こんにちは。織田です。
今回は2013年の映画『ヨコハマ物語』をご紹介します。
妻を亡くした初老の男性が、一人暮らしとなった自邸で奇妙なシェアハウス生活を送ることになります。
タイトルの通り、舞台は横浜。
この記事では映画の序盤を彩るサッカークラブと、見応えのある後半部分に分けて感想を書いていきます。
あらすじ紹介
中学生の時に両親を亡くし、施設で育った25歳の女性・松浦七海は、アマチュアバンドのマネージャーをしているが、貯金もなく家賃も滞納、食うにも困る日々を送っている。一方、定年退職の日に愛妻の薫を病気で亡くした65歳の田辺良典は、一軒家にひとり取り残され、これからの人生をどう生きればよいのか悩み、沈んでいた。そんな2人がひょんなことで出会い、七海が田辺の家に転がり込んできたことから、奇妙な共同生活が始まる。
スタッフ、キャスト
監督 | 喜多一郎 |
脚本 | 金杉弘子、喜多一郎 |
松浦七海 | 北乃きい |
おじさん (田辺良典) |
奥田瑛二 |
おじさんの妻 | 市毛良枝 |
葵 | 佐伯めぐみ |
涼平(葵の息子) | 星流 |
上野麻子 | 菜葉菜 |
安西実咲 | 泉沙世子 |
おじさんの息子 | 久保田悠来 |
岡林直人 | 忍成修吾 |
中澤佑二 | 中澤佑二 |
大東チェアマン | 大東和美 |
中澤佑二と大東チェアマンって誰?という部分はこの後ご紹介していきます。
典型的ヨコハマ映画
以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

赤レンガ倉庫
横浜と聞いて皆さんがイメージするのはどのようなロケーションでしょうか?
みなとみらい、中華街、山下公園、元町、赤レンガ倉庫、港の見える丘公園……
異国情緒漂う、いわゆる「観光地」としての横浜ではないでしょうか。
路線で言うとみなとみらい線の沿線。
今回紹介する映画『ヨコハマ物語』も多分に漏れず、THE・横浜のスポットが次々と登場してきます。
主人公の七海(北乃きい)は最初の登場シーンが山下公園ですし、登場人物たちが会食をするのは中華街、もう一人の主人公である、妻をなくしたおじさん(奥田瑛二)は、思い出の場所が港の見える丘公園だそうです。
商店街というにはあまりにも洗練された元町のショッピングストリートも出てきますし、映画の重要な舞台となるおじさんの住まいは多分山手とかのあたりでしょう。庭付きの大きな邸宅です。

ここで出てくる「横浜」っていうのは横浜市の中のほんの一部です。みなとみらい線や、京浜東北・根岸線、市営地下鉄が通ってる一部分です。
横浜市を走る路線は他にも東横線とか田園都市線とか京急線とか横浜線とか相鉄線とかがありますが、その沿線はここでいう「横浜」にはほぼカテゴライズされません。
自分自身が「横浜」から離れた端の方の横浜市民だったのもあるんですが、『ヨコハマ物語』は典型的な横浜観光地エリアを舞台にした作品だと感じました。
『あのこは貴族』(2021年)の章タイトル・「東京 とりわけその中心の、とある階層」を引き合いに借りさせていただくと、「横浜 とりわけその中心の、とある地域」。それがこの映画の「横浜」だと思います。
圧倒的マリノス映画
そんな感じだったので、横浜市の田舎者だった僕は「出た出た」って感じで『ヨコハマ物語』を観ていたんですが、奥田瑛二さん演じるおじさんの登場シーンで驚きます。
みなとみらいの高層ビルを背景に広がるサッカーの練習場。
これは!マリノスタウンでは…!!
在りし日のマリノスタウン
マリノスというのはサッカー・Jリーグの横浜F・マリノスのことです。
横浜市などをホームタウンとする名門サッカーチームなんですが、『ヨコハマ物語』の前半部分はマリノスのプロモーション映画かというくらいに横浜F・マリノスが前面に押し出されています。
おじさん(奥田瑛二)はマリノスのグラウンドキーパー(ざっくり言うとサッカーのグラウンドの芝生のコンディションを保つ仕事)だったようで、定年を迎えたのでしょうか、最終出勤日に練習場の芝生を名残惜しそうに愛でています。
その練習場が、みなとみらい地区にあった「マリノスタウン」です。
過去形にしたのは、実はこの練習場、借地料がバカ高く(みなとみらいの一等地ですからね)、クラブの財政面を圧迫していたことから2016年初旬に閉鎖されています。
この映画が公開されたのが2013年11月ですが、その2年後には移転が決まっていました。
参考:【横浜FM】マリノスタウンからの移転を発表(Jリーグ)

