映画『きみの鳥はうたえる』ネタバレ感想|居そうで居ない「僕」

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こんにちは。織田です。

今回は2018年の映画『きみの鳥はうたえる』をご紹介します。

原作は函館三部作の『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』で知られる佐藤泰志さん。前情報を全く入れずに見ていて、なんか佐藤泰志っぽいなと思ったらやっぱりそうでした。

本作品も函館を舞台に、柄本佑さん石橋静河さん染谷将太さんの3人が、大好きな仲間とかけがえをのない楽しい時間を過ごす若者たちを演じています。監督は三宅唱さん。

タイトルの『きみの鳥はうたえる』は作品内に登場するビートルズの「And Your Bird Can Sing」の直訳だそうです。(参照:CineBozeさんの記事

いつまでも続くことはないとわかっているけど、楽しくてかけがえのないひと夏。ありふれた日常に大切な人たちがいるのはどれだけ幸せなことだろう。
若者たちに確かにあった青春の何ページかを、一緒にめくってくれる映画だったと思います。



あらすじ紹介

失業中の静雄(染谷将太)は、函館市の郊外にある書店に勤める僕(柄本佑)と同居していた。ある日僕は、ひょんなことから同僚の佐知子(石橋静河)と一夜を共にする。その日を境に佐知子は毎晩のように静雄たちのアパートを訪れるようになり、三人は酒を飲みながら楽しく過ごしていた。静雄は、キャンプに行こうと僕を誘うが断られてしまい、佐知子と二人で行くことになる。

出典:シネマトゥデイ

舞台は北海道・函館。ロケ地は亀梨和也さんと土屋太鳳さんの『PとJK』とも結構共通しています。

スタッフ、キャスト

監督・脚本 三宅唱
原作 佐藤泰志
柄本佑
佐知子 石橋静河
静雄 染谷将太
森口 足立智充
みずき 山本亜依
静雄の母 渡辺真起子
島田店長 萩原聖人

柄本佑さんが演じる主人公は「僕」という表記になっています。

この「僕」をキーワードに、今回は感想を書いてみました。

この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



「僕」の名前は

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

映画『きみの鳥はうたえる』では、「僕」(柄本佑)、書店(バイト)の同僚である佐知子(石橋静河)、「僕」とルームシェアをしている静雄(染谷将太)の3人を中心に、物語が動いていきます。

「佐知子」「静雄」という固有名詞が出てくる一方で、「僕」の名前は出てきません。

  • あいつ、そろそろクビにしたほうがいいんじゃないですか? (書店の同僚・森口)
  • お前、明日朝からだったろ。ちゃんと来いよ。 (書店店長)
  • お前がサボったら周りが迷惑すんだよ。お前って本当嘘つきなんだな。 (書店の同僚・森口)
  • あなたの人生に静雄がいてよかったね。 (佐知子)
  • あいつ何か、不思議な明るさがあるじゃない?裏表がないし。 (静雄)

書店員の同僚・森口(足立智充)店長(萩原聖人)からは基本「お前」

静雄と佐知子からは対面で「お前」とか「君」とか人称代名詞で呼ばれることすらありません。上で引用した佐知子の「あなた」が唯一だと思います。

書店同僚のみずき(山本亜依)が「飲みにいきませんか?」と(社交辞令的に)誘いをかけた時も、そこに「森口さん」とか「佐知子さん」みたいな名詞はありません。

「僕」が場にいない時でも「僕」のことは、「あいつ」呼びで統一されています。

それでありながらもほとんど違和感がないんですよね。

柄本佑が演じる「僕」の名前は最後まで出てきません。僕が居そうで、どこにも居ない。

不誠実な僕は

ポルトガルのキャップをかぶった、そんな「僕」。
キャラクターとしては、結構社会をナメた男として描かれています。

「僕」は書店のバイトを連絡もよこさずにサボり、同僚・森口(足立智充)に休日出勤を強いた上に、その夜は佐知子(石橋静河)との飲みの約束をブッチ。

翌日、書店店長(萩原聖人)にたしなめられ、もうちょっとちゃんとしろと言われても反省する様子もなく、森口に対しても「体調悪くて。一日中寝てました」と言うだけで、すいませんでしたの一言もありません。

この男ね、謝らないんですよ。

約束を破られた佐知子も「怒った?」と訊く「僕」の問いに「びっくりした」と。あの「びっくりした」は引きがこもった「びっくり」だと思いますがどうでしょうか。
「僕」は佐知子に対しては一応「ごめん」と一言を発していますが、それに謝罪の意がこもっていないことは「やっぱり誠実じゃない人なんだね」の佐知子の言葉から明らかです。

「やっぱり」というところから見ても、彼の不誠実かつ適当さは書店の中では周知の事実なんでしょう。

「僕」は本の万引き犯を見たにもかかわらず無視します。
「僕」は「静雄って私と店長のこと知ってる?」と問いかけた佐知子に「言うわけないだろ、そんなどうでもいいこと」と一蹴します。

「僕」は万引きの一件で店長にバックヤードへ呼ばれたときも、手に持ったファイルをペンでパンパン叩きながらついていきます。「僕はクビでもいいですよ」とのたまいます。
「僕」は仲直りをしたいと言ってきた森口に無の感情で接し、挙げ句の果てには彼の軽口に逆上して殴りかかります。

いや。嫌いですわこういう奴。面倒くさい。絶対謝らないマン。

多分“あの歳でバイト”の森口はプライドとか色んなものを犠牲にして「僕」と仲直りしたいと申し出てきたはずですし、店長も色んな言い方を考えての呼び出しなはずなんですよ。

その思慮に対して誠意が全くない。ガキかよこいつ。

なんでこんなやつが(佐知子に)モテるんだと、きっと店長は思っていることでしょう。
佐知子の心だってだんだん離れていってしまうんじゃないでしょうか?

