こんにちは。織田です。
皆さんはディエゴ・マラドーナというアルゼンチンのサッカー選手を知っているでしょうか?
サッカーが好きな人はもちろん、サッカーに興味がない人も名前を聞いたことはあるのではないでしょうか。
1986年FIFAワールドカップ・メキシコ大会。
準々決勝のイングランド戦で決めた「神の手」ゴール、そして「5人抜き」でのゴールは今でも伝説として語り継がれています。
2020年11月25日に60歳で生涯を閉じた彼を、世界最高のサッカープレイヤーだと呼ぶ声は多いはずです。
今回は、そんなディエゴ・マラドーナのドキュメンタリー映画『ディエゴ・マラドーナ 二つの顔』をご紹介。
早速鑑賞してきましたので、鑑賞前に知っておきたい3つのトピックについて取り上げてみました。今回はネタバレなしの記事になります。
作品情報
3つのポイントを紹介する前に、軽く作品情報について見ていきましょう。
1984年、世界的な人気を誇るアルゼンチン出身のサッカー選手ディエゴ・マラドーナは、熱狂的な観客が集うイタリア南部の弱小クラブSSCナポリに移籍する。ピッチでは“神の手”“5人抜き”でメキシコW杯優勝、“クラブ史上初”のセリエA優勝により、スーパースターとして崇め立てられたかと思いきや、プライベートではマフィアとの交際、愛人とのゴシップ、コカインでの逮捕により、トラブルメーカーとして忌み嫌われてしまう。やがて、サッカーを愛するピュアな“ディエゴ”、マスコミを騒がせるダークな“マラドーナ”という、相反する“二つの顔”が浮かび上がる・・・。
出演:ディエゴ・マラドーナほか
字幕監修:西部謙司
字幕監修の西部謙司さんはサッカー好きにはお馴染みの有名ジャーナリストですね。
『ディエゴ・マラドーナ 二つの顔』では、マラドーナ本人の振り返りや、彼のパーソナルトレーナー、また恋人や家族、取材者、チーム関係者など様々な人たちの証言を紡ぎながら、ディエゴ・マラドーナの半生を描き出しています。
未公開映像だらけなので、人の生きざまを映し出すドキュメンタリーが好きな人はきっと面白いんじゃないかと思いますよ。
貴重な映像をどのようにして集めたのかは、web Sportivaの桜田進ノ介さんの記事が詳しかったので引用させていただきます。
なぜ制作陣は、これほど貴重な素材を集めることができたのか。サッカー映画に詳しいヨコハマフットボール映画祭実行委員長の福島成人氏が解説する。
「実は、本編で使用されている映像の多くは、マラドーナの最初のエージェントで生涯の友人でもあったホルヘ・シテルスピレール氏の指示を受けて、アルゼンチン人のフアン・ラブール氏、イタリア人のルイジ・ジーノ・マルトゥッチ氏という2人のカメラマンが撮りためた、正真正銘のプライベート映像です。シテルスピレール氏にはゆくゆくは映画にする思惑があったようですが、実際には日の目を見ることなく、合計500時間にも上るフィルムが手つかずのまま眠っていたのです」
映画本編をご覧いただくとわかると思いますが、「正真正銘のプライベート映像」は決して誇大広告ではありません。
日本では到底許されなさそうなところまで、カメラは踏み込んで記録しています。
①マラドーナってどんだけ凄かったの?
それでは今回ご紹介する、3つのポイントについて触れていきます。
一つ目はマラドーナが、どれほどに凄かったのか?です。
マラドーナがキャリアの最盛期を迎えていたのは1980年代。
リアルタイムで彼のプレーを知っている人は、現在40歳以上の方だと思います。
書いている僕自身も世界のスーパースターとなると、ジダンやロナウジーニョ、クリスティアーノ・ロナウド、メッシといった選手がまず頭に浮かびます。マラドーナの現役時代を知らないんですよね。
それでもマラドーナが世界最高のサッカー選手だということはサッカーを始めた頃から何度も聞かされてきました。
やっぱりめちゃくちゃ凄かったんですよ。マラドーナは。
まずは名選手からの評価を見てみましょう。
名選手の評価
中学時代のサッカー部監督が俊輔選手と同世代だったんですが、先生も当時マラドーナのビデオを擦り切れるまで見て研究していたと何度も言っていました。
よく“世界最高のサッカー選手は?”というテーマでペレ、ベッケンバウアー、クライフといったあたりと比較されますが、「憧れ」の部分でマラドーナは多くの支持を得ているんですよね。
文化の確立
公開初日、劇場では高橋陽一さん描き下ろしのポストカードが配布されました。
「この映画を観てワクワクした気持ちになってもらえたらと思います」
映画『#ディエゴ・マラドーナ #二つの顔』#高橋陽一 先生イラスト&コメント到着✍
2.5(金)#新宿ピカデリー #ヒューマントラストシネマ渋谷 #グランドシネマサンシャイン 他緊急ロードショー pic.twitter.com/89uOj2qwaN
— 映画『ディエゴ・マラドーナ 二つの顔』 (@maradonamoviejp) January 28, 2021
高橋先生といえば「キャプテン翼」の生みの親ですが、「キャプ翼」にはアルゼンチンのMFでファン・ディアスという選手が登場します。
このディアス選手はシルエットからプレースタイルまで、マラドーナをモデルにして生み出されています。
作品内でもドリブルで8人抜き(!)のゴールや柔らかいタッチのカーブをかけたシュート、また「神の子」と国民から呼ばれていました。
