映画『騙し絵の牙』ネタバレ感想|競馬の懐かしいCMを思い出した

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こんにちは。織田です。

今回は2021年公開映画『騙し絵の牙』をご紹介します。

『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』吉田大八監督

大泉洋松岡茉優を筆頭に、多数の豪華キャストが出演しています。
いや、マジで豪華でした。

斜陽産業になりかかっている出版社で働く人たち、またクライアントとして出版社に関わる人たちがメインとあって、業界に携わる人にとっては特に他人事ではないかもしれませんね。

予告編では騙し合いバトルとして煽り倒している中、資本主義の厳しい世界で生き残っていくための戦い方みたいなものが提示された作品だと思います。

社会人の方にとってはなかなか思うところがあるんじゃないでしょうか!



あらすじ紹介

大手出版社の薫風社で創業一族の社長が急死し、次期社長の座を巡って権力争いが勃発する。専務の東松(佐藤浩市)が断行する改革で雑誌が次々と廃刊の危機に陥り、変わり者の速水(大泉洋)が編集長を務めるお荷物雑誌「トリニティ」も例外ではなかった。くせ者ぞろいの上層部、作家、同僚たちの思惑が交錯する中、速水は新人編集者の高野(松岡茉優)を巻き込んで雑誌を存続させるための策を仕掛ける。

出典:シネマトゥデイ

スタッフ、キャスト

監督 吉田大八
原作 塩田武士
脚本 楠野一郎、吉田大八
高野 松岡茉優
速水 大泉洋
矢代聖 宮沢氷魚
城島咲 池田エライザ
伊庭惟高 中村倫也
宮藤 佐野史郎
東松 佐藤浩市
郡司 斎藤工
江波 木村佳乃
二階堂 國村隼
高野の父 塚本晋也
キャラクターの相関

映画序盤。筆者作成

舞台は伝統ある出版社の「薫風社」。クレジットで協力・文藝春秋とありました。

創業者一族の社長が逝去し、権力争いに沸く上層部。
傘下にある編集部は、純潔文学主義な宮藤(佐野史郎)の息がかかり、江波(木村佳乃)が率いる小説薫風という格調高い文学雑誌と、利益主義の東松(佐藤浩市)に同調し、売れるものこそ正義な編集長・速水(大泉洋)が率いるカルチャー雑誌「TRINITY」が描かれています。

豪華キャストが凄かったと最初に書きましたけど、それぞれがアブラっこく背景豊かに描かれているのがその理由だと思います。謎キャラは経営陣に参画してくる少々胡散臭いファンドの斎藤工くらいじゃないでしょうか。

主人公(と言っていいと思いますが)の編集部員・高野(松岡茉優)は東京23区よりもちょっと西にある、小金井の書店の娘です。お父さんは塚本晋也。
出版社って大体東京都心にあるので、四ツ谷や御茶ノ水まで30分ちょいで行ける小金井は実家通いとして非常に絶妙な線を突いています。

『騙し絵の牙』の作品情報については、MIHOシネマさんの記事であらすじ・感想・評判などがネタバレなしで紹介されています。映画未見の方はぜひ予習にどうぞ!
この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



映画のネタバレ感想

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

出版社の伝統と革新

先ほどご紹介した通り、この映画では出版社「薫風社」内部が描かれていて、看板雑誌「小説薫風」と廃刊危機のカルチャー誌「TRINITY」が対比構造で出てきます。

実際の文藝春秋には「週刊文春」「Number」「CREA」といった人気雑誌がある中で、「小説薫風」は「オール讀物」「文藝春秋」「文學界」に近い位置づけでしょうね。文学の世界において権威と信用を確立している雑誌です。芥川賞選考会の司会者は「文藝春秋」編集長が、直木賞選考会の司会者は「オール讀物」編集長が担う伝統が、それを物語ります。

自分自身も就職活動で多くの出版社を受験した中で、文藝春秋や新潮社の選考では他の出版社とは一味違った格式の高さを感じました。社風というか、うちはこういう部分を大事にしているよという話が多かったんですね。10年前の話なんで今はどうかわかりませんが。

