映画『ミスミソウ』ネタバレ感想|どうしてこんなに痛いの?凶器一覧と赤・白・黄色

(C)押切蓮介/双葉社 (C)2017「ミスミソウ」製作委員会
R15+作品です
残虐なシーンも多いスプラッター映画ですので苦手な方はお控えください。

こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

今回は2017年の映画『ミスミソウ』についてご紹介していきます。

原作は押切蓮介のコミックス。監督は『先生を流産させる会』『許された子どもたち』などの内藤瑛亮監督です。
主演の野咲春花役には、初主演となる山田杏奈が起用されました。
雪が降り積もる銀世界が印象的で、ロケは新潟県や群馬県で行われたそうです。

凄惨なシーンが多く、目を背けたくなるような痛すぎる描写が特徴的でした。グロテスクや痛みが苦手な方は観ないほうがいい映画かもしれません。

今回は映画をご覧になった人向けに、主人公の野咲が身にまとう「赤」を中心に、この作品と「色」の関係を考えていきます。



あらすじ紹介

東京から田舎の中学校に転校してきた野咲春花は、学校で「部外者」扱いされ、陰惨ないじめを受けることに。春花は唯一の味方であるクラスメイトの相場晄を心の支えに、なんとか耐えていたが、いじめはエスカレートしていくばかり。やがて事態は春花の家が激しい炎に包まれ、春花の家族が焼死するまでに発展。春花の心はついに崩壊し、壮絶な復讐が開始される。

出典:映画.com

一学年10数人の小さな田舎町の大津馬中学校。この春で廃校になる予定で、3年生は学校最後の卒業生となります。
そんな閉鎖的かつ小規模な中学校で、主人公の野咲(山田杏奈)は東京から越してきた「ヨソ者」ということもあり、いじめを受けます。

両親の勧めもあり、不登校となって卒業までの時間をやり過ごそうとした野咲。
しかし、いじめの火は消えることがなく、いじめっ子たちはさらなる痛みを野咲に与えていきます。

いじめっ子の中でも罪悪感に駆られたり、心のブレーキがかかる子はいるんですけど、グループの中で
「できないの?ビビってんの?」
と煽ってしまう子がいるともうダメですよね。

いじめに加担しないこと=悪という理論が成り立ち、「これをやったから次はこれ」という風にエスカレートしていきます。
いじめって、基本的に加害者側が飽きない限りは終わりません。

『ミスミソウ』のスタッフ、キャスト

スタッフ、キャスト

監督:内藤瑛亮
原作:押切蓮介
脚本:唯野未歩子
野咲春花:山田杏奈
相場:清水尋也
妙子:大谷凛香
流美:大塚れな
橘:中田青渚
理佐子:紺野彩夏
ゆり:櫻愛里紗
久賀:遠藤健慎
真宮:大友一生
池川:遠藤真人
南先生:森田亜紀


東京から転校してきた野咲(山田杏奈)をいじめる首謀者は妙子(大谷凛香)という金髪の女子生徒。
妙子のしもべ兼実行役として橘(中田青渚)がいて、さらに橘の取り巻きに理佐子(紺野彩夏)ゆり(櫻愛里紗)という女子がいます。

また流美(大塚れな)という女子は野咲がいじめられてることで標的から外れていますが、間違いなくクラスのカースト最下層であり、一歩間違えばいじめのターゲットになる可能性を孕んでいる存在です。

野咲へのいじめには男子も加担しています。

妙子に好意を寄せる久賀(遠藤健慎)。ボーガンで鳥などを撃ち、傷つけることに抵抗のない真宮(大友一生)。鬱屈した毎日の憂さ晴らしをする肥満体型の池川(遠藤真人)の3人です。

2020年の映画『許された子どもたち』でもありましたが、手に持ったボーガンの視点からのカットがありました。内藤監督ならではの手法かもしれませんね。


写真説明
手前の男子=真宮/(左から)野咲、池川/中央の男子=相場(左)、久賀(右)/右側の女子=(左から)流美、ゆり、理佐子、橘

この中でも特に、中田青渚の演じた橘という女子生徒は闇が深かったです。
取り巻きの理佐子とゆりは、野咲がいじめられていることで安心し、いじめる側(マジョリティ)にいるのを楽しんでいる生徒ですが、橘は恐らく野咲を虐げ、いたぶることに自分自身のアイデンティティを見出すタイプの人間です。
映画の中の言動も振り切れていました。

