映画『望み』ネタバレ感想|犯人か被害者か。究極の二択に「違う」ことを信じて望む

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こんにちは。織田です。

今回は2020年公開の映画『望み』をご紹介します。

堤幸彦監督。主演に堤真一さん。

公開当時に劇場で観られなかったのでAmazonプライム・ビデオで鑑賞しました。

埼玉の郊外で起こった少年犯罪事件。その事件に息子が関わっている可能性が高くなり、父、母、娘は「加害者家族」、「被害者家族」としての覚悟を強いられていきました。

お父さんを堤真一さん
お母さんを石田ゆり子さん
お兄ちゃん・タダシ(規士)を岡田健史さん
妹・ミヤビ(雅)を清原果耶さん
が演じています。



あらすじ紹介

一級建築士として活躍する石川一登(堤真一)は、誰もがうらやむような裕福な生活を送っていたが、高校生の息子が無断外泊したまま帰ってこなくなってしまう。その行方を捜すうちに、彼が同級生の殺人事件に関わっていたのではないかという疑いが浮上してくる。たとえ被害者であろうとも息子の無実を信じたい一登、犯人であっても生きていてほしいと願う妻の貴代美(石田ゆり子)。二人の思いが交錯する中、事態は思わぬ方向へと突き進んでいく。

出典:シネマトゥデイ

舞台は埼玉郊外の住宅街・戸沢市(架空)。1月の冬休みのある夜、殺人事件が発覚し、殺されたのは息子・タダシの同級生・与志彦くんだということがわかります。

事件当日の夜から行方が分からなくなっているタダシを、警察は事件の関係者として捜査。それまで何不自由なく幸せに暮らしていた家族に、大きなヒビが入っていきました。

スタッフ、キャスト

監督 堤幸彦
原作 雫井脩介
脚本 奥寺佐渡子
石川家の父・一登 堤真一
母・貴代美 石田ゆり子
長男・規士 岡田健史
長女・雅 清原果耶
飯塚杏奈
(マネージャー)
松風理咲
内藤 松田翔太
与志彦の祖父 渡辺哲
高山 竜雷太
規士と雅
石川家の規士と雅については本記事でタダシミヤビとカタカナで表記させていただきます。
この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



わずか数日間で訪れた地獄

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

この映画で描かれているのは序盤を除くと、わずか1週間足らずの出来事でした。

冬休みを迎えた戸沢(架空)の町で暮らす石川一家。
高校生の息子・タダシ(岡田健史)は家族とのコミュニケーションを拒むようになり、中学生の娘・ミヤビ(清原果耶)は名門校を目指して塾に通っています。塾の教室では、箱根駅伝見た?青学の人かっこよかったよね?といった正月トークで盛り上がっています。

そんな冬休み終盤の1月5日、高校生・与志彦くんが殺害される事件が発覚。

事件当日の夜から家を出て、連絡がつかなくなっていたタダシは、事件の関係者である可能性が高いとされ、警察やマスコミが石川家の日常に介入してきました。

事件の全貌が明らかになったのが、被害者・与志彦くんの葬式が行われた1月9日

このわずか数日間の間に、残されたお父さん(堤真一)、お母さん(石田ゆり子)、ミヤビ(清原果耶)が追い込まれ、憔悴していきました。

地獄のような出来事でしたね…

石川家へのリンチ

タダシの事件への関連性を疑うマスコミたちは、こぞって石川家の前に押しかけます。メディアスクラムというやつです。
他の2人の少年の実家に対しても、多分同じように押しかけていたんでしょう。

何の証拠もなく、事件への関連が“疑われる”段階で、メディアが未成年の名前を出して押しかけてくることは本来ありえないのですが…

石川家の壁には、車にはスプレーで罵詈雑言が書かれたり、生卵が投げつけられたり。

また、事件で殺された与志彦くんは、お父さん(堤真一)と長年懇意にしていた建築の職人さん(渡辺哲)の孫でした。
建築士のお父さんは、長年懇意にしていた職人さん、工務店の高山さん(竜雷太)と縁を切られてしまいます。

