こんにちは。織田です。
今回は2019年の映画『ひとよ』をご紹介します。
監督は『孤狼の血』や『日本で一番悪い奴ら』などの白石和彌監督。主演に佐藤健さんを据え、運命に大きく翻弄された母と子供たちの家族を描いた作品です。
俳優陣の熱演が光るめちゃくちゃ上質な映画だったんですが、とりわけ松岡茉優さんが圧倒的な印象を残したと思います。
この記事では登場人物の演技の素晴らしさを中心に、作品の魅力を書いていきたいと思います。
あらすじ紹介
ある雨の夜、稲村家の母・こはる(田中裕子)は3人の子供たちを守るため夫を殺害し、子供たちとの15年後の再会を誓って家を後にした。事件以来、残された次男・雄二(佐藤健)、長男・大樹(鈴木亮平)、長女・園子(松岡茉優)は、心に傷を抱えたまま成長する。やがてこはるが帰ってくる。
スタッフ、キャスト
監督 | 白石和彌 |
原作 | 桑原裕子 |
脚本 | 高橋泉 |
稲村雄二(次男) | 佐藤健 |
稲村大樹(長男) | 鈴木亮平 |
稲村園子(長女) | 松岡茉優 |
稲村こはる(母) | 田中裕子 |
雄二たちの父 | 井上肇 |
堂下 | 佐々木蔵之介 |
堂下の息子 | 若林時英 |
大樹の妻 | MEGUMI |
丸井進 | 音尾琢真 |
弓 | 筒井真理子 |
牛久 | 韓英恵 |
歌川 | 浅利陽介 |
スナックのママ | 桑原裕子 |
丸井(音尾琢真)、弓(筒井真理子)、牛久(韓英恵)、歌川(浅利陽介)、堂下(佐々木蔵之介)といった面々は、稲村家の実家が営んでいる(母の事件後は丸井が経営を継ぐ形に)タクシー会社「稲丸タクシー」の社員たちです。
また、原作者の桑原裕子さんは、園子(松岡茉優)が働くスナックのママ役で出演しています。
舞台は大洗。ロケ地は?
映画の舞台となっているのは茨城県の沿岸にある町・大洗。アニメ『ガールズ&パンツァー』の舞台としても有名ですよね。
母・こはる(田中裕子)たちは、大洗でタクシー会社「稲村タクシー」(のちに「稲丸タクシー」)を営んでおり、事業所には大洗と北海道の苫小牧を結ぶフェリーの看板が掲示されています。この太平洋を航行するフェリーも、後に物語のキーポイントとして登場しました。
事業所兼稲村家の壁に貼られたポスターなどからも、「大洗」がフィーチャーされているのは明らかでしたが、他にもこの映画では茨城県東部、千葉県東部のロケ地が用いられていました。
「広報香取(千葉県香取市公式)」のInstagramによると、雄二(佐藤健)がチャリンコで踏切待ちをしているシーンや、雄二と母が商店街を抜け橋(黒部川/中川)を渡るシーンは、JR成田線・小見川駅周辺で撮影されたとのことです。
ちなみに堂下(佐々木蔵之介)が息子(若林時英)と会っていたのは同じく成田線の酒々井駅。アウトレットが有名ですね。
また、タクシー会社など主なロケ地となったのは茨城県の神栖市。前述の香取とともに利根川流域の街です。
『#ひとよ』の主なロケ地となったのは、茨城県の神栖市。熱海や新潟などロケハンを重ね「これはもうオープンセットを組むしかない」となった中での決定でした。タクシー会社を探すだけでも、5ヶ月かかりました🚖#ひとよ日報 pic.twitter.com/p9DwEv20DV
— 映画『ひとよ』 (@hitoyomovie) October 15, 2019
これは疑似家族の物語だ
母(田中裕子)が虐待を受け続ける子どもを救うため、父親を殺害。それにより、大樹(鈴木亮平)、雄二(佐藤健)、園子(松岡茉優)の3兄妹は、暴力からは解き放たれたものの、殺人者の子どもとして見られてしまう人生が待っていました。
茨城を出て東京に出た雄二は、刑期を終えて戻ってきた母の真実をスキャンダル記事として書くことを決意。稲村家の内情を赤裸々に綴り、母を、そして家族を売る形になります。
これは復讐ではなく、自分が作家として売れるための踏み台に使った感じでしたね。