映画を傍観している側からすると、首謀者は妙子(大谷凛香)であることはわかります。
ただ、実際にいじめられている人間からすると、裏で誰が手を引いていようと一番憎いのは目の前で虐げてくる人間。
すなわち野咲にとっての橘だったんではないでしょうか。

以下は4分ちょっとの映画冒頭映像です。こちらをご覧いただくだけでも、加害者と被害者がはっきりとわかるはずです。

詳しいあらすじを知りたい方はMIHOシネマさんの記事をご覧いただくとわかりやすいと思います。
どうぞご覧ください。

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

注意
暴力行為や残虐な描写についての感想を書いています。気分を害される可能性もありますので、苦手な方はこちらでストップしていただければと思います。



映画のネタバレ感想

大切な家族を心ない放火で失い、復讐の炎を燃やしていく野咲(山田杏奈)

血しぶきが舞い、痛く残酷な描写が満載でしたが、ここでは以下の3つのテーマを考えていきます。

  • 『ミスミソウ』の舞台設定
  • 映画の持つ「痛み」
  • 映画内の「色」の効果

映画の舞台設定

ビデオSALONさんの記事内で、内藤瑛亮監督は本作『ミスミソウ』の時代が1999年頃と述べています。

本作の時代設定は99年くらいです。田舎に住んでいてスマホもなかった時代って、外と繋がるということが一切なかった。田舎の閉ざされた社会で「絶対に出られないんだ」という絶望感が前提にあります。

出典:【映像+】『ミスミソウ』─ 壮絶な暴力描写の果てにある静謐な雪景色

携帯電話

インターネットがまだ一般化していない時代。
現代のようなSNSもなければ、2000年代に入って活発化していった裏サイトや掲示板などもありません。
「顔の見えるいじめ」が主流として行われていた頃です。

携帯電話は折りたたみ式のフィーチャーフォンで、映画内で携帯を使っている登場人物も妙子(大谷凛香)流美(大塚れな)真宮(大友一生)の会話シーンに限られます。
教室で行われる先生への陰口は手紙を回すやり方でしたし、野咲(山田杏奈)相場(清水尋也)の通話も自宅の固定電話を用いています。

ちなみに流美が野咲の自宅を見舞った際に携帯で写真を撮ろうとしていましたが、J-PHONE(現在のソフトバンク)が日本で初めてカメラ付き携帯電話を発表したのが2000年のことです。


のちに「携帯で写真を撮ること」の意味になる「写メ」はもともとJ-PHONEの登録商標で、「カメラ付き携帯で撮った写真を添付したメール」という意味でしたね。


J-PHONEの2002年のCM
成宮寛貴さんが出演。動画を撮影、メール送信できる「ムービー写メール」が出てきた頃です

CDラジカセとMDプレイヤー

映画の主題歌にもなっているタテタカコの「道程」
『ミスミソウ』では、この「道程」が収録された実在のアルバムが作品内に登場します。

見舞い(偵察)に家を訪れた流美に、野咲がCDラジカセからディスクを取り出して貸し、そのCDは妙子へと渡りました。

「いい音楽だね、何ていう曲?」から「CD貸すよ」のコミュニケーションが当たり前だった時代を象徴するやり取りですし、その後に妙子がMDプレーヤーにディスクをかちゃかちゃ入れていたことから、恐らくCDをMDにダビング(死語)したこともうかがえます。

とはいえ、女子生徒が着ているダッフルコートや持っているスクールバッグを含め、前時代感がほとんどありません。
進歩したテクノロジーを意識的に“隠した”のかはわかりませんが、スマホや携帯がなくても青春の描写はできるんだと驚きました。

映画が描く「痛み」

『ミスミソウ』は視覚的にめちゃくちゃ痛い映画です。鮮烈な血を表現した「赤」の使い方はこの後ご紹介しますが、その血を顕在化させ、こちらに痛みを与える武器として鋭利な凶器が使われていることが特徴です。

