こんにちは。織田です。
サッカーが好きな人に質問です。
みなさんが考える世界最高のゴールキーパーとは誰でしょうか?
- ドイツのマヌエル・ノイアー
- ベルギーのティポ・クルトワ
- イタリアのジャンルイジ・ブッフォン
- 日韓W杯で活躍したオリヴァー・カーン
- 歴代最強と呼ばれたソ連のレフ・ヤシン
他にもデンマークのピーター・シュマイケルや、イングランドのゴードン・バンクス、イタリアのディノ・ゾフといった往年の名選手を挙げる方もいるでしょう。
今回ご紹介する映画『キーパー ある兵士の奇跡』はバート・トラウトマンというドイツ人のGKを主人公に据えた作品です。2018年、イギリス。ドイツ合同製作。
主人公のバート・トラウトマン。本名ベルンハルト・カール・トラウトマン。
知っていましたか?
僕はこの映画で初めて知りました。
1950年代から60年代にかけてイングランドのマンチェスター・シティで活躍し、リーグ戦通算500試合以上に出場した実績を持つトラウトマンは、ワールドカップには出ていません。
マンチェスター・シティの歴史を知るコアなファンの方でしたらご存知の方もいるかもしれませんが、おそらくサッカー好きの方でもなかなか耳にしたことのないような選手のはずです。
そんな彼の半生をデビッド・クロス主演で映し出し、どれほどに凄い「キーパー」だったのかを描いたのがこの映画。
この記事では、映画『キーパー』の素晴らしさをサッカー好きの視点から考察したものです。
ネタバレなしで見どころを書いてみました。お付き合いいただけると嬉しいです。
予告編
あらすじ紹介
イギリスの国民的英雄となった元ナチス兵のサッカー選手バート・トラウトマンの実話を基に描いたヒューマンドラマ。1945年、イギリスの捕虜となったナチス兵トラウトマンは、収容所でサッカーをしていた折に地元チームの監督にスカウトされる。その後、名門サッカークラブのマンチェスター・シティFCにゴールキーパーとして入団するが、元ナチス兵という経歴から想像を絶する誹謗中傷を浴びせられてしまう。それでもトラウトマンはゴールを守り抜き、やがてイギリスの国民的英雄として敬愛されるように。そんな彼には、誰にも打ち明けられない、秘密の過去があった。主人公トラウトマンを「愛を読むひと」のデビッド・クロス、妻マーガレットを「サンシャイン 歌声が響く街」のフレイア・メーバーがそれぞれ演じた。
『キーパー』のスタッフ、キャスト
監督 | マルクス・H・ローゼンミュラー |
脚本 | マルクス・H・ローゼンミュラーニコラス・J・スコフィールド |
トラウトマン | デビッド・クロス |
マーガレット | フレイア・メーバー |
マーガレットの父(セントヘレンズの役員) | ジョン・ヘンショウ |
ビル | マイケル・ソーチャ |
サッカー興味ない人でも大丈夫!
この記事ではサッカーの描写に注目していきますが、サッカーを知らない人、興味のない人でも十分に楽しめる作品です。
何より凄いのがこれ、実話なんですよね。
舞台は第二次世界大戦終戦直後のイギリス。
本国に多大な被害をもたらした敵国の兵士だった元ナチス兵の主人公、バート・トラウトマンが、イギリスのサッカーチームでプレーすること。
そこには歴史的な背景による壮絶なバッシングがありました。「FU●KIN’ GERMAN!」という罵詈雑言も日常的に飛び出します。
その誹謗中傷を彼がどのようにして乗り越えていったのか。
周りの人はトラウトマンをどのようにして認め、迎え入れていったのか。
作品のヒロイン・マーガレットと恋に落ちる行方も、わかりやすく描写されています。マーガレット一家にバートが仲間として迎え入れられるまでのくだりは本当に素晴らしかったです。
誰か一人を明確な敵役に仕立てて叩くこと。
憎むってすごく簡単だということ。
昨今は「誹謗中傷」が問題になっていますが、規模の大小が違えど、この作品は安易な「憎しみ」や「バッシング」への警鐘も鳴らしている作品だと思います。
実はこの映画でサッカーはあくまでも「手段」として描かれているものに過ぎません。
人間が相手を認め、一緒に寄り添っていきていくこと。難しくて、苦しくて、でも素晴らしい人間ドラマをどうか楽しんでみてください。
1950年代のフットボール
イギリスを舞台とした作品です。ここからは競技名を「サッカー」ではなく「フットボール」という表現を使わせていただきます。
サッカーボールと聞くと、どんなものが思い浮かぶでしょうか。
多くの方は白の六角形と、黒の五角形を組み合わせたものを想像するのではないかと思います。
携帯とかで「サッカー」と入れると出てくる絵文字も大体このボールです。
五角形と六角形を組み合わせて縫われたボールは2000年代まで主流として使われ、最近だとボールのパネルの数を少なくしてより真ん丸に近づけたボールが多いですね。
