こんにちは。織田です。
今回は2021年公開の映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』をご紹介します。
コミュニケーションが苦手で思ったことを口に出せない俳句少年「チェリー」と、見た目のコンプレックスを克服できないマスクの少女「スマイル」。
市川染五郎さん、杉咲花さんがそれぞれチェリー、スマイルの声を担当し、監督はイシグロキョウヘイさんが務めています。
映画化決定の後、コミカライズ版も発表されています。コミックウォーカーで2話分無料で読めるので、気になった方は読んでみてください。
あらすじ紹介
郊外のショッピングモールを舞台に、コミュニケーションが苦手な俳句少年とコンプレックスを隠すマスク少女が織りなすひと夏の青春を描いた劇場オリジナルアニメ。俳句以外では思ったことをなかなか口に出せない少年チェリーは、ヘッドホンで外部との接触を遮断して生きている。ある日彼は、見た目のコンプレックスをマスクで隠す少女スマイルとショッピングモールで出会い、SNSを通じて少しずつ言葉を交わすように。そんな中、バイト先で出会った老人フジヤマが思い出のレコードを探し回る理由を知った2人は、フジヤマの願いをかなえるためレコード探しを手伝うことに。一緒に行動するうちに急速に距離を縮めていくチェリーとスマイルだったが、ある出来事をきっかけに2人の思いはすれ違ってしまう。
舞台はイオンモール高崎
映画の舞台「小田山市」のモデルは群馬県高崎市。
高崎市の「イオンモール高崎」をロケハンして、映画内のショッピングモール「Nouvell Mall(ヌーベルモール)」がつくられています。
高崎の名産でもある、だるまも象徴的に取り入れられています。主人公・チェリーの部屋にも置いてありました。
スタッフ、キャスト
監督・演出 | イシグロキョウヘイ |
原作 | フライングドッグ |
脚本 | 佐藤大 |
チェリー | 市川染五郎 |
スマイル | 杉咲花 |
ビーバー | 潘めぐみ |
ジャパン | 花江夏樹 |
タフボーイ | 梅原裕一郎 |
ジュリ (スマイルの姉) |
中島愛 |
マリ (スマイルの妹) |
諸星すみれ |
フジヤマ | 山寺宏一 |
チェリー(cv/市川染五郎)とスマイル(cv/杉咲花)はともに高校生。スマイルは、姉のジュリ(cv/中島愛)、妹のマリ(cv/諸星すみれ)とともに、人気配信主としてライブ配信を行なっています。
スマイル、ジュリ、マリの三姉妹はそれぞれを「名前+ちゃん」で呼び合っています。『ホットギミック ガールミーツボーイ』などと同じで、「お姉ちゃん」呼称を使わない形ですね。
ビーバー、ジャパン、タフボーイはいずれもチェリーの友人。タフボーイはフジヤマさんの孫です。
キャラクターデザイン・総作画監督は愛敬由紀子さん。色彩設計の大塚眞純さん、マリ役の諸星すみれさん、沼倉愛美さんといった方々の名前はアイカツ!シリーズファンとしては胸熱でした…!
以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。
チェリーの俳句を作ったのは?
この映画は主人公・チェリーの俳句をテーマに置いた作品です。
鑑賞する前は「サイダーのように / 言葉が湧き上がる」だと思っていたのですが、「サイダーの / ように言葉が / 湧き上がる」でしたね。五・七・五です。
季語を組み込み、十七音を構成する俳句。
学生時代に国語の授業でつくったことがある人は多いのではないでしょうか。
本作のタイトルで言うと「サイダー」が夏の季語です。
- 上を向く ものの多さよ 夏来たる
- 青蔦の 団地僕らは 三○五
- 夕暮れの フライングめく 夏灯(なつともし)
- さよならは 言わぬものなり さくら舞う
- 十七回目の七月 君と会う
チェリー少年(本名・佐倉結衣)はたくさんの秀逸な俳句を映画内で披露していきますが、彼の俳句は実際の高校生が詠んだものが使われています。
神奈川県立横浜翠嵐高校、横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校、開成高校。こちらの生徒さんが詠んだ俳句とのこと。
いずれも「俳句甲子園」に出場経験のある名門校です。
重なり合うコンプレックス
チェリーとスマイルは、ともに悩み・影を抱えています。
【📺ビジョン放映中📺】
JR新宿駅東口目の前にあるクロス新宿ビジョンにて
7月1日(木)〜7月11日(日)の間で #サイコト 映像を放映中です✨映像が流れるタイミングは毎時15分と45分なので、お立ち寄りの際は忘れずチェックして👀 pic.twitter.com/IL2hnrHmG0
— 映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』公式 (@CiderKotoba) July 1, 2021
大きな声やコミュニケーションが苦手なチェリーは、人に話しかけられるのを遮断するようにヘッドホンをしています。