思わず顔を背けたくなるようなシーンの連発。
なぜこんなにも「痛い」のか。考えてみました。

使われた凶器一覧

この映画では、殴打(主に相場によるもの)を除き、様々な凶器が使われています。

登場した凶器

  • 画鋲
  • シャープペンシル
  • 小型ナイフ
  • 鉄パイプ
  • ニッパー
  • ボーガン
  • サバイバルナイフ
  • 包丁
  • 木の枝

鋭利な凶器が並びます。鉄パイプも含めて、「刺す」ことができる凶器です。

画鋲の使われ方

学校のどこにでもありそうな画鋲
は野咲の机に画鋲の針で傷をつけて悪口を書き、流美、野咲に対しては服の上から画鋲の針で小突きました。凶器というより脅しに近い形ですね。

また、娘のいじめに対する相談で学校を訪れた野咲の父親に対し、久賀が背後から画鋲付きの上履きでスパイクするように蹴りました。

シャーペンの使われ方

前述したMDプレーヤーを妙子がいじっているシーンです。
嬉々としてごちゃごちゃと話しかける流美の手の甲に、妙子はシャーペンの先を刺し、抜きました。

その後にシャーペンの芯を出すところをノックしてピュピュッとペン先から血の雫が出る描写は、注射器のようでした。

釘の使われ方


復讐を始めた野咲が手にした、最初の凶器ですね。
手元にあった釘をつかみ、橘の眼球をえぐりました。

このシーンをきっかけに、『ミスミソウ』の苦痛を伴う描写が尋常ではないことがわかっていきます。

小型ナイフの使われ方

最初に使用したのは橘。自分の小型ナイフで野咲を傷つけようとしますが反撃に遭い、ナイフを失います。
落ちたナイフは野咲が拾い、理佐子の指を切り落とし、逃げようとするゆりのアキレス腱を切りつけました。

その後、野咲は久賀に対してもナイフを振るいました。ここでは腹を突き、口を裂きます。

妙子も流美との決闘シーンでペティナイフを使って応戦。流美の顔を切りつけて傷を負わせました。

鉄パイプの使われ方

野咲が橘、理佐子に対して使用。
釘同様、落ちていたものを拾って武器にした形です。
殴打を繰り返し、致命傷を負わせました。

ニッパーの使われ方

ニッパーは池川に襲われて馬乗りされた野咲が使用。池川の鼻の穴に刃を突っ込み、挟んでえぐります。痛い。

なおこの凶器はペンチとも捉えることができると思いますが、その切れ味から「挟む」のではなく「切断する」を最優先にする工具のニッパーという表記にさせていただきました。

ボーガンの使われ方

ボーガンは池川が改造を施したものを譲り受けた真宮が使用。
野咲を狙って矢を放ちますが外してしまいます。

その後に野咲と池川がもみ合っている間に、野咲を狙い第2矢を発射。結果的に池川の頭を貫いて彼の致命傷となってしまいます。

第3の矢を放とうと準備をするも野咲に襲われ、発射準備だけ施されたボーガンは彼の手からこぼれ落ちました。
しかし、現場に遺留したそのボーガンを使い、終盤に野咲が相葉を射抜きます。最後もまた目ん玉でしたね…。

サバイバルナイフの使われ方

サバイバルナイフは野咲を襲撃する際に、真宮が池川に持たせたものでした。
しかし倒された池川が野咲にナイフを奪われ、そのナイフで野咲は真宮の腹を切りつけ、手を刺し、背中を突いてトドメを刺します。

石の使われ方

流美が妙子に対して使用。
手元にあったと思われる石を投げつけ、目の付近に傷を負わせました。

包丁の使われ方

包丁は流美が使用。
妙子に襲いかかると太ももを切りつけて威嚇し、右手を刺し、胸を刺しました。

また野咲に対しても腹に包丁を突き刺します。この傷は結果的に野咲にとって致命傷となってしまいました。

木の枝の使われ方

自らの拳を傷つけながら流美を殴り続けた相場
そんな彼は、流美の首に木の枝を突き刺してトドメをさしました。

傷つける箇所から見る「痛み」

野咲が橘、相場に対して攻撃したように、『ミスミソウ』では眼球を突き刺すシーンが印象的でした。相場へのボーガン射撃は意図したものではないかもしれませんが、少なくとも橘に対しては明確に目を狙っています。