ボンバー登場
在りし日のマリノスタウンが出てきただけでもエモいのですが、そのグラウンドキーパーとして働いていたおじさんのシャツの胸には横浜F・マリノスのエンブレムが堂々と輝き、ああ実在のマリノスを堂々と出すのだなと思っていたら、何やらデカい選手が出てきておじさんに挨拶しています。
?!
?!?!
中澤佑二です。呼び捨てしてすみません、中澤佑二選手(当時)です。
今日は、先日引退された #中澤佑二 氏の誕生日🎉
🎂おめでとうございます!!#fmarinos #YujiNakazawa #ボンバー #bomber #BomberNeverEnds pic.twitter.com/GD41LvQkKv
— 横浜F・マリノス【公式】 (@prompt_fmarinos) February 24, 2019
ボンバーヘッドなる愛称で日本代表でも活躍したので、サッカーに興味がなくてもご存知の方も多いかもしれません。
控えめに言っても、中澤佑二という選手は日本サッカー界を代表するディフェンダーで、横浜F・マリノスのレジェンドです。個人的には日本サッカー史上最強のディフェンダーだったと思っています。
そんな大選手がご本人役で出演です。
中澤選手にとどまらず、この映画では勇退するおじさんを送り出すべく、当時のマリノスタウン施設内にあったグッズショップ「トリコロールワン」の内部も惜しみなく露出しています。
あの雰囲気だとクラブスタッフの方も普通に出演していたのではないでしょうか。
おじさんの家にお母さんと転がり込んできた幼児・涼平くん(星流)は、後にこのグッズショップでマリノスケというマリノスのチームマスコットのぬいぐるみを買ってもらっています。
いや、どんだけマリノス映画ですか?この映画。
ちなみにおじさんの乗っているコンパクトカーも日産。まぁおじさんの職歴考えれば当然ですが。
日産スタジアムで
グラウンドキーパーのおじさん(奥田瑛二)は練習場だけでなく、マリノスのホームスタジアムである日産スタジアム(横浜国際総合競技場)のピッチも丁寧に管理していました。

日産スタジアム
この日産スタジアムは2002年のワールドカップ決勝の舞台となったので、おじさんの家には決勝戦の芝が記念として飾られていたんでしょう。芝の入った箱にブラジルとドイツの国旗があしらわれていました。
クラブを退職したおじさんは、いちサポーターとしてマリノスの試合に出向きます。
人がまだいない時間に日産スタジアムへ赴き、ピッチの芝をチェックするおじさん。
するとそこに、どっかで見覚えがあるおっさんがスーツ姿で現れます。
2013年当時のJリーグチェアマン・大東和美氏です。チェアマンというのはまあJリーグで一番えらい代表者みたいな感じですね。
この大東氏に対しては、2ステージ制という愚策をJリーグに導入したことで個人的にはマイナスの印象しかないんですが(ちなみに映画公開の2013年シーズン限りでチェアマンを退任しています)、Jリーグのトップも本人役で出演するとか力の入れようが半端じゃありません。
好き嫌いは別にしてこれは凄い。
別にこの映画、Jリーグを盛り上げようっていう映画じゃないですからね?
応援シーンに唯一の違和感
チェアマンと挨拶を終えたおじさんは、試合になるとスタンドでサポーターたちと熱い応援を繰り広げます。
立って応援してたのでゴール裏の設定でしょう。
サポーター役の方々はエキストラだと思いますが、様々な年代のユニフォームを着ていたので自前のユニを持っているガチのマリノスサポーターだと思います。
映画『ヨコハマ物語』のエキストラ撮影なう。たくさんの方にご参加いただいておりますヽ(・∀・)ノ。#fmarinos pic.twitter.com/Uy3t6rBS4J
— 横浜F・マリノス【公式】 (@prompt_fmarinos) July 31, 2013
その試合の映像は中村俊輔選手が長い距離のフリーキックを決めた2013年・ヴァンフォーレ甲府戦だったんですけど、この応援シーンだけは若干違和感がありました。
エキストラの入っていない空席部分が少し映っていたのが一つ。
もう一つはおじさんが何もマリノスのグッズを身につけていなかったことです。

