映画『つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語』〜女が語る女〜

13年の映画『つやのよる』を鑑賞。主演に阿部寛、監督は行定勲監督。

劇場の予告編で観て、好きな女優が出ているので観に行こうと思いつつも機会に恵まれなかった作品である。

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男性本位

伊豆大島で瀕死状態に陥っている「つや=艶」という妻を見守る夫・松生(まつお=阿部寛)が、彼女の危篤を知らせるべく、彼女と過去肉体関係にあった男たちに連絡をいれるところから物語は始まっていく。

ただし、そこで描かれるのはその男たちではなく、男たちと「現在の」関係にある女たち。

艶のことを知っている立場であろうとなかろうと、男たちが艶に魅せられた、あるいは追われた過去の事実に自らを比較していく。

私の男を溺れさせた危篤状態に陥っているこの女とは一体?という感じである。乱暴に言えば。

松生はストーリーテラーとして機能(C)2012「つやのよる」製作委員会

このような宣伝文句を観た限りでは、阿部寛と女性たちが関係にありそうに感じるが、一部を除いては女たちは松生のことを知らない。

松生は視聴者を物語へいざなうためのストーリーテラーであり、顔の見えない艶を説明する代弁者であった。

姿の見えない人物を、関係者の告白から露わにしていく点では『桐島、部活辞めたってよ』などに近いイメージ。特に『桐島』の原作では人物ごとに章が分かれていて形としてはよく似ている。

女性(小泉今日子、野波麻帆、風吹ジュン、真木よう子、忽那汐里、大竹しのぶ)がそれぞれの章で主眼となるオムニバス形式だが、意外と作品の二時間余りを通しての伏線や共通点は少なく、そこがまた即物的な艶の現実味を引き立てていると思う。

ちなみに僕が好きな女優とは野波麻帆と真木ようこである。水崎綾女もちょい役で出ていたが良かった。

艶とは直接関係のない彼女たちだが行定監督が狙っているのか、とにかく艶かしい。

野波麻帆の濡れ場(というんですかね)、下着姿には大いに興奮させられた。

「つや」の素顔はちょっと意外?

さて、行定監督の作品はこれまで『遠くの空に消えた』『女たちは二度遊ぶ』『クローズド・ノート』などを観てきたが、『女たちは~』に似た切り取り方である。

『女たちは~』は作家という視聴者の目の代わりをする存在があったが、それは少し傍観者的であった。

今回は妻に関することなので、あくまでも阿部寛は主人公である。

(C)2012「つやのよる」製作委員会

あとは『女たちは~』でも思ったけど物語の感覚が男性目線過ぎるかな。女性たちを描いているのでなおさら。

でも普通に面白い作品だった。

これは、あるある感を共有する類ではなく、傍観者として男女の関係を眺めるのに適していると思う。

病床の艶の胸をはだけさせるシーンがあるのだけど、観る人は「あれっ?こんなもん?」って思うはずなんだけど、あれは行定監督が狙って撮ったものだという。

どういうことかは観たらわかるはず。

姿を(画面では)見せない艶という女性を視聴者と一緒に少しずつ形づくっていく作品。
野波麻帆と真木よう子に加点で★★★★★。そういえば役者さんは本当に穴がありませんでした。

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