映画『いとみち』ネタバレ感想|駒井蓮×津軽。奇跡が共鳴したご当地作品の最高峰!

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こんにちは。織田です。

今回は2021年公開の映画『いとみち』を紹介します。

青森県の津軽地方を舞台に、青森出身の駒井蓮さんが主演を務め、同県出身の横浜聡子監督が脚本、監督を務めました。

津軽弁津軽三味線メイドカフェが融合しています。

公開開始からだいぶ経ってようやく鑑賞できたのですが、津軽弁全開の駒井さんの魅力が傑出した素晴らしい作品でした。

ご当地映画として史上最高級の映画だと思います!

この記事では津軽に少しだけゆかりのある私が感じた、『いとみち』の素晴らしさについて、以下の点から感想を書いていきます。

  • 津軽弁ネイティブの駒井蓮
  • ご当地映画としてのスケール感
  • メイドカフェでの人間模様

作品の展開についてのネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。



あらすじ紹介

青森県弘前市の高校に通う16歳の相馬いと(駒井蓮)は、強烈な津軽弁と人見知りが悩みの種で、大好きなはずの津軽三味線からも遠ざかっていた。そんな状況をどうにかしたいと考えた彼女は、思い切って青森市のメイドカフェ「津軽メイド珈琲店」でアルバイトを始める。当初はまごつくものの、祖母のハツヱ(西川洋子)や父の耕一(豊川悦司)、アルバイト先の仲間たちに支えられ、いとは少しずつ前を向いていく。そんな中、津軽メイド珈琲店が廃業の危機に見舞われる。

出典:シネマトゥデイ

「いとみち」というのは、三味線を弾くときに指にできる糸道のことであり、また主人公「いと」が歩む道でもあります。

スタッフ、キャスト

監督・脚本 横浜聡子
原作 越谷オサム
相馬いと 駒井蓮
いとの父 豊川悦司
いとの祖母 西川洋子
葛西幸子 黒川芽以
福士智美 横田真悠
工藤さん 中島歩
成田さん 古坂大魔王
伊丸岡早苗 ジョナゴールド
常連客 宇野祥平
この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



駒井蓮のガチ津軽弁

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

「人が歩げば道ができ、道を振り返れば歴史という景色が見えるど言う。わあの歴史はまんだ、どごさも見当たらね」青森県弘前市の高校。日本史の授業で音読をあてられ、相馬いと(駒井蓮)はこの世代には珍しく激しい津軽弁で、みんなから笑われる。訛りと人見知りで本当の自分を見せることができず、友人もいない。得意だったはずの津軽三味線も気乗りせず、弾かないままずっとしまい込んでいる。

出典:『いとみち』公式サイト INTRODUCTION

公式サイトのあらすじにあるように、『いとみち』は主人公・相馬いと(駒井蓮)の、「この世代には珍しく」訛りの強い津軽弁で幕を開けます。

このいとの津軽弁が実に強烈でして。横浜監督、松山ケンイチ主演の『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009)以上にセリフの判別は難しかったです。

余談ですが青森駅のシーンで松ケン似の人が映っていましたね。笑

ただ、自分は『いとみち』を東京都の「シネマ・チュプキ・タバタ」さんで鑑賞したんですが、ユニバーサルシアターのこちらの映画館では字幕をつけて上映してくれています。

これがとてもありがたく、いとやおばあちゃんの発する津軽弁がそのまま文字として起こされるので「音」以外にも判断材料があり、ほぼ把握できました。ちなみに音声ガイドも利用できるそうです。

邦画を日本語字幕付きで観るのは初めてでしたが、とても良かったです!

少し話が逸れましたが、いとだったりいとのおばあちゃん(西川洋子)だったりが話す津軽弁は、初見には結構難しいわけです。

一方で大学で民俗学を教えている、いとの父親(豊川悦司)は東京から青森にやってきた立場。

津軽弁の録音を聴く学生たちに向かって、30年(だったかな?)聞いてようやくわかるようになった、と話します。やっぱりネイティブ以外にはハードル高いんですよね。
何ならクラスメイトたちも、いとの強い訛りを理解できていなかったくらいですからね。

青森県と津軽地域

さて、いとたちの話す津軽弁ですが、「津軽」というのはイコール「青森県」ではありません。

青森県は県庁所在地の青森市が最大の都市で、次いで東部の八戸市、西部の弘前市が大きな規模の都市として位置しています。

青森は大きく区分すると西部の津軽地域と、東部の南部地域に二分されます。ここでは津軽地域に含まれることの多い青森地域と、下北半島の下北地域をさらに独立させ、4地域で区分してみました。

