映画『きみはいい子』〜抱きしめられたい。おとなだって。〜

2015年の映画『きみはいい子』を鑑賞。

呉美保監督。主演に高良健吾。

大阪の幼児置き去り事件にインスピレーションを得たという中脇初枝さんの原作は鑑賞後にウィキペディアを読んで知った。

この映画では児童虐待が中心に描かれているが、小学生のいじめ、集団心理、障害、またママ友の付き合い方や世間体など多岐に渡る要素を盛り込みながらネグレクトに繋げている。

ウィキペディアを見る限り、原作にかなり忠実に作られているようなので原作→映画の鑑賞をお勧めしたい。

▲水木を演じる尾野真千子は自らの余裕を失う様が最高に上手い。(C)2015 アークエンタテインメント

主役のいない作品

ネグレクトを題材にした作品で思い浮かぶのは柳楽優弥主演の『誰も知らない』

『誰も知らない』では児童の視線から見た市井を客観的に大人の我々視聴者が観るという形だった。

だが、本作では小学校教師の岡野(高良)、三歳の娘を持つ水木(尾野真千子)、記憶がぼやけている老婦人のあきこ(喜多道枝)の3人の大人を中心に、彼らの関わる子供を描いている。

この3人は確かに物語の中心となるものの、主人公ではない。

かといって、子供たちが主役かというとそれも違う。

子供の表情を通じて色々な家庭環境を描き出すドキュメント作品に近く、視点はとても客観的である。

「家族に抱きしめられる」という宿題を出され、それをこなしてきた子供たちに岡野が感想を聞くシーンでは、それぞれの児童がクローズアップされていて特に取材作品のような印象を受けた。

▲岡野は教師としての誇りとともに教師という職業の面倒さも吐露していた。人間くさくて良い。 (C)2015 アークエンタテインメント

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極端かもしれないけれど現実的

虐待には理由がある場合もあれば、傍目には理解しかねる不条理な場合もある。

家庭内の事情に他人が踏み込める範囲を、高良健吾演じる岡野は示してくれたし、尾野真千子演じる水木と、ママ友の池脇千鶴、岡野の姉(内田慈)は前者の理由を示してくれた。

▲ポジティブで強く明るい池脇千鶴。そのわけは…… (C)2015 アークエンタテインメント

子供が被害者になった時と加害者になった時の親の対応、小学四年生の目に移る長身の男性教師。

親以外の大人だからこそ気を許す子供。

最初に書いたように、子供と関わる人間であれば誰しもが当事者となりうるような事象が細かく散りばめられている。

キャラクターの相関関係やシーンの切り替えを含めてとても現実的な作品だっただけに高良健吾の疾走シーンだけがもったいない。

ラストシーンに貴方は希望を見るのか絶望を見るのか。

僕はつらい方を想像した。

子どもだって。おとなだって。

子供たちの演技はおしなべて良かったが、特に障害のあるヒロヤくんを演じた加部亜門が素晴らしい。

目の泳がせ方、身体の折り曲げ方。

顔は日本ハムの大谷翔平を思わせる優しい瞳を持ち、この演技力。

13歳、楽しみです。

蛇足だけど尾野真千子が母親役をやっていることで、11年のドラマ『名前をなくした女神』を思い出した。

こちらはママ友のドロドロに重点を置いた作品だが、本作と共通点が少しあると思う。

観終わってすぐの段階では映画ポスターのフレーズが綺麗事に映ったが、レビューを書いてみると言い得て妙だなと。

上述した疾走シーンと、電話口の口元しか映さないなど場面によってテイストが少し異なったのがちょっとやりすぎだったかな。

★★★★☆。

原作も読んでみたい。

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