こんにちは。織田です。
今回は2021年公開の映画『猿楽町で会いましょう』をご紹介します。
監督は児山隆監督。出演は金子大地さん、石川瑠華さん。
2020年6月公開予定でしたが、コロナ感染拡大の影響を受け、1年後の2021年6月公開に変更されました。
これはごく平凡で
ありふれた
ただのラブストーリーのひとつだ
予告編にはこのようなキャッチフレーズが出ていました。
平凡で、ありふれているのかもしれません。けれど自分は凄く、物凄く抉られました。
穴があったら入りたいと思ったし、観ている間何度も吐きそうになりました。既視感が強すぎて。
もう一度観たいけど、勇気がいる。尋常じゃないほどぶっ刺さりました…。
この記事では、主人公の田中ユカを中心に感想を書いていきます。
作品の展開などネタバレを含むので未見の方はご注意ください。
あらすじ紹介
鳴かず飛ばずの写真家・小山田と読者モデルのユカ。2人は次第に距離を縮めていくが、ユカは小山田に体を許そうとはしなかった。そんな中、小山田が撮影した彼女の写真が2人の運命を大きく変えることになる。
猿楽町とは?
タイトルにも入っている猿楽町。読み方は「さるがくちょう」。
これは渋谷の隣駅・代官山(東急東横線)の周辺エリアです。
出典:みんなの行政地図
映画内では主人公の男の子・小山田(金子大地)が住んでいるアパートの場所となっています。
渋谷駅からは1.5km程度。本編でも小山田が渋谷を歩きながら「こっから歩いていけるよ」と言っていました。
スタッフ、キャスト
監督 | 児山隆 |
脚本 | 児山隆、渋谷悠 |
小山田修司 | 金子大地 |
田中ユカ | 石川瑠華 |
北村良平 | 栁俊太郎 |
大島久子 | 小西桜子 |
嵩村秋彦 (雑誌編集者) |
前野健太 |
片岡康平 (雑誌編集者) |
長友郁真 |
山本優一 (古着屋店員) |
大窪人衛 |
久万紀子 (古着屋店長) |
呉城久美 |
小山田役の金子大地さんは、『君が世界のはじまり』(2020)で伊尾という男子を演じていたのが印象に残っています。この時は高校生役でしたが、本作『猿楽町で会いましょう』では24歳のフォトグラファー役を務めました。
鮮やかな金髪に、Tシャツ(黒が多い)、バックパックを背負う姿がよく似合っています。
ユカをどう思いましたか?
この映画を観終わった方への質問です。
田中ユカ(石川瑠華)という主人公に対して、どういう感情を抱いたでしょうか?
「嫌な人」だったり、「痛い人」と見る向きもあったのではないかと思います。
ユカの元彼・良平を演じた栁俊太郎さんも、率直な気持ちをこのように語っています。
「あんまり言いたくないですけど…出来れば出会いたくない」
ユカを演じた石川瑠華さんも、ユカがある程度「嫌われる」覚悟、前提で映画公式Twitterにコメントを載せていました。
「一番はユカを…観た人全員が嫌う人にはしたくなくて…でもそのためにどうこうっていうわけでもなくて…だったら私が一番私が愛してあげれば全員が嫌いになることはないんじゃないかなって」
このユカというキャラクターは、とにかく自己愛の強さが強烈に描かれているんですよね。
- 小山田に撮ってもらった写真をちゃっかりインスタにアップ
- 人に言われた言葉を受け売りする
- 芸能活動が忙しいとバイト先にアピール
- 彼氏のスペックを自慢する
- 同棲してても家賃払わない、家事しない
- 相手の状況を顧みず、今会いたい、今じゃないと意味ないと泣きつく
- 飛躍する友人をやっかみ、ネガキャンを張ろうとする
- 元彼と切れていない
- 元彼との切れてない関係について嘘をつく
前後の文脈なども含め、見ていきましょう。
インスタにアップした写真
これは最初にユカ(石川瑠華)が小山田(金子大地)と会った時に撮ってもらった写真。
渋谷でユカと待ち合わせた小山田は、作り笑顔のユカを何気ない会話でリラックスさせながら撮影してゆく。ユカに彼氏がいないと知った小山田は、写真チェックを口実に彼女を猿楽町のアパートに誘う。なにもしない約束でユカを泊めるが、強引に迫って彼女に泣かれてしまった。目を覚ました時にはユカの姿はなく、小山田の撮った写真だけはしっかりとユカのインスタグラムにアップされていた。
