映画『東京難民』〜1泊1500円か1泊150円か〜

2014年に公開された『東京難民』を鑑賞しました。
『ツレがうつになりまして。』を手がけた佐々部清監督がメガホンを取り、『ほしのふるまち』などの中村蒼が主演を務めています。

東京都心を舞台に、大学生からホームレスまで転落してしまった青年の半年間を描いた本作。想像以上に骨太で、考えさせられる作品でした。

※R15指定の作品です。今後の感想部分で該当のところもありますので、ご了承ください。

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住所不定、寝床はネカフェ

終電を逃した夜。
ホテルや旅館が取れなかった夜、あるいは宿泊代を浮かせたい夜。
皆さんは、どこに泊まりますか?

カラオケ、ファミレス、ファーストフード、カプセルホテルなどあらゆる選択肢がある中で、ネットカフェを寝床にしたことはあるでしょうか?

大体のネットカフェ(漫画喫茶)にはナイトパックなるプランが用意されていて、1000〜2000円程度で一夜を明かす空間を買うことができます。シャワーも多くのところで利用できます。
一方、ファミリールームなどを除けば、ネットカフェはリクライニングチェアかマットブースが普通。足を伸ばせない狭い部屋も当然存在します。

快適さを犠牲にして、コストをカットする。
その夜限りなら我慢できますが、寝泊まり生活を続けるとなると、相当な負担が心身にかかることは想像に難くありません。

(C)2014「東京難民」製作委員会

『東京難民』で、主人公・時枝修(中村蒼)が毎晩を過ごす寝ぐらとなっているのがネットカフェ。
ある日、親が失踪して仕送りが途絶え、大学の学籍も住んでいたアパートも失った修は、即金の日雇いバイトをしながらネカフェに寝泊まりする、その日暮らしを送るようになりました。

食事はカップラーメンだったり半額の弁当だったり。着ている服は肌着を除けばいつも同じ。
文字通り、衣食住が崩れた毎日を強いられてしまいます。

明日を生きるにはカネが必要だ

荷物も全て没収されてアパートから追い出された修は、まずリュック、携帯の充電器、そして肌着を購入します。
ネットカフェで即金のアルバイトを探し、最初に見つけたのがチラシのポスティング。次にティッシュ配り。そして治験の泊まり込み。

社会的には陽の当たらない業種ですが、この3つに対しての描き方がとても生々しくて印象に残りました。

ポスティングとティッシュ配りは、実際に僕もやったことがあるんですが、こちらの商品(チラシやティッシュ)を無理やり相手に押し付ける、というのが難しいところ。
チラシ厳禁のマンションやアパートに入れた時の大家さんからの怒られ方や、アパート前を掃除する大家さんとの駆け引きなどはまさに実体験そのものでした。ちなみにチラシを捨てたことがバレると高額の罰金を食らうので、そこは真似しないようにしましょう。

ティッシュ配りのイロハを修に教えてくれた軽部(金井勇太)は、「ネカフェに泊まれるだけ君はマシだよ」と話します。
上述した「夜を過ごす」選択肢にあって、24時間営業のファーストフードならばハンバーガー1つで、室内の空間にいることができるわけです。

ただし、そこは1泊1500円程度のネカフェと違って区切られた空間ではなく、担保された安全性は比べ物にならないでしょう。多分寝れませんよね…。

これは全人類に平等ですが、カネは有限で、1日に稼ぐことのできるカネも有限です。学歴も住所もない修たちにとっては、その限度がさらに低く(安く)なってしまうんですね。

いつも同じ服を着ている修(C)2014「東京難民」製作委員会

自分がまさかネットカフェ難民になるなんて。
修の急激な転落ぶりと、それでも何とかもがいて日銭を稼ごうとする姿はとてもリアルでした。
その一方で、いつか何とかなるだろうという気持ちもあったと思います。お金がなくて食費を切り詰めても彼はなお、比較的高価なアメスピを吸っていたことからも、それはうかがえました。

死なないためにはカネが必要だ

奢られヤー女の瑠衣(山本美月)に騙されてホストクラブの代金を払わされた修は、篤志(金子ノブアキ)がオーナーを務めるその店で働くことになります。

瑠衣(山本・中央)は新宿で有名なタカリ屋でした(C)2014「東京難民」製作委員会

瑠衣に騙された修も、そして瑠衣にそそのかされてホストクラブにハマり修の客となった茜(大塚千弘)も、客観的に見れば詐欺の被害者です。
しかしここは新宿。全てが自己責任。
女性がホストに貢ぐことも、女性に高いお酒を注文させることも覚悟を決めなければいけません。諦めたらそこで試合終了。

最終的に不義理を働き、ボコボコにされて多摩川の河川敷に捨てられる修は、「俺はもう終わっている」と心中で呟きます。試合終了。

金子ノブアキが演じる篤志。常に死、それ以上のものと向き合っている感じでした(C)2014「東京難民」製作委員会

派手なシャンパンコールの裏で、ホストたちはトイレで吐き、肝臓を壊し、脳の正常な判断力すら失う人まで出てきます。
太い客(自分を指名してくれるなどお金を落としてくれるお客さん)とのアフターもあれば、寮では雑魚寝していたり。

日銭稼ぎの頃よりはマシな収入で、一応衣食住が保証されてはいるものの、扱う金額が本当に桁違いなわけです。
信頼していた客にツケ払いでバックれられると、尻拭いは当然自分でやらなければなりません。もちろん精算はお金です。そこに情状酌量は一切存在しません。