青森の地図

青森県を地域別に4区分した地図

地図上ピンクで色付けしたところが津軽地域ですが、りんごの名産地は弘前を中心としたこの地域です。

青森県のりんご生産量は日本全国の約60%を占めていて、その中でも弘前市がトップなんですが、生産量2位の長野「県」よりも青森県弘前「市」の方が多いんですよね。

地図に記入した「板柳」というのは、いとたちが住んでいる町で、エリアとしては弘前と同じ津軽平野に入ります。映画内でも強調されていたように、この板柳町もりんごの名産地です。

一方で南部地域、下北地域は、りんごの生産は津軽地域ほど多くはなく、どちらかというと海沿いの水産業が有名。津軽と南部は歴史的な対立があり、互いの方言(津軽弁と南部弁)は驚くほど違います。

分断には地理的な要因もあって、青森県の中央に位置する八甲田山(複数の火山の総称)によって東西の往来が活発にできなかった背景もあり、津軽と南部はそれぞれ違う文化を歩んできました。

トヨエツが曲を歌っていたシーンでも八甲田山は引き合いに出されていましたね!

要は映画『いとみち』は、青森県の中でも、特にりんご王国エリアのお話ということです。

駒井蓮と津軽弁

主人公の相馬いとを演じた駒井蓮さんは、青森県平川市の出身。

2006年に南津軽郡尾上町、平賀町、碇ヶ関村が合併して出来た市です

で、この平川市。位置としては弘前市の東隣で、南部は秋田県と県境を接しています。
先ほど挙げた地図では津軽地域の東南部ですね。

青森の地図2

平川市と青森市、弘前市、板柳町の位置

そんな駒井さんはガチ津軽弁スピーカーのようで、映画いとみちの製作に合わせ、YouTubeで津軽弁講座を開講しています。

「ごスズん様」(ご主人様)に代表されるように、作品内でも群を抜いて訛りの強かったいとの言葉ですが、駒井さんのルーツや実際の津軽弁を聞くと納得ですよね。この起用は奇跡的ですらあると思います。

映画では「わいはぁ!」(あらまぁ!)、「かに」(ごめん)、「か、け」(さぁ、食べな)といった言葉を知ることができます。楽しい。

濁点や単語自体の変化だけでなく、津軽弁はアクセントも独特でした。
「青森」を例にとると、関東の言い方では「福岡」とか「岡山」とかと同じだと思うんですよ。
でも『いとみち』の中で「青森」は「鹿児島」とか「横浜」とかと同じアクセントですよね。これはいとに限らず、幸子(黒川芽以)智美(横田真悠)といったメイドカフェの同僚もそうだったかと思います。

一方で、東京(多摩地区)出身でネイティブ津軽弁スピーカーではない親父(豊川悦司)は、いとに「けっぱれ」の使い方も発音もおかしいと言われてしまいました。このあたりが何ともハードルが高い。

訛りの強さで言えば、いと>>幸子>>智美みたいな強弱の関係はあったと思います。でもいとのお父さんは、その序列にすらなかなか食い込めないわけです。

逆に言えば、いとは「そんな標準語を綺麗に使えて羨ましい」と智美にこぼしています。智美は「標準語なんてずっとテレビ見てりゃバカでも喋れる」と返していましたが、何だか外国語を学ぶ作業にも似て聞こえました。
津軽弁はフランス語に似てるとか言われることもありますが、あながち的外れでもないかもしれません。

そんなお父さんも、のちにメイド珈琲でいとに淹れてもらったコーヒーを飲んで、津軽弁でメッセージを残しました。いや、あそこは感動しました。



ご当地映画としての規模感

オール青森ロケで撮影された『いとみち』。
特定の地域をフィーチャーしたご当地映画はたくさんありますが、『いとみち』はそのスケール感、地域アイデンティティの差し引きがとても好きでした。

抽象的な言葉なので、どういうことなのか見ていきましょう。

名物、名所など

岩木山の画像

岩木山(写真AC)