少し意地悪な目線で見たときに、小山田と結構嫌な別れ方をしたにも関わらず、撮ってもらった写真はちゃっかりインスタに上げるんですねという話です。
言葉の受け売り
ユカは作品内で、自分が関わった男が発した言葉を自分のものとして受け売りするシーンがありました。
「ロメロ、いいですよね」
小山田と初めて会ったとき、彼の着ていたTシャツ「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」についてユカが発した言葉です。ロメロは監督のジョージ・アンドリュー・ロメロ氏のことですね。
この後、ゾンビ論へと発展していくわけですが、後にこの知識はユカの元彼・良平(栁俊太郎)が授けたものだということがわかります。
「好きだったこととか、会いたかったこととか、人って忘れちゃうじゃん」
猿楽橋の上で小山田に告白され、ユカが返したセリフです。
これは彼女がメンズエステの客(兼・小山田の上司)である嵩村(前野健太)にホテルで言われた言葉でした。
「本当に美味しい焼肉屋は白いお肉が美味しいんです」
ユカが嵩村と焼肉店で食事しているときに言ったセリフです。白い肉はホルモン。
ユカちゃん若いのに渋い店知ってるねぇ!と嵩村に褒められていますが、この店は小山田に連れて行ってもらった店であり、小山田がユカに語った持論です。
芸能活動をバイト先にアピール
レッスン費に困窮していたユカは、バイトを掛け持ちでやっています。一つはレッスン生の仲間・久子(小西桜子)に紹介してもらったメンズエステ。
もう一つは古着屋です。
その古着屋で、彼女は仕事が入ったと言ってシフトをドタキャンしたり、自分が出る作品を盛って自慢したり。店長の久万(呉城久美)はユカのことをよく思っていません。
端的に言えば、売れてもない小物がいっちょまえに忙しいヅラしてんじゃねえよって話です。
店長はユカのSNSのフォロワーが少ないこと(300人程度だったかな?)を見つけたり、彼女の“出演作”が疑わしいと思ったり疑念を深めていき、最終的にメンズエステ勤務まで突き止めます。
彼氏のスペック自慢
良平(栁俊太郎)と付き合っているときのこと。モデル仲間と思しき人に、ユカは彼氏を自慢します。
27歳ですでにプロジェクトを任されている、だとか、良平の特集記事を見せたりだとか、顔が超好みと言ったりだとか。
結局のところ、この凄い人と付き合っている私も凄い!論に聞こえるんですよね。
甲斐性なし
良平の家にフル同棲的な感じで転がり込んだユカは、家賃を払わず、掃除もせず、食事も腐らせてしまいます。
換気扇の下でタバコを吸おうとした良平を、タバコやめてって言ったじゃんと咎め、俺の家だぞ?と逆ギレされてしまいました。
このあたりは良平の気持ちがわかりますね。家賃くらいは少し入れようよと思います。
今じゃないと意味ない
これは小山田と付き合って以降に、彼を求めてユカが発したセリフです。
仕事をしている小山田の置かれた状況なんて関係なしに「今じゃなきゃ意味がない」の一点張りです。
いつだって判断基準は自分にとって価値(意味)があるか、なんですね。
友人へのネガキャン
対等な立場だったはずの久子(小西桜子)がブレイクしたことで、ユカは嫉妬を見せます。
彼女の名前を騙ってメンズエステに勤務し、裏オプ有りの風俗嬢を匂わせました。名誉毀損のネガキャンですね。
元彼との嘘
小山田に彼氏はいないと言い、彼に告白されたユカ。
ただし、実際にその時には良平という彼氏がいましたし、交際をスタートさせてからも自宅が良平との同棲先であることを隠していました。
さらに、小山田の出張中には、猿楽町のアパートに元彼・良平を呼び裏切り行為に及びます。
明確な物証とともにそれを咎めた小山田に、一貫してユカは無実を主張します。
これはユカにとってかなり不利な状況描写だと思いました。
その嘘は、本当ですか?
