映画『愛なのに』ネタバレ感想|不器用な純愛を優しく照らす名作

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こんにちは。織田です。

今回は2022年公開の映画『愛なのに』をご紹介します。
古書店を営む主人公に瀬戸康史さん

城定秀夫さんが監督を、今泉力哉さんが脚本を務めた本作品は、二人が互いに脚本を提供してR15+指定のラブストーリー映画を制作する企画「L/R15」の一本です。

もう片方の『猫は逃げた』(3/18公開)では、今泉さんが監督を、城定さんが脚本を務める形になっています。

以下、映画公式サイトからキャッチフレーズを引用します。

女子高生の求婚、憧れの女性の結婚——。
古本屋店主・多田浩司の受難
真っ直ぐ厄介愛情の日々。

いや、本当にこの通りで、素晴らしかったです!!
結論から言いますと、『愛なのに』、とっても良かったです!

愛に翻弄される人々を描きつつ、ドロドロになりすぎることも説教チックになりすぎることもなく、主人公たちの不器用な関係を優しく描いていて、それは「恋」ではなくて「愛」なんだと改めて鑑賞後に実感しました。

他人事とは思えないところも多々あり、“愛”を描いた映画としてはマイベストムービー級でした…!

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。映画未見の方はご注意ください。



あらすじ紹介

古本屋の店主・多田(瀬戸康史)は店に通う女子高生の岬(河合優実)からプロポーズされるが、多田はかつてのアルバイト仲間である一花(さとうほなみ)という女性を忘れられずにいた。一方、一花は自身の結婚式の準備に追われ多忙な毎日を送っていたが、婚約者の亮介(中島歩)はウェディングプランナーの美樹(向里祐香)と浮気しており、彼女はその裏切りを知らずにいた。

出典:シネマトゥデイ

構造としてはシンプルです。主人公の多田(瀬戸康史)は片思いの矢印を女子高生・岬(河合優実)からぶつけられ、片思いの矢印をかつてのバイト仲間・一花(さとうほなみ)に未練がましく向けています。その一花は結婚式を控えていながらも、婚約者の裏切りを受けていました。

とはいえ多田が直面するのは愛憎ドロドロの三角関係ではなく、先ほど引用したような「受難」でした。多田に訪れるのは基本的に困惑です。
このあたりが、『愛なのに』がラブコメであることの一つの証かもしれませんね。

スタッフ、キャスト

監督 城定秀夫
脚本 今泉力哉、城定秀夫
多田浩司 瀬戸康史
佐伯一花 さとうほなみ
河合優実
亮介 中島歩
熊本美樹 向里祐香
正雄 丈太郎

丈太郎さんが演じた正雄くんは岬ちゃんに想いを寄せる同級生役です。
多田の友人役で毎熊克哉さんが出てきますが、悪戯っぽい笑顔が相変わらず素敵…!笑

この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



連鎖する傷

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

それでは映画の感想に入っていきます。

『愛なのに』をご覧になったみなさんは、登場人物にどういう感情を抱いたでしょうか?

主人公の多田(瀬戸康史)が直面した受難。

その一つは、女子高生の岬(河合優実)から寄せられた唐突&しつこい求婚であり、もう一つは多田が未練を断ち切れずにいた一花(さとうほなみ)から「婚約者への仕返しのために浮気相手になってほしい」という依頼だったのではないかと思います。多田さん、振り回されまくっています。

登場人物の関係図

多田が一花の当てつけワンナイトに巻き込まれた理由としては、一花の婚約者・亮介(中島歩)の浮気が発覚したからですよね。

傷ついた一花は、亮介に同じ境遇を味わわせようと画策。目には目を、歯には歯を精神で、多田を利用しようとします。

そもそもの発端を生み出した亮介はもちろんのこと、多田を巻き込んだ一花もなかなか酷いと思うかもしれません。一花のお願いを断りきれなかった多田もクズ男だよねと見る向きもあるかもしれません。

そんな中、この映画を観ていく上で印象に残ったのは登場人物たちの負う「傷」でした。

彼らに刻まれた傷を見ていきましょう。

多田の負った傷

まずは主人公の多田(瀬戸康史)です。古書店の店主を営む姿は、今泉監督の『街の上で』の主人公を思い出させますね。スマホの入力はローマ字キーボード派のようです。

多田の傷とはすなわち、好きだった女性・一花にワンナイトの相手として使われたことです。そこにあるのは婚約者・亮介へ対する彼女のリベンジだけであり、多田の好意は利用された形になります。
多田はそれを承諾した上で、一花と体を重ねないといけませんでした。