あえて急所ではなく目を狙うのは、視界を奪い苦痛を与えて生き地獄を見せる憎悪以外の何物でもありません。

またアキレス腱口元もそうです。妙子の手の甲への執拗な流美の攻撃もそうです。

殺意という第一目的から見れば不要に思える攻撃たち。
その目的は相手に痛みと恐怖を味わう時間を与えるためのものでしょう。いたぶるという言葉がありますが、これらの残虐かつ卑劣な攻撃はまさにその類といっていいと思います。

内藤監督の映画では野村周平がサイコパスな役回りを演じた『パズル』という作品も、同じように痛みや苦しみを与え続けることを目的とした「切る」「刺す」の攻撃が行われています。

痛みを増長させる「切る」

上で挙げた凶器は鋭利なものばかり。
ボーガンはもちろん、包丁などの刃物も一発での殺傷能力がある凶器です。

その一方で、『ミスミソウ』がここまでグロテスクで苦痛を伴う映画なのは、その凶器を第一の目的だけでなく、相手に痛みを味わわせるためのものとしても使用しているからです。

画鋲やシャーペンの先っぽに代表されるように、文房具でも尖った部分で刺せば痛みを与えることができます。

さらに威力のある刃物においても「突き刺す」行為ではなく「切りつける」ことで相手を生かしつつ、明確な痛みを与えることができます。皮膚を表面的に切り裂くことで、ほとばしる出血も傷の浅さに反してショッキングなものになります。

この出血量に対するこだわりが『ミスミソウ』ではうかがえました。
除雪車に巻き込まれる南先生のシーンもそうです。血の「赤」に対する明確なこだわりです。

映画を彩る赤と白

映画のポスターにも使われているように『ミスミソウ』では、白い雪原の中に、赤いピーコートを着た野咲(山田杏奈)を据えた赤と白(プラス野咲の髪の黒)のコントラストが際立っています。そもそも赤は血液の色ですよね。

白いキャンバスが、血の赤で染まっていく。

これは雪景色を持つ舞台の特権で、鮮血の赤を引き立てることができるのもまた「白」ですよね。アスファルトに赤い血を落としたところで、赤は黒に負けてしまいます。

血の演出については、内藤監督がビデオSALONさんの記事内でこのように語っています。

血は今までは赤黒くすることが多くて。黒いほうが映倫の審査も通りやすいという話も聞いていたので『ライチ☆光クラブ』(16)では赤黒くしましたが、今回は白と赤のコントラストでいこうと考えていたので、鮮烈な赤という印象です。

出典:【映像+】『ミスミソウ』─ 壮絶な暴力描写の果てにある静謐な雪景色

白が赤で染まってしまう都合上、リテイクが困難だったことも明かされていますね。

映画の中の「赤」

血液以外の「赤」が作品内で用いられているのは以下の通りです。

『ミスミソウ』と「赤」

  • 野咲のピーコート
  • 野咲のマフラー
  • 野咲のアーガイルニット
  • 野咲のタートルネック
  • 野咲の傘
  • 南先生のタートルネック
  • 野咲の祖父のマフラー
  • 野咲の妹のランドセル
  • 久賀の母のアウター
  • 流美が運ぶ灯油タンク
  • お地蔵さんに被せられた帽子
  • 野咲の家を覆う炎

赤いアイテムは、トーンが暗くなりがちな冬コーデの主役として定番ではあります。
久賀の母親が赤いアウターを羽織り、南先生がワインレッドに近いタートルネックを着ているように、赤い服を冬に着ること自体はポピュラーです。

ただし、校内や自宅にいる時以外、野咲は映画内で必ず赤いアイテムをつけています。

映画序盤の制服シーンでは赤いマフラー
妹の祥子とアイボリーのダッフルコートを着て出かけたときは、インナーに真っ赤なアーガイル柄ニット

映画中盤からは外出着は赤のピーコートがデフォとなり、インナーのニットを変えながら赤いコートで登場し続けます。
ラストシーンは赤いタートルネックの上に赤いコートを着ています。

