こんにちは。織田です。
皆さんは「ロスタイム」という言葉を聞くと何を想像するでしょうか?
終了間際に残された数分間。「ロスタイム」には数々のドラマが生まれました。
今回ご紹介する映画は、そんな「ロスタイム」を冠にした、2019年の『初恋ロスタイム』。
『かぐや様は告らせたい』の河合勇人監督、主演は『ホットギミック ガールミーツボーイ』などに出演した板垣瑞生さん、本作品が映画デビューとなった吉柳咲良さんです。
あらすじ紹介
浪人生の相葉孝司は幼い頃に病で母親を亡くしたことから、「世の中にはがんばっても無駄なことがある」と、あきらめグセのついた無気力な毎日を送っていた。ある日の12時15分、孝司は自分以外のすべてのものが突然静止するという不思議な現象に遭遇する。周囲が静止する中、孝司は自分と同じように動くことができる少女・篠宮時音と出会う。2人は毎日12時15分に1時間だけ訪れる不思議なこの時間を「ロスタイム」と名付け、2人だけの時間を楽しむようになっていくが、この「ロスタイム」には、ある秘密が隠されていた。
スタッフ、キャスト
監督 | 河合勇人 |
原作 | 仁科裕貴 |
脚本 | 桑村さや香 |
相葉孝司 | 板垣瑞生 |
篠宮時音 | 吉柳咲良 |
孝司の父 | 甲本雅裕 |
青年医師 | 竹内涼真 |
青年医師の妻 | 石橋杏奈 |
ロスタイムの意味
以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。
最初にも書いた通り「ロスタイム」とは、サッカーやラグビーで規定の試合時間の後に取られる追加時間のことでした。
選手の交代や治療などでプレーが止まった分を加算したものがロスタイム。ちなみに「ロスタイム」とは「Loss of Time」からとった和製英語で、本来は「Injury time」と呼ばれていました。
サッカーの日本代表戦で言えば、1993年の「ドーハの悲劇」なんてのはロスタイムに起こった出来事でしたし、代表中継で解説の松木安太郎氏が「ふざけたロスタイムですねぇ!」と言ったりと、非常に耳馴染みのある単語だったと思います。
過去形にしたのは現在サッカーにおいて「ロスタイム」という言い方は使われておらず、「アディショナルタイム」(追加時間)という表現をするからです。
だからまず最初にこの映画のタイトルを見た時、いや、ロスタイムってもう死語だよね、どんだけ時代錯誤だよ、とか意地悪なことを思ってしまったんですよね。初恋アディショナルタイムだろって。
ただ、想定していたロスタイムと映画内の「ロスタイム」はだいぶ異なりました。
時間が止まる「ロスタイム」
⌛相葉孝司(あいばこうじ)⌛#板垣瑞生 さん
予備校に通う浪人生。ある日の授業中、突然時間が止まる現象に巻き込まれる。
「どうせ無理だ」とすぐに諦めてしまう性格だったが、時音と出会い一緒に過ごす中で少しずつ変わっていく。#初恋ロスタイム #初ロス pic.twitter.com/GLlB6jbQ5E— 映画『初恋ロスタイム』公式 (@hatsukoi_movie) August 4, 2019
午後12時15分。
浪人生の相葉孝司(板垣瑞生)は予備校での授業中に、自分以外のあらゆるものがぴたりと止まってしまう不思議な現象に出くわします。
街に出てみると公園の噴水で、自分以外に唯一動ける少女・篠宮時音(吉柳咲良)を発見。
なぜか自分たち二人だけが世界で動くことができる12時15分以降の1時間を、孝司は「ロスタイム」と名付けました。
「ロスタイム…ロスタイムってどうかな。この時間が止まる現象の名前。神様が与えてくれたおまけの時間、みたいな」 (孝司)
孝司がロスタイムという表現をしたのには理由があって、この現象が起こる前に彼は予備校のチューター(進路指導員)から志望校をめぐり、こんな言葉をかけられています。
「浪人生ってさ、ロスタイムを戦ってるのかなって。奇跡の逆転ゴール、決められるんじゃないかなって」
これはサッカーに当てはめると、現役生が正規時間の90分間を戦っていて、(二度目以降の受験となる)浪人生は追加時間(ロスタイム)で逆転ゴール=志望校合格を決められるんじゃないかなって意味だと思います。浪人生に与えられた時間と言ってもいいのかもしれません。
この時孝司は、俺サッカー興味ないんで、と一蹴していましたが、彼が実際にサッカーをやっていたことはセリフから明かされていましたし、彼が家で大島司先生の「シュート!」を読んでいることからも元サッカー少年だったことは明らかですよね。
そんな経緯があって孝司は、自分たちだけに与えられた特別な時間を「ロスタイム」と名付けたんでしょう。
無効化される「ロスタイム」
