映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』ネタバレ感想|砂田が“地元”を嫌いな理由

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こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

今回は2019年の映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』をご紹介します。

「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016」で審査員特別賞を受賞した企画の映画化で、監督は箱田優子さん主演に夏帆さん

都内でCMディレクターをしている主人公・砂田(夏帆)が親友とともに地元・茨城に帰省する物語で、その地元は彼女にとって「大嫌い」な場所でした。

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「さようなら、なりたかったもう一人の私。」というフレーズは、映画の終盤にその意味がわかります!

この映画は、夏帆さん演じる主人公・砂田が抱く「故郷」への後ろ向きな思いの描写が絶妙だったんですが、その理由についてお話ししていければと思います。

ネタバレを含みますので未見の方はご注意ください。



あらすじ紹介

茨城から東京に来てCMディレクターになった30歳の砂田(夏帆)は、仕事に追われながらも優しい夫がそばにいて充実しているように見えるが、心は荒んでいた。ある日、彼女は病気の祖母を見舞うために茨城に帰省する。一方、砂田に同行する自由奔放な友人の清浦(シム・ウンギョン)にはある目的があった。

出典:シネマトゥデイ

スタッフ、キャスト

監督・脚本 箱田優子
砂田夕佳 夏帆
清浦あさ美 シム・ウンギョン
夕佳の夫 渡辺大知
砂田の父 でんでん
砂田の兄 黒田大輔
砂田の母 南果歩
この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



帰る故郷は茨城

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

まずは主人公・砂田(夏帆)が、親友・清浦(シム・ウンギョン)の車で帰省することになった故郷・茨城について見ていきましょう。

茨城の地図

砂田と清浦の二人は東京から高速道路を使って茨城に向かいます。

道中で「牛久沼かっぱの小径」(牛久市)や、「日本一の獅子頭」(石岡市)など観光名所に寄った後、自然豊かな場所にある砂田の実家へ。

エンドロールのクレジットを見るに、小美玉市石岡市と思われます。

地元、茨城。イバラ「キ」!

茨城を故郷として描いている映画は『ドライブイン蒲生』(2014)だったり、『ひとよ』(2019)だったりがあります。

車だと東京から2時間前後で行けるのが茨城ですが、この距離感が(特に東京へ出てきている人にとっては)既視感を覚える「地元」な感じなんでしょうね。日帰りでも帰省できる距離です。これが関東の外になると、帰省は基本泊まりがけになりますよね。

東京との対比として茨城が田舎扱いされていることもあるものの、東日本で言えば極端な話、東京以外はみんな田舎です。笑
さいたま市も横浜市も千葉市も政令指定都市ですけど、郊外には畑が広がっている地域が全然あります。

その中で何が「田舎」なのかと考えると、コンビニがないとか飲み屋がないとか車がないと動けないだとか、そういう不便さだと思うんですよね。比較対象は東京23区をはじめとした「都市」です。その違い、物理的な距離はもちろん、質的な意味での距離の乖離が、「地元」を「田舎」たらしめてるんではないかと思います。

“帰ろうと思えばいつでも帰れる距離”の中で、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の砂田は長い間地元・茨城に寄り付かなくなっていました。
なぜでしょうか。

それを考えると、砂田の心の中には「ダサい」という概念が巣食っているのではないかと思えます。



地元をダサいと断じる心理

FIATのPanda

FIATのPanda(出典:写真AC)

故郷が茨城の映画といえば、大洗を舞台にした『ひとよ』(2019)や、国道沿いのエリアでドライブインを営む家族を描いた『ドライブイン蒲生』(2014)などがあり、両作品もそれなりに地元の物足りなさを描いてはいます。

ただ、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の砂田(夏帆)はより強いコンプレックスを地元に対して包含しているように映ります。

砂田は上京してしばらく経つようですし、東京で働き過酷な毎日を戦っている立場。一方で、東京で生きていくことの苦しさだったり、それでもやっぱり東京がいいよねみたいに、東京に対して何らかの評価を下す映画でもありません。

そこにあるのは故郷・茨城への自虐ばかりです。もちろん彼女の判断軸の比較対象として東京があるのは確かかもしれませんが。

ディープ茨城

清浦(シム・ウンギョン)の地元・鎌倉と対比した形で、砂田(夏帆)は茨城をパッとしない海だよみたいな感じで卑下していましたが、そもそも砂田の地元は恐らく海側ではなく内陸です。

