見つけていく。これはサッカーに限ったことではないですよね。

その意味で、映画のナメックも「追う者」の一人です。
希たちの追求するフットボールとは対極に見える「フィジカル」にも、その必要性があるし、自らのストロングポイントを生かしたプレーヤーになった理由があります。

ナメックの人物描写は原作以上に丁寧だっただけに、ナメックがこういう選手になった背景までプラスされていたら、さらに良かったなと思いました。

最後に:映画特典が良いです

長々と書いてきました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

映画の入場者特典(数量限定)として配布される“『さよなら私のクラマー』第0巻”。
ここに収録されている影山優佳さんのインタビューが、読み応えたっぷりでした。

サッカーをやっていた人や、サッカーが好きな方に特に読んでいただきたい内容です。

映画をご覧になって特典を受け取った方は、是非読み込んでみてください。深いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
秋から始まる「WEリーグ」が盛り上がっていくことを心から願っています。

 

映画の原作『さよならフットボール』

希たちの高校生編『さよなら私のクラマー』

WEリーグ オフィシャルサイト

MIHOシネマさんの作品紹介

タイトル画像

映画『クイーンズ・オブ・フィールド』ネタバレ感想|女子サッカーが映すフランスの実情

2021年4月2日

関連記事

映画見るならAmazon Prime Video