こんにちは。織田です。
今回は2009年公開の映画『おと・な・り』をご紹介します。
監督は『心が叫びたがってるんだ。』(実写)などの熊澤尚人監督。メインキャラクターに岡田准一さん、麻生久美子さん。
アパートの隣同士に暮らす二人を、“生活音”をベースに描いた作品。
この映画は職場の後輩に「私の一番好きな映画なので観てください!」と勧められていたのですが、ようやく鑑賞に至った次第です。
長く集合住宅で暮らしている身としては印象深いシーンが多々。また、岡田准一、麻生久美子の主人公に民度の高さを感じました。笑
今回はそんな『おと・な・り』の感想です。
あらすじ紹介
風景写真を撮りたいという夢を抱きながら、友人でもある人気モデルの撮影に忙しい日々を送るカメラマンの聡(岡田准一)。一方、フラワーデザイナーを目指して花屋のバイトをしながら、フランス留学を控えた七緒(麻生久美子)。同じアパートの隣同士に暮らす二人は、いつしか互いの生活音に癒しを感じるようになる。
スタッフ、キャスト
監督 | 熊澤尚人 |
脚本 | まなべゆきこ |
野島聡 | 岡田准一 |
登川七緒 | 麻生久美子 |
茜 | 谷村美月 |
氷室肇 | 岡田義徳 |
SHINGO | 池内博之 |
由加里 | 市川実日子 |
雅子 | とよた真帆 |
社長 | 平田満 |
映画のネタバレ感想
以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。
この映画では、同じアパートの隣同士で暮らす二人・聡(岡田准一)と七緒(麻生久美子)の生活音が印象的に描かれています。
映画内で象徴的に描写される「音」は生活音にとどまらず、後に氷室(岡田義徳)が「基調音」と表現していたように、「普段は気にしていないけれど、それがなくなると寂しくなる音」という描かれ方をしていたのが特徴的です。
映画のキャッチコピーは、「初めて好きになったのは、あなたが生きている音でした」。
隣同士の聡と七緒は壁越しに聞こえる音に、お互いが生活していることを実感していきます。半ば無意識に。
タイトル『おと な り』には、「お隣」という意味の他に、「音・鳴り」という文脈が込められています。
聞こえるお隣さんの音
この映画で出てくるアパートは防音性が高くないようで、隣人の生活音が丸聞こえ。
家に帰ってきた時のドアの音も、部屋でかけている音楽やアラームの音もよく聞こえます。言い変えると、「音」によって隣人の在室を認識できるほどには生活音が筒抜けです。
聡(岡田准一)がコーヒー豆を挽く音も、七緒(麻生久美子)がラジカセ(懐)の教材とともにフランス語を発音している声もお互いの部屋に聞こえてきます。二人は、ああ今日もコーヒーを淹れている、今日も語学の勉強をしている、と隣人の生活感を感じていきました。
日本に今のコーヒーブームがやってきたのは2010年代になってからのはずなので、当時コーヒーを趣味にしてる人はそこまで多くなかったはずです。聡は非常に感度が高いとも言えます。
その音は、騒音なのか
で、そこまで音が丸聞こえだと当然気になるのが騒音の問題。
集合住宅で暮らしたことのある方は程度の大小あれど、必ず体験したことがあるのではないかと思います。
社会人になって一人暮らしを始めた私は、夜型の生活をずっと送ってきました。午後に起きて出社して、深夜2時とか3時とかに帰宅。そこからご飯を食べたりして自分の時間を朝まで過ごし、隣人が出かける頃に眠りにつくというサイクルでした。
当然ながら深夜に映画やテレビを見ようと思っても、普通にかけては迷惑。だからヘッドフォン装着で鑑賞するというのが常になっていました。お隣さんとの生活時間帯が違うと、相手の安息を妨害しないように努めるのは最低限のマナーです。
民度の高い住人
『おと な り』に話を戻します。
人気モデルのSHINGO(池内博之)の写真集を手がけたことで一躍名声を獲得したカメラマンの聡は、生活時間帯がやや不規則です。
撮影が終わって朝帰りすることもありますし、水の補充を忘れたことによって耳障りな警告音を発する隣人の加湿器の音に午前中の安眠を妨げられ、不愉快な表情を見せることもありました。あれ凄く気持ちわかります。笑
けれどこの映画では互いの生活音がはっきりと聞こえる環境にありながら、騒音トラブルに発展することがありません。防音性が低いことを理解した上で、七緒も聡も過ごしています。
何ならお隣さんの生活音に耳をそば立てながら、その音を自分の生活の一部として好意的に受容しています。
私が現在住んでいる部屋のお隣さんは、毎朝6時に起きてカーテンをシャッと開け、窓を開けて換気し、深夜0時前に帰ってきて同じ作業をしています。(遅くまでお疲れ様です)
前のお隣さんは在宅中ずっと大音量で音楽をかけていて、その重低音が苦痛だったんですけど、それに比べるとずっと静かです。
