映画『今夜、世界からこの恋が消えても』ネタバレ感想|泉が背負う遺志と覚悟と優しさと

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こんにちは。織田です。

今回は2022年公開の『今夜、世界からこの恋が消えても』をご紹介します。

三木孝浩監督。脚本は月川翔さん松本花奈さん
道枝駿佑さん福本莉子さんが主演を務めています。

製作陣からもキラキラ感動映画の匂いが十分に漂ってくる中、予想通り、いやそれ以上の作品でした。泣きました。

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。



あらすじ紹介

クラスメートに促されるまま、神谷透(道枝駿佑)が日野真織(福本莉子)にうその告白をすると、彼女は本気で好きにならないことを条件に交際を承諾する。やがて互いを知るにつれ、透は本気で彼女に惹(ひ)かれるようになるが、真織は一日ごとに記憶を失ってしまう難病「前向性健忘」であることを明かす。記憶をつなぎ留めようと一日の出来事を日記に記す彼女に対し、少しでも幸福な時間を過ごしてほしいと願う透だったが、自らも重大な秘密を抱えていた。真織の幸せを守るため、透はある計画を練る。

出典:シネマトゥデイ

スタッフ、キャスト

監督 三木孝浩
原作 一条岬
脚本 月川翔、松本花奈
神谷透 道枝駿佑
日野真織 福本莉子
綿矢泉 古川琴音
真織の父 野間口透
真織の母 水野真紀
透の父 萩原聖人
西川文乃 松本穂香
この後、本記事はネタバレ部分に入ります。映画をまだご覧になっていない方はご注意ください。



映画のネタバレ感想

以下、感想部分で作品のネタバレや展開に触れていきます。未見の方はご注意ください。

 

身構えてはいたけれど

この映画のタイトルは『今夜、世界からこの恋が消えても』です。
「消える」という言葉が使われていることで、主人公たちに何かしら逆境が訪れることが予想されます。

また「消える」の主語は「この恋」。
恋がどのように「消えて」しまうのか、あるいは消えそうになってしまうのか。そんなことがタイトルから想定できます。

今さら述べるまでもないかもしれませんが、三木孝浩監督は『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』などに代表される青春系感動作の担い手です。

脚本の月川翔さんは『君の膵臓をたべたい』『君は月夜に光り輝く』といった、“私(僕)とキミ”の感動作を送り出し、松本花奈さんは『明け方の若者たち』で、ストーリーに鮮烈なアクセントを加えていたことが記憶に新しいと思います。

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なので、私は『今夜、世界からこの恋が消えても』を鑑賞する前、めちゃめちゃ身構えていたんですよね。
泣かせにくるだろうと。どう泣かせにくるのかと。

予想通り、泣かせに来てるのはわかりました。
透くん(道枝駿佑)が未来でいなくなることも、早い段階で予想がつきました。
舞台はキラキラ青春物語の量産地区・湘南。

予測可能な展開なんですよ。物語は敷かれた線路を脱線することなく走っていきました。

でも、それ以上に破壊力が凄い。泣きました。マジで泣きました。

その理由が何かと聞かれれば、私は“切なさ”と答えます。

“切なさ”はどのように植え付けられていったのか。
そのへんをお話ししていきたいと思います。

「消える」記憶

この物語の主人公・日野真織(福本莉子)は、一度眠るとその日の記憶を失ってしまう「前向性健忘」を抱えています。

2019年の4月27日に事故に遭った彼女は、「その日にあったこと」を思い出すため、5月5日から日記をつけています。
「寝る前に 必ず日記を書きましょう」という張り紙が見えます。

彼女の記憶のことを知っているのは、両親(水野真紀、野間口徹)と、信頼できる友達の泉(古川琴音)だけです。

このあたりは月川監督の『君の膵臓をたべたい』での、桜良と恭子の関係に似ていますね。

『今夜、世界からこの恋が消えても』における一番大きな障壁とは、真織の「忘れてしまう」記憶。

私たちはそれを、日記をつけるルーティンや彼女の部屋に貼られた無数の張り紙という、行動指示によって知ります。この行動指示や日記に出来事を残す行為というのは、薬を服用したり治療したりすることと同じような、彼女の健忘に対する療法です。
真織を助ける一方で、縛り付ける鎖でもあります。