これは出版社に限らずどんな業界でも、積み上げてきた伝統とかやり方を大事にしている部分ってあると思うんですね。

だから映画内で「小説薫風」の選考会議で江波(木村佳乃)が新進気鋭の矢代聖を「バランス」を取って選外としたことも理解できます。

定型を脱ぎ捨てろ

そんな格調高い「小説薫風」(以下「薫風」)の業績は下降線を辿っていました。本が売れない時代になって久しいですが、出版業界においてカースト最上位に位置しているはずの「薫風」ですら苦しんでいるわけですね。

会社のコストカットを進めたい上層部の東松(佐藤浩市)にとっては看板雑誌「薫風」さえも整理事業の対象に入れることを厭いません。いろんな雑誌を作っては潰してきた男。事業整理が得意な、有能な潰し屋さんというのはどこにでもいますよね。

もちろん「薫風」よりもさらにヤバい状態にある「TRINITY」もそうです。そんな廃刊危機の雑誌に編集長としてやってきたのが速水(大泉洋)でした。ヘッドハンティングみたいな感じでしょう。

速水は「TRINITY」の建て直しを図るべく、編集部員たちにアイデアを募ります。

これまでのTRINITYはグルメ、旅行、エンタメの三本柱をループさせる構造。これもまた伝統美を重んじ、寄りかかった考えです。この3つが安定しているから、という柴崎(坪倉由幸)エディターの持論を鼻で笑い飛ばし、安定してジリジリ落ちているんでしょと言い放つ速水。
「薫風」から異動してきた高野(松岡茉優)の聖地巡礼アイデアもバッサリと切り捨てます。

「これまではどうでもいいんです。いま面白いと思える作品が見たいんですよ」
「バランスなんてどうでもいい」

「これまで」がどんなに成功を収めていても、「いま」結果が出ていないのであればその「これまで」は最適解ではない。速水は刺激的な言葉を用いながら、TRINITYの柱となるべき企画を探していきました。

騙し合え、利用せよ

この速水編集長、柴崎みたいな伝統重視の社員にとっては非常に疎ましく、悪魔のように映るはずです。
そもそも外様のあんたに何がわかるんだと。

「速水さんはTRINITYに来たばかりだから知らないと思うけれど」の枕詞も非常に印象的でした。

一方で速水からしてみれば、彼はTRINITYを立て直しすために招かれたわけで、結果を出さなくては自分の存在意義がありません。真っ先に責任を取らされて切られます。
だから結果を出すためには、利用できるものはなんでも利用する。その利用するための駆け引きが、本作で言う騙くらかし合いなのではないかなと思います。

うちの職場の上司がまさに速水みたいな感じの人で。
「これまでなんてどうでもいい、いま面白いものが欲しい」みたいなことは息をするように言っていますし、まあやり手なんですけども、自分の考えを実現するためには何でも利用するんですよ。

部下が持っていたはずのコネクションがいつの間にかちょっと高い次元で利用されていたり、ボツにされていたはずのアイデアがいつの間にか上に通っていて上司の手柄になっていたり。

横取りと言えば聞こえは悪いですけど、じゃあその企画を直で上に通せるかと言ったらまた別の話ですよね。

管理職のフィルターを通さなきゃならない事案なんてそこら中にある。管理職は管理職で成果を出すために必死だから、どうにかして利用する。成功させるためには、時に出し抜くようなことも厭わないんです。

そんな出し抜き上司も、酒の席で愉快になると「オレを利用して踏み台にしてみろ」とかのたまうわけですよ。いや、のたまうとか書きましたけど正論です。
この世はいかにして物事を利用するか。用いて利を得るかなんですよね。変わり続ける世界で戦い抜くためには。