『いとみち』は方言、名物、名所など津軽のアイデンティティがふんだんに使われている映画です。

ただ、パッと見でわかりやすいものと、あえて説明を省いているものと2種類あると思うんですよね

わかりやすいところから言うと、津軽弁津軽三味線りんご

津軽弁と三味線はそのまんまですね。

りんごは、幸子パイセンのお手製アップルパイをはじめ、「津軽メイド珈琲店」になくてはならないものですし、いとのバッグについてたキーホルダー(板柳町のマスコットらしいですね)、夕食時のりんごジュースという風に、津軽の生活とりんごが密接に関わっていることがわかります。

一方で、地元の人はわかるんだと思いますが、津軽の名所とかは結構さらっと出てきます。
浅虫海岸岩木山も、弘前のれんが倉庫美術館も、特に固有名詞を出すこともなく登場します。私は観終わってから調べて知りました。
青森が空襲を受けたエピソードも、社会科見学に来た生徒たちへ事実を淡々と述べる形です。

このあたりが他のご当地映画と違ってクールだと思うんですよね

また、家出したいとを早苗(ジョナゴールド)が迎えにきた商業施設は、五所川原市の「ELM」というショッピングセンターです。
早苗が五所川原に住んでいるということですけど、これも整合性が取れていて上手いなと。

学校(弘前市・たぶん弘前高校がモチーフ)から電車(五能線)で帰る際、いとは早苗より先に板柳駅で降りています。五所川原は板柳の3駅先です。

このあたりは青森県の路線図を見ていただくとわかりやすいかと思います。
地図ナビ 青森県路線図

青森・弘前・板柳

路線図ついでに付け足すと、いとがバイトをすることになる「津軽メイド珈琲店」のある青森駅と、いとの地元・板柳駅の関係も興味深かったです。

同じ青森、(広義で言えば)同じ津軽ですが、板柳から青森駅に行くには乗換1回(川部駅)、運賃は770円かかることがわかります。ちなみに所要時間は約55分。

決して近い距離ではないですよね…

時給が確か1150円(高い)と言っていたと思いますが、全額支給ならばその時給以上の交通費を払うわけですから良心的なバイト先だなと。(川部までは通学定期圏内なんですかね)

また、青森、弘前、板柳という3つの町の規模感も印象的でした。

カフェでバイトしていると明かしたいとに、お父さんは「カフェなら弘前にもあるだろ」と言います。
地元の板柳にはカフェはないけど、通勤通学圏の弘前にはある。でも、メイド喫茶は弘前になくて、青森にはある。

いとは青森駅に降り立ち、人の多さと人流の速度に戸惑います。弘前だって別に小さい都市ではないものの、それを上回る都会感。
そんな青森もまた、智美やお父さんにより、「東京」という大きな街の比較対象になっていきました。板柳ー弘前ー青森ー(東京)と比較級がだんだん大きくなって連なります。

ただ一方で、板柳や弘前を「こんな小さな町」と卑下することは全くありません。
ご当地映画は地方→大都市の比較が出てきがちですけど、こと『いとみち』に関しては地方と都市圏の二極構造は感じられませんでした。個人的にはここも好きなポイントです。

相馬、葛西、福士、成田、工藤…

もう一つ個人的にいいなと思ったのが、『いとみち』に出てくる登場人物の苗字です。

主人公のいとたちの家族・「相馬さん」をはじめ、幸子の「葛西さん」、智美の「福士さん」、店長の「工藤さん」、オーナーの「成田さん」といった苗字は、青森県で多い苗字です。出典

「工藤」さんは青森県で最も多い苗字で、日本ハムなどで活躍した元野球選手の工藤隆人さん(黒石市出身)など。
「葛西」さんでは、元阪神タイガースの葛西稔さん(弘前市出身)を思い出す方もいるかもしれません。

「成田」さんも青森に多いですし、「福士」さんでは陸上の福士加代子さんが、いとたちと同じ板柳町の出身です。

さらに、いとの友達・早苗の苗字「伊丸岡」さんも青森で見られる苗字だったり、「津軽メイド珈琲店」の入っている「小笠原商事ビルディング」の「小笠原」さんも青森に多い苗字です。