ロスタイム(和製英語: loss time)とは、サッカーやラグビーなどの球技における用語。球技の試合において、競技者の交代・負傷者のアピールや怪我の程度の判断・負傷者の搬出などにより空費された時間、いわゆる「空費時間」を指す通称である。こうした空費時間は相手チームにとっては不公平になるため、公平を期するための猶予時間を相手に与えようというのが趣旨である。
ウィキペディアから引用したロスタイムの説明です。
ここで注目したいのが「ロス」にあたる「空費された時間」という表現です。
先ほど現在のサッカーでは「アディショナルタイム」(追加時間)という言い方をすると書きましたが、予備校のチューターが言っていた“浪人生のロスタイム”とはアディショナルタイムに言い換えることができます。
でも孝司と篠宮に訪れる不思議な1時間は、アディショナルタイムではなくて、やっぱりロスタイムなんですよ。
なぜかと言うと、彼らの「ロスタイム」に起こることは、時間が動き出した後の現実世界に何ひとつ反映されないからです。
机から落として壊したはずの電子辞書は壊れてなかったし、好き放題食べてもそれはノーカウントになる。スケッチブックに絵を描いても、時間が動き出した時にはそれは消えている。
こうやって時間を止めたりすると、盗みとかができちゃうんじゃないの?と邪推をしたんですが、そういうこともできません。
(記憶には残るものの)行動履歴としては残らない「ロスタイム」の間の出来事。
孝司はどうせ消えてしまう猫の静止画を描く篠宮に、「無駄じゃない?」と言います。この「無駄」がいわゆる「空費された時間」につながっていると思うんですよね。
だからこの映画は初恋アディショナルタイムではなくて、初恋ロスタイムじゃなきゃダメなんでしょう。
竹内涼真の正体
この映画では孝司(板垣瑞生)、篠宮(吉柳咲良)のティーン二人の他に、お医者さんの竹内涼真さんが鍵を握る人物として出演しています。
映画冒頭で止まった腕時計を見て、世界が止まってしまったかと疑っているような節があり、どうやら彼も孝司たちと同じ「ロスタイム」経験者のようです。
妻(石橋杏奈)は病院のベッドにおり、古びたスケッチブックを手にしていました。篠宮との共通点です。さらにいえば、篠宮はウィルソン病なる難病と闘っていることがのちに明かされます。
だから、孝司は医大を志していたことからも、これだけ共通点を散りばめられたら、青年医師(竹内涼真)は、孝司の数年後で、その妻は篠宮の未来なのではないかという予想をしていたんですよ。
しかしその予想は医師夫妻の離婚届(苗字も名前も違う)を見た瞬間に疑いに変わり、孝司が竹内涼真=「浅見先生」と出会った瞬間に打ち砕かれました。
これは完全にミスリードをしました。後出しとかではなく、事実の羅列から観る側に深読みをさせて、それを裏返していく。
個人的には「やられた!」という印象です。
竹内涼真とロスタイム
3歳年下の女子高生に夢中になり、浮かれポンチ状態の孝司。3歳年下というのは別にいいとして、全然勉強してないですね、この浪人生。大丈夫か。
篠宮とのデート前にはウッキウキでキッチンに立ち、父子家庭で磨かれた料理の腕を遺憾無くふるったフルコースで彼女をもてなし、篠宮の通う女子校に潜入してストーカーもどきの行為を行う、結構ギリギリの19歳男性です。父親(甲本雅裕)に対しては、「俺にできることなんてそれぐらいしかないから」と受け売りの言葉を発動し、丸め込んでいきます。
そんな危うすぎる孝司が物語の中心を担っていく一方で、竹内涼真さん演じる浅見先生が我々の理性を取り戻してくれます。
『青空エール』(2016)で高校球児を演じていたのは遠い昔。『初恋ロスタイム』の竹内涼真さんには確固たる大人の色気と落ち着きがありました。一歩間違えば暴走と取られかねない孝司の行動をいさめ、正しい倫理の元に導いてくれます。
孝司同様、時間が止まるあの現象に「ロスタイム」という言葉を使っているのは若干違和感がありましたが、ヴェルディユースに所属していた(超エリートです)竹内涼真さんが発すると妙に説得力があります。
若さの勢いのままに突っ走る孝司に、「ちょっと待て」とストッパーをかける存在が竹内涼真さんで本当に良かったなと思いました。この映画の完成度を一段階上げていたのではないでしょうか。
ちなみにチャリ二人乗りで芝生に突っ込み、転倒した篠宮が全然起き上がらずに孝司を心配させたシーン。同じものを2回繰り返していたのが印象に残ります。普通は一回で済ませると思うんですよ。
2回繰り返したことで、もう次はないだろうと思っていたら、結婚式当日のあれです。「だまされた」って言ってよ、という孝司のセリフにも説得力が増したのではないかと思います。新鮮な天丼の構成でした。笑
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。