あらゆるトラブルも権力闘争も全て想定内の手のひらの上で転がし、利用する側であり続けた速水が、最後には高野に出し抜かれる形になったのは驚愕でした。

サラブレッド、そして馬

『騙し絵の牙』で面白かったのが「馬」の描写でした。

薫風社の立て直しを図る東松(佐藤浩市)の元、速水(大泉洋)は忠犬として、いや、僕って馬っぽいでしょ(顔が)と言って、サラブレッドになることを宣言します。

城島(池田エライザ)を表紙に据えて背水の陣で臨んだ「TRINITY」の発売日には、東松と速水が二人で書店の売れ行きを観察。二人はそれぞれ、雑誌を手に取った金髪女性と赤リュックの男性を見つけると、その二人のどちらが先に買うかを賭け、「行け」「差せ」と、名も知らぬお客さんの行動に一喜一憂します。

勝ち予想をして応援する。もはや競馬ですよこれは。

大泉洋さんと佐藤浩市さんというと、もう10年以上前ですかね、JRAの競馬のCMで共演していました。
2010年のオリコンさんの記事。興味のある方はご覧ください)

蒼井優さん、小池徹平さんとともに競馬の世界に足を踏み入れ、CLUB KEIBAの一員として熱狂する佐藤さんと大泉さん。競馬に全く興味のなかった自分の周りでも、あれを見て競馬予想を始めた人が何人もいました。それほどには話題になっていました。

だからあの書店のシーンは、狙っているのかわからないですけど、個人的に競馬×大泉洋×佐藤浩市というコンボの再現性がすごく高かったんですよね。

 

ここで「馬」っていう漢字を考えてみます。「駅」とか「驚」とか「馬」の入った漢字は多い中で、この映画のタイトルにもある「騙」にも馬が入っています。

上で書いたように速水は他の人を「出し抜いて」成功を収めていくわけですけど、ちょっと意地悪な言い方をすると「抜けけ」とも取れます。抜け目ないという意味の言葉としては「生きの目を抜く」というものもあります。
速水にとっての部下、東松にとっての速水は「」でもあります。「け引き」もそうですよね。

作品全体で見ると、大穴予想(?)の高野(松岡茉優)が最後に大外から差し切って勝ち名乗りをあげるようにも見えます。

競馬新聞風イラスト

競馬のレースみたいに考えてみるとどうでしょうか?

こじつけではありますが、サラブレッドに代表される「馬」という文脈で見てみると、速水の顔だけにとどまらないウマ味を感じました。

見たことあるようでない大泉洋

最後に大泉洋さんについて少し感想を書きます。

個人的に大泉洋さんの出演作では、これまでずっと「大泉洋」っていう看板の貼られたキャラクターを見ていたんですよ。コミカルという形容詞をつけてもいいかもしれない。多分バラエティの印象が強いんだと思います。

予告編でもだいぶ前面に出てきていた大泉さん。予告を見た段階だとニヤリとした含み笑いに裏を感じる、油断ならない人というイメージでした。

実際に速水が先手を打って競争社会での勝負に勝っていく様は、確かに抜け目ないとも捉えられます。大御所の二階堂先生(國村隼)に安物のワインをあてがって一泡吹かせたり、余裕も十分にありました。

でもその余裕はコミカルな要素だったり相手をおちょくったりする感じではなく、純粋に超有能な社会人としてのあり方に見えたんですよね。
原作小説は大泉洋さんを主人公とイメージして書かれたものということですが、映画に関して言えば「らしさ」は引き算されていたように感じます。

速水編集長は一癖も二癖もありそうな人たちの懐に入っていく人たらしでもありました。偏屈タヌキの二階堂先生も、城島の怖そうなマネージャーさんも(速水の名刺を見てコロッと態度変えたあのシーン好きです)、機関車トウマツでさえも、彼の手玉に取られます。

この部分ではコミュニケーション能力最強のイメージが強い大泉さん「らしい」よねと少し思いながらも、スクリーンの向こうにいる速水はやっぱり速水で、僕が今までイメージしてきた大泉洋ではありませんでした。新鮮でしたね。

 

登場人物に濃厚な背景付けを施しながらも、2時間弱が本当にあっという間に過ぎ去っていった疾走感溢れる作品でした。
資本主義社会の中でどうやって生き残っていくかという、お仕事ムービーとしての印象が強烈。利用できるものは利用して、発想のアップデートも常々していかなきゃいけないなと胸に刻みました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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