映画『ちょっと思い出しただけ』ネタバレ感想|このタイトルはあまりにも秀逸

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こんにちは。織田(@eigakatsudou)です。

皆さんは自分の誕生日を迎えたときに、1年前は何をしていたか、2年前は何をしていたか、3年前、4年前…と遡っていくことはできますか?

1年前はこんなものを食べただとか、何をしていたかだとか、誰と過ごしていただとか、思い出すことができる人もいれば思い出せない人もいるかもしれません。

「1年前のこの日」「2年前のこの日」という具合に日別のメモリーを出してくれるiPhoneの写真アプリやGoogleフォトなどで回顧する方もいるかもしれませんね。

 

今回ご紹介する映画は2022年公開の『ちょっと思い出しただけ』

『くれなずめ』『アズミ・ハルコは行方不明』などの松居大悟監督が脚本も務めています。『ナイト・オン・ザ・プラネット』を自身のオールタイムベストに挙げる尾崎世界観氏が書き上げたクリープハイプの主題歌・「ナイトオンザプラネット」に松居監督が触発されて作られたオリジナルストーリーだそうです。
(※出典:CinemaCafe.net

この映画は照生(池松壮亮)葉(よう=伊藤沙莉)の二人の恋愛模様を、照生の誕生日である7月26日という特定の一日を通じて描く物語。

基本的には過去を回顧していく形式なので『花束みたいな恋をした』(2021)にも似たエモーショナルな作品です。

エモい!という評価を聞いていたので鑑賞に至った次第ですが、自分の過去を徹底的に殴られた『花束みたいな恋をした』とはまた別の感覚を受けました。後悔の念に駆られるというよりも、過去を愛でることができる優しい映画でした。

松居監督の作品では『スイートプールサイド』が一番好きだったんですけど、過去最高を更新しました…!

この記事では下記の3つの観点から『ちょっと思い出しただけ』の魅力を探っていきたいと思います。

  • とある一日を遡る手法
  • 364日の変化の描き方
  • 過去と現在の肯定

作品のネタバレや展開に触れていきますので、未見の方はご注意ください。



あらすじ紹介

2021年7月26日。34歳の誕生日を迎えた佐伯照生(池松壮亮)は、サボテンの水やりなどをしてからステージ照明の仕事へ向かい、ダンサーにライトを当てていた。一方、タクシー運転手の葉(伊藤沙莉)は、客を乗せて夜の東京を走っている。トイレに行きたいという客を降ろした葉は、どこからともなく聞こえる足音に導かれて歩き出し、照生が踊るステージにたどり着く。さかのぼること1年前の7月26日。照生は自宅でリモート会議をし、葉はマスクを着けて飛沫シートを付けたタクシーを運転していた。

出典:シネマトゥデイ

マスクの有無でコロナのある世界かない世界かを測る昨今ですが、こちらのあらすじにもある通り、2020年から本格化したコロナ禍での生活様式を落とし込んだ作品ですね。

スタッフ、キャスト

監督・脚本 松居大悟
佐伯照生 池松壮亮
野原葉 伊藤沙莉
中井戸 國村隼
泉美 河合優実
康太 屋敷裕政
ミュージシャン 尾崎世界観
さつき 大関れいか
フミオ 成田凌
タクシーの客 安斉かれん
タクシーの客 高岡早紀
ジュン 永瀬正敏

池松壮亮さん伊藤沙莉さんはもう圧倒的でしたね。
会話だけにとどまらない二人のコミュニケーションは何度でも観たい…!

 

『ちょっと思い出しただけ』のあらすじや評判、口コミはMIHOシネマさんの記事でも読むことができます。(ネタバレなし)
ぜひご覧ください!

