こんにちは。織田です。
今回は2020年公開の映画『生きちゃった』をご紹介します。
『ぼくたちの家族』や『舟を編む』などを手がけた石井裕也監督。
主演には『泣く子はいねぇが』などの仲野太賀さんを据えています。
「生きちゃった」と聞くと、「(そのつもりはなかったけど)生き伸びてしまった」みたいな印象がありますね。
この映画は中国や香港の製作者が共同出資をしていて、世界各国の劇場で「All the Things We Never Said」というタイトルで公開。「言えなかったこと」と和訳することができると思いますが、この「言えなかったこと」、あるいは「伝えられなかったこと」が大きな意味を持ってくる映画です。
仲野太賀さんが演じる主人公の厚久。
若葉竜也さんの演じる武田。
大島優子さんが演じる奈津美。
俳優の凄まじい熱量がぶつかり合い、登場人物たちの体温をとにかく感じられる作品でした。
この記事では、特に印象的だった大島優子さんの演技を中心に、感想を書いていきます。
「#生きちゃった」を観た‼︎‼︎‼︎‼︎
公開より少し先に著名人の方に本作を観ていただきました👀
【尾崎世界観さん/クリープハイプ】
「久しぶりに、心から、あー邦画を観たと思った。旧作になりそうでならなかったあの準新作のシールとか、映画館のロビーで握りしめたチラシの束を思い出しながら pic.twitter.com/E2sZQNXIv0— 映画『生きちゃった』公式 (@ikichatta_movie) September 28, 2020
あらすじ紹介
幼馴染の厚久と武田。そして奈津美。学生時代から3人はいつも一緒に過ごしてきた。そして、ふたりの男はひとりの女性を愛した。30歳になった今、厚久と奈津美は結婚し、5歳の娘がいる。ささやかな暮らし、それなりの生活。
だがある日、厚久が会社を早退して家に帰ると、奈津美が見知らぬ男と肌を重ねていた。その日を境に厚久と奈津美、武田の歪んでいた関係が動き出す。そして待ち構えていたのは壮絶な運命だった。
スタッフ、キャスト
監督・脚本 | 石井裕也 |
山田厚久 | 仲野太賀 |
奈津美 | 大島優子 |
武田 | 若葉竜也 |
奈津美の娘・鈴 | 太田結乃 |
洋介 | 毎熊克哉 |
厚久の兄 | パク・ジョンボム |
厚久の元婚約者 | 柳生みゆ |
厚久(仲野太賀)、奈津美(大島優子)、武田(若葉竜也)は幼馴染の3人組。
3人とも親元を離れて生活している中で、厚久と奈津美は結婚し、娘の鈴(太田結乃)が生まれています。
奈津美は厚久のことを「あっちゃん」、武田のことを「タケちゃん」と呼んでいます。
映画のネタバレ感想
理不尽と不幸の連続
『生きちゃった』。
前のめりになりながら映画館で鑑賞しましたが、どんどん肩に重い石が乗っていくような作品でした。
この映画では理不尽と不幸が、あまりにもあっけなく訪れます。酷いとか無情とか、そういう感情を抱く間もないほどあっさりと。
英語と中国語を学び、いつか起業して庭付きの一軒家で犬を飼い、家族3人で過ごしたいという厚久(仲野太賀)の夢は、妻・奈津美(大島優子)の離婚宣言により潰えてしまいます。
娘・鈴(太田結乃)、新しい恋人・洋介(毎熊克哉)とともに踏み出そうとしていた奈津美の生活は、洋介の突然の死によって、突然多額の借金が舞い込みます。
その洋介を殺したのは、自閉症を患っていた厚久の兄・透(パク・ジョンボム)であり、彼の人生は塀の中(刑務所)の中に閉ざされます。
そして母子二人となった奈津美はデリヘル嬢として働くさなか、殺人鬼に命を奪われてしまいます。
いや、つらい。つらいんですけど、しんどさに浸るために立ち止まることをこの映画は許してくれません。
救いようがないほどに連鎖する悲劇。
それは厚久が、彼からの愛情を実感できずにいた奈津美にきちんと「伝えていれば」、起きなかったのかもしれませんし、奈津美が厚久の「言えないこと」をしっかり聞いてあげれば起きなかったことなのかもしれません。
けれど実際に事は起きて、何人かの人生が終わってしまった。
想像できうる中で最悪のケースが連続した感じですけど、あり得ないことではないと思います。
奈津美の選択をどう思いますか?
悲劇の始まりは、厚久(仲野太賀)と奈津美(大島優子)の離婚です。
娘を幼稚園に預けた日中に、奈津美が知らない男と不倫をしており、職場を早退した厚久がそれを目撃。
奈津美は厚久に対して離婚を自分から要求し、養育費も必要、娘の通園の都合上、厚久がこの家から出て行って欲しいと伝えます。
「悪いんだけど」と切り出していましたが、悪びれる様子はなかったですよね。
彼女の突きつけたこの三行半を、どう感じたでしょうか?
厚久の見えている視点、また客観的な視点から考えれば、不倫という不貞行為をしていたのは奈津美です。状況的に鑑みれば、不利な証拠です。
それにもかかわらず、奈津美は自分から離婚を提案し、なおかつ娘の親権、自分たちがこの家に住むこと、養育費を要求します。
何て身勝手な、何て被害者意識が強いんだ、と思うでしょうか?
彼女がその後に転落する人生を、因果応報だと思うでしょうか?