茨城の地図

上で出した地図をもう一度見てみると、この映画の舞台と予想される茨城の田園地帯はおそらく石岡、小美玉あたりなんでしょうけども、海側ではないですよね。

にもかかわらず、砂田は茨城の海も清浦の地元・湘南と違ってしょぼいと主張し、茨城という県単位でダサいと論じます。
いや、あなたの地元そこじゃないでしょって話です。

砂田は小腹がすいた夜に、コンビニも居酒屋も近くにないので仕方なく清浦の車でスナックに飲みに行くわけですが、そのお店で繰り広げられていたのは、閉じた地元だから許容されるような下品な会話。

カルチャーショックを受けながらも「一生分の下ネタ聞いてるような気がします」と笑う清浦に対して、砂田の目は完全に死んでいます。濁った目に宿る失望と恥と場末感。

そこで砂田は不倫相手の冨樫(ユースケ・サンタマリア)「ディープ茨城マジ死にたい」とLINEを送りました。

ここでも、地元ヤバすぎマジ死にたい、ではなくて「ディープ茨城」と大きな括りで自虐していますね。アンチ茨城が凝り固まったような砂さん。

ちなみにスナックのお姉さん役で出演している伊藤沙莉さんがまた上手く、砂田がディスるディープ茨城な奴らを軽やかにいなしていました。
『ひとよ』でも松岡茉優さんがスナック店員として働いている場面がありますが、スナック自体が場末なのではなくて、酒を飲むところがスナックくらいしかないというところが場末感なんでしょうね。

箱田監督と砂田

ディープ茨城へのコンプレックスを隠さず、地元イコールダサいと卑下する砂田(夏帆)
彼女はのちに清浦(シム・ウンギョン)から「砂さん、もともとダセぇっすよ」と痛烈な一撃を浴びせられるわけですが、この作品に流れる地元への嫌悪感・劣等感はあまりにも鮮やかで、そこには執念すら感じます。

それもそのはずで、この砂田という主人公には箱田優子監督の実体験が反映されているんですよね。

茨城から東京へ出た経歴もそうですし、
CMのディレクターになって日々忙しく駆け回る中で出産と仕事というテーマを突きつけられたり、
飲み会で泥酔し、死んだ目でペットボトルの水を必死につかんだり(あのシーンめっちゃ好きです笑)、
故郷・茨城で本当の自分が露わにされることだったり。

セキララという言葉がふさわしいほどに、砂田からは箱田監督もそうであったんだろうなと思わせる嫌悪感や不満が滲み出ていました。



笑えない“こっち”

個人的な感想ですが、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』では前半と後半で異なる温度感を受けたんですね。

序盤から中盤にかけては、砂田(夏帆)の振り切れぶりや清浦(シム・ウンギョン)との軽妙な絡みにひたすら笑っていました。

砂田が“大嫌いな”地元へ帰る道中も、さびれた観光名所にぽつんと佇む姿や、清浦いわく「売れ行き良さそうな雰囲気ですよね」(笑)なヤンママが入り浸るイタリアンのくだりなんかは面白かったです。面白かったんですが、砂田の実家シーンになると彼女の低いテンション同様、重い雰囲気が顔を出します。

実家での砂田

砂田の実家は酪農を営んでおり、父親(でんでん)母親(南果歩)が従事。
おばあちゃんが病床に伏せており、兄(黒田大輔)は教職に就いていましたが、引きこもりおじさんと化してしまっています。

実家に戻ってからの砂田はもはや借りてきた猫状態。
父親とも母親とも積極的にコミュニケーションをとることもなく、清浦には「何でそんな距離置くんすかァ?」と訝しがられ、母親には声が小さくて何言ってるかわからないと言われてしまいました。

仕事現場での威勢の良さはどこへやらですよね…

故郷を離れた人間にとって実家とは、大好きな家族がいて美味しいご飯が出てきて自分が落ち着ける場所、みたいな位置付けが多かったりしますが、砂田にとっての実家はそうじゃありません。

お父さんやお母さんにとっての砂田は子供の頃の夕佳で止まっていて、ランニング姿でウロウロする父もやたらデカい声でウォシュレットがどうたらと喚く母も、あまりにも無防備に映ります。適度な距離感を保っている夫(渡辺大知)との生活とは大違いです。プライバシーもないようなものかもしれません。

生家でありながらもすごく居心地が悪そうなんですよね。
それは清浦という家族の外の人間が介在するからではなくて、無防備で無遠慮な距離感が垢抜けなく映るからではないでしょうか。

実家の現状

さらに、居心地悪そうな砂田の態度が醸し出す重苦しさに加えて、砂田家の笑えない現状が露わになります。

親父(でんでん)は謎の古美術品愛好家と化し、家のあらゆるところに散りばめられた謎のコレクションの数々。それ要る?要らんでしょ?
マルチにでも引っかかってんじゃないかというくらいに、変哲なコレクションです。