そんな雄二が記事内で使っていた言葉が、事件後この一家は「疑似家族」のようになってしまったというものです。この「疑似家族」が、映画『ひとよ』では大きな意味を持っていました。
稲村家の場合
15年前の事件当日、少年少女だった3兄妹にはそれぞれ夢や得意とすることがあったことが描かれています。
大樹はパソコンの修理、雄二は小説家、園子は美容師になる夢がありました。(子役の3人も大人時代の3人に通じる面影があって良かったですね)
しかし母の起こした事件により、虐待からの解放と引き換えに彼らは路頭に迷うようになります。
大樹は結局電器屋の雇われ専務にとどまり、雄二は東京で風俗情報ライターとして食いつなぎ、園子は地元のスナックで働く男運のない女性として生活しているようです。
このあたりは状況描写があまり明らかになっていないのですが、佐藤健さんのむき出しの敵意が、彼らがいかに「疑似家族」になってしまったのかを表していると思います。
犯罪者の残された家族が罰や誹りを受けるというのはよくあるストーリーですが、この映画では具体的にどう彼らが苦しんできたかっていうのは明らかにされないんですよね。
3兄妹のセリフやその話題を語る時の表情などからこちらが察するしかないんです。そして、『ひとよ』の佐藤健さんたちはこちらに察させるだけの感情や温度を放ってくれていると思います。
―子供たちの人生がめちゃくちゃになってる時に、何しに帰ってきたんですか?#ひとよ#11月8日公開#佐藤健 #鈴木亮平 #松岡茉優#田中裕子#白石和彌 pic.twitter.com/Int93Ujakv
— 映画『ひとよ』 (@hitoyomovie) November 7, 2019
「親父が生きてた方が簡単だった。暴力に耐えてたらいいんだもん。あなたが殺してから、わからなくなった」
先ほど書いた通り、雄二の告発記事は復讐ではないと思うんです。
でも、周りの人たちを傷つけることになったとしても、自分にはこれを書く権利があると彼は感じていたと思うんですよね。
それにしても雄二のトゲトゲしさですよ。明らかに鈴木亮平兄貴も絡みづらそうにしてんじゃんっていう。漂う触れたら危険感。
DQN色の香る黒と黄土色のアニマル柄っぽい格好で、ママチャリにダルそうにまたがって地元を流す姿も素晴らしかったですね。
\\#ひとよの日//
フリーライターとして東京で働く雄二(#佐藤健)
その姿は、かつて描いていた未来とは遠いもので…。『#ひとよ』#11月8日公開。ぜひ、ご期待ください。pic.twitter.com/XM7aLdW38I
— 映画『ひとよ』 (@hitoyomovie) November 4, 2019
堂下家の場合
稲丸タクシーの社員に採用された堅物風の男・堂下(佐々木蔵之介)も「疑似家族」の悩みを抱えていました。
彼は別れた妻との間に息子(若林時英)がいて、その息子と久々に会うことを許され、一夜限りの再会をするわけです。焼肉食ってバッセン行って。「父さん」って呼ばれて。
この一夜のデートのために、真面目な堂下さんは稲丸タクシーから10万円を前借り。おそらく結構な額を小遣いとして別れ際に息子へ渡しています。ただこの時は別に金をせびられた形ではありませんでした。堂下なりの親の愛を示したんでしょう。
しかし、その後に大洗ー苫小牧のフェリーを使ったヤクの運び屋として息子が関わっていることが発覚。運び屋の運び屋(タクシー運転手)に命じられた堂下は、シャブ中の息子の裏切りに精神を崩壊させてしまいました。
#MEGUMI さん
「とにかく責める役なので、ヒステリックではなく、愛しているが故に責めているようにしました」#佐々木蔵之介 さん
「真面目な新人タクシードライバーの役なので、上までボタンを留めて長袖を着てやりました!一生懸命運転しました!」#質問したい人よ#ひとよ #ひとよ大ひっとよ pic.twitter.com/KYo3xP1HyG— 映画『ひとよ』 (@hitoyomovie) November 10, 2019