ただ、個人的にはユカを責めることができないんですよね。
その想いは、その衝動は、その願いは、その嘘は、本当ですか?
映画の本予告では、このようなフレーズが出現します。
嘘というのは誰かのためにつく嘘と、自分のためにつく嘘があります。
ユカの場合、ほぼ全部が自分のためについている嘘です。
というか、そもそも彼女にとっては嘘じゃなくて、自分の言っている嘘・虚言こそが真実だと思うんです。
映画『恋の渦』(2013)に、「バレなければやってないのと一緒でしょ」という言葉があるのですが、ユカの理論も似ていて、私がやっていないと言ってるんだからないのだ!理論なんですよ。
古着屋店長にユカちゃん本当に言うほど売れてんの?って聞かれたときの答えも、彼氏がいないと嘘をついたことも、バレなければユカの言葉が真実になるんです。
例え浮気がバレたとしても、自分の中でやっていないと胸を張って言えるのであれば、それはやっていないことであり、物証を出して咎める小山田が嘘の立場になるわけです。
受け売りも自慢も
人に言われた言葉の受け売りも、鑑賞している側は背景を知ってるから丸パクリだなって思いますけど、その時々の当事者(小山田、嵩村)はなるほどなと思って納得するんです。見栄を張っていようが受け売りだろうが、ユカにとってその場が上手くいけばそれでいいんですよ。
彼氏のスペック自慢だってそうです。
もし自分が有名人と知り合いだったら、誰かにその情報を聞いてもらいたいと思いませんか?
自分を守る嘘と書きましたが、ユカはむしろ自分の本能、欲望にひたすら忠実だといっていいかもしれません。
それが傍目には盛りすぎに映ろうが、パクリと思われようが、嘘つきと言われようが、一貫しています。
その想いは、その衝動は、その願いは、その嘘は、本当ですか?
この一点においてユカは、少なくとも彼女の中では「本当」を貫いています。
だから僕は好き嫌いとは別にして、ユカを非難することができません。
一方で、「何者にもなっていない」ユカの言動を虚勢と捉える古着屋店長の気持ちもまたわかります。
SNSのフォロワー数に限らず、「誰が」の部分は情報選択の上でとても大きな意味を持つ時代ですよね。
「誰が(何者か)」の域になるのはとても難しい。
その「誰が」になることができたのが、良平であり、小山田です。
小山田の嘘と裏切り
終盤に訪れた浮気の修羅場により、ユカ(石川瑠華)と小山田(金子大地)の立ち位置では、小山田側に肩入れする見方が多いと思います。
状況証拠的にもユカの浮気は確実な状況です。
けれど、小山田が全くもって誠実だったかというと、そうは思えません。
彼がついていた嘘、あるいは裏切りについて見ていきます。
下心
最初にユカと出会った日、自室に誘った小山田は「絶対に手出さないでね」というユカの条件を破り、寝込みを襲おうとしました。
二度目に会った時も、帰ろうとしたユカに幼稚な条件を突きつけて帰そうとしませんでした。
彼女を(良平の)マンションに送って行った時も、部屋に入れてとしつこくまとわりつきます。
食い下がればどうにかなると思っている男です。
もちろん背景にあるのは下心。
タバコ好きの同僚・片岡(長友郁真)に女の一人も落とせないのかと煽られているようにも感じていたんでしょうね。それほどまでの執着でした。
余談ですが、この片岡さんは本当に上手かったです。小山田に圧倒的な影響力を植えつけながらも、嫌味を感じませんでした。
喫煙
喫煙者(アメスピの黄色)だった小山田は、焼肉屋でユカにタバコ駄目なのと言われ、彼女のために禁煙していました。
しかし愛煙家の片岡(長友郁真)に「女の影響でタバコやめるやつは信用しない」と笑われ、多分そこから復煙しています。
おそらくユカが目の前にいるときには吸っていなかったんだと思いますが、彼の部屋のベランダの灰皿には吸殻が溜まっていました。
タバコを「嫌いなもの」の筆頭に挙げるユカに対しての裏切りです。
詮索
3つ目が詮索。
