2008年の映画『トウキョウソナタ』を鑑賞した。監督は黒沢清、出演に香川照之、小泉今日子。
何年か前に録画していた「山田洋次監督が選ぶ日本の名作」の一つだった。
あらすじ紹介
「アカルイミライ」「LOFT」の黒沢清監督が、東京のごく普通の家庭の崩壊と再生を描いたホームドラマ。主演は香川照之、小泉今日子。小学6年生の次男・健二は父に反対されているピアノをこっそり習っている。しかし父親はリストラされたことを家族に打ち明けられずにおり、兄は米軍に入隊しようとしているなど、やがて家族全員に秘密があることが明らかになっていく……。
スタッフ、キャスト
監督 | 黒沢清 |
脚本 | マックス・マニックス 黒沢清、田中幸子 |
佐々木 | 香川照之 |
佐々木の妻 | 小泉今日子 |
長男 | 小柳友 |
次男 | 井之脇海 |
黒須 | 津田寛治 |
1時間おきに鳴る携帯電話
香川照之演じる佐々木はある日、健康器具メーカーをリストラされる。家族にその事実を切り出せないまま、一家の長である威厳を保とうとする佐々木。
妻に小泉今日子、長男を小柳友、次男を井之脇海が演じる。
佐々木のリストラに始まり、長男の朝帰り、次男は小学校の担任に忌み嫌われ、佐々木の旧友・黒須(津田寛治)はついに無理心中と、やるせなく突き刺さる展開が続く。
この黒須は佐々木よりも前に勤める会社をクビになっていたわけだが、彼の取る行動の一つ一つは見栄と誤魔化しに塗り固められていて身につまされる。
佐々木と炊き出し配給の広場で偶然会った黒須はおもむろにポケットから着信音が鳴る携帯を取り出して、仕事の話をする。取引を指示する有能社員の顔。
図書館にいても、晩ご飯の席でも、彼の携帯は鳴る。
そのたびに黒須は席を立ち、仕事の話を聞こえよがしにするのである。
でも、電話の相手は無言なのだ。
電話がかかってきているわけではないから。その着信音は1時間おきにセットしてあるアラームだから。
それでも黒須は存在しない同僚に向かって、話し続ける。
家族を心配させたくない。その思いと見栄が重なった末の哀しきエア通話。
女性が一人で歩く夜道は危ないから、電話をしているふりをしましょうというものを見たことがある。
それは確かに少し意味のあるものかもしれないけれど、この作品で黒須がやっているエア通話ほど虚しいものはない。
主婦・小泉今日子
家族の瓦解を描く作品として、同じく小泉今日子が主婦を演じる『空中庭園』がある。
あの映画もまた、家族が抱える秘密によって悲しみとやるせなさがせり上がってくるものだった。
『トウキョウソナタ』の小泉今日子は「お母さん」をすることの喜びと苦しみに翻弄され、やがて疲れ果ててしまった。
『空中庭園』では浮気といった外部の人間による介入だったが、本作では家族がバラバラになる要因は父親(香川)の混乱ぶりであり、先にも述べたようにその原因はリストラなので正直なところ誰も責めようがないのである。
多分それは小泉今日子もタカシ(小柳)、健二(井之脇)もわかっていて、だからこそパパの威厳とやらに限界まで我慢していたのだと思う。
抜群の井之脇海を目撃しよう
小柳友の演技も良かったが、井之脇海が出色の出来だった。柳楽優弥の少年時代を彷彿とさせる冷たい目と無邪気な声。小学校6年生にして様々なことを達観したかのような落ち着き。
彼が唯一見せたわがままと、ほとばしる音楽の才能。最後のシーンは本当に良かったと思う。
そして、そんな一家をまとめ続けたのが母親である。
多くは触れないが、最後に健二がピアノを演奏するシーン。口を半開きにして目を潤ませながら聴く小泉今日子の長映しは胸を打った。
帰るべき家があるという幸福と、帰らなければならない家があるという重荷。
父親のリストラに始まり一家4人の毎日が少しずつ変わっていったが、哀しさと切なさの向こう側に製作サイドは希望を与えてくれた。
非正規労働者の描き方も秀逸。
でんでんがトイレでパリッとしたスーツに着替えていたシーンは、これまた家族を持つ者の建前を表したものだと思う。
香川照之、小泉今日子、小柳友、そして井之脇海。
四人全てが主役と言っても差し支えないほどには、それぞれのストーリーが明確に描かれていた。
それに絡めて役所広司、津田寛治といったキーパーソンの登場。ちなみに津田寛治の娘役として土屋太鳳が中学生で出演している。
苦しみの先に光。
良い作品だった。