映画『ゆれる』〜閉鎖的環境での虚言〜

06年の映画『ゆれる』を鑑賞。

西川美和監督、脚本。出演はオダギリジョー、香川照之。

06年当時はまだ大学1年生で、この作品の見方すら全くわかっていなかった。友達に誘われて結局行かなかった気がする。

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奥に潜む自己愛、保身

8年の時を経て鑑賞の機会に恵まれた一本。
数多くの賞をとった触れ込み通り、重厚にレトロに、オダギリジョーの少しとんがった部分を上手に活かした演出。

とはいえオダギリジョーは見た目ほどにはアブノーマルではなく、むしろ狂気に満ちてからの香川照之の方が常軌を逸しているように見えた。

香川照之はそのキャラクターの七変化で本作上、一番目立つ位置だとは思うが、やはりオダギリジョーの存在感が主役にふさわしい。

今は亡き蟹江敬三さんも含めて、役者陣にも穴がない。検察役で僕の好きじゃない木村祐一が出ていたが、そんなに鼻につかなかった程である。

そういえば裁判所の書記役で安藤玉恵さんも出ていて、やっぱり彼女は不思議な存在感。

ムラ社会の「中」での凶行

法廷でのシーンが多く、香川照之の問題の場面に対して結論が二転三転する。

人間の記憶という曖昧なものを利用した回想シーンはミスリードを誘いつつも、実は意識的な虚言であったりで、人間の深層に秘めた自己愛や自己保身だとかがじわりとあぶり出されてくる。

この転落のシチュエーションは、映画公開数か月前に起きた秋田の児童殺害事件ともいくつか共通点があり(映画とは全く関係ないが)被害者家族の描き方とかはどうするのかと思ったがそんなに踏み込まず。

ただ、いわゆる田舎の閉じた環境で、中の者によって中の者が殺されたらどうなるか。
その閉鎖的なコミュニティの有様はよく描かれていた。

真木よう子も楽しみだったが、いかんせんオダギリと香川が素晴らしすぎた。
視覚的にもストーリーも傑作。

★★★★★。

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