こんにちは。織田です。
今回は2019年公開の映画『ガンバレとかうるせぇ』をご紹介します。
監督は『泣く子はいねぇが』などの佐藤快磨監督。
主演に堀春菜さん、細川岳さん。
高校のサッカー部を舞台にしており、マネージャー、キャプテンを中心に描かれた70分の映画です。製作は2014年。佐藤監督にとって最初の長編映画です。
この映画、観たいとずっと思っていたんですけど、『泣く子はいねぇが』のブルーレイ特典ディスクとして、ようやく観ることができました!
2021年5月時点で、ヨコハマ・フットボール映画祭オンラインシアターでもレンタル配信で鑑賞することができます。(視聴期間72時間。600円)
あらすじ紹介
試合に勝っても褒められず、負けても責められないこともないという微妙な立場にいる高校サッカー部の女子マネージャーに焦点を当てた青春映画。山王高校サッカー部でマネージャーをしている3年生の菜津は、夏の大会に敗退したタイミングでマネージャーは引退するという通例に反し、冬の選手権まで残ることを宣言。しかし、自分がすでに必要とされていないことに気づいてしまい……。
スタッフ、キャスト
監督・脚本 | 佐藤快磨 |
広瀬菜津 | 堀春菜 |
小松豪 | 細川岳 |
鈴木健吾 | 布袋涼太 |
澤田 | 柳沼侃 |
加賀 | 江國亮介 |
辻 | 山城ショウゴ |
奈津の母 | 石上真紀子 |
小川先生 | ミョンギュ |
主人公のサッカー部マネージャー・菜津を演じたのは堀春菜さん。佐藤監督の『歩けない僕らは』や、是枝裕和監督の『万引き家族』にも出演しています。
キャプテンの豪(ゴウ)くんを演じたのは細川岳さん。『佐々木、イン、マイマイン』の佐々木役というと思い出す方もいるかもしれません。
佐藤監督とフットボール
『ガンバレとかうるせぇ』を知ったきっかけは、2020年公開の『泣く子はいねぇが』でした。
秋田で妻に見切られた情けない男(仲野太賀)を主人公にした映画だったんですが、この作品に散りばめられたサッカーのテイストがものすごく濃厚で印象的だったんですよね。
もはやこれはフットボール映画ではなかろうか、と思うほどには濃かったんです。
これを撮った佐藤快磨監督とはどんな方なんだろう。調べると、2014年製作の本作品『ガンバレとかうるせぇ』に出会いました。
高校サッカーの“夏と冬”
佐藤監督は高校までサッカーをされていた元プレーヤーです。
「みらいぶ」さんのインタビュー記事で、『ガンバレとかうるせぇ』が自身の高校時代の経験をもとにして作られたことが明かされています。
ここで高校サッカーの年間スケジュールを見てみましょう。
『ガンバレとかうるせぇ』の舞台になった秋田県の、とある年のものです。
5月下旬〜6月上旬 | インターハイ県予選 |
6月中旬〜下旬 | 東北大会 |
7月下旬〜8月上旬 | インターハイ |
10月上旬〜下旬 | 選手権県予選 |
11月上旬 (県予選終了後) |
県新人大会 |
12月下旬〜1月上旬 | 全国選手権大会 |
世間一般的に「高校サッカー」というと、冬に行われる全国高校サッカー選手権(「選手権」と呼びます)のイメージが強いはずです。
夏に最後の全国大会(甲子園)がある野球とかと違い、高校サッカーは全国まで行った場合、センター試験の直前までプレーしてるんですよね。バスケのウインターカップとかもそうです。
ただ学業との兼ね合いがあるので、秋冬までサッカーを続ける3年生は、実はそんなに多くありません。
参加校数が多く、ブロック予選を行う地域では選手権の1次予選が7月から始まったりしますが、ここで挙げた秋田県のスケジュールでは10月。
夏のインターハイ(予選)で引退するのか、10月の選手権まで続けるのか。この数ヶ月は高校3年生にとっては大きな選択になりますよね。
だから、高校サッカーの3年生には「夏やめるのか」、「冬(秋)までやるのか」という2つの種類の部員がいるんですね。
この点について佐藤監督は「みらいぶ」さんのインタビューでこのように話しています。
高校サッカーの場合は冬の選手権が一番花形なので、たぶんスポーツ強豪校なら、インターハイ(予選)後も冬の選手権まで続けるのでしょうけれど、僕の学校は進学校だったので、普通に夏にやめるのが、普通でした。