幸せになりたい
奈津美の視点から考えてみます。
奈津美は厚久から愛情を注がれていると信じることができませんでした。その「愛情」は「幸せ」と言い換えていいと思います。
何年も前から。厚久と彼の元婚約者・早智子(柳生みゆ)が家で涙を流しているのを目撃したあの日から。
早智子と別れて「くれた」厚久の境遇を重圧として感じ続け、厚久が厚久なりに表現し続けた家族への奉仕--それは世間一般的な父親として慎ましくも正しい形でしたが--も幸せとして感じることはできませんでした。
物語の序盤に、武田(若葉竜也)を交えて3人で宅飲みをしている表情と、厚久と二人になった時の表情と、奈津美の見せるものは全く違います。
厚久に対する奈津美の目には諦めが漂います。
「あっちゃんの家族は壊れちゃってる」と厚久に話すように、厚久の実家に対しての信頼もありません。
もう許すことができないんですよ。
幸せになりたいんですよ。
今のあっちゃんとの生活では私は幸せになれない。女であることを実感できない。
離婚を突きつけて、もし厚久が断固として拒否したとしても、気持ちは戻らなかったんじゃないかなと思います。
離れてしまった心を戻せる時期はもう過ぎ去ってしまったから。
武田の元を訪れて、「タケちゃんのことが好きだった」(タケちゃんを選んでいれば良かった)と言った何を今さら的な告白も、ズルいんです。ズルいんですけど、幸せを渇望しているからこそのものです。
奈津美が厚久に対して下した選択は、娘がいる母親としてベストなものではなかったはずですが、それ以上に奈津美は幸せになりたかった。愛されたかった。
それを追い求めるのは決して間違いではないと思います。
そしてその覚悟が、大島優子の演技からはマジマジと伝わってきました。
大島優子と生への執念
奈津美にとって、洋介(毎熊克哉)と鈴との3人での生活が始まります。
で、この新しい男の洋介とやらが、ろくに働きもしないぐうたらなヒモ野郎だったんですね。
傍観者からしてみたら、ちゃんと定職につき、家族を省みる父親であった厚久を追い出してこのザマかと思うわけです。
さぞかし後悔しただろうと。
でも、奈津美は逃げなかった。
恥もプライドもかなぐり捨てても、逃げなかった。
元旦那に養育費の振り込みを頼み、洋介に対しては「絶対に別れない」と宣言します。
この「絶対別れない」にはガチで鳥肌が立ちましたね。
大切な旦那を一度“捨てた”彼女の、むき出しの決意です。
これは「あんたがどんなにだらしなくても私は許す」のではなく、
「あんたのだらしなさを私は認めないし、私から逃げることも許さない」という意味のはずです。
たとえ洋介と鈴と進む人生の先が茨の道だったとしても受け入れるし、もう逃げない。捨てない。
やっと定職についた洋介が厚久の兄貴に殺されてしまい、しかも借金があったことが発覚していよいよ苦しくなった奈津美は、鈴を実家に預けてデリヘルの仕事を始めます。
私の人生をやり遂げるためだったら何だってやってやる。それでも、生きていくんだ。私と鈴は。
だからこそ。殺人鬼に襲われた奈津美の叫びは。あの断末魔の叫びはあれほどに、生きることへの執念とそれが志半ばで終わることへの恐怖が凝縮されたものになったんじゃないでしょうか。
個人的に『生きちゃった』の大島優子は、2020年で最も印象の強かった役者として心に残りました。
ー「この作品を通じて、役に“裸”で向き合うことの大切さを学びました。」
映画『生きちゃった』、大島優子さんの出演情報が本日解禁となりました。
女優として新たなステージへと覚醒した大島優子!
早く皆さんに観ていただきたいです!#大島優子#石井裕也#仲野太賀#若葉竜也#生きちゃった pic.twitter.com/bQrQ2Ql5qB— 映画『生きちゃった』公式 (@ikichatta_movie) May 14, 2020
語れない仲野太賀
「何でだろう。声が出ないんだ。日本人だからかな。」
武田に中華料理屋で問い詰められた厚久は、そう答えます。
冒頭で書いた「All the Things We Never Said」の洋題とともに、この映画では厚久の「言えなかった」ことが物語に大きな影響を及ぼしました。
言わなきゃわからないことがある一方で、言っても伝わらないことがあるし、言わなくてもわかることや、言わなかった方がよかったと思うことだってありますよね。
多分「思いを言葉にすること」が起こし得る様々なことを考えた上で、厚久は「語らない」人生を歩んできたわけです。
ここで思い出すのが、同じく仲野太賀が主演を務めた『泣く子はいねぇが』(2020年)です。
『泣く子はいねえが』で彼が演じる男は、同じように妻子がいましたが、大人になりきれないふわふわとした薄っぺらさに対して妻(吉岡里帆)はイライラを隠せずにいました。そして彼は妻に別れを告げられます。
いわゆる世間一般の悪人ではないんですよ。
でも「語らなかった」ことで誰かを不幸せにしてしまうんですよね。仲野太賀さんが演じたこの二人の男は。
人によってはやるせないと同情するかもしれないし、人によってはマジで腹が立つかもしれません。
『生きちゃった』をご覧になった方は、機会があれば『泣く子はいねぇが』も見ていただけると、厚久とはまたベクトルの違う“語れない太賀さん”を実感できると思います。
よろしければぜひ!
こんな映画もおすすめ
最後に『生きちゃった』を鑑賞済みの方向けにいくつか作品をご紹介します。
ハラがコレなんで
那須少年記
愛がなんだ