この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



とある一日を遡る

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

“ある一日”だけで遡る、ふたりの6年間

『ちょっと思い出しただけ』のポスターにはこのようなフレーズが添えられています。

起点は2021年の7月26日。この日は主人公の照生(池松壮亮)の誕生日です。

タクシー運転手の葉(伊藤沙莉)が、かつての恋人の誕生日に、その人と過ごした思い出を“ちょっと思い出しただけ”というお話ですね。

物語の時制は照生が住む部屋にかけられたカレンダー付き時計によって示されます。
年は表記されていなく、月(July)、日にち(26)、そして曜日が施された時計なので、そのカレンダーが何曜日を指しているか、でそこからのシーンが何年の7月26日を切り取ったものなのかを類推していく形ですね。

JUL 26 MON (2021)
JUL 26 SUN (2020)
JUL 26 FRI (2019)
JUL 26 THU (2018)
JUL 26 WED (2017)
JUL 26 TUE (2016)

「遡る」という言葉からもわかるように、2021年から1年ずつ7月26日を遡っていく手法をとっています。

変わっていく環境の表現

同じように特定の一日を数年間にわたって切り取った映画として、『青の帰り道』(2018)があります。

こちらも登場人物の誕生日である夏の一日を基準点に、毎年の同じ日を遡りではなく順行で辿っていく物語でしたが、『青の帰り道』では映画の背景に当時の世相を落とし込むことで“あの頃”への普遍的な共感を呼び起こしていました。例えば流行語とかオリンピックとかですね。

だから『青の帰り道』の登場人物が通ってきた夏の一日に対して、私たちも確かにそこにいたよねという記憶が想起されました。

平成後期の年表的な見方としても面白い作品でした!

『ちょっと思い出しただけ』では、環境面の時代変化を表す描写がコロナの前か後か、くらいしかありません。葉と照生が過ごしたある年の7月26日に、そういえばあの年の夏はこうだったねと自分たちを投影するという映画ではないと思います。

逆に言えばコロナ前/後の変化が際立つ形となり、コロナ前の生活様式に対してノスタルジーを抱かせる要因にもなっているのではないでしょうか。

タクシーの運転手をしているがマスクをして、「(この情勢で)オリンピックやるなんて思いませんでしたね」と話したり、コロナの前後でお客さんの数がどれだけ変化したかとか、タクシーの客との雑談から時勢を匂わせます。
「コロナ早く終わってほしいですね」で締めるまでが定型です。

タクシーの運転手さんとの会話って、大体が当たり障りのない世間話ですよね。逆に親しい人と「本当にオリンピックやるなんて思わなかったね」なんてレベルの会話はあまりしません。

タクシーの運転手と客という関係を使って、環境的な経年変化を示していたのはとても自然でした。

364日の余白

けれど葉(伊藤沙莉)照生(池松壮亮)の二人の変化が描かれていないかといえば、もちろんそうではありません。

二人はとある時期で恋人の関係を解消し、照生はダンサーから照明スタッフへと立場を変えています。
二人の呼び合い方とか、照生の髪の長さとか、葉の髪型、メイクにもその年々で変化が表れています。

ただ、その変化や置かれた状況は「7月26日」の瞬間的なものです。
その状況、心境に何故至ったのかは、残りの364日(うるう年だと365日)が持つ余白の部分に対して想像していく必要があります。

例を挙げると、葉と照生が付き合った日や別れた日は、7月26日ではない364日のどこかです。

どういう変遷を経て二人が付き合ったのか、また別れたのか。その“流れ”については描かれることなく、「7月26日」の二人の様子や会話から想像するしかないんですよね。これは足を怪我してダンサーから照明スタッフに転向した照生の転職についても同様です。

ある期間を回想するのではなくて、ポイント地点の一日を思い出す。
『ちょっと思い出しただけ』というタイトルは言い得て妙だと思います。

で、その点と点を線で繋いでいく部分は、観ている側に託される。
遡っていく手法も相まって、その想像作業はとても楽しかったです。

「ある日」が「その日」である意味

「ある一日」とは書いたものの、映画の舞台となる一日がどこでも良かったかというとまた違いますよね。
例えば1週間前の7月19日でも成り立つかといわれれば多分無理です。