この堂下、実は元はカタギじゃなく腕には入れ墨が入っています。しかしタクシー運転手を演じてる際は常に長袖のシャツを着ており、その入れ墨は最後に暴走するとき彼がさりげなく腕まくりをして初めて明らかになるわけですね。
それでも入れ墨を見せつけるわけではなく、あれ、腕に何か入ってね?くらいの感じ。何かしら訳ありな様子を漂わせていた蔵之介さんでしたが、このあたりの回収の仕方というか、彼が元ヤクザであることの説得力を持たせるのは秀逸だなと思いました。
堂下は雄二たちの母・こはる(田中裕子)と同じように、子供が「親のせい」で苦境に縛られていることに絶望し、こはるを道連れにして命を絶とうとします。
大樹と二三子夫妻の場合
「疑似家族」は大樹(鈴木亮平)と二三子(MEGUMI)の文脈にも関わってきます。
石岡(大洗からだと車で1時間くらい。タクシーで行くと結構かかりますよね)の電器屋「福ちゃん電器」の娘であろう二三子は、再三大樹に離婚を迫っていました。
多分大樹は雇われ専務という形で働いてるんでしょうね。俺も現場出るよと言っても、いや(お前じゃ無理だから)いいですよと社員にナチュラルにディスられる毎日。
序盤は大樹に嫌気がさした二三子の“もう無理!”感が強かったんですけど、後に大樹が母親のした事件を隠していたことがわかると、二三子の感情は「無理」から「失望」とか「悲しみ」に変わっていったと思います。
私たちも家族のはずなのに、大樹は話してくれなかった。信用されていなかった。
一番この映画で気の毒なのは二三子だと思うんですよ。
もちろん大樹は過去の境遇を明かすことによって二三子と娘が犠牲を被ることのリスクを考えた判断をしたんでしょう。それはわかります。
でもその気遣いって、実は相手を心から信用していないからだと思うんですよ。二三子と大樹が結婚前にどういう交際をしていたのかはわから裏ませんけど、結婚って一生この人と寄り添い続けますよっていうことですよね。それに足るだけの愛情と信用を積み重ねて至るわけです。
けれど大樹は二三子を信じてくれなかった。だから隠した。
「これは稲村家の問題だ!」と喚く大樹に、二三子は「私たちも家族でしょ!」と悲しそうに返します。
あのシーンはマジできつかったです。二三子を張り倒して母親に「あんた今何したかわかってんの?!」と詰められる大樹でしたが、妻に手を上げたこと以前に人としてどうかと思うんですよね。あの物言いは。
稲丸タクシーの場合
もう一つ、少し違った文脈での「擬似家族」が『ひとよ』にはあります。こはる(田中裕子)の「稲村タクシー」を継ぎ、丸井(音尾琢真)たちによって存続してきた「稲丸タクシー」の従業員たちです。
会社というのは色々なあり方があると思いますが、「稲丸タクシー」はいわゆる中小企業です。従業員は丸井をはじめ、弓(筒井真理子)、牛久(韓英恵)、歌川(浅利陽介)、カクタさんというおじちゃん、堂下(佐々木蔵之介)と少人数で構成されています。
一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会の資料によると、車両数規模別で見た事業規模は、10両以下の事業者が2/3を占めています。(国土交通省調べ、平成22年度実績による)
「稲丸タクシー」もその大多数の一つでしょうね。
後から飛び込みで入社した堂下はともかく、ほかの従業員は長年の顔馴染み。みんなでバーベキューをするわ、歌川をはじめとした従業員たちは園子(松岡茉優)に髪を切ってもらっていましたし、牛久も東京から戻ってきた雄二と身体を重ねています。幼馴染みかなんかでしょうか。
要は「稲丸タクシー」のみんなは同僚であり、家族でもあるんですよね。
しかし、こはるの帰還、そして雄二の告発スキャンダル記事により、平穏だった稲丸タクシーには嫌がらせや誹謗中傷が届くことになります。まあそれまでもあったみたいですが、雄二の記事はこはるが帰ってこなければ無かったわけですよね。