明らかに野咲イコール赤の意味づけが施されています。


また、野咲の妹が背負う赤いランドセルがわずかながら映されるシーンがあります。
ランドセルは経年使用によるものだけとは思えない傷がついており、祥子が小学校で何らかの辛い仕打ちを受けていた or 受けているであろうことが想像できますね。

「赤」の持つ意味

暖色の一つである赤。
心理学的にも人間の行動に大きな影響を及ぼすことがわかっています。

赤の持つポジティブイメージ
  • 情熱性、積極性
  • リーダー性
  • 注目性、本能的部分の刺激
  • 交感神経の刺激、血行促進
  • 祝賀ムード

リーダー性は、戦隊ヒーローのリーダーにレッドが多いことなどを想像するとわかりやすいですね。
本能を刺激する注目性は、広告などに赤が効果的に使われることからもわかります。企業のロゴでも赤を使っているところはすぐ思いつきますよね。

このブログで赤い文字をところどころ使っているのもそうです。

赤の持つネガティブイメージ
  • 攻撃性、暴力性
  • 注意、危険性
  • 争い
  • 興奮、嫉妬

攻撃性(暴力性)は活発的な部分の裏返し。血の色であるがゆえに争いや、マイナスの意味での興奮、怒りなどの感情イメージにもつながります。
注意性は赤信号やパトカーのサイレンの色などが一つの例ですね。

要は、赤ってめちゃくちゃ目立つんです。良くも悪くも目立つんです。
視覚的に最も影響を与える色なんですね。

繰り返しになりますが、赤は血の色です。
ホラー映画で赤と黒の組み合わせ(ルージュ・ノワール)が多いように凄惨な印象や事件性をもたらす色です。

野咲の赤は憎悪と復讐に燃える赤と捉えることができますよね。

ちなみに「赤」はその視覚的に与える印象度の強さから、事件を語るアイコンやキーワードとしてもしばしば出てきます。

名探偵コナン 「赤い女の惨劇(復讐)」
赤いフェアレディ殺人事件

もしも『ミスミソウ』における野咲の残虐行為がミステリアスに取り上げられるとすれば、「赤いコートの女」みたいな感じになるのではと推測します。

流美の黄色は?

蛇足になりますが、『ミスミソウ』では野咲のキーカラーが赤として描かれている一方で、流美と黄色の関係も印象的でした。

妙子に教室で髪の毛を切られたときに、ケープの代わりにつけていたのは黄色いポリ袋

その後、彼女は黄色いマフラーと黄色いマウンテンパーカーという出で立ちで、妙子に凶刃を向けました。

黄色が意味するイメージとしては活発さ、軽快さなど。赤と比べると「軽やかに」、また「無邪気」で明るいイメージです。
一方で、標識や看板などでよく見られるように、「注意」、「危険」を表す色でもあります。主に黄色と黒の配色で使われることが多いですね。

これはそれまでカースト上位の人間(妙子)が気にも留めなかった存在だったはずの流美が危険人物になっていると注意を促すイメージ、また彼女のタガの外れた無邪気な悪意を描写したものかもしれませんね。

「白」の持つイメージは?

一面の雪景色に加え、『ミスミソウ』で印象的な「白」は、妙子がオールホワイトのコーデで野咲の家を訪ねるシーンでしょう。


それまでは制服用コートのダークネイビー、もしくは少々中途半端なブリーチの黄色いヘアが彼女を表す色。
そんな妙子は、白のタートルネックに白のピーコート、白のボトムスという服装で野咲の前に現れます。

ここで注目したいのが、「白」という色の持つ意味です。

清純、神聖、平和などのポジティブイメージがある中で、白には「刷新」とか「再生」という意味があります。
例を挙げると「白紙に戻す」がわかりやすいでしょうか。

これは野咲のもとを訪れた妙子の心理と合致します。自分の本音を告白して、許しを懇願した妙子。

自分の胸につっかえた澱みを清算し、また(新たな気持ちで)やり直したいという彼女の思いがよく表れているのではないでしょうか。イノセント(正直)な野咲への告白もまた、白が似合います。