ただ、その隣人の生活音に対して自分の生活の一部と感じられるほど親しみを覚えるかというと、私はそうではない。だから聡と七緒は凄く民度が高い、器の広い人だと思いました。
音で心を通わせて
個人的に『おと な り』は、中盤まで結構退屈な印象を受けました。
SHINGO(池内博之)というモデルありきで自身の存在価値を判断されているカメラマンの聡(岡田准一)の葛藤はよくわかりますし、通勤途中にあるコンビニの店員・氷室(岡田義徳)に突然の告白を受け、彼を好きになるべきかどうか惑う七緒(麻生久美子)の気持ちも理解できます。
けれど七緒と聡が“顔も知らないお隣さん”以上の関係になることはなく、聡は自分の夢や存在価値とSHINGOの関係に、また七緒は仕事に没頭する30代独身女性という枠組みの中で悩みながら生活するという、別線の人生を過ごしていました。
「基調音」という作品のキーワードを繰り出した氷室がとんでもないゲス野郎だったということも、もったり感に拍車をかけましたね…。七緒を利用したことは百歩譲ってわかるとしても、あんたも俺と同じだよとのたまう神経はマジで理解できませんでした。犯罪者でしょあれは。
その一方で、この映画では「音」を象徴的に描くことで、のちの展開につながる伏線を散りばめていきました。
氷室のコンビニで牛乳とメロンパン(193円)を購入して、7円のお釣りを募金箱に入れる七緒のシーンもそうですし、聡の部屋に居座った茜(谷村美月)の騒がしげな大声や食事の咀嚼音もそうです。
茜について言えば、七緒にとって彼女の出現は普段の聡の生活音とは違うノイジーなものでしたし、“お隣さん”に彼女がいたんだと認識(早合点)する一因にもなります。
「音の伏線」の最たるものは、出ていった茜を追いかけた聡が七緒とすれ違い、彼の鳴らす鍵束の音で七緒が“お隣さん”を外で認識したシーン。また、七緒が鳴き咽ぶ「音」を認知した聡が壁越しに「風をあつめて」を口ずさみ、初めて二人が同じ線上に位置したシーンでしょう。
聡にとって七緒を認識する要素となった「風をあつめて」を、中学の合唱コンクールで歌った曲という位置付けにしたのも見事だと思いました。一般的ではないけれど、限られた間柄での共通項となりうるもの。その答えとして合唱曲というのはとても秀逸です。
直結しない音と視覚
人間には五感がありますが、相手を認識するものとして最も大きな部分を占めるのは視覚です。聡はカメラマンとして、また七緒は花屋さんとして、視覚で勝負する仕事に従事しています。
一方で、互いにとっての“お隣さん”はあくまでも顔の見えない、フラ語の発声や鼻歌、コーヒー豆を挽くなどの生活音でしか認識できない存在でした。
部屋の外では決して交差することのない二人。
しかしこの映画は終盤に怒涛の展開を用意していました。
物語終盤で地元に戻った二人はそこで互いの姿を目にするわけですが、七緒は「東京で活躍するカメラマンの野島くん」を見ても“お隣さん”には繋がらず、集合写真で目を引く「可愛いこの子」を見た聡もまた然りです。
電話で喋ってみても、相手の声は聞き慣れた「音」の主と直結しません。
あの音のもとへ辿り着き
けれど、謝恩会会場での二人は視覚を通して野島くん、登川さんという旧友を認識し、意識していきます。その意識する対象である「野島くん / 登川さん」の正体は…と二人が辿っていく最終盤はあまりにも完璧でした。
鍵束、鼻歌、行きつけの喫茶店に飾られた写真…様々な伏線がパズルのように嵌まっていき、あの“お隣さん”と野島くん / 登川さんがイコールへと近づいていきます。
輪郭をつかみかけた七緒は隣室を訪ねますが、お隣の「NOJIMAさん」は不在。
やっぱりすれ違ってしまうのかと思いきや、空室のお隣から「風をあつめて」を耳にした聡がドアを開け、ついに二人はお互いのもとへ辿り着きました。耳馴染みの良いあの音を奏でる彼女のもとへ辿り着きました。
くしゃみをしてはにかむ七緒と、それを見て微笑む聡という構図で本編は終わりましたが、エンドロールがまた圧巻でしたよね。
子どもたちが駆ける音、調理する音が優しく奏でられたのち、聞こえてくるのは七緒と聡の会話。
七緒はフランスへ、聡はカナダへの留学を終えて戻ってきてからの未来であることがわかります。
そして口ずさむ「風をあつめて」。二人を繋いだあの曲。
聡が実は歌詞をうろ覚えでしたというところ含めて完璧すぎます。1億点です。
認識、受容、意識、巡り逢い。
他者に好意を抱くまでのプロセスを「音」によって表現した『おと な り』。
巡り逢いの先をご褒美のように提示してくれたことも感動的でした。この映画がラブストーリーだということを実感させてくれるエンディングです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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