『明日の記憶』(2006)という映画でも家での張り紙によって主人公を導いていくシーンがありますが、あの描写は何とも切ないです。張り紙の効用がわかるだけにしんどいです。

真織は目を覚ますたびに、自分が記憶を失う病気であることを日記によって告知されます。明日も。明後日も。来週も。

その切なさたるや、ですよね…。

忘れてしまうことを毎朝突きつけられて、決して清々しい気分ではない中で、彼女はリビングに降りていき、示し合わせたような両親の「…おはよう!」を受けて、そして両親から励まされてから食卓につくわけです。毎日です。

真織はもしかしてこのやりとりを毎日やってるの?と両親に問いかけていました。
申し訳なさや不甲斐なさが同居した彼女の感情や、そう思わせてしまうことへの心苦しさを感じる両親。どちらの心境を考えても、見ていてつらい…。

「忘れる」ことの何が切ないのか

江ノ島の写真

江ノ島(出典:写真AC)

「覚えていない」「忘れてしまう」症状を抱えている人の物語において、傍観者である私たちはどういう点で切なさやしんどさを覚えるのか。

それを考えると、忘れられるはずのないポジティブな思い出を、覚えてもらえていなかったという「相手」方を見た時ではないでしょうか。

この映画でいえば、サンシャイン水族館で買ったペアのキーホルダーのことを真織が覚えていなかったシーンが象徴的です。
あれで透(道枝駿佑)は少なからずショックを受けていましたし、一緒にいた泉(古川琴音)も、真織を支えるにはこういうことにも向き合っていかなければならないと言っていました。

傍観的に見ている私たちは、泉ちゃんの立場が近いのではないでしょうか?

透くんが受けるショックも想像できますし、“自分が覚えていないことを知らない”真織の立場を考えるだけで切ない。

あの日あんなに楽しかったはずなのに、記憶はすっぽりと抜け落ちていて「思い出」になることができないんですよ。なかったことにされてしまう。

だから、真織と付き合っていくには彼女の記憶障害による忘却という痛みを、静かに受け止めていく必要が透くんにはあるわけです。

透と泉の嘘

もちろん真織に対して、何で覚えてないの?なんて言えるはずがありません。

自分が大切なことを覚えていなかったことを知った真織がどれほどの傷を負うかは誰でもわかります。
真織が毎日、日記や写真フォルダから記憶を必死に呼び起こし、“昨日を踏まえた自分”を装備していることも、泉や透は知っています。

真織を傷つけないためには、彼女が“記憶を忘れてしまう”ことに起因するショックを与えないよう、時には嘘も必要になってきます。

その一つが、透は泉の記憶障害のことを知らないということになっている、ことです。

具体的には、真織が自分のことを透に話した記憶、というのを日記から破って抹消したということですね。もちろん真織に余計な心労をかけないように透が画策したことです。

泉は透の「明日の日野」「今日の日野」という言葉を聞いて、透が真織の事情を知っていることに気づきました。
それでも透を彼女から引き剥がすことなく、知らないていで彼女を支える透を信頼し、尊重して、内緒の嘘を共有することになります。

この映画は透と真織の間で構築していく恋愛模様はもちろん、透と泉の間で積み上げていく信頼関係も見事だったと思います。

事後の転換

透は真織のそばにいることを誓い、真織もそれに抗うことなく透を受け入れます。
青春映画の代名詞・夏祭りと花火大会で、疑似的な恋人を演じる上での3番目の条件を二人は破り、正真正銘の恋人として向かい合っていきます。

みなとみらいや江ノ島、モノレールに海浜公園をはじめとした神奈川随一のキラキラスポットで、二人は楽しい時間を紡いでいきました。真織はなくなってしまう記憶ではなく、日記や写真フォルダに記録していきます。透も彼女の日記を自分と過ごす楽しい時間で埋めていきました。
順風満帆です。

ただ同時に、観ている我々とすれば、タイトルにある「この恋が消えても」が引っ掛かります。
いつどこで何が消えるのか。

映画序盤で2022年の真織が登場し、泉が登場し、「神谷透くんを忘れないで」の付箋があったことから、いなくなるのは透だということは早い段階で想像がつきました。

ただこれは本当にびっくりしたんですが、透くんはあっさりと物語から退場してしまいます。お母さん(野波麻帆)と同じ病気を患って。

そして真織と透を中心とした客観的なものが中心だった物語の視点は、突如変換しました。
この世界に残された、綿矢泉に。

泉が背負うもの

真織と付き合っている(らしい)神谷透に対し、序盤の泉は警戒していました。真織につきまとう変な虫、くらいの感じだったかもしれません。
『キミスイ』の“僕”に対する恭子みたいな感じでしょうか。