一方、妙子を襲撃して倒した流美はその後、妙子と同じような白いピーコートを着て野咲の前に現れました。
自分を雑魚扱いしていた妙子への反撃に成功したことで、彼女もまた新しいフェーズ(刷新)に突入したのだと捉えることができますね。
あるいは服装をパクることで、「強くてかっこいい」妙子を自らに転換したのかもしれません。

衣装の「色」に対する内藤監督の表現がシネマライフさんのインタビューで語られているので引用させていただきます。

―野咲春花を演じる山田さんの衣裳が気になっています。赤が効果的ですよね。大谷凜香さんが演じる妙子を白でまとめて、大塚れなさんが演じる流美を黄色の衣裳で合わせている。本人たちを表していらっしゃいますよね。

監督 それぞれのテーマカラーを決めて、変化していくように衣装部へお願いしました。紺や黄色がテーマカラーの人物を、ある時点から白にしていく、とか。その白い衣装がどのように染まっていくかで彼らのドラマを見せたかった。春花の赤は最初に決めましたね。真っ白な雪国の世界で、赤系の強い色の服を着た人がいる。しかも、最初から赤じゃなくて徐々に赤になっていく。最初はマフラーだけだったのが全身に広がっていく。内面の変化を服の色で表したかったんです。

出典:ミスミソウ』内藤瑛亮監督 単独インタビュー

「雪」と復讐

雪の「白」が血の「赤」とのコントラストで効いているのはこれまでに書いてきた通りですが、降り積もった雪には外と村を遮断する静謐さとか、足場が悪く行動の制限(不自由)がかかるとか、ネガティブな意味あいも。
銀世界の神秘性も含め、“異世界感”を醸し出す舞台装置になっています。

コナンや金田一などで雪山の事件がよく起こるのも納得ですよね。

そしてもう一つ『ミスミソウ』と雪には大切な関係があるのではと思います。
雪と野咲の復讐の関係です。

実は映画開始後、野咲へのいじめや野咲家への放火が起こった序盤シーンでは、全く雪が降っていません。
初めて雪がちらついたのは、橘がDV親父からビール調達をパシられて外に出た時です。

その翌日、雪が降り積もる中で野咲は久しぶりに登校し、そして放火犯の正体を知りました。
雪景色とともに野咲の復讐が始まります。
そして野咲が息絶えた後、雪はもう降っていません。

「雪辱」という言葉があります。

「雪」には「すす-ぐ」「そそ-ぐ」という訓読みがあり、「洗い清める」とか「浄化する」という意味を持っています。
「辱」には「はずかしめ(辱め)を受ける」という意味があり、屈辱を味わうという言葉ですよね。

つまり雪辱とは受けた「恥」を「清算する」ということです。
普段はスポーツなどで、「一度過去に負けた相手と再戦して勝つ」(やり返す)という使われ方をすることが多いですね。「リベンジ」と言い換えることも多いです。

このようにスポーツ報道で使われることが多い「雪辱」は、ルールに則って、正々堂々とやり返した、という印象を受けます。

一方で「復讐」は言葉の残虐性の強さから、主に犯罪や怨恨における「仕返し」の意味で使われています。

しかし、です。

水滸伝を出典とした「報仇雪恥」(ほうきゅうせっち)という言葉があります。
「仇を報い、恥を雪ぐ」と読みます。

つまり「仇=恨みを晴らしたい敵」「報い=仕返しをして」「屈辱を清算する」という意味です。
ここには「雪辱」ではあまり適さないであろう強い怨恨が、含まれます。

降り積もる雪とともに田舎で行われた野咲の復讐劇。
それは文字通りの「報仇雪恥」ではないでしょうか。

観ていて非常に痛々しい映画でした。
しかし、「なぜ痛いのか」「なぜ痛みが映えるのか」を痛みに耐えながら考えていくと興味深い作品でもありました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

※参考資料
beehave 「赤・レッド」が人間に与える心理効果
beehave 「黄色・イエロー」が人間に与える効果

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