『ガンバレとかうるせぇ』は、「夏」のインターハイ予選に敗れ、引退が既定路線になっていた3年生のマネージャー・菜津(堀春菜)が「私、やめませんよ」と顧問に言うところから始まります。
菜津だけではなくて、3年生の選手も当然インハイ予選で引退を決める子がいます。佐藤監督の記事中の言葉を借りれば「普通」の選択です。
『ガンバレとかうるせぇ』をこれからご覧になる方は、高校サッカーにおける「引退」のタイミングについて頭に入れていただくとより楽しめると思います。
リアルなサッカー部
アディダスもナイキもミズノも
映画本編に話を移します。
主人公たちが在籍する山王高校サッカー部は、試合でアディダスの黒いユニフォームを着用。
一方練習では、みんなが思い思いのブランドのウェア、スパイクを着用しています。
豪(細川岳)はATHLETAだったりアディダスだったり。健吾(布袋涼太)や(多分1年生の)辻(山城ショウゴ)はナイキ。
他にも2002年モデルと思われるブラジル代表のユニフォームや、レアル・マドリーが銀河系軍団と言われていた頃のSIEMENS mobileのユニフォーム(2002〜04年頃)、アディダス時代のリヴァプール(2011頃かな?)などを着ている部員が確認できます。
露店で売ってるようなパチもんを着ている子がいないのも良いです。
他にもミズノだったりKELMEだったりDUARIGだったり、顧問の小川(ミョンギュ)はTOPPERのジャージでしたね。多種多様。
何が言いたいかというと、このごちゃ混ぜ感が本当に部活って感じなんですよね。特定のメーカーが映画に協力してたらこれはできないですよ。
レアルのSIEMENSのユニフォームなんて少しプリントが剥げてました。ボロボロになるまで着るんです。実に良いです。
これは『泣く子はいねぇが』のフットサルシーンにも通じるんですが、サッカーブランドの落とし込み方が本当にリアルなんですよ。
サッカーやってた方は、お前俺じゃん!みたいな人を見つけられるんじゃないかなと思います。
部室の匂い、サッカー部の匂い
引きで映されるボール回しとかを見ていると、サッカー経験者の人も多く使ってるんじゃないかなと感じましたが、実はプレーの描写はあまり多くありません。メインキャラがボールを蹴っているシーンなんてほとんどないです。
ただ、プレーシーンに依存しなくても、この映画は明確に高校サッカーの香りを描いています。
部室の入口でスパイクの泥を落とす音。
カバーが外れ、むき出しで置かれた稲中の漫画。
部室に並ぶエナメルバッグ。
雨でぬかるんだグラウンドを走る音。
土ほこりが常に地上70cmを舞っている匂い。
みんなで運ぶゴール。
競技場で気怠げに佇む、ベンチコートを着た観客。
「さあいきましょう」の応援で声を張り上げるスタンドの部員たち。
「さあいきましょう」は野球の応援でも有名です。仙台育英などがやって定着しました。
こういう環境面もそうですし、人間同士の描写もそうです。
俺らも同じようなことされたし
キャプテンの豪(細川岳)は、その真面目さが暑苦しいと部員に疎まれて孤立しました。
2年生の澤田(柳沼侃)は前髪重めの1年生・辻(山城ショウゴ)をいびりまくります。変な格好で踊らせたり、正露丸を大量に口に入れたり。
「イジりっすよ。俺らも同じようなことされたし」(澤田)
「じゃあ今年でそういうのやめようよ」(菜津)
僕は部活単位でのサッカーを中学までしかやっていなかったんですけど、“順番”的な上下関係の通過儀礼はめっちゃ実感しました。特に1個上の先輩。
練習中にどんなパスを出しても、抜いても抜かれても、ボールを取っても取られても、何しても死ねだのカスだの言われ、足を踏まれ、先生のいないところでは蹴られ、目を合わせれば変なこと(人前で大声を出すとか)を強要され、よそに試合行く日は電車代を全持ちさせられ。
自分だけじゃなくて、同期はみんなやられていました。
3年が引退した後の9ヶ月は、マジで人生で一番長い地獄でした。
ただそうやって弄ってた先輩たちからすれば、俺らもそういう不当な扱い受けてきたから論になるんですよね。順番の話なんですよ、多分。
継承される抑圧の伝統。くだらねえ。
それって、やって何か意味あんの?