もちろん元クラブスタッフだから私服でゴール裏いてもいいよねっていう文脈はわかるんですけど、別にゴール裏でユニフォーム着てなくてもいいんですけど、タオマフくらいはつけてほしかったです。笑
蛇足になりますが、『ヨコハマ物語』が公開された2013年、横浜F・マリノスはリーグ制覇まで目前のところに迫りながらもラスト2試合で連敗し、優勝を逃しています。
映画の公開日から数週間後のことでした。
もしマリノスが優勝していたら、この映画の付加価値だったり露出度はもう少し増えたのかなという気もします。
前向きマイホーム映画
ここまで書いてきたとおり、前半部分は舞台の「横浜」とマリノスに時折ツッコミを入れながら軽く観てたんです。
もちろん本筋は、七海(北乃きい)や子連れの葵(佐伯めぐみ)、堅物エリートの麻子(菜葉菜)がシェアハウスの住人という形でおじさんの家で奇妙な共同生活を送るものです。
でも何となく展開は読めてしまって、葵が見かけた鼻歌の上手いお姉さん(泉沙世子)が、どうせ七海の探し求める新ボーカルになるんでしょっていう感じでした。
その予想通り物語は進んでいきます。
進んでいくのですが、この映画の素晴らしいところは、後半部分で登場人物の未来がひたすらポジティブに照らされることでした。
回り道な修羅場要素がなく、登場人物の変化、気づきを前向きに描き続けています。
HOME SWEET HOME
訳ありの女3人+1人の子供が突然やってきた序盤を除くと、『ヨコハマ物語』で難局となったのはおじさんの息子(久保田悠来)が家にやってきて、親父何やってんだよと声を荒げたところだけです。
そこで一旦七海たちはおじさんの家を出たわけですが、彼女たちの間やおじさんとの間で軋轢があったわけではありません。状況的に、空気を読んで出て行った感じですよね。
けれど、おじさんの孤独はそう長くは続かず、麻子がまず戻り、麻子に連れられて葵と涼平、さらに新参者の実咲(泉沙世子)が家に帰り、最後は葵と涼平が七海を元町で見つけて連れて帰ります。

あったのは「家に帰りましょう」という言葉だけ。
そしてそれは、おじさんのシェアハウスが彼女たちにとってかけがえのない、帰るべき場所であることを意味します。
葵のバイト先に訪れた麻子が言った「迎えにきました」は最高の言葉のチョイスだと思いますし、葵が涼平を連れて生家に行ったものの、泊まることなくおじさんの家に「帰って」きて、「だってここが今の私の家ですし」と言ったシーンも好きです。
それを迎えるおじさんも嬉しそうなこと。
いい話じゃないですか!マリノス映画だとか言ってすみません!
「家」から自立する未来
麻子は除け者にされていた職場で「家の本当の意味」を説いてステップアップを果たし、葵も両親に涼平の存在を明かして和解、七海も実咲という新しいボーカルを迎え入れ、彼女たちの人生は気持ちよく前向きに進んでいきます。
一方で、いつまでも家賃2.5万円(笑)のおじさんの家に居座ったわけではありません。
一年後、田辺邸はまたおじさん一人暮らしに戻っていました。
七海も麻子も葵も実咲も、おじさんの家を出て、自立したことがうかがえます。経済的な基盤もしっかりしたということでしょうし、葵に至っては和解した実家に戻って生活している様子が描かれます。幸せへの道筋がくっきりと見えます。

一方でおじさんも、冷凍うどんすらまともに作れなかったあの時とは違って、きゅうりの糠床をきっかけに料理がメキメキ上達していきます。上達したのも食べてくれる人たちがいたから。
思えば、おじさんたち疑似家族が揃うのはいつも食卓でした。
亡き妻にしてあげられなかったことや、気づいてあげられなかった反省を消化しつつ、いい人生を歩んでいるようです。
ラストでは七海が連れてきた新しい住人たちにお手製サンドウィッチを振る舞っていました。またこうして、おじさんと彼女たちは家族になるんでしょうね。
正直なところ家賃2.5万円のシェアハウスに集う住人があんなに善人ばっかりだとは限らないし、ハッピーエンドに向けて追い風が吹き続ける展開だとは思います。都合が良いストーリーです。
でもこの映画みたいに、逆風を介在させず「良かった良かった」で進み続けるのも良いと思うんですよね。
特に物語後半からの進行には心がほっこりしました。
『海街diary』の家におじさんをプラスした風にも感じました。
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