100万円をお前の客に貸してもらえないか。
カネを持って逃げられた。

中尾明慶が演じたホストの小次郎(C)2014「東京難民」製作委員会

スケールが想像の域を超えています。
逃げたら最後。バレたら最期。

作品の前半で「生きるために必要なもの」だったカネは、「死なないために必要なもの」に変わっていきます。そして、その「生死」の意味も全く異なるものになりました。
店の売り上げに穴を開けた男たちが取れる行動は、自腹で払うか、太い客を風俗店に持っていく(作内では「風呂に沈める」と言っています)か、逃げるかです。

もちろん最後の選択肢は、死と常に背中合わせの日々が待っています。

ホストの、社会のリアルが見える

貧困状況への転落を描いた作品ではありますが、ホストという職業は修の半年間において、転落ではありませんでした。

労働環境や精神的なプレッシャーはとんでもなくきついと思います。
でも、順矢(青柳翔)も小次郎(中尾明慶)も、夜職からの脱出を目指して働いているわけでもなければ、脱出を諦めているわけでもありません。逃亡ではなく、綺麗にこの世界から出ていく道はちゃんとあったはずです。カネがあれば。

なのに。選択肢を間違えて不義理を働いたことで、修は多摩川に転がされ、「終わって」しまいます。

走る順矢(左・青柳翔)と瑠衣、修。彼らが走る理由は…(C)2014「東京難民」製作委員会

このブログを書くにあたって、作品に対するいくつかの感想を見ました。
現役のホストの方の評価。
元ホストの方の評価。

程度差はあれど、「わかる」部分が語られていたのが印象的でした。
誤解を恐れずに言えば、「怖い」世界というよりも「シビア」という言葉がピンときます。繰り返すようですが、ここで使う「シビア」は普段我々が使っているシビアとは比べもにならないんですけど。

この映画にはポスティング、ティッシュ配り、治験のアルバイト、ホストクラブ、建設会社の下請け業、アルミ缶の回収、古本の露店販売と様々な業種が出てきます。
求人誌で、街中で見かけることのあるこのような仕事が、どのように行われているかを知るだけでも人生の糧になる作品だと思います。
安月給だけど、寮付き風呂付き食事付き、それは幸せなのか。「貧困ビジネス」の意味を少しわかった気がします。

中村蒼に魅せられて

『東京難民』にはストーリーの雰囲気から逸脱している役者が見当たりません。本当に皆無と言ってもいい。

茜(左上)、瑠衣(左下)、順矢(右上)、篤志(左下)、修(中央)(C)2014「東京難民」製作委員会

修が「俺に初めてできた友達」と述懐した順矢。逃亡に失敗した時の慟哭。

笑っていても緊張感が張り付いた表情の篤志。修をボコボコに殴りつけた時の、悲しさと憎悪と愛情が混じった怒り。(たぶん本当に殴っています。あのシーンは必見!)

いつか限界がくると分かりながらも修に貢ぐ茜。そんな茜を、無邪気にホストクラブへと誘い込んだ瑠衣。

社会の仕組みを恨み、住所不定から抜け出すことのできない、ティッシュ配りの軽部。

貧困ビジネスの仕組みを丁寧に修に説きながらも、いざ自分たちの場所から陽の当たるところへ出ていく人がいると悲しそうに、羨ましそうに目を向ける建設作業員の小早川(小市慢太郎)。

ホームレスの仲間に修を温かく迎え入れた鈴本(井上順)。

修を温かく迎えた鈴本は、彼に新しい呼び名をつけます(C)2014「東京難民」製作委員会

そして、選択を間違え続け、転落していく元・大学生を演じた中村蒼。はたから見れば彼はバカです。

父親からの送金が途絶えたことやは仕方ないにしても、賃貸から締め出されたこと、明日を生きるためのお金をパチンコでスッたこと、瑠衣について行ったホストクラブで断れなかったこと。

彼はバカです。管理能力というか察知能力がちょっと欠けています。そのくせに周囲のせいにします。

そんな修も、今まで逃げの人生を送ってきたことに気づいていきました。
成長と呼ぶにはレベルが低いことかもしれませんが、修は自分の人生の一つ一つにけじめをつけていきます。
左目を腫らし、右足を引きずりながら。

ホストとしての経験が修の分岐点になったような気がします(C)2014「東京難民」製作委員会

自分がバカだったと気づくこと。そして斜めではなく、前を向いていきていくこと。それがどれだけ難しいことかを中村蒼の演技から僕は感じました。傍観から始まって感情移入していく主人公はたくさんいましたが、中村蒼の修には傍観と移入を何度もひたすら繰り返しました。客観的な痛みも、主観的な痛みもたくさん味わいました。

元々好きな俳優でしたが、この作品を観てよかったと言えるのは間違いなく彼の存在があったと思います。

もう一人、修の実質的な教育係のホスト・小次郎を演じた中尾明慶についても言及しておきます。

笑顔を絶やさず接する小次郎は、彼以外の誰であっても務まらなかったのではと思います。
小次郎が口にする「ごめんなさい」は、中尾明慶の言葉だからこそ心を抉りました。

自らが役に染まるのではなく、役を自分に染め上げた印象。
彼の熱演にも拍手を贈りたいと思います。

観ていて本当にしんどい類なので好みは分かれると思いますが、色んな人に観てほしい映画。
特に大学生や、大学に通っていた経験がある方は、共感できるところがあると思います。

修のしょうもない学生生活は、僕のような平凡な学生だった人間には凄くリアルでした。

★★★★★。

原作も読んでみたくなりました。

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