ミヤビは塾や学校で、犯罪者の妹というレッテルを貼られます。

こうして石川一家は、怒りに燃える世間から呼吸を奪われていきました。

うちの子に限って…

怪我でサッカーからドロップアウトし、殻に閉じこもっていたとはいえ、両親から見たタダシは優しく、人を殺めるなんて到底できない子でした。

だから当然、お父さん、お母さんは「うちの子がそんなことするはずがない」と憤り、息子の無実を信じようとします。

これはタダシ以外に事件関連が疑われる、少年たちの親御さんもそうでしょう。

けれど事件は実際に起きてしまったから、どこかの「うちの子」がやった側として関わっているのは事実です。

ここで思い出すのが、こちらも2020年に公開された『許された子どもたち』でした。

生死の二択

少年殺人事件を題材にした『許された子どもたち』では、加害者(とされる)少年、その家族を中心に物語が進みます。

少年のお母さんは不利な立場におかれ、どれだけ罵倒されようとも、それでもうちの子はやってないと信じて貫き通していきました。

こちらは殺人事件現場を先に映すことで、観客に「やったか、やってないか」の真実を知る立場を与えられているのが特徴ですが、押しかけるメディア、周囲の反応、ネットリンチなどは『望み』と同じ、あるいはそれ以上のヤバさがありました。

『許された子どもたち』の主人公たちは、『望み』に置き換えると少年A、少年Bとその家族、の立場になります。

主人公のお母さんにとって争点となるのは「やったか、やってないか」なんですよね。

自分たちには加害者家族になる可能性がある。
そこは『許された子どもたち』、『望み』の2作品は似ていると思います。

ただし、『望み』で描かれる、石川家の残された家族3人に与えられた二択は、より残酷なものでした。

「やったか、殺されたか」です。

事件とは無関係で、実はどこかでちゃんと生きている。
そんな可能性は、もう選択肢として家族の中にないんですよね。

母の望み、父の望み、妹の望み

お兄ちゃんは犯人じゃないかもしれないじゃん。殺されてるかもしれないじゃん。

そんなことを望むのはやめなさい!

妹・ミヤビ(清原果耶)とお母さん(石田ゆり子)の会話の一幕です。

先ほど書いたように、石川家の3人の中の選択肢には、「殺した側」か「殺された側」かの二択しかありません。

「殺した側」ではないことを信じるお父さんとミヤビ。
「殺された側」ではないことを信じるお母さん。

「やってない(=関係していない)」選択肢がない以上、やった側かやられた側なのかどちらも地獄なわけですが、その二択の地獄で「せめて」生きていてほしいなのか、人に手をかける人間ではあってほしくないと思うのか。

「望み」という単語がこれほどまでに後ろ向きな使われ方をしているのを見たのは、初めてかもしれません。

犯人か殺されているか。その二択にいち早く迫り、お父さんとミヤビをもそちらに引き込んだのはお母さんかもしれませんよね。

受験を控えたミヤビに「どうなってもいいように心の準備だけはしておきなさいね」と宣告しているように、お母さんは犯罪者の息子を持つことで人生が変わることを覚悟しています。いや、前提にしています。

きつかったですね。これは。

タダシとサッカー部で一緒だったマネージャー(松風理咲)がタダシの無実を訴えても、悲しそうにありがとうと言うだけでした。無実は望んでいないんですよ。
それはイコール、タダシがもうこの世にいないということだから。

内藤(松田翔太)をはじめとした“世間”に最も翻弄されてしまった存在といってもいいかもしれません。

石川家の未来は

激動の、地獄のような数日間を経て真実を突きつけられた石川一家でしたが、最後にはタダシのいない新しい毎日を生きる姿が描かれています。

お父さんが家を見上げるとき、駐車場にあった自転車は二台だけでした。

映画序盤はもう一台あったので、タダシの自転車の分だと思います。前に進んでるんですよ。タダシのいない人生で、前に。

あの後、石川家の3人はどのような未来を生きていくのか。
ミヤビの高校入学写真も含め、そんな余白を持った終わり方だったと思いますね。



誰のせいだったのか

最後に、映画『望み』で描かれた少年犯罪事件について考えていきます。

警察の口から明かされた顛末はこんな感じでした。

事件関係者

ホッタ(サッカー部の先輩)
タダシ
与志彦
少年A
少年B
地元の不良グループ

事件の経緯

①ホッタが練習中にタダシを怪我させた
義憤から与志彦がホッタに仕返し(暴行)。少年A、Bが同行
③ホッタが地元の不良グループに相談
④不良グループから少年A、Bに慰謝料を請求
⑤少年A、Bは与志彦に責任を負わせようとする
⑥与志彦がタダシに相談
⑦与志彦を呼び出した少年A、Bだったが、タダシもそこにいた
⑧小競り合いの末に与志彦がナイフを出したことで空気が一変
⑨結果的に与志彦、タダシが殺されてしまう

少年AとBも被害者では?