小山田はこの映画の中で2回、ユカに対しての詮索を行なっています。
一つ目は部屋に入れてくれないユカに業を煮やして自宅に突撃し、良平の存在を暴き出したこと。
二つ目は彼女の携帯を盗み見したことです。
一度盗み見したことに味を占め、定期的に枕元でチェックしていたはずです。
これが決定的に良くないんですよ。
自分の体験談で恐縮ですが、自分の携帯を見られたことも、相手の携帯を僕が見てしまったこともありました。そのいずれも修羅場と化し、破局に至りました。
相手の携帯を僕が見て浮気を問いただしたとき、当時の恋人からは浮気したことは謝罪されながらも「携帯見るのは人としてあり得ない」と言われました。その通りだと思います。
世の中には知らない方が幸せなことがあるわけですが、交際相手のLINEを盗み見して良いことは基本的にないんですよ。
どっちが悪いかとかじゃないんです。理由があるにせよ浮気はもちろん裏切りの行為です。
ただ、小山田も少し違う行動ができたかなとは思うんですよね。
そもそも映画の中で小山田が描かれる時間は2ヶ月程度です。(2019年6月〜)
ユカが彼氏を乗り換えたという背景もあり、(小山田には全く罪はないんですが)彼女のほとぼり・未練が冷めるまで少し我慢できたら違ったのかなと思いました。
でも難しいかな。恋人出来て最初の3ヶ月って一番楽しいってよく言いますもんね。
圧倒的な痛み
ユカ(石川瑠華)、小山田(金子大地)に対してああだこうだと偉そうに書いてきましたが、僕自身『猿楽町で会いましょう』を観て強烈な自己嫌悪に陥り、吐き気を催すほどの既視感を覚えました。
登場人物に対してのネガティブな感情は、そのまま自分に対して向けることができるものでした。
手を出さないと約束しておきながら、それを破ってしまいそうになる小山田の気持ちもわかります。
小山田が行なったLINEの盗み見は、自分もしたことがあるし、されたこともありました。
「今」じゃなきゃ意味がないと縋る、埋め合わせへのユカの欲望も、彼女の2回目の懇願を拒否した小山田の慣れの部分もわかります。
ユカと同じく、自分が今頑張っていることに安心したいがために、何割か盛って周りにアピールしたことも。
成功を収めた知り合いの名前を出して、会話のきっかけにしたことも。
タバコやめてと言われたのに小山田のようにやっぱり吸っていたことも、良平のように自分の家で吸って何が悪いんだと言ったことも。
人に教えてもらったお店の情報や知識を、さも自分の知識であるように受け売りしたことも。
山本のように、孤立する誰かに自分は味方なんだと明示することによって、距離を縮めようと考えたことも。
古着屋店長がユカの発言力、評価をフォロワー数で判断したことだってそうです。
お前は結局何を売り込みたいの?色が見えないんだよという嵩村の言葉も言われたことがありますし、「何者」かになった小山田が結局「ユカを撮ったスナップ風のあの写真」に(周囲からの評価を)縛られてしまった苦しみも理解できます。
田中ユカとは何かとマイクを向けられて、答えが出てこなかったユカ。自分は同じ立場になった時、きちんと説明できる色があるのだろうか…。
『猿楽町で会いましょう』で描かれる人間の本性は、基本的にゲスくて、恥ずかしくて、情けなくて、痛々しい。
ただ、それを否定できる立場にないほど、思い至る節がありすぎました。気づきたくなかった本性の闇をぐりぐりと抉られ続けました。
思い返せば、この映画で幸せそうに恋愛している描写は前半部分にとどまっています。
スイカバー食べてるユカの笑顔。守りたかったけれど、もうあの笑顔は帰ってこないんですね。
もう後はひたすらきつい。ユカも小山田も良平も。痛みが絶えず降りかかって来る。
共感できない、あり得ないと切り離せればどんなに楽かと思いました。
覚悟ができたら。もう一度観に行きたいと思います。
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