実は五角形と六角形の“みんなの想像するサッカーボール”が登場したのは1960年代だったんです。
今回ご紹介する映画『キーパー』で出てくるボールは、バレーボールのようなパネル形状のものです。
「キーパー ある兵士の奇跡」60秒予告(松竹チャンネル/SHOCHIKUch)から引用
スペインのFCバルセロナやイングランドのマンチェスター・ユナイテッドをはじめ、日本でも浦和レッズや京都サンガF.C.が、クラブのロゴにこの時代のボールをあしらっています。
キーパーグローブも番号もなし
映画を観てびっくりしたのは、このバート・トラウトマン、素手でプレーしてるんです。
強烈なシュートもハイボールも、キーパーグローブをつけずに素手で掴み、また弾き出しています。
調べてみると、ゴールキーパーがキーパーグローブを着用することになったのは1970年代に入ってからのことなんですね。それまでは素手で彼らはプレーしていたんです。プスカシュやペレとかの時代ですね。
キーパーグローブを最初に開発したのはドイツのウールシュポルト社です。サッカーに、特にキーパーアイテムに特化したブランドですね。
この映画の主人公・トラウトマンの知名度は高くないと書きましたが、そんなトラウトマンを世界レベルのGKとして認めていたのが、歴代世界最高としての呼び声も高いレフ・ヤシンです。ヤシンは50年代から60年代にかけて主に活躍、1963年に世界最高殊勲選手の称号であるバロンドールをGKで唯一受賞した選手ですね。
このヤシンも、またイングランドの1966年ワールドカップ優勝の立役者となったゴードン・バンクスも、キーパーグローブなしでバンバン止めまくっていたわけです。凄いなあ。
また映画内で、トラウトマンが着ているユニフォームには背番号がありません。
今はクラブの選手がそれぞれ固定の番号を持っていますけど、当時は固定番号制が取り入れられるずっと前の時代です。
試合に先発する人たちが1から11番を付けていて、GKのトラウトマンは1番のはずなのですが、彼のシャツに背番号はありません。
ユニフォームが違うからそれでいいじゃんっていうことなんでしょうかね。
当時のGKの試合写真を色々探してみると、ワールドカップでは背番号をつけているGKが確認できるものの、イングランド国内では背番号なしのキーパーばっかりです。60年代終盤になって、キーパーのユニフォームにも番号を入れるチームが出てきたという感じです。
マン・シティのあの頃
バート・トラウトマンはセントヘレンズという町のチームに助っ人として加わり頭角を表すと、2シーズン後にマンチェスター・シティに引き抜かれます。
現在はイングランドの8部リーグに相当するディビジョンで戦っています。映画の中でも、1部リーグではなく地域リーグを舞台にしていることが描かれています。
マンチェスター・シティは、今やフットボールファンなら知らない人はいない世界有数の超強豪。2008年にアブダビの投資会社に買収されて豊富な資金力を得てから一躍ビッグクラブとなりましたが、それまでは同じマンチェスターにホームを構えるマンチェスター・ユナイテッドと比べると影の存在といってもいい歴史を過ごしていました。
トラウトマンがシティに誘いの声をかけられてもセントヘレンズの上層部は本気にしていなかったシーンから、当時のトラウトマンもシンデレラストーリーであったことは間違いないものの、「現在のシティ」とはまた立ち位置が違いました。
実際トラウトマンが加入した1949-50シーズンは2部に降格していますし、彼の在籍した15年間のリーグ戦最高成績は1955-56シーズンの4位。シティがリーグ戦を制するのは1967-68シーズンまで待たなければいけません。
チーム | 優勝 | 2位 | 3位 | 4位 |
マンチェスター・ユナイテッド | 3 | 0 | 0 | 0 |
ウォルヴァーハンプトン | 3 | 0 | 0 | 0 |
トッテナム | 2 | 1 | 0 | 0 |
ポーツマス | 1 | 0 | 1 | 0 |
アーセナル | 1 | 0 | 0 | 0 |
チェルシー | 1 | 0 | 0 | 0 |
バーンリー | 1 | 0 | 0 | 0 |
リヴァプール | 1 | 1 | 0 | 0 |
イプスウィッチ | 1 | 1 | 0 | 2 |
エヴァートン | 1 | 0 | 0 | 0 |
優勝クラブだけじゃなく、上位クラブの顔ぶれも毎年変わる群雄割拠の時代でした。
ちなみにこの映画が素晴らしいのは、字幕で「マン・シティ」(時々「シティ」)と表記したことです。
よく日本の報道ではマンチェスター・シティを「マンC」、ユナイテッドのことは「マンU」と表記していますが、あれよくないと思うんですよね。笑
現地の人は「マン・シティ」と呼ぶことが多いですし、クラブに、フットボールにしっかり敬意を払っていることが伝わってきます。
実際の試合はどうなの?
