映画『いちごの唄』ネタバレ感想|コウタが“いつも”黄色いTシャツを着る理由

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こんにちは。織田です。

今回は2019年公開の映画『いちごの唄』についてご紹介します。

岡田惠和脚本、菅原伸太郎監督。
この二人は岡田さん脚本のドラマ『泣くな、はらちゃん』でもタッグを組んでいましたね。

フリーアナウンサーの古舘伊知郎さんを父に持つ古舘佑太郎が主人公のコウタを。
石橋凌さん、原田美枝子さんの娘である石橋静河がヒロインのあーちゃんを演じています。

好きな人を思う純粋な気持ちと、その純粋さが持つ残酷なヤイバの部分。
誰かを大好きになったことのある人にとっては非常に思うところのある、素晴らしい映画でした!



あらすじ紹介

冷凍食品の製造工場で働く笹沢コウタの大親友・伸二は、2人が「天の川の女神」と崇拝していたあーちゃんを交通事故から守り、あーちゃんの身代わりとなって死んでいった。それから10年、コウタは偶然あーちゃんと再会する。伸二の「死」を背負いながら生きていたコウタとあーちゃんは、伸二の命日に1年に一度「逢うこと」を約束。毎年逢瀬を繰り返すコウタは、次第にあーちゃんに恋心を抱くようになる。

出典:映画.com

映画の舞台となったのは高円寺、野方、環七通りといった東京23区西部地区。

キーパーソンとして出演も果たしている峯田和伸の、銀杏BOYZの楽曲も作品を大いにエモーショナルに引き立たせています。高円寺は銀杏BOYZの『骨』のMVでも使われており、MVに出ていた麻生久美子も『いちごの唄』にゲスト出演しています。素敵な縁ですね。

ちなみに高円寺、環七通りといった場所は『愛がなんだ』でも象徴的に使われています。

 三分の一ほどを一気に飲んで、ふたたび歩きはじめる。地図看板に気づいて近づくと、もうずいぶん歩いた気がするのに、マモちゃんのアパートからそれほど離れてはいない。町名すらかわっていない。絶望的な気分になるが、自分の歩いている道が環状七号線だと知る。環七って高円寺にも走っていなかったか。ということは、このまま歩けば新宿を経由せずとも高円寺につくのか。しかし、いったいあとどのくらい歩けば、高円寺にたどりつくのか。

出典:究極の片思い小説、完全映画化記念・特別試し読み!① 角田光代『愛がなんだ』

両作品とも、普段高円寺エリアを使っている方には馴染みのある風景が出てくるので、興味があれば鑑賞してみてくださいね。

『いちごの唄』のスタッフ、キャスト

監督:菅原伸太郎
原作:岡田惠和、峯田和伸
脚本:岡田惠和
笹沢コウタ:古舘佑太郎
天野千日(あーちゃん):石橋静河
伸二:小林喜日
笹沢コウタ(中学生):大西利空
天野千日(中学生):清原果耶
コウタの弟・シゲ:泉澤祐希
シゲの彼女:恒松祐里
シゲ(小学生):山﨑光
千日の彼氏:吉村界人
震災の女の子:蒔田彩珠
アケミ:岸井ゆきの
ラーメン屋:峯田和伸
園長先生:宮本信子

コウタの弟・シゲ役(小学生時代)を演じたのは、『真夏の方程式』(2013年)で抜群の演技を見せていた山﨑光

また、あーちゃん(石橋静河)の彼氏役として吉村界人が出演しています。これまでの役どころに比べてふっくらしていて新鮮でした。

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映画『太陽を掴め』ネタバレ感想〜ギラッギラに輝く吉村界人〜

2020年4月12日

さらに『太陽を掴め』で吉村界人と共演していた岸井ゆきのは、今回コウタのアパートの隣人・アケミとして出演しています。

スタッズがゴリゴリについたライダースを着たパンクファッションと、そうでない時のたたずまいの落差は必見。
「善良そうな男を騙して結婚して子供を3人産む予定だ」という岸井ゆきのさんならではの一息セリフにも痺れます。

天野と笹沢

7月7日は親友だった伸二(小林喜日)の命日。

そんな日に偶然再会を果たす笹沢コウタ(古舘佑太郎)天野千日(石橋静河)でしたが、二人の苗字「天野」「笹沢」七夕の天の川と笹の葉に紐づいているはずです。

あーちゃんがコウタのことを「笹沢コウタくん」とやたらフルネームで呼びがちなのも二人の微妙な距離を感じて推せますね…!

織姫と彦星は一年で一度しか逢えないという伝説は有名ですが、一年に一度の逢瀬を重ねるコウタとあーちゃんを二人になぞらえる自然な演出は見事でした。

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。



「1年」経って変わった所は?