引きこもりおじさん(母親談)と化してしまった兄貴(黒田大輔)は薄ら笑いを浮かべながら、そんな我が家をこう説明します。

「この部屋ガラクタだけで500万、家改造すんのウン百万、あの爺さんがどこから調達してるのか謎です、以上近況報告でした」

早口で一息にこれだけの情報量を話すヤバさ(褒めてます)はさすが黒田大輔さんという感じなのですが、引き気味に「…何言ってんの?」と返した砂田に「こっちは笑えない事いっぱいあんだよ」と言い放ちました。

ちなみに上で紹介した『ドライブイン蒲生』でも黒田大輔さんは好演しています。

さらに追い打ちをかけるのが母親です。南果歩さんが演じるこの母親がまた強烈でした。

晩ごはん?作れないよ?

清浦と離れで一杯やろうと台所に酒をとりにきた砂田。
しかし冷蔵庫には大量のおにぎり(既製品)と納豆が詰め込まれており、台所には所狭しとレトルト食品が並んでいました。

茨城が誇るサザコーヒーが入っているのがまた良いですね…!

母親はキッチンに置いた小型テレビで、でけえ声で突っ込みを入れながらドラマを観ています。誰かと電話してるのってくらいに声を弾ませて、画面の向こうに話しかけています。
そして、晩ごはんは作ってもどうせ食べる人がいないから、夜はカップスープにお湯注ぐとかなんだよ、と言い放ちました。

このお母さんは清浦に「泊まっていきなよ、お風呂入れるよ!」と勧めましたが、「夕ごはん食べていきなよ!」では無いんですよね。客人と娘をもてなすだけのHPは、もうこの家に残っていないんです。

耳も遠くなっているのか、常に大きな声でがなるように喋る母親は、牛舎での仕事で疲弊し、足はパンパン。腰も悪くしているようで猫背気味になっています。このあたりは南果歩さんの演技がマジで上手かったですね…。

地元の何が嫌なのか

砂田(夏帆)にとって「大嫌い」な地元。
その理由って別に茨城という土地が理由なわけじゃなくて、「地元」に蔓延る無防備な距離感だと思うんですよね。

もしも清浦と同じように砂田が鎌倉の出身だったとしても、鎌倉にも当然高い濃度の地縁みたいなのはあるでしょうし、茨城が田舎だから嫌だっていうのは、彼女自身の嫌悪感を補強するための後付けです。

笑えない生活を日々送っている実家も、近所の誰々がどうしたっていう話の糸口も、スナックにたむろして下ネタを声高に話す客も、イタリアンでオラつく若い母親も、みんな砂田にとってはしんどくてダサく見えるわけです。

で、自分はそいつらとは違うと認識する。むしろ違わないといけない、くらいかもしれません。
一方でそんな砂田のすかした態度は、清浦やスナックのママに「むしろそっちのがダサいよね」と見透かされていきました。

砂田の未来に思いを馳せて

ただ、この映画は、「濃ゆい地元>砂田のすかした感じ」という答えを出しませんでした。ここ凄く好きです。

清浦に「ダセぇっすよ」と言われたり、帰り道で砂田が“本当の自分”に気づいたりする描写はあるんですが、だからと言って地元大賛美映画だとは思わないんですよね。

地元の濃ゆくて無遠慮な距離感は、時に有難いけど時に重い。
その有り難みに感謝して背負いつつ、一方で重さから逃れるために、砂田はこれからも地元じゃない場所(東京)で生きていくんじゃないかなと思います。

映画のポスターに記された「さようなら、なりたかったもう一人の私。」というフレーズは、濃ゆい距離感で無垢に振る舞う「地元仕様の私」(清浦)にさよならを告げたんじゃないかなと解釈しました。

砂田にとって大嫌いな地元への帰郷で得た一番の収穫は、地元の何が嫌なのかがわかったことではないでしょうか。
目を逸らし続けてきた「嫌い」な距離感はまた、自分に必要なものでもあったわけです。

自分にダサい一面があることに向き合うことができるようになった砂田が、夫(渡辺大知)とどんな人生を歩んでいくのか。そんな未来にも思いを馳せたいと思います。

『ブルーアワーにぶっ飛ばす』は、主人公の抱える思いがセキララに描かれた映画でした。
“地元”に対してどこか後ろ向きな思いを持つ人にとっては、なんとも味のある作品だったのではないでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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