愛情もへったくれもないですよね。

好きだった、今でも想いを断ち切れない女性に、彼女の雪辱目的を遂行されるためだけに誘われる。

「俺とやったって彼に言いなよ。それで十分彼は傷つくよ」

正論です。最大の解決策です。それでも多田は一花の願いを断りきれず、関係を結びました。
一花の傷を共有する立場になってしまいます。ああ何という貰い事故。

一花の負った傷

多田を巻き込んだ形になった一花(さとうほなみ)ですが、彼女の傷を考えると仕返しに走るのも致し方ないと思います。

結婚式を控えながらも、新郎になる男はいつも自分任せで共同作業をしてくれない。我慢の限界が弾けたのは亮介の浮気発覚ですが、そこに至るまでに彼女の不満の風船は確実に膨らんでいました。

仕返し、雪辱と書いてきましたが、要は浮気をした亮介を同じ目に遭わせたい、また、自分が亮介と同じ浮気する側になった時にどんな気持ちになるのかを知りたいということですよね。

彼女が口にした「許せない」に折り合いをつけるために——実際消化なんてできないんでしょうが——、一花は多田を誘い、彼自身ではなく彼との関係性を求めて体を重ねました。

浮気って発覚すれば必ず、された相手が傷つきますよね。その痛みに想いを馳せられるかが浮気を思いとどまるストッパーになるわけですが、残念ながら亮介はそこまで思い至る男ではありませんでした。

傷の連鎖の導火線となった亮介を見ていきましょう。

浮気と利益

一花(さとうほなみ)は多田(瀬戸康史)に連絡する前、立ち飲み屋でおじさんにナンパされていましたよね。
けれどあっさり断っていました。あのおじさんではダメなんですよね。多田じゃなければいけなかった。

一花の相手が多田でなければいけない理由は、彼女が聞かされた亮介(中島歩)の浮気談に由来します。

ラブホのライターをポケットから発見されて浮気がバレた亮介。
しかし彼は、一花の目の前で一世一代の芝居を演じて見せます。

嘘をついて守りたかったもの

亮介の浮気相手は、自分たちの結婚式を担当するウェディングプランナー・熊本美樹(向里祐香)でした。

しかしイケボの亮介、浮気を謝罪しながら、架空の女を浮気相手に仕立て上げます。
浮気に至った言い分はこんな感じです。

俺のことを昔好きだった女性と、久しぶりに飲み会で会った。一花もバイト時代に自分を好きだった男がいるって言ってただろう?彼と同じ感じ。
彼女は不遇な現在を送っているらしく、可哀想なんだよ。話を聞いていたら助けになってやりたいと思い、彼女の想いに応える形で寝た。しかしやっぱりこういうのは良くないよねと思って関係はこれきりにしようと帰ってきた。本当にごめん。

神妙な面持ちで、申し訳なさそうに、だけども終始泳ぐ目。
こ の 男 は ! !

正直に熊本さんとの関係を明かせば、絶対に収拾できないほどの修羅場に突入し、彼女に信頼を寄せていた一花が傷つくことは容易に想像できます。浮気自体がもたらす傷には思い至らない亮介でしたが、そこは勘が働きます。

少し前に一花から聞いた多田のエピソードを引用して、一花にもそういう対象の人っているだろ?と自分の立場への共感を煽り
「彼女」の不幸エピソードを並べ立てることで「彼女」が自分に縋り付く“やむを得なさ”を説明して(あわよくば)共感してもらい、なおかつ自身の“やむを得なさ”もアピール、
もう絶対にしない、これはワンナイトの過ちだったと謝罪で締めくくります。

のちに熊本さんとの関係を終わりにしようと言っていることからも、彼が守りたかったのは熊本さんとの関係ではなかったと思うんですよ。自分自身です。

得られる利益

そもそも論ですけど、なぜ亮介のような立場の人間(男女関わらず)が危険を冒して浮気をするかというと、恋人以外の人間と関係を持つことによる快楽です。

背徳感やスリリングな状況自体が楽しい人もいるでしょうが、多くの浮気者が感じるであろう魅力とは、自分の求められる場所が恋人以外に「も」あること、翻って自分の存在意義や自己愛の充足につながっていくことだと思っています。

私の好きな映画『恋の渦』(2013)に、ナオキくんという浮気野郎が出てきます(余談ですが声が本作品の亮介と結構似てる)。

彼女持ちの彼は浮気相手に「俺はサトミ(彼女)っていう確固たる存在があるからこそ、浮気をする」、みたいな浮気論をのたまうんですが、そういうことだと思うんですよ。
「離れない存在である恋人」がいてこそ、その前提関係に甘えた上で、安心して「浮気」をするんですね。

乗り替え前提で浮気をする人とはここが根本的に違います。

亮介にとっては一花という婚約者の存在があった上で、熊本さんとのイケナイ関係も上手くいってるわけで、自身が相手に求められる複数の関係性を有していることが彼の利益なんじゃないかなと思いました。

一方で一花は、「浮気」に伴う複数の関係性には喜びを見出しません。多田に求められたわけではないですしね。

しかし多田の体を知ることで、亮介からは得られなかった快楽を体験することになります。

亮介が熊本さんとの関係を続けていたのと同じように、一花も「利益」のために多田との関係を続けたいと思うようになりました。

亮介に下された罰

快楽を追求して多田のもとを再訪した一花は、神様の御心(みこころ)に背く形となりました。彼女の精神面にどれほどのダメージを与えたかはわかりませんが、御心の意味を知った一花はとりあえず罰されました。