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

『いちごの唄』では、基本的に笹沢コウタ(古館佑太郎)あーちゃん(石橋静河)の二人が一年に一度、親友の命日である七夕に会う「365分の1」にフォーカスしています

「一年に一度会うことになった」というのは次の年も、またその次の年も会わないと、つまり習慣化しないとそうは言えないわけで、二人は数年に渡って年イチの逢瀬を重ねていきます。

コウタあーちゃんは、2016、17、18年と3年に渡って七夕での逢瀬を(峯田和伸の営む)ラーメン屋で重ねていきました

ちなみに二人の年齢については明かされていませんが、2019年時点であーちゃんが「女子大生」と園長先生(宮本信子)に言われている描写を見ると、2016ー19年は19ー22歳の年に当たるということが分かりますね。

ここで“年に一回”、誰かに会うことを想像してみてください。

おそらく会った時の第一声は「久しぶり」だと思いますし、「(一年経ったけど)変わったことあった?」というのが普通のコミュニケーションだと思います。

コウタとあーちゃん、そして逢瀬の舞台となったラーメン屋の店主(峯田和伸)も含めて、3人の変化を簡単に見ていきましょう。

2016年7月7日

親友・伸二の命日。
喪に服しながら高円寺の商店街を歩いていたコウタは、中学生時代の同級生・あーちゃんに偶然出会います。

ここで明かされた当時の二人の状況は以下の通りです。

2016年の七夕

  • コウタは冷凍食品会社で働いている
  • コウタは冷凍のカニクリームコロッケが美味しい、冷凍ラーメンも「この店のより全然美味しい」と主張
  • コウタは黄色いTシャツにハーフパンツ、リュック姿
  • あーちゃんは割り箸をうまく割れなかった
  • ラーメン屋の店主は読売ジャイアンツの帽子を被っている

一発目ということで現状説明ですね。
コウタが千日のことを「あーちゃん」と呼んでいたこと。今は冷凍食品会社で働いていること。
ラーメンがそこまで美味しくなかったこと。

また、巨人ファンであろうラーメン屋の店主・峯田和伸が読んでいたスポーツ新聞(スポニチ)には「村田弾」という文字が見えます。
これが本当に当時の新聞かどうかは分かりませんが、実際に2016年7月6日(七夕の前日)の試合で巨人の村田選手はホームランを打っています

細かいところですけど、小道具までよく気を遣っています。

二人は来年の七夕もまたあの場所で会おうと約束して別れました。

2017年7月7日

一年ぶりに再会を果たした二人。
前年はコウタが一方的に身の上話(冷凍食品の話)をしていたのが印象的でしたが、今回はラーメン屋においては、コウタの会社の冷凍食品をあーちゃんが食べたよ!という話が主になります。

2017年の七夕

  • コウタの会社の冷凍食品をあーちゃんが食べた
  • あーちゃんは冷凍ラーメンを「この店のより美味しい」と断言
  • コウタは黄色いTシャツにハーフパンツ、リュック姿
  • あーちゃんは今回も割り箸をうまく割れなかった
  • ラーメン屋の店主は今回も巨人の帽子を被っていた

今回もラーメン屋で行われる会話はほぼ変わりません。
前回はコウタが、今回はあーちゃんが峯田のラーメンを婉曲的にディスります。

峯田店主は2016年ー17年にかけての冬に、コウタに「七夕までは潰れないでいてくださいよ(会うところが無くなっちゃうから)」と上から目線で言われ、彼なりにラーメンの味に磨きをかけてきたはずです。今回は前年と違って他の客もいました。

それでも彼のラーメンはまたしてもディスられてしまいます。ああ無情。

一方でラーメン屋を出た後、コウタはあーちゃんに自分が童貞をアケミさん(岸井ゆきの)に奪われた話をします。
「変わらない」描写が多かった中で、彼に起きた大きな変化です。

ただし、好きな女の子の前でそういう話を思わせぶりに、ネタのようにしかもオチなしで披露するコウタの神経はよく分かりません。
あーちゃん引いてましたけどそりゃ引くよねという話です。

2018年7月7日

2018年の七夕

  • コウタは震災ボランティアの話をする
  • 割り箸やラーメンの味に対する描写はなし
  • コウタは黄色いTシャツにハーフパンツ、リュック姿
  • あーちゃんの長い独白
  • あーちゃん、もう会わない宣言

今回は震災が起こり、コウタがボランティアに行った話が出ます。
佐賀に帰ったアケミさんとの別れ、ボランティア先での少女(蒔田彩珠)との出会い、そしてあーちゃんとの別れ。

コウタにとって大きく人生が動いていった時期でした。

これまではコウタ視点で進んでいたあーちゃんの描写が、突如として変わったこと、あーちゃんの歩んできた苦悩と現実をまざまざと我々が知ることになるのもこの時でしたね。

2019年7月7日

コウタはいつもの服を着て待っていましたが、結局この日、あーちゃんは高円寺の約束の場所に来ませんでした。
その夜アパートに帰ったコウタのもとを、弟のシゲとシゲの彼女のかずみが訪れます。