プレーの話に移ります。
PKストッパーとして名高かったバート・トラウトマンはキャリアを通じて60%の確率でペナルティーキックを止めていたと伝えられています。この数字は異常ですね。
映画内でもトラウトマンは収容所でPKを止めまくり、セントヘレンズからのオファーにこぎつけます。
キッカーの質はさておき、デビッド・クロスがまあ綺麗に横っ飛びすること!
ゴールポストをタッチしてから構えるのもキーパーらしさを醸し出していて実に良いです。
この映画は選手たちがボールを扱う足元まで結構ちゃんと映すので、試合中、特にセントヘレンズ時代のフィールドプレーヤーの動きは正直サッカー経験者に比べると見劣りします。
対照的に『U-31』という映画はあまり足元を映さずに、動き回る選手の上半身を切り取った事でプレーの強度を表現しています。
一方でトラウトマンは、跳ぶし、相手の足元に果敢に飛び込むし、長い腕を巻き込むようにスローイングでロングボールを投げ込みます。プレーレベルに違和感がありません。
現代のGKに比べて足元の技術とかは求められていない一方で、スローイングが大きな要素を占めていた時代です。やたら飛ばすなあと思ってみてたら、実際のトラウトマンはハンドボールを過去にやっていたんですね!地肩が強いわけです。
1956年 FAカップ決勝
トラウトマンがシティでの初タイトルを獲得し、マン・オブ・ザ・マッチに輝いた1956年のFAカップ決勝です。相手はバーミンガム。
この試合は今でも映像が残っています。こちらで紹介するのはハイライトですが、フルマッチも検索すれば出てきます。
このハイライトは映画を鑑賞した後で見てみたんですけど、凄いですよ。映画『キーパー』のFAカップファイナルは。
得点シーンやトラウトマンの負傷シーンをマジできちんと再現してます。
バーミンガムの同点ゴールの起点となったロングスロー(これはタッチラインからのスローインの意味です)も、シティの2点目の細かい崩しも、シティの得点を演出したトラウトマンの左足のパントキックも。
彼が接触して傷み、プレーを度々中断するのもリアルの試合そのままです。
ロングキックを見てトラウトマンは左利き?と思ったんですが、そのシーン以外は右足を使っています。逆足のキック力が凄い。
時折実際のモノクロ映像を取り入れながら試合は進んでいく中で、リアルのプレーとの境目があまりありません。当時はパススピードもそんな速くないので、違うのは選手の動くスピードくらいでしょうか。
シュートシーンの一瞬を切り取るだけならともかく、ゴールへの道筋をピッチ上で再現するのはとても難しいです。(相手も含めて)全員がイメージを共有していないと無理です。
映画『キーパー』では上から見た俯瞰の中で、プレーヤーたちが1956年のFAカップファイナルと同じシーンを再現すべく動いています。これは本当にすごい事です。
上で書いたように、再現シーンというだけなら、シュートしてゴールネットを揺らす、その一瞬だけでもいいはずです。
でも映画『キーパー』はどのようにボールをつないでゴール前に行き、ゴールネットを揺らしたか、その過程まで再現しています。マジで妥協がないです。
シュートモーションに入りながら心の中で色々なセリフを語るシーンなんてありません。選手の状況は放送席の実況アナウンサーが解説してくれます。
ふざけた再現VTRしか作らない日本のバラエティ番組にも、参考にしてほしいレベルです。
そんな中でもトラウトマンはビッグセーブを連発し、相手選手からも「ナイスセーブ」と讃えられました。
これ普段サッカー中継をご覧になってる方にしか伝わらないかもしれないんですけど、この映画を観ていると下田恒幸アナウンサーの「ナァイスキーパァー!!」が何度も脳内再生されます。
それくらいにデビッド・クロスのトラウトマンは、ナイスキーパーでした。
ロッカーとスタジアム
プレー面での再現性に続いて、環境面の臨場感についてもお話しします。
まずはロッカールームから。