僕らの代は人数も少なくて弱かったですけど、菜津の言う「じゃあ今年でそういうのやめようよ」を実行しました。そのことだけは良かったと今でも思っています。
『ガンバレとかうるせぇ』の澤田くんが、あの後どういう風に考え方を変えていったのか。そのへんにも想像を巡らせながら観てみてもいいかもしれませんね。
何で辞めるんだよ
高校サッカーにとっての引退時期がインターハイ後の夏なのか、選手権後の冬(秋)なのか、というお話を上で書きましたが、『ガンバレとかうるせぇ』では、マネージャーの菜津(堀春菜)、そしてエースの健吾(布袋涼太)の二人の3年生が、部活をやめる選択を考えています。
菜津は夏で辞めることが前提だと思われていました。
「本気なのか?」(小川先生)
「マネージャーって冬まで続けちゃいけないとかあるんですか?絶対残ります」(菜津)
「あいつらはさ、スポーツ推薦とかあっけどさ、マネージャーにはないんだぞ」(先生)
「別に見返り欲しくてやってません」(菜津)
一方で健吾は夏に辞めると言って、何で辞めるんだよと豪(細川岳)に詰め寄られました。
お前いなくなったらボランチどうすんだよと。困るんだよと、求められました。
ガンバレとかうるせぇの意味
菜津が必要とされていなかった、とまでは言いません。
ただ、健吾と菜津では、選手とマネージャーでは、引退に対する周囲の温度差があります。
辞めませんよと言った菜津に小川先生(ミョンギュ)は、お前がそう言うなら止めないけど、まあ頑張れや的なことを言います。
豪たち部員は、辞めることになった菜津に、「アッコちゃん」の応援に乗せて「なっちゃん!!」と叫び、引退する彼女を送り出そうとします。
でも、そんなのは要らないんですよ。違うんですよ。
メガホンを持ち、「なっちゃん!!」とエールを送られた菜津は、「何なのこれ」と嫌悪感を露わにしました。豪と取っ組み合いの喧嘩に発展します。
踵を返して去る菜津。激昂し、「後ろ見ろよ!」と背中に向かって叫ぶ豪を置いて。
振り向くなキミは美しい。そんなの嘘です。
美しさじゃないですね。あそこにあったのは。
怒りとか悔しさとか悲しさとか、色々なものがぐちゃぐちゃに絡み合った感情。
思い返せば、部活に戻って来た健吾が、「なっちゃん、俺と付き合ってください」(俺なっちゃんのために頑張るから)と言ったとき、菜津は「何なのそれ。気持ち悪い」と言い放ちます。
「気持ち悪い」ですよ?かなり衝撃的な言葉です。
豪たちがエールを送るシーンも、健吾の告白シーンも、一般的には青春のキラキラした1ページ、美談として想像できるのかもしれません。
でも“マネージャー”に対する彼らの残酷なまでの純情に、菜津は気持ち悪いという反応を示しました。
何なのこれ。うるせぇよ。
タイトルの『ガンバレとかうるせぇ』が最もダイレクトに表されるのはラストシーンかと思いますが、そこに至るまでに菜津が掛けられた、軽率なガンバレだったり、マネージャーに対しての見方。
“何か違う”苦しさをたくさん飲み込んで来た菜津を見て、きっと気づくことがあると思います。
爽やかとは一線を画し、分断と苦しいことだらけの青春映画。
菜津と同じマネージャーの立場だった人にはもちろん、プレーヤー側でマネージャーと接していた方々には是非観てほしい作品です。
震えました。めっちゃグサグサ刺さりました。
2021年5月時点で、ヨコハマ・フットボール映画祭オンラインシアターでもレンタル配信で鑑賞することができます。(視聴期間72時間。600円)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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