こはるを「家族」として迎え入れることに対しての犠牲とも言えます。
「稲丸」の面々でいうと、弓さんは認知症の始まった母親がいて、彼女の徘徊癖に悩んでいる様子がうかがえました。“血縁”をテーマにする映画の上で、“家族”のケツをどこまで拭くのかという部分でもとても意味があると思いましたし、筒井真理子さんの演技がまた素晴らしかったです。堂下親子よりも個人的には印象に残りました。
松岡茉優に痺れ、鳥肌が立った
『ひとよ』はとにかく出演陣の演技が尋常じゃなく凄かったです。
ハリネズミのように誰にも心を許さず信じない雄二(佐藤健)、愛を求めて虚しさと怒りの入り混じる叱責を繰り返す二三子(MEGUMI)、和を重んじて時にひよる丸井(音尾琢真)、創業者の放蕩娘・園子にさりげなく面倒くさそうなそぶりを見せる牛久(韓英恵)…
それぞれが登場人物に憑依し、いるよねこういう人感を醸し出す中で、一番のインパクトを残したのが園子を演じた松岡茉優さんです。みんな凄かったんですけど、ちょっと群を抜いていました。
(スナックのママの「あんた男見る目ないんだから」に対して)
「結構優しかったって言ったよね?顔絶対殴んない。あんさぁこう来んじゃん、向こうが、私がさ、こうすんじゃん。どん、お腹なんだよ。えらいっ、えらいよ〜アイツは。もう連絡とんないけど」「もう死んでるけどさ。…さらに死ね(水パシャッ)」
「私がね、堂下さんの髪ね、キンキンキンって切ってあげますからぁ。(中略)私はねぇ、美容師の卵になりかけた、逸材ですよッ!(泥酔)」
(雄二「もうアレじゃない?別れちゃえばいいんじゃない?」)
「は?(上手すぎ)」
「逃げただろ。お前に言う権利ないよ」(「でらべっぴん」復刻号について)
「くっくっかっかっ、復刻号作ってんじゃねえよw」
鳥肌立ちました。このナチュラルに口の悪い感じが最高オブ最高です。
加えて、他の登場人物が話したり何かしているときに画面の隅で見せている反応が上手すぎるんですよね。一瞥(チラ見)、ガン見、心配そうな目つき、目線の外し、何か言いたそうな表情、含み笑い。ちょっと常軌を逸しています。
松岡茉優さんは何でもできる方だとは思っていて『勝手にふるえてろ』が特にベストアクトかと思っていましたが、松岡茉優史上最高が更新されました。
マジでどこまでが台本なのかがわからない。素だろあれ。
これは推測ですけど、母が刑務所に入り、雄二が東京に脱出し、大樹が二三子と結婚し、園子は一人で(プラス稲丸タクシーのみんなと)稲村のあの家を守ってきたんだと思うんですよ。おせちだってちゃんと作ってる。なかなかできることじゃないです。
寂れた地元のスナックで働き、付き合った男たちに翻弄されてもなお、胸を張って生きてきたと思うんです。園子はいつも背筋を伸ばして、迷ったりしていません。
悪ぶってみせるのも彼女なりの防衛本能かもしれません。それは雄二や大樹が苛まれてきた卑屈さとか諦観とか。卑下する自分から自分を守るための防衛本能。
ある種、運命から逃げ出した雄二と大樹と比べると、園子は決して逃げたりしなかった。その確固たる幹の太さと深刻ぶらない外面が、松岡茉優さんを通して強烈に伝わってきました。
この映画に注文をつけるとすれば、堂下の無理心中を阻止し、堂下、雄二、こはる、大樹、園子が入り乱れるクライマックスのところでしたね。一番肝なんでしょうけど、ちょっと大樹や堂下の言葉に無理があった気がします。
それと最後東京に帰る雄二に持たせるのは(弓さんの)タケノコの煮付けではなくて、オカンのおにぎりであってほしかったですね。完全な個人的意見ですが。笑
圧倒的クオリティの俳優陣、また物語の進行や伏線回収に一切の疑問点を抱かせなかった美しい構成も素晴らしかったです!大好き!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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