7月26日が選ばれた理由はもちろん照生の誕生日だからです。

その日が仕事だったり学校だったり休日だったり、年によってどう過ごすかは変わってくる中で、(照生にとって)自分の誕生日という事実は変わりません。
誕生日を知っている人はおめでとうと言うでしょう。自分自身はあぁまた歳を取ったと思うでしょう。

他の日と比較すると、「おめでとう」「ありがとう」のコミュニケーションが約束されています。これは1年ごとに変わっていく立場・状況に対して変わらないものですよね。

ある日を「ちょっと思い出す」ことにはきっかけが必要です。その契機としていろんな規模の記念日がある中で、この映画の二人には誕生日が選ばれています。
また公園のベンチに佇むジュン(永瀬正敏)にとっては、命日という形ですよね。まあ彼の場合は「ちょっと思い出しただけ」では言い表せないものなんでしょうけども。

だから7月26日にはきっと他の日よりもちょっと多くの思い出が詰め込まれていて、この日を“ちょっと思い出す”ことができるんだと思います。返す返すもあまりに秀逸な題名です。

『花束』との違い

高円寺の画像

(出典:写真AC)

冒頭で少し触れましたが、『花束みたいな恋をした』(2021)も“現在”を起点にして元恋人との恋愛を辿っていく映画でした。
「恋をした」とあるようにその恋は過去形です。

出会って付き合って、同棲して社会人になってすれ違って、絹ちゃん(有村架純)麦くん(菅田将暉)の二人の過ごしてきた数年間が流れとして連続的に描かれています。「余白」の部分も春夏秋冬で徹底的に描写されています。

『ちょっと思い出しただけ』の、刹那的な地点の列挙とは対照的ですよね。

私個人としては劇中の2人と同じような破局を経験していたので、刺さるというよりも徹底的に過去を殴られる映画だったんですけど、その根底には「花束みたいな恋」への未練・後悔がありました。

あの時にこうしていれば良かったとか、何故あんな態度を取ってしまったんだろうとか。
もちろん楽しくて素敵な思い出もたくさんあったわけですが、別れてしまった「後」が起点になっている以上、最初に来るのはやっぱり悔恨なんですよね。二人で過ごした期間が素敵だったからこそです。

未練からの逸脱

けれど『ちょっと思い出しただけ』を観て、未練とか後悔は感じませんでした。
「あの年のあの日、あんなことがあったなぁ」と“ちょっと思い出すだけ”です。

これは葉(伊藤沙莉)がタバコきっかけでナンパされた康太(屋敷裕政)と結婚して子どももいる現在(2021)が提示されていることが大きいですよね。
軽薄でしつこいナンパ野郎と思われた康太ですが、彼と葉が結ばれたのも前述した364日の余白の中です。

この男100パー引き立て役っしょと思ってたら違いましたすみません…!

だから“ちょっと思い出しただけ”に過ぎない葉は過去への悔恨がきっとないんですよ。むしろ照生との過去を肯定して、現在の家庭生活を送っていると思います。
重くない。あくまでも前向きです。過去を愛でて肯定できる貴女に幸あれ…!

タバコをスパスパ吸っていた葉がコロナ下の現代ではどうして吸っていないのか不思議に思っていましたが、彼女の家庭が明らかになったことでその疑問も解決されました。蛇足ですけど。

 

『ちょっと思い出しただけ』。タイトルに偽りのない素敵で優しい作品でした。
個人的には刺さるというよりも沁みた映画だったので、また鑑賞しようと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

こんな映画もおすすめ

青の帰り道

出演は横浜流星さん、真野恵里菜さん他。群馬と「上京」を絡めながら、若者たちの10年(平成後期)の軌跡を描いた青春作品です。作内の登場人物と同じ1990年世代をはじめ、その付近の年代の方はきっとノスタルジーを感じるはずです。

花束みたいな恋をした

好みが似ている二人が過ごした5年間を描いたラブストーリー。カルチャーシーンに造詣深めな二人との共通点を探っていくのも見どころです。個人的にはかなり傷を抉られましたが、恋愛映画の最高峰だと思います。
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