何故こんなところに興奮しているのかというと、私の祖父母が弘前の出身でして、祖母の旧姓が福士だったんですよね。

福士加代子選手が台頭し始めた頃に、おばあちゃんと同じ苗字で出身も同じだねと話したら、「青森ではよくいる苗字」と教えてくれたのを覚えています。

今はもう二人とも他界しましたが、この映画は見せてあげたかったですね。私が全然理解できないもんだから、二人とも津軽弁使うのを諦めてましたからね。笑

そんなわけで、原作に依るところが大きいとは思いますが、『いとみち』の青森映画としての素晴らしさはこんな登場人物の名前のセレクトにも表れていると思いました。



メイドカフェの人間模様

最後に、物語の中で最も好きだった部分、メイドカフェ「津軽メイド珈琲」の人間模様について少しお話しします。

わぁの大好きな人たち

「おかえりなさいませ、ご主人様(お嬢様)」、「おいしくなぁれ、萌え萌えキューン」をはじめ、メイドカフェ定型文を繰り出すメイドさんたち。
永遠の22歳でありシングルマザーの幸子(黒川芽以)、注意されても制服出勤をやめない、漫画家志望の智美(横田真悠)

キャラの立っている二人は、いと(駒井蓮)に比べると訛りは抑えめで、「今の世代らしい」青森の若者なのでしょう。
初めてのバイトにドジるいとに対しても意地悪なことをするでもなく、時には叱咤し、時には優しく寄り添っていきます。

また、店長の工藤さん(中島歩)は、従業員に対して敬語を貫き、ビジネスとしての立ち位置の線をしっかり引いています。堅物と言っていいでしょう。

逆に成田オーナーは超フランクな感じで店にやってきてましたね。結果的には罪人になってしまいましたが、悪い人だとは思えない…

優男風の工藤店長でしたが、いとが痴漢被害に遭った際には毅然とした態度で対応し、お店よりも従業員を守る姿勢を見せています。その一方で店の窮地には落ち込み涙を流すなど、人情も見せていました。好きです。

卑屈になるな、楽するな

で、このメイド先輩方、いとに学校や家庭では知り得ない人生指南をしてくれます。

「せばおめ、悪くねぇべ。“わぁが悪い”って何のつもりや。その考え間違ってる。おめもみんなも全員傷つく」(幸子)

「そうやって自分蔑むのやめたら?ラクしたいだけじゃん」(智美)

幸子の言葉は、店内で痴漢被害に遭ったいとが「自分が悪い」と抱え込んだことについて。
智美のセリフは、標準語はバカでも喋れると言った智美に対していとが「自分はバカ以上だもんで」と自虐したことについてです。

自分に自信が持てないいとは、自分を低く見積もり卑下することが染み付いていました。
けれどそれを聞かされる方は、「どうせ私なんて」とか思ってほしくないんですよね。「どうせ私なんて」と思っている人を信じ、愛する、自分たちまで傷ついてしまうからです。
そしてその自虐はきっと、いと本人の為にもならない。

いとは家庭でも学校でもこういうところまで踏み込んでこられることはなかったんでしょう。
言われて結構きつい部分もあったと思いますが、本音を受け止めた彼女にとって、津軽メイド珈琲のみんなはかけがえのない存在になっていきました。

初日にあれだけ頭を触られるのを嫌がっていたいとが、髪を梳いてくれる幸子に頭を委ねたシーンは目頭が…。

バイト先が、いとにとって家族のような場所になっていく姿は本当に良かったです。

メイドカフェへの先入観

『いとみち』ではメイドカフェへの先入観も描かれていました。

いとに痴漢行為を働いた客が口走っていたこともそうでしたし、いとの親父もメイド喫茶なんてクラブ(多分キャバクラのこと)にも行けないような陰キャが来るようなところだろ的なことを抜かしています。

メイドさんは客に対して媚を売り、客はメイドさんを性的な目で見る、やってることは水商売と同じでしょというニュアンスです。
色々な方面に対して失礼な言い草ですが、このような見方をしている人がいるのも事実です。

けれどメイド喫茶が、トヨエツ親父の言うようなキモオタ男の好奇の目に晒されているかと言うとそうではなくて、「津軽メイド珈琲」には女性の常連客も普通にいます。別に強調されるわけでもなく普通にいます。

痴漢被害後のいとを「守る会」的なことをしようとしていた宇野祥平率いる常連組のキモさには引きましたが、そこに対しても違うよねときちんと明示してくれていたのは嬉しかったですね。
しかもその後常連軍団がリニューアルのビラ配りを先導していて、彼らにも改心の機会を与えています(笑)。

 

津軽の市井とバイト先の絆とメイドカフェ。
様々な要素を組み合わせながら誕生した最高の青森映画でした。観ることができて本当に良かったです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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