JVCのヘッドホンでしたが、これは映画を手がけたフライングドッグ社(旧ビクターエンタテインメント)がJVCの機能子会社だからですね。
一方のスマイルは、出っ歯がコンプレックス。矯正器をつけた前歯を人前に出すのが嫌で、いつもマスクをしています。
出っ歯に対してはとても敏感で、ビーバー(チェリーの友人)の名前が大きな声で呼ばれた際には、自分のことかとビクッとしていました。ビーバー(動物)は突き出た前歯が特徴的ですよね。
二人は、初めて出会った時(ぶつかった時)にお互いの印象を、「ヘッドホン」(チェリーのこと)、「矯正器」(スマイルのこと)という五音で認識しています。
耳と口、与えてくれる安心感
このヘッドホンとマスク。二人を象徴するアイテムであり、かつコンプレックスから自分を守り、安心を与えてくれるアイテムなんですよね。
チェリーはヘッドフォンをして外の音を遮断することで、自分に落ち着きを取り戻しています。
スマイルはコンプレックスの出っ歯を隠すためにマスクを着け、マスクをすることで自信がみなぎる様子が描かれています。メイクの一環といってもいいかもしれません。
コロナ禍の現在はマスクをすることが当たり前になり、またマスクで鼻と口を隠していた方が安心する方も多いと思いますが、映画内はまだノーマスクの世界です。
人前では絶対にマスクを外さず、外食中でも口を手で隠しながら食事を口に運んでいます。周りから見たら異端に映るのかもしれません。
画面が横に二分割され、チェリーがヘッドホンを、スマイルがマスクの紐を耳にかけるところがシンクロするシーンは、とても印象的でした。
スマホ、SNSの存在感
安心を与えてくれるという点では、作内で描かれていたスマホやSNSも同じです。
Twitterのような短文投稿ツール「キュリオシティ(Curiosity)」、ライブ動画を配信する「キュリオライブ(Curiolive)」といったアプリが映画では登場しました。
対人コミュニケーションが苦手なチェリーは、自らのアイデアを気楽にアウトプットできる「キュリオシティ」が自分の居場所になっていますし、スマイルは姉妹と一緒に配信主として「キュリオライブ」で人気を博しています。
チェリーはこの世界にはスマホとショッピングモールさえあればいいという感じですし、スマイルにとってのスマホの存在感もまた絶大です。
ぶつかってスマホを取り違えた後、スマイルの妹・マリが「スマホ無くしたのはやばいね!死ぬね!」と言っていましたが、マジで彼女たちの生活はスマホ(で出来ること)無くしては成り立たないくらいにデカい存在。
ただ、この映画はスマホ・SNS依存から脱却してアナログの現実世界と向き合いましょうというお話ではないんですよね。
むしろSNSが与えてくれるメリットを好意的に描いた作品なのではないかと思います。
まりあさんが「いいね」しました
メリットというのはSNSを通じて得られる承認、肯定です。
人気配信主のスマイルのもとには、たくさんの好意的なコメントが並び、“この世界”で確実に承認されています。
SNSのデメリットとしてよく描かれる「炎上」とかはありません。
キュリオシティ(Twitter的な)のフォロワー数は168,391(!)にのぼります。
この人気アカウントにフォローされたのが、佐倉少年のアカウント「チェリー@俳句」。
スマイルにフォローされるまでフォロワー数は4。そのうち家族1、友人のビーバー1、botが1。
家族1はチェリーのお母さんで、息子が投稿するたびに「いいね」を押してきます。
彼の通知欄に出る「まりあさんが「いいね」しました」は母さんのいいねです。
親にSNSをフォローされているのをどう捉えるかは人それぞれだと思うんですけど、チェリーは「やめてよ」と言いながらも、母親の「いいね」=承認に背中を押されています。
モールの俳句講習会で彼が詠んだ「ショッピングモール 夕焼けに溶けてゆく」は事前にキュリオシティで投稿し、「まりあ」さんからいいねをもらっている句です。これなら人前で発表しても悪くないだろうというチェリーの判断材料になったはずです。
その後にスマイルと相互フォロー関係になったチェリー。すると彼の通知が止みません。今までのツイートに、スマイルがひたすら「いいね」を連打してきました。
びっくりしたとは思うし、社交辞令かもしれませんけど、それでもやっぱりチェリーは嬉しいんですよね。
同じように(こちらは多数視聴者のうちの一人として)チェリーはスマイルのキュリオライブをチャンネル登録して、彼女の配信に応援のハートを送ります。
「いいね」のハートを駆使し、この映画はSNSの世界における承認と肯定、それに伴い距離が縮まっていく様子を描き出していました。
声に出してよみたい俳句
「まりあ」さん(佐倉母)にいいねをもらった「ショッピングモール 夕焼けに溶けてゆく」を講習会で発表したチェリー。
しかし講師に、みんなの前で詠んでみてくださいと言われ、狼狽します。ゆでダコのように全身が赤くなっていきます。わかる、わかるぞチェリーくん…。
小さな声でボソボソと、素晴らしい俳句の魅力を存分に伝えることができないまま発表を行なったチェリー。彼は言い訳のように、「俳句って文字の芸術なのに…」と、声に出して表現すべきではない的な言い方をしました。
