映画『ジョゼと虎と魚たち』〜サルモネラ菌とは〜

03年公開の『ジョゼと虎と魚たち』を鑑賞しました。

犬童一心監督、脚本は渡辺あや。

出演は妻夫木聡、池脇千鶴ら。

7年前にCATVで観たのですがほとんど覚えていませんでした。

そういえば妻夫木聡と池脇千鶴、大倉孝二は同じ03年公開の『きょうのできごと』でも共演していました。

 

乳母車を押して

福岡から大阪に出てきた大学生・恒夫(妻夫木聡)と、足が不自由で外の世界をほとんど知らないジョゼ(池脇千鶴)。
祖母(新谷英子)と平屋で二人暮らしのジョゼは、人目のない早朝にだけ、祖母の押す乳母車に乗って「散歩」をする。

それを知った恒夫と心を通わせ合い…という話。

障害者への無意識の差別と意識的な気遣いを描きつつ、愛する人を本気で背負うというのはどういうことなのかを示す作品だと思う。

▲虎におののくジョゼの手を握る恒夫。 タイトルの虎と魚というのは結構抽象的で、本筋とはあまり関係ない。 (C)2003『ジョゼと虎と魚たち』フィルムパートナーズ

ジョゼは外の世界をほとんど知らない。
近所に対する体裁を気にする祖母と外に出る時間は、人目のない早朝に限られる。
彼女の知る世界は、祖母がゴミ捨て場から拾って来る本や雑誌、教科書などだけ。

そんなジョゼに新しい世界を見せようと、恒夫は乳母車にスケートボードを取り付けることで、スピードが上がるように改造する。

二人が昼間の街中を、河川敷を疾走するシーンは、この作品の一つの見せ場だと思う。

しかしその乳母車も時が経て使えなくなってしまう。
サービスエリアでジョゼをおんぶする恒夫。
「ジョゼ、新しい車椅子買おうよ」という恒夫の提案を突っぱねるジョゼ。
あんたが背負ってくれたらええねん。と拒否するジョゼ。

そこにあるのは意地ではなく甘えなのかな。

でも背負えなくなった恒夫は結局逃げた。

「僕が、逃げた」

恒夫はそう述懐する。

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ふくらまないエピソードに好印象

大阪出身らしく、池脇千鶴の関西弁は耳に心地よい。これは前述の『きょうのできごと』にも通じる。

濡場を披露したというだけでなく、この作品の池脇千鶴はすごく良かったと思う。

▲積まれた本に囲まれて、押入れにこもるジョゼ。 (C)2003『ジョゼと虎と魚たち』フィルムパートナーズ

 
 
「サルモネラ菌や」

「あれが、海か?」

偏った知識と記憶から繰り出される言葉の切れ味は相当に鋭い。

ジョゼを形作った書籍においては、彼女が読みたがっていた本の続編の話や、拾ってきた教科書の持ち主だった金井と恒夫の出会いなど、狭い世界だからこそ話題になるようなエピソードが出てきた。

しかもそのエピソードが、案外ふくらまなくて面白い。
金井と恒夫の取っ組み合いとか、何だったんだ?っていう感じ。

あれが金井だよ、とジョゼに金井を引き合わせたシーンくらいかな。

その広がらなさが逆に日常感があって良かったと思う。

▲一度読んだ本を何度も読み返すジョゼ。彼女の世界は狭く、深い。 (C)2003『ジョゼと虎と魚たち』フィルムパートナーズ

 

 

誰かの手助けをするということ

 

限定された空間で生きてきたジョゼは、祖母の死をきっかけに、周りに頼ることを覚えていく。

 

界隈に住む「変態のおじさん」に、胸を触らせる代わりにゴミ出しをしてもらう。

 

恒夫はそんなジョゼに憤り、彼もまた、彼女に依存する。彼女と関わる自分に酔い、彼女を突き放す自分を許す。

もしかしたら恒夫とジョゼは足が悪いという要因がなければあの関係性にはならなかったのかもしれないし、一方で別れなかったのかもしれない。

この作品はタラレバを言い出したらきりがない。それくらいに一つ一つのシーンが日常的で、場当たり的である。

身体障害者を助けるのはいいことだ。間違いなく、悪いことではない。

恒夫の手助けには恩着せがましい善意がなく、その純粋な優しさにジョゼは寄り添った。

けれど、上野樹里が演じる香苗にはそう映らなかったんだと思う。恒夫にはなかった障害者との心の壁が、彼女にはあった。恒夫の弟にもあった。リフォーム業者の板尾創路にもあった。意識的にせよ、無意識的にせよ。

そして恒夫にもその壁は訪れた。

でもその壁もまた、悪意からくるものではない。

日常に起こりうる自分と明らかに違う他者と手を取り合うことってとっても難しい。

感想を書くのが何とも難しい作品。

★★★☆☆。

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