ただし、自身が推す作家・西川文乃を透も尊敬していると聞くと評価は一変。
自分の好きなものを好きだという同類に対して、一気に壁がなくなっていくのは皆さんも経験があることでしょう。その好きな対象が世間的にマイナーであればなおさらです。

上で書いたように泉は透に信頼を寄せるようになり、また逆も然りです。接し方を間違えれば崩れかねない真織の秘密と向き合っていくのは決して簡単なものではないと思いますが、泉は透とその重さをシェアしていたのではないでしょうか。

その世界から透がいなくなりました。泉と真織が残されました。

透は泉に自らの存在を真織の“記録”から消去することを泉に託しました。真織の日記を改ざんするという形で。

それまでは真織と透の日々を映していた視点は、泉の主観的なものに転じます。
傍観していた鑑賞者は、泉に感情移入することを余儀なくされます。

この映画の「主人公」という意味では、綿矢泉なのではないでしょうか…?

彼女が一人で全部背負うんですよ。透の遺志と、透のいなくなった真織の過去・現在・未来を全部。

「信頼のおける友人」として記録されているだけに、真織の両親も泉の選択を尊重し、一方で彼女“だけ”が背負うことに対して何の違和感も持っていません。よくありがちな「子どもを過保護的に守る親」とは一線を画する真織の両親でしたが、この部分の泉に対しては甘えがあったと思います。

泉ちゃんは大丈夫なのか。つぶされてしまうのではないか。私たちは少なからずの危惧を抱いて彼女を見守ります。見守ることしかできません。

背負って生きること

横浜の写真

横浜。2022年筆者撮影

泉の背負う十字架は重いものでした。透の遺志も、真織への罪悪感も、一人の親友が背負うものとしてはあまりに重い。
一方で泉が二人を守るためにその選択をとる意味も痛いほどわかります。切なすぎます。

ただ泉のもとに、秘密の共有者は現れました。

真織と透の物語と並行するように透の家庭を描いていた伏線は、姉・早苗(松本穂香)が泉に手を差し伸べることへと繋がっていきました。重圧のシェアです。

透が真織のことを姉に明かした当初、早苗が真織を題材にして小説に書くんじゃないかと勘繰っていたんですが杞憂でしたね。

この姉も姉でさまざまなことを背負っています。

作家の父を持つ彼女がいかにして小説家となったかは映画の通りです。「家を出た」ことで残したわだかまりもありました。

さらに言えば、神谷早苗のペンネームは西川文乃。終盤のお墓参りのシーンで透とお母さんの名前がありましたが、お母さんの名前が「文乃」なんですよね。

早苗がどこに向けて、何を背負って書いていたのか、その覚悟が伝わってきます。父親も早苗=西川文乃とわかった時はさすがにハッとしたことでしょう。

『今夜、世界からこの恋が消えても』は、大切な人の意志(時には遺志でもある)を背負うことの強さや責任がうかがい知れる作品だったと思います。

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2008年公開、『ちはやふる』などの小泉徳宏監督。主演は佐藤隆太さん。

大学のプロレス研究会に入部してきた主人公・五十嵐(佐藤隆太)。プロレスというエンターテインメントは試合をする上で「段取り」が大事な競技ですが、五十嵐はどうも様子が異なります。なぜ彼は「ガチ」を選択するのか。その理由と五十嵐の決意が徐々に明かされていきます。

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『今夜、世界からこの恋が消えても』が好きな方は是非見てほしいです。
佐藤さんの他にはサエコさんや向井理さん、仲里依紗さんといった面々が出演しています。

君が落とした青空

2022年公開。福本莉子さんが松田元太さんと主演を務めています。彼女が「朝起きるシーン」が象徴的に描かれているのも『セカコイ』との共通点を感じさせます。また三木孝浩監督、月川翔監督へのリスペクトを感じさせる小ネタにも注目です。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。