五・七・五、織りなすリズムの魅力とは
先ほど書いたように、この映画の題名は「サイダーの / ように言葉が / 湧き上がる」の五・七・五で構成されています。公式では「#サイコト」というハッシュタグも推していましたが、タイトル全部をフルで言いたい映画だと僕は思います。
五・七・五は日本人にとってとても耳馴染みの良い言葉だと思うんですよ。
映画内のモールで「無防備な / 心に火災が / 隠れてます」というポスターがあるように、防災や交通安全の標語としても使われることが多いですよね。
これは文化作品においても同様で、五・七・五ベースの邦画だと『ぼくは明日 / 昨日のきみと / デートする』(2016)だったり、『母さんが / どんなに僕を / 嫌いでも』(2018)、『さいはてにて / やさしい香りと / 待ちながら』(2015)とかがあったりします。
これが最初の「五」を除いた「七・五」だともっと顕著ですよね。
近年の邦画だけでも沢山の作品が上がります。(もちろん原作のベースありきではありますが)
- 『映画大好き / ポンポさん』
- 『猿楽町で / 会いましょう』
- 『胸が鳴るのは / 君のせい』
- 『ハチとパルマの / 物語』
- 『思い、思われ、 / ふり、ふられ』
- 『私がモテて / どうすんだ』
- 『ブルーアワーに / ぶっ飛ばす』
- 『空の青さを / 知る人よ』
※「 / 」の区切りは筆者追記
やっぱり声に出して読みたいリズムなんですよね。
だからこそ、チェリーが最後にお祭りのやぐらでスマイルへの想いを口に出していったシーンは感動したんですよ。言えたじゃん!詠めたじゃん!って思えたんですよね。本当に良かった。
最後に、チェリーの想いが詰まった俳句について考えてみます。
「可愛い」の帰結
「山桜 かくしたその葉 ぼくは好き」
チェリーがスマイルへの想いを込めて詠んだ句です。
「山桜」は「鼻(花)より先に歯(葉)が出る」という点で、転じて「出っ歯」の意味があるので、季語と同時にスマイルを表した言葉でもあるわけです。
「山桜 かくしたその葉 ぼくは好き」
これだけでもチェリーのスマイルに対する想いを表現した十七音としては完成されていますが、チェリーはさらに言葉を紡ぎます。
「山桜(スマイルのこと) 可愛いその歯 ぼくは好き」
「山桜 可愛い言葉 僕も好き」
二つの句に出てくるのが、「可愛い」という言葉。スマイルが何度も口にしていた「可愛い」という言葉です。
可愛いの使い方
スマイルは、作品序盤から「可愛い」が口をつきます。ショッピングモールの自動販売機に、等身大パネルに、赤ちゃんのハイハイレースに、「かっわいいね!」と、かつてのオリラジ藤森さんばりに連発します。
初めてチェリーと話した時も、彼の俳句や声を「可愛い」と評しました。
チェリーは戸惑うわけです。「可愛い」ってどういうつもりで言ってるんだと。「向日葵や 可愛いの意を 辞書に聞く」という句を詠み、「可愛い」の真意について煩悶していました。
チェリーは、おそらくラップのリリックを刻むビーバーも同じでしょうが、言葉を紡ぐ人たちは同じような意味に対して、いかにして語彙を増やしていくかの世界だと思うんですね。
一方でスマイルは、見える全ての「いいね!」を「可愛い」で言い表していきます。
美しいとか、色鮮やかとか、エモいとか、夏っぽいだとか、色んな「いいね」がある中で、「かわいい」の4文字で表現します。
これは面食らうと思うんですよ。彼女にとっての「可愛い」は「キュート」の意にとどまらないんですから。チェリーが一つの事象に対していくつもの言葉で表現する作業を施すのに対して、いくつもの事象を一つの言葉で表現するスマイル。真逆ですよね。
可愛いが肯定された夏の夜
けれどチェリーは最後に「可愛いその歯」「可愛い言葉」という七音を盛り込んだ俳句を披露し、スマイルに伝えました。
「可愛い」の意を彼が心得て、「可愛い」を肯定した瞬間です。
思い返せば、可愛いを乱発するスマイルはひたすら世界への肯定を繰り返す人だったと思うんですよ。肯定は「いいね!」とも置き換えてもいいかもしれません。
スマイルがチェリーの呟きに片っ端からつけて行った「いいね」も、彼女の肯定を表す一つの要素だと思います。
SNSに「炎上」要素がなかったと書きましたが、この作品では肯定の対極、つまり「否定」という概念が出てきません。
表現者に対して賛辞と肯定と承認が繰り返されていきます。
SNSを使っていると、どうしても粗探しや足を引っ張るような否定の言葉が目についてしまう昨今ですが、良い部分を積極的に肯定していきたいなと思わされます。
そしてその肯定を表すものとして「可愛い」という言葉があると知りました。
五・七・五を口ずさみたくなる、「可愛い」を使いたくなる、地方都市のひと夏。
シュワッと爽快なサイダーに、心が洗われる素敵な映画でした。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。