二人とも本当に優しい心の持ち主で、こちらの心まで洗われそうですよね…

女神、神格化。その「重さ」を知ろう

この映画で一番なるほどな、と思ったところはコウタのあーちゃんを崇める行為が、彼女にとっては重荷であったということです。

「私はコウタくんが思っているような女の子じゃないよ」というあーちゃんの悲痛な叫び。
『モテキ』でみゆきちゃん(長澤まさみ)が幸世くん(森山未來)を突き放した関係にも似ているかもしれません。

ありがたい好意を超越して、自分の思っているところと程遠いレベルでの神格化。自己肯定感の低さとか、好意を抱く側の至らなさとかも関係してくるとは思いますが、これって結構普通に体験していることじゃないかなって思います。

コウタの中ではマイワールド is あーちゃんで、彼女が女神としてそこにいてくれることが何よりの幸せだと思うんですけど、あーちゃんの中ではそうではない。むしろ彼女の世界はずーっと伸二くんを見ていたわけです。

東京で孤独にさまよっていた自分を救ってくれた笹沢コウタくんは確かにありがたかった。ありがたかったけど、「あーちゃんはあーちゃんだよ」と自分の中の天野千日像を押し付けてくる笹沢コウタくんの存在はやっぱり重い。

そうやって言うけど貴方が私の何を知ってるの?
これは彼女ならずとも誰もが一度は体験したことのある痛みではないでしょうか?

これはアイドルなど、自分のイメージを徹底的にファンに偶像化され、消費されている芸能人の方々も同じだと思います。
盲目的な好意や愛情のままに、相手を全て知った気になって「この人はこうあるべき」と押し付けることはとっても危険だと、コウタと同じ立場になる可能性のある一人として思いました。

映画では彼女の痛みを理解しうるところまでコウタの精神的な成熟度が進んでいないこともまた、不幸なことでしたよね。

石橋静河さんと峯田和伸さんの対談を収録したこちらの記事もおすすめです。興味がありましたらご覧ください。

電子レンジと黄色いTシャツ

最後に「変わらなかった部分」の美しさについて少しお話ししたいと思います。

一つ目は、コウタの家の電子レンジ

この映画は最初のシーン(2016年7月7日)、タイトルが出た直後のシーン、そしてエンドロールに挟まれたエンディングでいずれも電子レンジを覗き込むコウタを使っています。

自社の冷凍食品を愛する彼ならではのカットですが、最後もまた同じ形を見せたことで(レンジの)扉を開ける、コウタにとって新しい1ページを開くメッセージが込められていることはとっても素敵な演出だと思います。

なお本編のラストシーンでは、それまでは年イチで(7月7日に)しか丸がつけられていなかったカレンダー(2019年10月)に、4つの丸が付けられていました。
つまりコウタとあーちゃんの関係がそういうことになったよねってことです。

 

もう一つは、コウタがいつも着ている黄色いTシャツについてです。

それがコウタの親友・伸二くんが着ていた服だということを、観ている我々は作品中盤で知ることになります。
中学生時代の伸二くんがコウタと比べて明らかに大柄だったこと、現在のコウタも比較的小柄なことを考えてみても間違いありません。

「THE BIATHLON -Cape Split Endurance Race 83-」(二種競技の持久レース/Cape Splitはカナダの地名のようです)という文字があしらわれたクラシカルなTシャツは、伸二くんが着ていた当時から数年が経っても状態が良く、肉厚なコットン生地はそのままでした。

「いつも」と書きましたが、実はこのTシャツは七夕の日にしか着ていないんですね。文字通り、コウタにとっては伸二を悼む日の喪服なわけです。

それ以外の時、例えば訪ねてきたアケミさんを迎えた部屋着は首元に穴の開いたTシャツでしたし、実家に帰った時もヨレヨレのTシャツを着て過ごし、ストロベリーフィールドにダイブしています。

七夕以外の日は、あのTシャツはクリーニング屋さんの袋に入れられて大事に保管されているのが、コウタの部屋を映すシーンでわかります。
どれだけ彼が伸二の形見であろう黄色いTシャツを大切にしているかがよくわかります。きっと死ぬまでずっとああして保管していくんでしょうね。

 
カレンダーにいくつも丸がついていた2019年10月のデートでは、コウタはあの黄色いTシャツを着ないとは思います。

それでも変わらない彼女と彼と、少し変わった彼女と彼が、峯田のラーメン屋で心からの「美味しい」を伝えてあげてほしい。その頃にはあーちゃんも割り箸をうまく割れるようになっているかな。

映画の先の未来に、そんなことを思いました。

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