で、亮介です。

熊本さんとの関係に終止符を打ったこと自体は、彼にとってノーダメージです。
けれどもう少し別れを名残惜しんで欲しかったんでしょうね、亮介は熊本さんに自分の物足りない部分を尋ね、「下手」という答えを受け取ります。

ここで彼が積み上げてきた自信とか“求められている”充足感とかが一瞬にして揺らぎます。俺、下手なのか。

追い打ちをかけるように熊本さんは、彼がどれほどのレベルで「下手」なのか、奥さん(=一花)が他の男を知ったら亮介さんの下手さバレますよ…と忠告しました。

「下手」というのは技能のレベルの話ですから、料理が下手だとか、泳ぐのが下手だとか、歌が下手だとかと同じです。
けれど料理や水泳、歌唱のように「苦手」と言いづらい部分もあるわけで、下手の烙印を押されると悩ましいわけです。その技能を求められるシチュエーションの都合上、傷も負います。

料理教室やスイミングスクールみたいに上達を約束する場所もありません。熊本さんはお店にかよったら?と提案していましたが…。

独身男だったらまた違うものの、度々書いてきたように亮介には一花というステディな関係の婚約者がいます。その一花に「下手」を見透かされ、愛想を尽かされるかもしれないという不安を、今後亮介は背負っていかなければなりません。

これは詭弁によって被害を最小限に食い止めてきた亮介に下された罰であり、刻まれた傷です。

聞かなきゃよかったと思うでしょうね…ちょっと同情します…

実際に一花は亮介が「上手くはない」ことを知ってしまいました。もちろん亮介の預かり知らないところで。

ただこの映画が優しいなと思うのは、そんな一花は結局亮介との結婚を選んだということです。

亮介の「下手」の対になる「上手」は「自分に快感を与えてくれる者」です。ただし快感を味わわせてくれるのは、必ずしも体の関係だけではないですよね。

包容力だとか優しさのような人間性かもしれませんし、金銭面の豊かさかもしれませんし、見た目の良さといった外見的なステータスかもしれません。

多田と寝たことで一花が快楽に目覚めたことは確かですが、愛の形ってそれだけじゃないよねと示してくれるような未来だと思いました。



なぜ求婚なのか

最後に、多田(瀬戸康史)に突然のプロポーズを敢行した岬(河合優実)から、「結婚」という文脈を考えてみます。

(少なくとも多田からすれば)認知していなかった相手から、いきなり「好きです!」と言われるケースはあるものの、彼女は「結婚してください」です。「付き合ってください」ではありません。
幼馴染みが「将来絶対結婚しようね」と約束するような形でももちろんありません。

告白して付き合ってお互いを知っていくというプロセスをすっ飛ばして、岬は多田に求婚します。手紙に思いの丈を綴って。
私年齢的にも結婚できるんで。問題ないですよね?

岬ちゃんと多田の問答がこの映画にラブコメ風味を加えているわけですが、岬の行動がなぜ「求婚」だったのか考えると、そこにあるのはやっぱり「愛」だと思うんですよね。

結婚論

ウェディングプランナーとして働き、一花(さとうほなみ)亮介(中島歩)のブライダルも担当する熊本さん(向里祐香)は、亮介に「結婚とは自分の家族と相手の家族を幸せにすること」だと持論を展開します。

仕事柄、カップルの結婚式に携わっている彼女からすると結婚とは“契約”であり、それは自分ではなくて周りの人を幸せにする契約だということですね。わかります。結婚式で一番喜んでいるのが親御さんであることはよくあります。

けれど岬の場合は違いますよね。

彼女が求婚に至った行動心理は家族どうこうではなくて、私が多田さんのことを好きだからという真っ直ぐな愛に基づいたものです。そもそも岬の両親は彼女が多田と関わることを許していません。

愛の形として行われる(傍からみれば不純異性)行為にも、そういうのはまだいいんで、とすっ飛ばします。何なら「自分が幸せになりたい」みたいな願望すら飛び越えているように見えます。愛です。純愛です。

そしてこの映画は最後に夫婦茶碗を用いて、「結婚」を求める岬を優しく照らしてくれました。マジで完璧でした。声が出そうになりました。

それまでは一花、亮介、熊本が絡む、だらしなくて純粋な愛とやらに多田が翻弄される“大人”の世界の外側から愛を叫んでいた存在に過ぎなかった岬でしたが、あの夫婦茶碗の登場によって彼女が求める「結婚」を本気で肯定してくれたように思えました。

これは上で述べた、亮介と一花の未来に感じた前向きさと同じです。

 

『愛なのに』。「愛」をテーマにした映画では、マイベストムービーとしたいレベルで最高でした。
3月公開の『猫は逃げた』も楽しみにしたいと思います。

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