トラウトマンが最初に加入したセントヘレンズは、二日酔いで試合にやってくる選手や喫煙する選手もいるノンプロ軍団。
そんな中にあって、のちにトラウトマンの義父となるジャック(ジョン・ヘンショウ)は、気の抜けたチームをハーフタイムに叱咤激励します。
このアドレナリン全開のおっさんが実に上手いんですよね。
ハーフタイムのロッカールームって、もうみんな興奮状態にあって、あんまりちゃんと話を聞ける状態にないんです。その中でいかに簡潔に指示を伝えて、負けているチームならばいかにモチベートするのか。
ジャックの物言いは乱暴な言葉遣いに聞こえるかもしれませんが、極めて実践的だと思います。トラウトマンの肩をバンバンバンバンって4回叩くのも素晴らしかった。
ぜひ見てもらいたい熱気にあふれたシーンです。
シーズン最終戦に勝利し、クラブ消滅を免れたセントヘレンズの面々は試合後に祝勝会を行います。
歌って飲んで叫んで、また歌って。これがまた上手い。
外国人選手がいるクラブは、よくその選手の母国語で歌を歌ったりして馴染ませようと親睦を図ることがあります。
この映画ではそれがドイツ人のトラウトマンだったんですね。
A special Melwood sing-a-long for Stevie's birthday 🥳🎶 pic.twitter.com/4A49XRnrxI
— Liverpool FC (@LFC) May 30, 2020
南野拓実選手が所属するリヴァプールでも、「Happy Birthday to you」を様々な母国語で歌うことがあります。南野選手の日本語版は1:24あたりから。
海外の選手たちは、特にドイツなどは試合後によく酒を飲むと聞きます。セントヘレンズの祝勝会(打ち上げ?)も酒にみんな溺れまくっていましたが、あれが海外のリアルなんでしょうね。
『キーパー』ではスタジアムの雰囲気も圧巻です。
トラウトマンがマン・シティに加入して以降の話になりますが、元ドイツ軍兵士の彼は、シティのサポーターや相手サポーターから大きなバッシングをくらいます。
イングランドのスタジアムは、太鼓を叩いて大旗を振って歌を大きな声で歌うサポーティングスタイルとは異なります。
だから観客のどよめき、ため息、絶叫がダイレクトにスタジアムを包みます。
日本で言えば競馬場に近い雰囲気です。
暴徒化するようなサポーターはなかなかいない一方で、トラウトマンへのブーイングが始まるとマジでそれ一色になります。歌とかがないだけに特に顕著です。
このブーイングの再現がまた圧倒的でした。大きい声を出して威嚇しようとするわけではないんですけど、腹の底から唸るような「WOO〜」がこだまします。
トラウトマンがボールを触るだけでブーイングが起こります。
僕はブーイングとはフットボールの正しい文化、必要な文化であり、存在する意味があると思っています。ただトラウトマンへのブーイングは、理由(=彼の出自に由来するもの)を考えると残念なものでもあります。罵る側の心を考慮すれば仕方ないのかもしれませんが、いじめにも近い感じですね。
その雑音を、トラウトマンは次第に封じ込めていくわけです。
スタジアム全体で放たれるブーイングは、いつしか歓声に変わっていきました。
トラウトマンだけでなく、様々な世界的な有名選手が通ってきた、「批判を称賛に変える」という道のりです。そしてそれを可能にするのは自身のプレーだけです。
何万人の「WOO〜」が「WOHHHH」に変わり、1956年のウェンブリーにはポジティブな熱狂が渦巻いていました。
2020年現在、スタジアムでは声を出せない、応援することができません。それだけに、あの興奮の温度を、せり上がるような観衆のどよめきを聞けるのは本当に嬉しいものです。
サッカーの部分を抽出して見どころを挙げてみましたが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
フットボールの本場の雰囲気が凝縮された『キーパー ある兵士の奇跡』。
気になった方は、ぜひご覧になっていただけると嬉しいです。