ただし、そんな不誠実な「僕」を、静雄(染谷将太)は肯定します。

2対1の反転

「でもあいつ何か、不思議な明るさがあるじゃない?裏表がないし」 (静雄)
「たまに何考えてるかわかんない時ない?」 (佐知子)
「ああ…でもいやなんか、本当に考えてない気もする」 (静雄)

静雄は「僕」の媚びなさを肯定的に捉えています。「僕」との二人暮らしを楽しいと表現します。

相手目線に立って考えることをほぼしない「僕」と異なり、静雄は佐知子に寄り添いながらコミュニケーションを取っていきました。

「このシャツいいね。凄い好き」

このセリフをサラッと言えるのまじイケメン!
コンビニに買い出しに行った時も、「持つよ」とサラッとカゴを持っていましたね。

僕と佐知子、佐知子と静雄

もともとこの3人は「僕」と付き合う佐知子、そして「僕」の友達という立場の静雄、という関係性でした。
「僕」&佐知子静雄という2対1の構図といってもいいです。

佐知子が2段ベッドで「めんどくさい関係は嫌だから」と言っていましたが、「僕」と佐知子が一般的に言う“付き合っている”のかどうかは微妙ですね…

そんな佐知子と「僕」に、静雄は彼なりに気を遣っていました。

「あいつなりに気遣ってんだろ。お互い干渉しないって決めてるんだ。相手の楽しみは邪魔しない。友達だから」 (僕)
「あなたの人生に静雄がいてよかったね」 (佐知子)

ある夏の夜に訪れたビリヤード場では、「僕」が佐知子の身体を支えながらレクチャーを施し、クラブに行った夜も、前半は幸子の肩に「僕」が手を回すのが基本でした。

けれどクラブの夜の途中で二人になったシーンでは、静雄が佐知子の肩に手を回しています。佐知子の表情も心なしかより嬉しそうに見えます。

クラブから出た時も先に歩く「僕」と、後からついていく佐知子と静雄。電車の中でも佐知子と静雄が座り、「僕」が立っていました。
1:2の反転です。

ラウンドワン的なゲーセンでやっていた、卓球のシーンなんて特に印象的でしたよね。
1回目は、「僕」と静雄は基本的にほのぼのとラリーを続けてます。たまに「僕」がカッコつけてスマッシュを打ちますが、すぐに悪ィって感じで笑います。

でも2回目の卓球場では、二人はラリーをやっていません。「僕」はガチにスマッシュを放ち、静雄はガチで球を拾っていきます。

これって「僕」が静雄を、佐知子をめぐるライバルとして捉えていることの表現のような気がするんです

複雑な関係の処遇に悩む佐知子が連絡し、呼び出したのは静雄でした。
そして彼女は静雄と「恋人として付き合う」ことを決断します。「僕」は恋人になれなかったわけです。

帰る人たち

ただし、ラストシーンで「僕」は120秒の沈黙を途中で破り、佐知子に想いを伝えに走ります。
冷めたように遠回しでカッコつけて、店長にも「佐知子のことよろしくな」と言われても無言だった彼は、そんな過去を振り払うかのように想いをぶつけました。

「全部嘘だ」
「俺、佐知子のことが好きだ」

佐知子のあの表情。髪をかき上げ、後ろを向き、前を向き、下を向き、また彼を見つめるあの表情。時間にして30秒ほどだったと思いますが、あの長い30秒間に何を感じたでしょうか?

ヒロインの何とも言えない表情で想像の余白を持たせる終わり方は、『さんかく』を思い出しました。

この『きみの鳥はうたえる』って、「帰る」映画だと思うんですよ。

「泊まっていけばいいのに」と言う「僕」に対して終電で帰る佐知子に始まり、ある夜明けにはみずきバイトの新人くんが、店長森口がそれぞれの帰路につくシーンがありますし、メインの3人が訪れた2回目のゲーセン(ダーツ)では微妙な空気感になると「もう帰ろう」と言い出します。

「僕」は静雄がいない部屋にも「ただいま」と言って帰っていましたし、キャンプから帰ってきた佐知子に「おかえり」と伝えています。

静雄は倒れたお母さんを見舞うため、故郷に(「僕」のブルーのシャツを着て)帰ります。

黒いTシャツを佐知子に貸していた静雄でしたが、「僕」のシャツを着て帰る姿には何だか胸が熱くなりました…

みんな楽しいひと時を終えて帰っている中で、じゃあ「僕」はどうなのかと。
そう考えると、彼の帰る場所が佐知子だったのではないでしょうか。初めて誠実に、彼はそのことに向き合えたのではないでしょうか。

佐知子が「僕」の告白を受けて、あの後どうするのかはわかりません。
今さら遅ぇよなのかもしれませんし、彼を受け入れるのかもしれません。

けれど「率直で気持ちの良い、空気のような男」みたいな綺麗事を振り払い、「僕」が初めて見せた泥臭さに、この作品の優しさを感じました。

多分「僕」は自分でもずるいとか格好悪いとか思っているはずです。それでも伝えなきゃならない事と場合があることに向き合えた。
全部が全部ひねくれていたわけじゃなかったんですね。

 

ひと夏の短い期間を描きながらも、とっても濃厚な映画でした。
作品内では描かれなかった「僕」の名前を佐知子が呼ぶその日を、楽しみに想像したいと思います。

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『きみの鳥はうたえる』の作品情報については、MIHOシネマさんの記事であらすじ・感想・評判などがネタバレありで紹介されています。映画をご覧になった方はぜひどうぞ!