事の発端は、ホッタというサッカー部の上級生が、タダシに意図的に怪我をさせたことです。
膝をやられたタダシはサッカー人生に終止符を打つことを余儀なくされました。

問題はタダシの知らないところで、与志彦(工藤孝生)がいきすぎた仕返しをして、地元の有力者(=不良グループ)を引きずり出してしまったことです。
金を巻き上げればいいやくらいの感じでいた少年A、Bからすると、与志彦おまえ何してくれとんじゃ!って話です。

一旦こういう人らが出てきてしまうと、タダシが怪我してホッタ先輩も怪我して、両成敗でいいじゃんっていうところでは済まなくなります。落とし前をつける必要が出てきます。

不良グループとしても介入する上でメンツもありますからね…

ここで考えたいのが、少年Aと少年Bの立場です。

彼らからすれば、与志彦が暴走して事態をこじれさせたことは誤算でした。
ホッタに大怪我を負わせたのは与志彦ですし、AとBに慰謝料50万円を払う義務はないはずです。

それでもAとBは事態の当事者とされて狙われます。
やらなきゃ(お金を出さなきゃ)こっちがやられてしまう立場に追い込まれます。

こうなったのは誰のせいなの理論でいえば、与志彦なんですよ。彼に責任を負わせようとした少年A、Bは普通の選択だったと思います。

やらなきゃ、やられる

追い込まれたのは与志彦も同じです。彼は単純に行き過ぎた正義感からホッタをボコしてしまい、窮地に立たされました。

「やらなきゃこっちがやられる」

タダシにそう相談して、チャラにできないかと探りますが、残念ながらもうそこでは済まないところまで事態は進んでいました。

与志彦とタダシが殺されたのも、元をたどれば与志彦がナイフを出したからです。
そりゃ少年AとBだって、身の危険を感じますよ。「やらなきゃ、こっちがやられる」になりますよ。

結局、少年Aも少年Bも、与志彦もタダシも、巻き込んだ人間であり、巻き込まれた人間なんですよね。

純然たる被害者という意味ではタダシだけだとは思いますが、僕は少年Aも少年Bも、襲撃されたホッタも、もちろん殺された与志彦も、加害者であり被害者だと思いますよ。

報復の連鎖が辿った悲しすぎる事件ですが、残念ながら少年犯罪事件はこういう「誰かがやられたからやり返す」、「やんなきゃやられるよ」で起きているのが少なくないんですよね。

自分自身も部活の先輩たちにいじめられていた頃、一歩間違えればこの事件のようになりうることがありました…

真実を知った与志彦のおじいちゃん(渡辺哲)や、高山さん(竜雷太)は、どう思うんでしょうね。
多分彼らの気持ちからしても、土下座じゃ済まないですよね。

少年A、少年Bの家族にとっても、確かに悪いんだけど巻き込まれた感もあると思います。「うちの子がまさか…」は一番かもしれません。

浦和レッズを愛するキミへ

ちなみに、埼玉県のサッカー少年だったタダシは、Jリーグ・浦和レッズのサポーターとして描かれていました。

彼の部屋の壁にはレッズのタオルマフラーや、槙野智章、(今はもういない)柏木陽介、橋岡大樹のポスターが貼られ、2019年のユニフォーム、さらには清尾淳さんの著書「浦和レッズのミカタ」や、レッズのオフィシャルイヤーハンドブック、貯金箱が机にちらりと映っています。

浦和レッズのユニフォーム

2019シーズンの浦和のユニフォーム

浦和レッズを応援する者の一人として、これはちょっと他人事ではなかったですね。喪失ですよ。同じクラブを愛する仲間を失ったことは実に大きな喪失です。

サッカーをやってたら、浦和じゃなくてメッシだとかクリロナだとかデ・ブライネだとか、海外に憧れを抱いて部屋を彩る子も多いと思うんですよ。でもタダシはそうじゃなくて、地元・埼玉の浦和レッズと一緒にこの16年間を生きてきたんだろうなというのが伝わってきました。

彼と一緒に埼玉スタジアムでレッズの応援歌を歌う世界線を想像したら、もう…って感じです。

また、タダシが練習中のゲームで怪我をするシーンもなかなかリアルでした。

ボールを自陣で受けて、そのままパス交換をいくつか挟みながらゴール前へ上がっていく一連の流れをきちんと長映しするのは珍しいんじゃないかなと思います。

エンドロールを見ていたら、協力にいずみ高校サッカー部、浦和東高校サッカー部とあって納得。
サッカー描写が結構細かいのでお好きな方はチェックしてみると面白いかもしれません。

『望み』はハッピーエンドではないので、これで「良かった」と思える展開ではありませんが、親と子の精神的距離や、誰もが突如として被害者/加害者の当事者に巻き込まれうる可能性を見せてくれる映画だと思います。

どの立場で捉えるかによって物事の見え方が変わってくる、好きな映画でした。

雫井脩介さんの原作小説の試し読みはこちら。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。