また、マラドーナが1986年のワールドカップ・イングランド戦で記録した「神の手」ゴールと「5人抜き」ゴール。
この二つはサッカー用語・概念として現代まで使われているんですね。
「神の手」はマラドーナのゴールを発端として、手でボールをゴールに流し込む(反則ですけど)行為を端的に表したもの。
日本だと2005年のJリーグでジュビロ磐田の福西選手がマークしたゴールが話題を呼びました。
「5人抜き」については、以前ジャーナリストの方からこんな話を聞いたことがあります。
「マラドーナの5人抜きゴールが生まれるまでは、「〜人抜き」なんて見方がそもそもなかった」
現在では選手が相手選手を単独で何人もかわしてゴールを決めると「〜人抜きゴール」という言い方をされますが、この用語もマラドーナのゴールから使われ始めたものだそうです。
②アルゼンチン代表、だけじゃない
2つ目は、マラドーナがキャリアの最盛期を過ごしたSSCナポリというクラブです。イタリア・セリエAのクラブですね。
マラドーナと聞くと、先ほどから紹介している鮮烈なゴールを決めたアルゼンチン代表としてのマラドーナを思い浮かべる人が多いかと思いますが、実はこの映画の軸となっているのはクラブチーム・ナポリでプレーするマラドーナなんです。
2021年現在、クラブが経験した2度のセリエA優勝は、いずれもマラドーナ在籍時にもたらされたもの。
ナポリのクラブにとって、市民にとって、マラドーナは英雄を超えた「神」となっています。
ナポリとマラドーナ
🇮🇹特別な色🇦🇷
ナポリ、マラドーナ氏を讃える記念ユニを着用…レジェンドに捧げる4発でローマに快勝https://t.co/OY4fMVdsZx🗣編集部より
「#マラドーナ 氏の母国アルゼンチンのカラーを模したユニフォームは、実は1年前から考案されており、本来は同氏の前でお披露目される予定でしたが…😭」— サッカーキング (@SoccerKingJP) November 30, 2020
マラドーナが2020年に逝去したことを受け、ナポリはクラブのレジェンドである彼を讃える記念ユニフォームを着用しています。
さらにスタジアムの名称を「スタディオ・ディエゴ・アルマンド・マラドーナ」と彼の名前に名称変更。加えてマラドーナのつけていた背番号10は、彼の退団時から永久欠番になっています。
それほどに特別な存在なんですよね。ナポリにとってのディエゴ・マラドーナは。
ナポリの歴史
ナポリはイタリア南部に位置する都市。
一方でユヴェントスのあるトリノや、インテル、ミランのミラノは北部に位置します。(ローマは中部ですが、南北に分割した場合には南部に位置付けられます)
イタリアには南北問題が根強く残っていて、簡単にいうと豊かな北部とそうでない南部で経済格差があります。
北部は南部を軽蔑し、南部はそれに対して激しい反骨心をむき出しにします。
それがぶつかり合う一つの場として、サッカーの試合があるわけですね。
イタリアのサポーターは汚い言葉で罵りのチャント(応援歌)を歌うのが日常茶飯事です。その中でも、ユヴェントスやインテルといった北部のチームと、ナポリのような南部のチームがぶつかる試合ではいっそう顕著になります。
これは映画『ディエゴ・マラドーナ 二つの顔』内でも字幕付きでしっかりと記録されています。
サッカーを見慣れていない人からすると衝撃を受けるかもしれません…!
そんな虐げと差別を受けてきたナポリの人々にとって、SSCナポリというクラブは自分たちの象徴でもあります。
1980年代、街は経済危機の真っ只中で、貧困に苦しんでいました。そこにやってきたスーパースター。
ナポリの市民にとって、マラドーナは文字通りの希望だったんです。
そしてナポリの希望は結果を出して王になり、神格化すらされていきました。
マラドーナがナポリというクラブで活躍していたこと
苦しい生活を送っていたナポリの街の希望となったこと
このへんは映画を観る前に頭に入れておいて損はないと思います。
③晩年の転落
最後に、マラドーナがキャリア後半に手を染めてしまった薬物についてです。
30歳だった1991年にコカイン陽性反応が検出、イタリアサッカー協会から15か月の出場停止処分を科され、愛されたナポリを離れます。
そして33歳で迎えた1994年のワールドカップ本大会中に、ドーピング検査でまたも陽性。大会から追放されてしまいました。
引退後も薬物の大量使用で一時危篤状態に陥るなど、とにかく“薬物”が付きまとう人生であったことは間違いありません。残念ながら。
選手としても、セカンドキャリアとしてもサッカーの正しい道を進んだ名選手とはそこが決定的に異なります。
彼が薬物に手を出すことになったきっかけはどこにあったのか、その時周りはどのように見ていたのか。
そのあたりも映画では赤裸々に明かされています。
今回は映画『ディエゴ・マラドーナ 二つの顔』を観るにあたっての事前情報を紹介させていただきました。
光と闇の二面性が如実に表れてしまったマラドーナのサッカー人生。
昨年2020年に亡くなったから、ではなく一人のサッカー好きとして、どうか忘れないでほしい偉大なスーパースターです。
気になった人は是非映画館でご覧ください!
サッカー映画としては昨年日本で公開されたこちらもおすすめです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。